覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

62 / 111
よもやの訪問者、セイウンスカイ先輩との並走練習へ意気揚々と挑むオペラオー達。全盛期の只中に一度姿を消したとはいえ、黄金世代の一員としての実力はセイウンスカイに未だ健在であった。一方、東京優駿へと挑むエアシャカールは1番人気に推され、本番の舞台へと挑む。


雲と共に駆け、背を差す影に慄き

 逃げウマ娘の中でも、最も高いタフネスを求められる、長距離ランナー。

 

 セイウンスカイに、2年前のあの菊花賞で見せたようなスタミナが今なお備わっているかどうかは定かではなかった。が、気勢を上げる後輩ウマ娘たちに交じって練習競走の準備をおもむろに開始する彼女の表情には、何ら緊張の色は見られず、それは余裕の表れであるとも取れた。

 

 鷹木の視線は、今からオペラオーと競走することになるセイウンスカイの表情、そしてセイウンスカイの担当トレーナーである八雲井の表情の間で往復していた。何らかの策を準備しているのではないかと勘繰っていたのである。

 

 セイウンスカイ自身はそもそも練習に参加する気など無かったようであるが、トレーナーの八雲井には彼女をここに連れてくるだけの魂胆がある。ゆえに、出来得るならば、自分もトレーナーらしくオペラオーに託せる作戦の一つでも見出そうと鷹木は探り続けていたのだ。

 

 しかし、八雲井が彼から頻繁に飛んでくる探りの視線に気づく方が容易かった。

 

「ん?……いや、何も作戦なんて準備していませんよ。自分も、今のセイウンスカイが現世代の選手相手にどれほどレース中の判断力を有しているかを見たいので。」

 

「あ、あぁ、なるほど……。」

 

 結局、何もつかめずじまいであった鷹木だったが、八雲井トレーナーと目を合わせたセイウンスカイの表情が、一瞬だけ何らかの確信を得たかのように締まったのは見逃さなかった。

 

 ごく短時間のアイコンタクトを通じ、意思を少なからず通じ合わせている関係性は、確かにウマ娘と担当トレーナーとして目指すべき到達点であるように思われた。

 

 同じくテイエムオペラオーと目を合わせようとした鷹木であったが、当のオペラオーは先輩ウマ娘と練習できる喜びに文字通り舞っており、それどころではない様子であった。

 

「歌え!我がレースの天使よ!彼女がここに居る、青雲のウマ娘が!さぁ、皆!そしてセイウンスカイ先輩!準備は整ったかい?」

 

「にゃは~、凄い声量だねえ。走る前からスタミナ使っちゃわない?」

 

「コイツのルーティーンみたいなものだから。パドックで一番うるさい。」

 

「出走前のアピールにはマイクも用意されてないっていうのに、オペラオーくんは毎回きっちり歌っているよね。」

 

「ひょぉぉおぅ……ちょっと緊張しすぎて、脚が上手く動かないかもですぞ……。」

 

 オペラオーから耳を背けながらアドマイヤベガが並び、セイウンスカイを挟んでナリタトップロードとアグネスデジタルも練習用コースのスタート位置につく。

 

「つくづく、これが本番ならと思いますよ。アイツ、良い表情でスタートラインに立てている。」

 

 そう告げる八雲井トレーナーに促されるように鷹木も視線をやれば、先ほどまでのほほんと緩んだ表情にほぼ占められていたセイウンスカイの顔は、既に程よい緊張感を自ら張り詰めさせて一線に前を向いていた。

 

「それは、良かったです。オペラオーが妙なことばかりして、練習相手の調子を狂わせていないかと心配していたので……」

 

「あれぐらいで揺らぐ子じゃありません。何より、この練習用コースにはゲート枠が無いのでね。」

 

「なるほど……。」

 

 鷹木はようやく、八雲井が言わんとしているところを掴んだのであった。

 

 黄金世代の一角を成すセイウンスカイが昨年の秋の天皇賞を最後に姿を見せない理由は、ゲート難が一因であるとの噂もまことしやかにささやかれているのだ。

 

 練習場の制御盤がタイム計測を開始すると同時に、録音されたゲート音が響き、五名のウマ娘たちは同時に飛び出した。

 

 距離は2200m、芝。来月末のオペラオーが出走する宝塚記念に合わせたコース設定である。既にコース上の起伏も本番同様に近い形で盛られたうえ、芝が根付いていた。

 

 スタートして約500mの直線を一気に駆け抜けたウマ娘たちは、まず上り坂に突入する。

 

 先頭はやはりセイウンスカイ、続いてナリタトップロードが後を追い、テイエムオペラオーが三番手。アグネスデジタルがその背について行き、最後尾でアドマイヤベガが追う、順当な形となっていた。

 

 鷹木が延々と気になり続けていたセイウンスカイの作戦であったが、かつての菊花賞のごとく大逃げを披露することもなく、先行策のトップロードから2バ身ほど先をセイウンスカイは走っている。

 

「まずは様子見、といった感じですかね?」

 

「……。」

 

 傍らに居る八雲井トレーナーに声を掛けてみた鷹木であったが、無言をもって返される。チラと横目を向けてみれば、彼の表情は静かな緊張感を保ったまま、真剣そのものの眼差しを練習コース上のセイウンスカイに向けていた。

 

 飽くなき勝利への執着を抱くウマ娘の担当トレーナーならば、走る彼女らを前にして世間話など悠長にしている場合ではないのだ。思い返せば、結城トレーナーも、桂崎トレーナーも、鷹木からの語り掛けに相槌を打ちこそすれ、その視線は常に担当ウマ娘の方へと向けられていたような気がする。

 

 会話相手にそれと知られることもなく、独り畏縮した鷹木は口を噤んでウマ娘たちの方へと視線を注ぎ始めた。

 

 坂を上り切れば平坦なコーナーが待ち構え、そして向こう正面の直線は緩やかな下りである。

 

 足を溜めようとするウマ娘がこの直線で引き離されれば追い込みも難しくなり、また逃げを打つウマ娘たちはスピードの出る区間でペースを上げすぎるとゴール前の再びの上り坂で失速してしまう。その中間に位置する先行ウマ娘たちもまた、競走相手のペースに惑わされることなくスタミナ配分を行わねばならない。

 

 それに何よりも、先頭に立って集団のペースをコントロールするという戦術をかつて大々的に披露したのが、他ならぬ今走っているセイウンスカイである。

 

 彼女が既に策を仕掛けていたことが知れたのは、ナリタトップロードがセイウンスカイに並び出した時であった。

 

 常に堅実に、自らのペースを守って走るトップロード。その定規で測ったようなペース配分が先頭との差を詰めつつある現状は、セイウンスカイが敢えて抑えめに最初のコーナーを回っていた様をあぶりだしていたのである。

 

「2年前なら、引っかかってくれたでしょうがね。この作戦に対する警戒心を高めたのは、セイウンスカイ自身だ。」

 

「お、あ、えぇ、そうですね。」

 

 レース中は寡黙を貫くものだと思われていた八雲井トレーナーが唐突に口を開き、どもりながらも鷹木はどうにか返答した。

 

 この最も走りやすく、スピードの出やすい区間で先頭から引き離されずにいる状況に安心感を抱かせつつ緩やかなペースで自身もスタミナを温存する。そして多くの予測よりも早すぎるタイミングで仕掛け、最後の上り坂も意に介せぬ加速で後続を引き離す。

 

 おおよそはそのように予測されるセイウンスカイの作戦は、早くも平凡なレース展開へと巻き込まれようとしていた。トップロードに並ばれかけたセイウンスカイは、やがてペースを速めて逃げの位置まで上がっていく。

 

「既に披露した小細工は通用しないぞ、今は実力を見せる場だ。」

 

「……。」

 

 静かに口を開いている八雲井の言葉が、隣に居る自分に向けられたものではないことをようやく鷹木は理解していた。走っているセイウンスカイに向けて、知らず言葉が漏れ出ているのだ。

 

 向こう正面を走り抜けてコーナーへ入るより先に、テイエムオペラオーが仕掛けた。大外を回るコースを取り、先頭を奪おうと上がっていく。アグネスデジタルがやや遅れてその後を追う。

 

 ナリタトップロードも、オペラオーによって外側を塞がれぬようにすかさずセイウンスカイを外から抜くことのできる位置についた。アドマイヤベガもまた、じりじりと加速を始めている。

 

 ゴール前の攻防まではまだまだ距離があったが、既に先頭の奪い合いは始まっていたのである。

 

 今なお先頭を守り続けているセイウンスカイは、ナリタトップロードに再び並ばれかけていた。大きく後続を引き離せてはいない逃げのウマ娘が、コーナーを回り切るよりも先に並ばれている状況は本来絶望的なものである。

 

 が、彼女を長距離逃げウマ娘たらしめている、尋常ならざるスタミナ量は健在であった。

 

 直線に出てもなお、ナリタトップロードが先頭を奪えない。着実に余力を残し、先頭を脅かし続ける彼女は淡々とスパートに掛かっているものの、セイウンスカイは同等の末脚で更に逃げの脚を速めていた。

 

 残り200m、まもなく再びの上り坂へと差し掛かる位置で、テイエムオペラオーがトップロードに並ぶ。

 

 先頭で逃げ続けていたウマ娘が、ゴール前の坂を速度も落とすことなく上がっていく様は、それがセイウンスカイの走りであるとの認識なくしては信じがたいものだったであろう。

 

 当然ながら、ここでペース配分を誤って失速するウマ娘は居ない。テイエムオペラオーもナリタトップロードも、ほとんど並んで先頭を競っている。アドマイヤベガが大外から凄まじい勢いで上がって来た。

 

 ゴールラインを越える瞬間……ナリタトップロードの半身前にテイエムオペラオーは居た。セイウンスカイはほぼ追いつかれていたものの、ハナ差で彼女は逃げ切っていた。

 

 1秒と経たず、アドマイヤベガ。そして数バ身遅れてアグネスデジタルがゴールしてくる。

 

「ゴール。タイム計測を終了します。」

 

 練習場の大型ディスプレイに映し出された結果表示を見て、初めてセイウンスカイは表情らしい表情を見せた。すなわち、驚いていたのである。

 

 見開かれることの殆どない瞼の下で、彼女の済んだ碧色の瞳が揺れ、次いで真隣りを並走しつつ共に減速していたオペラオーに視線を向ける。互いに全力で走りぬいたこともあってしばらく声の出せない両者は、各々満足げな笑みを見せ合っていた。

 

 尤も、彼女の担当トレーナーたる八雲井は複雑な表情であったが。

 

「これだけ理想的な環境でギリギリ、か。本番のレース場での状況を思えば、もっと後続を引き離す策が取れなければ……。」

 

「いや、しかし、現役の逃げウマ娘には、あんな追い込みにも匹敵する末脚を発揮できる子は居ませんよ。やはりセイウンスカイならではの強みですね。」

 

「まぁ、それは勝つために叩き込みましたから。」

 

 鷹木の言も、アッサリと受け流した八雲井。

 

 とはいえ、久々に見せたのであろうセイウンスカイの満足げな表情を、敢えて曇らせるような真似は彼も避けたようであった。

 

 オペラオーやデジタルとの賑やかなおしゃべりに囲まれつつ戻って来たセイウンスカイは、いつも通りに間延びした口調ながら、胸の奥から湧き出てくる興奮を声色には隠しきれずにいた。

 

「いや~、セイちゃんは既に世を捨てて釣り師へと転身したつもりだったんですけどねぇ。なかなかどうして、この隠居の身でも出来るもんじゃぁありませんか。」

 

「全く素晴らしい走りだったよ、セイウンスカイ先輩!このボクは勝つつもりで追いついたのに、あと一歩のところで逃れられてしまった!あぁ、まるで川面に映る雲を追いかけていたかのごとく!」

 

「あぁぁ……先輩ウマ娘方の尊く強きお姿に目もくらみ、息も絶え絶え、レース中に幾度か昇天しかけておりましたぁ……」

 

「あなたは必死で走っていたでしょう。それにしても、黄金世代の名に偽り無し、ね。」

 

「中盤に、セイウンスカイ先輩の作戦を崩せたと思ったんだけれど。あんなにスタミナを持たせるとは、予想できなかったよ。」

 

「いやはや、そう寄ってたかって先輩をおだてたって何もでませんよ~。」

 

 既にセイウンスカイは練習前の状態にまで落ち着いていたが、今の状況がまんざらでもない様はその表情の明るさに表れていた。

 

「で、トレーナー。たぶん、皆、この後のダービー観戦に集まってるんだと思うんですけどねぇ。」

 

「分かってる。クールダウンがてら、参加してもいいだろう。」

 

「うんうん、さすがは話の分かるトレーナーさんだぁ。付き合いの長さも伊達じゃない~。」

 

「おぉ、素晴らしい!ともに盛り上がれる面々は賑やかなほどに良いからね!」

 

 テイエムオペラオーは歓迎するように、大げさな身振りと共に八雲井トレーナーへと手を差し伸べる。が、相手は既にこの場に背を向けていた。

 

「悪いですが、俺は別の選手の指導に向かわなければならないので。今年のダービーは、移動中に見ることにしますよ。」

 

「う~い。じゃーね、トレーナー。」

 

 チームトレーナーとして、見るべきウマ娘は他にも幾名かは居る八雲井トレーナー。おそらく、現世代やデビュー間もない選手のトレーニングを見る合間を縫って、セイウンスカイの練習を今回は見ていたのであろう。

 

 去っていく彼の背に、セイウンスカイはノンビリと手を振っていた。慌てて鷹木も頭を下げ、言葉を追わせた。

 

「本日は、並走練習にお付き合い頂きありがとうございました!お、お疲れ様でした!」

 

「そんな硬い礼なんて別にいいですよぉ、私のトレーナーのほうから勝手に押しかけて来たんですし~。」

 

 既に八雲井の姿はこの場に無かったが、セイウンスカイの口にした『私のトレーナー』という言葉にはどこかしら揺るがぬ信頼のような雰囲気が纏わりついていた。

 

「晴れ舞台を観覧する良き日に招かれた主賓には、覇王の真隣りが相応しい!さぁさ、こちらへ、セイウンスカイ先輩!」

 

「お~、どーもどーも。」

 

 一方、いそいそとモニター前にパイプ椅子を運んで並べていたオペラオー達の手によって、臨時の観戦席がそこには出来上がっていた。オペラオー流の歓待には既に馴染みつつあったセイウンスカイが、仰々しいエスコートにこちらも気取った身振りで応じ、中央に座を占める。

 

 鷹木が中継のチャンネルに合わせれば、既に出走ウマ娘たちの紹介が進んでいく最中であった。

 

〈3番人気の紹介です、アグネスフライト。今年の皐月賞には姿を現さなかったものの、今月に入って京都新聞杯にて見事に勝利。優先出走権を得て、この日本ダービーの舞台に立ちました。彼女の追い込みには眼を瞠るものがあります、今回のレースでもその末脚が披露されるでしょうか。〉

 

「おや~?デジたんのご家族?」

 

「いえ、血のつながりは無いんですよ。偶々ファミリーネームが一緒だっただけでして……そもそも私、アメリカ生まれですからね。」

 

 セイウンスカイが何気なく口にした疑問に、アグネスデジタルが答えている。

 

 ウマ娘に対して為される命名もまた、人間のそれとは幾分か異なっている。かつての優駿の戦績にあやかろうとする意味も込めて、過去の有名なウマ娘の名の一部が借りられることが多いのだ。日本よりも、海外の命名法に近いものがあるかもしれない。

 

 それゆえ、実際に姉妹や親子の関係にあるウマ娘のみならず、近縁でもない別のウマ娘と同じ名を有することだってあり得る。その場合は当然ながら、より良い戦績を上げた者の名として世間には通ることになるが。

 

 自分に似た名を持ち、自分が出走できなかった日本ダービーの舞台に立つウマ娘を見るアグネスデジタルの眼には、いつになく真剣な色が浮かんでいた。

 

 その真剣な色が更に濃くなったのは、彼女と同期であり、親しき仲でもあり、そして一足先に皐月賞の栄冠を手にしていたシャカールが登場した時のことであったが。

 

〈さぁ1番人気の紹介です、エアシャカール!今年の皐月賞ウマ娘、かの結城トレーナーの指導のもとで、この世代のトップに立つウマ娘です。早くも新たなる黄金世代の旗手となるか、そして皐月賞の雪辱を果たさんと迫りくるライバルたちを引き離せるか。このレースで最も注目されている選手でしょう。〉

 

 画面上に表れた彼女は相変わらず攻撃的に尖った目つきを光らせていたが、緊張の色は強すぎず、程よく闘志を目に浮かべ……要するに、レースへ挑む最良のコンディションを保っていた。

 

 いつになく黙りこくろうとしてしまっていた自分を奮い立たせるように、アグネスデジタルは口を開く。

 

「ひゅぅぅ!エアシャカールちゃん、今日もカッコいいですよぉ!応援してますからねぇ!」

 

「あぁ、この覇王のもとへいずれ送り込まれる刺客として、やはり視線は外せぬ相手だよ!もちろんデジタル、君もその一員だけれどね。」

 

「えっ!?な、なーにを仰るんですかぁ、私なんてまだまだ、GⅠに出れたってだけで喜んでる身分なのに。」

 

「そーそー、GⅠレースに出走経験があるってだけで、大威張りだよね~。」

 

 オペラオーとデジタルの掛け合いに、極限までリラックスした姿勢のセイウンスカイが相槌を打っている。この常時マイペースな先輩の発言を、アドマイヤベガがどう受け止めているのか気になった鷹木は彼女の方へ眼を向けた。

 

「トップロード、芝の切れ端が襟元についてる。」

 

「いいよいいよ、どうせトレーニング終わったら洗濯するんだし。」

 

「先輩が来てるのよ、ちょっとした身だしなみにも気を付けて。ほら、ここにも。」

 

「ちょっ、近いよ、アヤベ……。」

 

 が、当のアドマイヤベガは、いつもうるさいオペラオーが先輩ウマ娘の相手に専念しているのをいいことに、真隣りに座っているナリタトップロードとのお喋りを全力で楽しんでいる様子であった。

 

「いや~、こうして見てると思い出しますねぇ、2年前の東京優駿。」

 

 相も変わらずまったりとした口ぶりで語るセイウンスカイの言葉が、鷹木の視線を引き戻した。

 

「ま、あれはスペちゃんのヤバさを思い知った戦いでしたけどねぇ。我ながら、とんでもねぇ強敵と同じ年に入っちまったもんですよ。」

 

「たしかに、スペシャルウィーク先輩の強さは尋常じゃなかったね!だがセイウンスカイ先輩は、その後もスペ先輩に勝ったじゃないか!」

 

「いやいや、その後もグラスちゃんが来るし、スペちゃんには巻き返されるし、なかなか思うようには勝てなかったんだけどね~。」

 

「はーっはっはっは!ボクの尊敬するキングヘイロー先輩は、今年に入るまで一度もGⅠに勝てていなかった!だからこそ黄金世代の戦いは熾烈なんだ、ボクもあと1年早く誕生していれば!」

 

「あはは~、キミ本当にキングちゃんのこと尊敬してる?」

 

「もちろん!!」

 

 来月に入ってすぐ、安田記念への出走が予定されている今年度のキングヘイロー。3月に高松宮記念にて劇的な勝利を挙げた彼女であったが、今月の京王杯では11着と、やはりままならぬ戦いを強いられているようであった。

 

 苦境をこそ試練として歓ぶオペラオーなりに、そんな彼女を称えたつもりのようであったが、これを聞き捨てなかったのは彼女の同期であるアドマイヤベガの方であった。

 

「黄金世代が過ぎた後は、手ごたえが無いとでも言いたいの?今年が自分の独壇場だと思ってるんなら、すぐに痛い目を見せてやるから。」

 

「おっと!アヤベさんのことは、もちろん忘れてなどいないさ!だが!これからのことは誰にも分からない!今年のURAを、黄金世代を超える名シーンで埋め尽くせるか否かはボクたちの走りに掛かっている!」

 

 鷹木であればたちまち返答に窮していたであろうツッコミに対し、一拍も置くことなくスラスラと返して見せるオペラオー。常通りに弁舌の滞らぬ彼女に、トップロードも頷き返した。

 

「その通りだね。私も、オペラオーくんとハナを競い合う一員だ。ドトウだって、来月の宝塚記念には出走するわけだし……夏が過ぎるころには、もちろん、アヤベも。」

 

「言われなくたって。」

 

「おぉ~、熱いライバルたちですなぁ。」

 

 黄金世代を継ぐ後輩たちに、セイウンスカイがのんびりとした視線を注いでいる間も、画面内ではレース開始の準備が整っていた。

 

〈ゲートイン完了……スタートしました!ほぼ揃いました、オースミコンドル少し下がっていきます、エアシャカールも好位ですが、やはりここはじっくりと溜めていきます。さぁゆったりとした流れになりました、パープルエビス、ジーティーボス、そしてウチからはマイネルブラウ、マイネルブライアン。タニノソルクバーノも行きます、その後マルカミラー、先団は6名が形成。1コーナーへと入っていきます。〉

 

 東京レース場の芝2400m、天候は快晴に恵まれて芝状態は良い。

 

 最も運のあるウマ娘が勝つと言われることもあるこのレース、とはいえ実力無くして勝利は無い。二度の上り坂、そしてゴール前の長い直線など、スタミナ管理やコーナー攻略の器用さも含めた総合的な能力が求められる難しさがそう呼ばせているのだ。

 

 報知杯弥生賞では二着にて涙を飲み、自らの癖を的確に修正して皐月賞の栄冠を手にしたエアシャカール。普段からロジカルさを意識し続けている彼女ならば、このレースにおいても最良の走りを披露するものと思われた。

 

〈第二集団はトーホウシデン、ダイタクリーヴァ、最ウチからはカーネギーダイアンと言った順で作られています。その後からはクリノキングオー、マイネルコンドルが中団やや後ろ、そして大外を回りましてアタラクシアなど、2コーナーを回っていくところであります。エアシャカールは後方から三番手の位置を占めております。〉

 

 やはり追い込み策を採ったと見えるエアシャカールは、集団後方でじっくりと脚を溜めている。デジタルとの会話にその名が挙がったアグネスフライトは、彼女の更に後方に位置していた。

 

 コーナーを抜ければ向こう正面の直線だが、その中ほどには上り坂が待ち構えている。ここでスタミナを削られてしまうと最終直線での仕掛け合いに勝てなくなるが、いま走っている選手たちにとっては作戦の要ともなり得るポイントであった。

 

 カメラが先頭集団へと戻った時、セイウンスカイが呟く。

 

「あの子、やっぱり上り坂で仕掛けたねぇ。私に学んだのかにゃ~?」

 

「なるほど、敢えて逃げが不利に見える上りで後続を引き離して、追わせない……全体のペースが抑えめだから、スタミナも十分なんだろうか。」

 

 鷹木が頭の中で整理している情報は、既にナリタトップロードが口に出していた。先頭集団には三名の選手がもつれ合っているものの、そこから後ろまでは大きく差が開いている。セイウンスカイ同様の大逃げを模した釣りを、複数の選手が狙っているようにも思われた。

 

〈マイネルブラウ、先頭タニノソルクバーノに並んでいった、そして1番手へとつきました。あとは2バ身開いてパープルエビスは三番手、さらに6バ身開きましてジーティーボス、そしてマイネルブライアン。向こう正面を駆けていきます、中団から5バ身ほど離されましてプラントタイヨオー後方から五番手、そして外に回ったエアシャカールは後方から四番手、順位を一つ上げてじりじりと前に詰めております。さぁ3コーナーへと集団が入っていく!〉

 

「いや~、私の走りをこうしてマネしてくれるのは嬉しいような、同じ手がもう明かされてしまって悲しいような、複雑な気分ですなぁ。」

 

「だが、巧みな踊り手は二の舞を踏まない!またセイウンスカイ先輩は、アッと驚く手品を舞台で披露してくれるんだろう?」

 

「ん~、どうでしょ。」

 

 オペラオーからの問いにものらりくらりと返しているセイウンスカイ。

 

 一方で、ナリタトップロードと寄り添って画面を注視していたアドマイヤベガは、エアシャカールが既に予定通りの走りを実現できていることに気づいていた。

 

「じわじわと上がっていくのね、仕掛ける段になって位置取りを手間取らないように。」

 

「……完璧な走りです、シャカールちゃん。」

 

 アグネスデジタルもまた、いよいよ最終コーナーに近づいてレースが白熱していくほどに、おどけた調子も影を潜めて真剣な眼差しで見入っていた。

 

〈前へと出ていくエアシャカールを受けてジョーテンブレーヴ、オースミブライト、そして最後方のアグネスフライトも徐々に前を目指し始めた!3コーナーの坂を下っていきます、4コーナーへ!さぁ前半は間延びしていましたが、ここに来て先頭から最後方までがぐっと縮んでくる!先頭争いでありますがウチを突くマイネルブラウ、すぐ後ろからジーティーボスが一気に上がってまいりました。中をついてパープルエビスが出てきました、ここで先頭!あとはアタラクシアが接近してくる……外にマイネルコンドル、そしてその後ろ、エアシャカールが上がって来た!第4コーナーを回り切り、今直線へと向いたところです!〉

 

 最終直線を前にして、ウマ娘たちがほとんど一団に固まった様は、各々の実力がそれほどまでに拮抗していることを分かりやすく示していた。

 

 とはいえ、ここからゴール前の坂を上り、上り切った後も更にゴールまでは300mの直線が残っている。この時点でスタミナに余裕が無ければ、まず勝てない。

 

 カーブを抜けきって直線へ入り、横に広がった集団の中にエアシャカールは居た。彼女の前を遮るものはない、自らの走りを客観的に突き詰めてきた彼女ならば、全力の末脚を発揮できる余力を残せているだろう。

 

「あ~、ここまで集団に迫られちゃ、逃げの子は無理っぽいねぇ。」

 

 中継画面を眺めるセイウンスカイがそう口にした通り、一斉に後方から襲い掛かって来た追い込み集団が殺到してくる。

 

 既に、先頭はエアシャカールの射程圏内であった。

 

〈全くの一団となりました、今度はジーティーボスが先頭か!外をついてジョーテンブレーヴか!アタラクシア上がってくる!エアシャカールは大外を上がって来た!エアシャカール!坂を上り切り、アグネスフライトも外を追ってくるが、200を切った!エアシャカールが完全に抜け出した!〉

 

 画面の中からはエアシャカールの勝利を確信したかのような大歓声が客席から上がっていたが、この中継を見ている鷹木、そしてウマ娘たちは一様に押し黙ったままであった。それだけ注視すべき対象に目を奪われていたのである。

 

 たしかに後方集団を引き離し、3バ身以上のリードを保ってエアシャカールは独走している。ゴールは目前。

 

 その後方集団の中から、無視できぬ加速をもって迫りくる刺客があった。

 

〈エアシャカールこれは強い!先頭はエアシャカール……追い込んできたアグネスフライト!エアシャカールに迫る、アグネスフライト!集団から抜け出した、アグネスフライト、エアシャカールへ食らいつく、アグネスフライト!並んだ!どうだ!?……アグネスフライト!!一着はアグネスフライトです!〉

 

 東京レース場からは大観衆の叫びが響いてきていたが、画面の前に並んで観戦していた面々は息をのんだままに黙りこくっていた。

 

 セイウンスカイが後頭部に手を組んでウンとのけぞりつつ伸びをし、オペラオーの拍手が響くまで、その沈黙は続いたのであった。

 

「まずは勝者を称えよう!見事な差しだった、アグネスフライト!よもや敗れようとは思いもよらなかったが、エアシャカール!大接戦だった、この覇王が呆気に取られてしまったよ!」

 

「いや~、怖いねぇ。ホントに本番は怖いよ、絶対勝てると思ってたら、ひっくり返されるんだから。」

 

 じっくりと背筋を伸ばしてからセイウンスカイは立ち上がる。たった今目の当たりにしたレース結果を前に、なお金縛りにあったように動けずにいる後輩ウマ娘たちに背を向けて歩を進め始めた。オペラオーが彼女の背に声を掛ける。

 

「おや、セイウンスカイ先輩、もう少しゆっくりしていかないのかい?宜しければ、この覇王による新作ソロオペラも披露する時間があるが!」

 

「あはは~、いやいや、お構いなく。セイちゃんも、そろそろ自分の練習に戻らなきゃ。」

 

 その名の示すごとく、ゆったりと流れる雲のようにノンビリこの場から歩み去っていくセイウンスカイであったが、ふと足を止めてオペラオーの方を振り返った。

 

「オペラオーくん、いつまで走り続けるつもりかにゃあ?」

 

 唐突に投げかけられても、やはり鷹木ならば口籠るであろう質問であったが、オペラオーは即答であった。

 

「ボクが勝ち続ける限り!世紀末覇王たるボクのことを破る勇者が、いずれ現れるまで、だね!」

 

「ふーん。じゃ、セイちゃんが来るまで、負けないでね。」

 

「はーっはっはっは!もちろんだとも!」

 

 響き渡るオペラオーの声を周囲に流しながら、その垂れ目から挑戦的な色を一瞬放ち、セイウンスカイは去っていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。