覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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長期の療養から復帰するアドマイヤベガのもとを訪れたオペラオーは、彼女と共に後輩ウマ娘のレースを観戦する。勝利が予想外の刺客によって奪われるウマ娘、着実に成長を遂げつつあるウマ娘。中継画面の向こうに後輩たちの姿を見つつ、好敵手が覇王を待ち受ける本番の舞台は徐々に迫りつつあった。


勇者は砂を踏み越え、着実に覇王の玉座へ

 産経賞オールカマーを快勝したメイショウドトウの姿を中継画面に流しつつ、オペラオーは冷めやらぬ興奮を全身で表現しているのか軽やかにステップを踏んでいる。

 

 そんな彼女に、冷ややかな言葉を掛けるアドマイヤベガ。

 

「まだ帰らないの?」

 

 ここはアドマイヤベガに学園から与えられた個人練習場。間近に控える京都大賞典にて競争相手となるテイエムオペラオーが居座っている限り、彼女は本番に向けた練習を開始できない。レース中の作戦をライバルに晒さないのは、URAにおける原則であった。

 

 しかし、オペラオーは悠々と舞い続けながら、焦ることも無く言い放つ。

 

「分かってるだろう、アヤベさん!今日、この時、間もなく大舞台を迎えようとしているもう一名のウマ娘の存在を!」

 

「……当たり前よ。ウチのトレーナーが見に行ってる、後輩なんだから。」

 

 神戸新聞杯、発走は15時45分。産経賞のレースが終わって数分後のスタートである。

 

 中継画面を切り替えれば、既にパドックでのウマ娘紹介は終わっており、発走を直前に控えたゲートインへと移っていた。

 

 エアシャカールは、やはり1番人気であった。東京優駿ではアグネスフライトに僅差での惜敗となったものの、皐月賞を制し、イギリスのレースにまで進出した彼女が、オペラオーの次の世代におけるエースとして見られていたことは間違いない。

 

 もちろん、そのシャカールを東京優駿で破ったアグネスフライトは2番人気である。3番人気には、フサイチソニック。GⅡレースには初の出走となるものの、初勝利から連勝を続けている。いわゆる、夏の上がりウマ娘として注目を集めていた。

 

 続々とゲートインしていくウマ娘たちを画面に眺めている間も、オペラオーからの視線がチラチラと飛んできているのを鷹木は感じ取っていた。覇王が所望する通りの見識を、そのトレーナーとして堂々と披露するだけの自信が備わっていない自分を少々情けなく感じていた。

 

「さて!鷹木、キミの予想を聞こうじゃないか!聡明なる理髪師は、今回のターフをどう読む!」

 

「ちょくちょく自分の担当トレーナーに話を振るようになったわね。」

 

「あぁ!覇王軍の参謀に相応しい観察眼を、彼はきっと有しているからね!」

 

 今さらながら鷹木は、オペラオーなりにトレーナーらしい頼り甲斐を求められているのだと気づいていた。

 

 思えばオペラオーのクラシック級、自分が下手に口出ししたせいで負けたのだと考えた鷹木が、指示を明確に出すことなく走りをオペラオーに一任していた時期、彼女はどのように感じていたのだろう。

 

 いかにも頼りないトレーナーだと、半ば幻滅していたのではなかろうか。

 

 あるいは、やはり担当トレーナーがつくという経験自体がオペラオーにとっても初であったため、それとの付き合い方は彼女も手探り状態だったのかもしれないが。扱いやすいだけのトレーナーを求めていた頃から、トレーナーに求めるものが変わりつつあるのか。

 

 そういった憶測を巡らせながらも、鷹木は手元のタブレットに阪神レース場関連のデータを並べつつ口を開いた。

 

「……スタート後の直線に上り坂、一周して再びゴール直前に同じ上り坂を通過する、ってのは中山にも似ている構成だ。だが、直線部分の長さが違う。阪神レース場の方が直線は長い……いや、とはいえ着順が大きく変わるほどの距離じゃないが……」

 

 歯切れ悪くなった鷹木は、アドマイヤベガから冷たい視線が、テイエムオペラオーからは無駄に信頼を寄せる視線が注がれるのを感じつつ、冷や汗を額に滲ませ始めていた。

 

 データの表示されたタブレット画面を消して、そのタブレットの角で自分の額を小突きつつ、どうにか今から始まるレースについての考察を鷹木は絞り出す。

 

「大きく異なるのは、カーブの形状と、坂道の高低差だ。その、中山名物の上り坂ほどの高低差は、阪神にはない。内回りを利用する2000mのコースでは、3コーナーと4コーナーの間が殆ど直線のように緩やかな曲線となっていることもあり、緩やかな下りも相まってスピードが出やすく、差しが決まりやすい。」

 

「追い込みを得意とするシャカールとフライトが人気順を独占しているわけね。」

 

 アドマイヤベガからの反応は得られたが、相変わらずオペラオーはニコニコしながらも沈黙を保ったままである。

 

 もしかすると、自分はウマ娘の側から成長を促されているのかもしれない、とまで鷹木は考えつつ言葉を継いだ。

 

「……とはいえ、内回りであるだけにコーナー部分の割合は多く、やはり先行有利な要素はある。スタート直後から最初のコーナーに入るまでの、短い直線部分で有利な位置につけた逃げ・先行ウマ娘であれば、勢いに乗ってそのまま逃げ切るかもしれないな。」

 

「上手い位置に着いた先行が居るレースは、いよいよ覚悟しなきゃならないもの。追い込みをよく使う身としてはね。」

 

 キツい視線は時折、いや頻繁に向けてくるものの、鷹木の発言をフォローするような言動の多さはアドマイヤベガの根にある優しさを物語っていた。一方で、オペラオーは相変わらずであったが。

 

「すなわち、それがボクということだ!いや、あるいはドトウかな?はーっはっはっは!」

 

「今から始まるレースのことを聞いたんじゃないのかよ……。」

 

 またしても自分の推察の結論を、オペラオーの高笑いによって流されてしまった鷹木。とはいえ、これから始まるレースの結果は数分後には確定する事項であり、この場で云々することに対して意味はなかった。

 

 オペラオーはただ、自分の担当トレーナーから言葉を引き出せたことが満足だったのだろう。

 

〈各ウマ娘、ゲートインが完了しました……スタート!綺麗に揃ったスタートを見せました、まずは直線を進みます、先行争いはマイネルビンテージ、そして3番人気のフサイチソニック。少し開いてウチを進みますエリモブライアン、その外並んでドラゴンキング、続きましてホワイトハピネス。後を追いますはアグネスフライト2番人気、フェリシタル、ファイブソルジャーと続き、ウチを突いてエアシャカール後方から三番手といった位置であります。〉

 

 後輩ウマ娘であり、そして同じく追い込みを得意とするエアシャカールのレース。開始と同時に沸き上がった大歓声が画面越しに伝わり、アドマイヤベガの瞳の輝きが急激に熱を帯びたのも無理はない。

 

 前回の東京優駿と異なり、シャカールが雪辱を果たすべき相手であるアグネスフライトは大きく後方まで下げる気配が無かった。芝状態は良であり、高速化することの見込まれるレースにおいては下がりすぎへの警戒もあったのだろう。

 

 同じく、エアシャカールも追い込みの位置とはいえ、最後方からは多少、中団に近い位置につけていた。

 

〈1コーナーを回っていきます、先頭は変わらずマイネルビンテージ、1番人気エアシャカールは一つ上がって後方四番手、ウチにはトウカイオーザ、続くはクリノキングオー、最後方には大きく離されてダーケストシャドウといった順であります。先頭からしんがりまで大きく間延びした展開となりました、既に2コーナーを抜けようというところ、マイネルビンテージ。フサイチソニック並んで外、エリモブライアン、ドラゴンキング、五番手にホワイトハピネス、これも変わらず向こう正面へと入ってまいります。〉

 

「……速いわね。」

 

「あぁ、かなりの速度で、皆飛ばしているね!」

 

 足場の状態が軽いこともあり、当初の予想通りにウマ娘集団はハイペースでレースを運んでいた。向こう正面を抜けて3コーナーへと入っていけば、一層スピードを出しやすく、そして勝負の分かれ目ともなる区間である。

 

 1,2コーナーをコーナー内側で回り切ったエアシャカールは早くも外に出て、差す態勢を整えている。彼女が勝てる条件は十分に揃っていた。

 

〈さぁ3コーナーに入りまして、いよいよ勝負どころ。先頭はフサイチソニック、マイネルビンテージをかわして現在一番手に着きました、ホワイトハピネスも外から上がってきて三番手、並んでエリモブライアンも前を目指している。後方からファイブソルジャー、トウカイオーザ、クリノキングオー徐々に上がってまいりました、全体がぐっと縮まっております。六番手アグネスフライト外に出た、そしてエアシャカールもさらに外から仕掛けてきた!〉

 

 いよいよ最終直線に向けて加熱し始めるレース展開、しかし阪神レース場は3コーナーから4コーナーを抜けるまでが長い。

 

 追い込んできたウマ娘たちは確かに前へ向けて距離を詰めていくも、この段階で不用意にスタミナを費やす走りをする選手はいない。同じようにラストスパートに備えて加速し始める逃げのウマ娘たちの背を見据え、末脚で捉えられる圏内でジリジリと上がっていく。

 

 エアシャカールもまた、そんな集団の中で虎視眈々と先頭を狙い続けていた。あくまでも理にかなった、彼女の言葉で言うところのロジカルな走りを維持して。

 

「無茶は出来ない、けれど……離されすぎじゃない?」

 

「シャカール君は、真面目な走りだからね!彼女を信じて、応援しようじゃないか!」

 

 そのように声を交わしているアドマイヤベガとオペラオーの視線は、先頭を走るウマ娘、すなわちフサイチソニックに向けられていた。

 

 二番手から先頭に出るのみではなく、彼女は更に後方との差を開く、すなわち大逃げを打ち始めていたのである。

 

〈4コーナーを回りまして直線へと向かいます、先頭は変わらずフサイチソニック、みるみる後ろを突き離していく!しかし後方も迫っております、マイネルビンテージ食い下がる、外からアグネスフライト!さらに大外からエアシャカールが上がって来た!横に広がった集団を交わして二頭がぐんぐん迫ってくる、さぁゴールまで200を切った!ゴール前には上り坂が待ち構えている!〉

 

「……行けるの?」

 

 アドマイヤベガが見つめる画面の中で、エアシャカールは懸命に前を目指しながらも、確かに苦しそうだった。画面を凝視しながら、オペラオーも口を開く。

 

「あぁ、強いね!フサイチソニック!」

 

 先頭との距離は縮まりつつある、しかしフサイチソニックは坂に突入しても減速する気配がない。ハイペースでの運びとなったレースの終盤、上り坂も含めた最終直線で息切れするものだと見ている多くの者が考えていた逃げウマ娘が、今、ますます後続を突き離している。

 

 昨年まではその名を知られていなかったものの、今年の夏から連勝を続けているウマ娘相応の強さがそこには表れていた。

 

 のみならずエアシャカールは、前を行くアグネスフライトにも中々並べない。実力が拮抗していることは東京優駿でも既に明かされていたものの、ペース配分を突き詰めたシャカールの走りは、まだ伸び悩んでいた。

 

〈アグネスフライト二番手、先頭のフサイチソニックを追う!エアシャカールも続くが苦しいか!フサイチソニック、これはセーフティリードか、およそ2バ身!今、一着でゴールイン!フサイチソニック!逃げ切りました!夏から4連勝となりました上がりウマ娘!皐月賞ウマ娘、ダービーウマ娘を抑えて見事に勝利!二着はアグネスフライト、三着はエアシャカールです!〉

 

 勝てなかったウマ娘の眼に無念さの光が宿ることは頻繁にあったが、エアシャカールほどそれが分かりやすく浮かぶウマ娘もいなかった。

 

 俯いて、垂れた前髪の影になった目元は良く見えなかったものの、食いしばった口元にはギザギザの歯が覗いている。

 

「ブラーヴァ!素晴らしいレースだったよ!互いに強敵同士、競い合う者たちよ、いずれ覇王のもとへ来たれ!」

 

「シャカールのこと、応援してあげてなかったの?」

 

「無論、応援していたさ!レースに出た皆を、等しくね!」

 

 そんなオペラオーとアドマイヤベガのやり取りなど聞こえてはいなかっただろうが、画面の向こう側でパッと顔を上げたシャカールは、既に気持ちを切り替え終えた表情のまま、レース後のウイニングライブ準備に向けて走り去っていったのであった。

 

 のちにシャカール自身が語った事であるが、彼女は今後のレースへの対策を極力冷静に思い浮かべることで、戦々恐々とする心を抑え込んでいたのである。

 

「オレの眼からは、アイツは暴走してんじゃねぇかって見えてた。ロジカルさなんて無ぇ、マジの大逃げを打って、垂れもしねぇ。」

 

 アグネスフライトのみを宿敵として見定めていたら、それを越える強敵が彼女の前に現れたのである。

 

 次にシャカールが狙う菊花賞に、あのウマ娘が再び現れれば……そう考えるほどに、シャカールの心は早くも冷えて、脳内ではシミュレーションを繰り返し始めていたのだった。

 

「バケモンが現れたと思ったぜ。フサイチソニックがGⅠまで駆け上がってきたら、俺の勝ちを奪う奴は確実に増えるってことになる。」

 

 GⅠの大舞台を制したウマ娘が、GⅡやGⅢのレースでも悠々と勝利を得るとは限らない。いつ、その才能を開花させるともしれぬウマ娘たちのせめぎ合いは、あらゆるレースで大方の予想を裏切る可能性があった。

 

「さて、そろそろボクはおいとまさせてもらうよ。これ以上この場に居ては、磨きのかかったアヤベさんの視線でこの身を斬られてしまいそうだ!」

 

「さっさと出てって……私に踏ん切りをつけさせようとしたつもりなら、大きなお世話だから。」

 

「はーっはっはっは!では、次会うときは京都レース場だね!その時までごきげんよう、我が愛しの一等星よ!」

 

 その点は、来月の京都大賞典においても同様であり、だからこそ久々の復帰となるアドマイヤベガが本調子を取り戻しているのか否か、オペラオーは確かめたかったのであろう。

 

 当然ながら京都大賞典に出走するウマ娘は、トップロードやテイエムオペラオー以外にも9名いる。いずれも、この舞台に名を連ねるに相応しき優駿揃いだ。

 

 もちろん、本番が訪れるまで競走相手となるウマ娘の走りを見ることの出来ない日々は続き、鷹木はその限られた経験の中から必死でコース取りやペース配分の駆け引きについて予測し、オペラオーに最適な情報を渡せるよう連日連夜の研究を重ねていた。

 

 ベールに覆われた相手と予測上の戦いを続ける彼が、実際のレースを観戦する機会を得たのは神戸新聞杯から一週間後のことである。

 

 とはいえ、もちろんオペラオーが競い合う相手のレースではない。いずれ将来的に対決する可能性を有するウマ娘、シャカール同様にオペラオーの後輩にあたる、アグネスデジタルのレースである。

 

 9月30日の中山レース場、ユニコーンステークス。1800mのダートコースである。

 

 一昨年前までは東京レース場にて1600mで行われていたこのレースであるが、舞台を中山へ移すにあたって距離も200m延びている。中距離になると戦績が上がりづらいアグネスデジタルには、向かい風となる変更であった。

 

 芝では今一つ戦績も伸び悩み、ダートでは好成績を残していたと思いきや、7月のジャパンダートダービーでは14着と惨敗を喫したアグネスデジタル。

 

 未だに専属トレーナー無しで練習を続ける彼女は、夏合宿中に結城トレーナーから得た助言をもとに、何かを掴めたのだろうか。

 

 レース前の人気順では4位だったアグネスデジタルは、パドックに現れた時の面構えがどこか今までと違っていた。ウマ娘たちの魅力を一番近くで感じたいという意欲には変わりなかったであろうが、勝とうとする意識はより具体的な形を得たようにも思われた。

 

〈ユニコーンステークス、中山の天候は曇りとなりましたがダートの状態は良。このレース1番人気は7月のグランシャリオカップにて堂々の一着となりましたマイネルブライアンであります、いよいよ全員のゲートインが完了し、スタートの時を迎えました。〉

 

 マイネルブライアンはアグネスデジタルと同じように芝のレースにも出走している。それも、エアシャカールの出走した東京優駿に参加しているのだ。とはいえ、結果は18着。いかにダートで強いウマ娘であっても、芝で活躍することはまた別次元の話であると如実に分かる結果であった。

 

 しかし芝以前にダートでも勝てずにいては、望む活躍は自ら得ることなど出来ない。

 

 アグネスデジタルは静かな呼吸とともに精神を研ぎ澄まし、ゲートの向こうに続く砂のコースへと真っすぐに視線を向けた。

 

〈……スタートしました!スタンド前の直線コース、横に広がってウマ娘たちが進みます。コンバットハーバーがスーッと伸びてきて先頭に立ちました、レギュラーメンバーもそれに追走する形。続いてアグネスデジタル最ウチを行きます、外を上がってくるのはカヌマオペラオー、間に入ってプリエミネンスも中団の先行グループに入っています、そして1番人気マイネルブライアンも前へと押し上げていく、1コーナーを回ってまいります。〉

 

「はーっはっはっは!ボクと同じ名を冠するとは!このボクの快進撃に、あやかろうというのかな?」

 

「カヌマオペラオーはお前と1歳しか違わないぞ、無理があるだろ。」

 

 やはり練習の休憩時間を利用して、ウマ娘レースの中継を覗きに来たオペラオー。

 

 もうほとんど一週間後に本番が迫っている中、一刻一秒も無駄に出来ぬ状況ではあったものの、鷹木にオペラオーの決断を翻させるだけの発言力など無かった。せいぜい、覇王の出鱈目な発言にツッコミを入れる程度である。

 

〈コーナーに入りましてひとまずの位置は固まったか、コンバットハーバーなおも変わらず先頭、レギュラーメンバーが二番手に着けています、そしてアグネスデジタルは内側に入って三番手、マイネルブライアンがその外に並んで好位に着けました。五番手からはプリエミネンスと続いていきます、カヌマオペラオー並んで向こう正面へと入っていく。〉

 

 このレースにおいては中山名物の坂がゴール前直線で待ち構えているうえ、最終直線は310m。

 

 ウマ娘レースの中では、例えば東京レース場と比しても短い直線距離ではあるものの、名古屋レース場の感覚で大井に挑んで大敗したデジタルにとっては留意すべき距離である。

 

 4コーナーを回り切った後、十分にスタミナを残し、かつ前に出ていなければ、見る間に周囲から置いていかれる。

 

 その点を意識し続けているのか、画面内のアグネスデジタルは三番手の先行の位置を守り続け、なおかつスタミナ消費の少ない最ウチのコースをキープし続けていた。前を行く逃げウマ娘が蹴立てた砂が彼女の勝負服に被り続けているものの、これはむしろ彼女にとって気力の糧となるのであろう。

 

〈シルクディヴァインが前に出て着順を一つ上げました、その前にタニノカリスが追走していきます。さぁ間もなく先頭は残り800へと入ってまいります、これはかなり速い展開だ。コンバットハーバーが先頭を守っていますが後続が次々に上がってくる、半馬身ほどでレギュラーメンバー外から並んでくる、マイネルブライアンも更に外から虎視眈々と狙ってきます。大外から上がって来たのはマチカネラン、マチカネランが上がって現在二、三番手といったところ、さぁ最終コーナーを抜けて直線です!〉

 

 アグネスデジタルは、なおもコースの内側で、逃げウマ娘の背後にピッタリとついていた。

 

 最終直線へと入れば、後ろからどんどん追い込んでくる選手たちによって外側のコースは塞がれる。仮に自分の担当ウマ娘がそんな中に閉じ込められていたら、鷹木は殆ど絶望するだろう。実際、オペラオーはデビュー当初、似たような形で敗れたことがあった。

 

「見えているね!そこだよ、さすがだ、デジタル!」

 

 しかし、直線に入った瞬間にデジタルの表情が確信の色を帯びたのと、オペラオーが立ち上がって画面越しの声援を掛けたのが同時であった。

 

〈直線に向きまして、コンバットハーバーがまだ先頭です、コンバットハーバーが先頭!大外からマチカネランが一気に来た!……アグネスデジタル、横に広がった隙を見逃さずウチから抜け出した!中を割って上がってくる、アグネスデジタル!外からくるマチカネランも懸命に追う!が、アグネスデジタル抜けた!アグネスデジタル先頭!〉

 

 足を取られる、良バ場のダートにて、ラストスパートに備えるため無理に外を回り続けたのが前回の敗因であった。

 

 ならば、最ウチでじっくりと溜め、いかに砂埃を被り続けても、外を塞がれても焦ることなく、直線へ向いたときに生まれる隙間をぬって内側から飛び出す。

 

 アグネスデジタルの作戦が、最高の形で機能した瞬間であった。

 

〈坂を駆け上がる脚も、全く衰えない!アグネスデジタル、後方との差は2バ身!余裕だ!アグネスデジタル、今一着でゴール!勝ちましたアグネスデジタル!前回のジャパンダートダービーで苦汁を嘗めたものの、今回のレースで見事に栄冠を手にしました、アグネスデジタル!〉

 

「どうだい?鷹木。」

 

「……な、なにがだ?」

 

 オペラオーが立ち上がって拍手をすることに違いはなかったものの、ここでトレーナーとしての見解を鷹木に求めるのは初のことであった。予想だにしなかった不意打ちを受けて、口籠りながらも聞き返す鷹木。

 

「今回の、デジタルの走りだよ。見事に勝利を収めた彼女について、トレーナーとしての意見を聞きたい。」

 

「ちょっと待ってくれ……つまり今回勝てたのは、アグネスデジタルのコース取りや、ペース配分が完璧だったおかげで……。」

 

 あまりにも普通過ぎることを言っていると自身も感じ、オペラオーのうるさいほど眩しい笑顔がそれ以上の変化を見せなかったことで、鷹木は解説の方針を変えた。

 

「名古屋優駿では重バ場のダートで勝利して、大井だと良ダートで負けた、だから脚の取られにくいコースを今回は選んだんだよな。タイムも1分50秒台、ダートの1800mにしちゃ、かなり早い。だから、つまり、高速化したレースでアグネスデジタルは能力を発揮しているってワケで……」

 

 そこから先へ行きつく結論に触れて、鷹木は慄然たる思いを小さく抱いた。

 

 オペラオーに伝えるより前に、自分自身に再度認識させるため、口に出す。

 

「アグネスデジタルは、ダートよりもタイムが早まる、芝コースへの適性を習得しつつあるってこと……か?」

 

「やっぱりか!はーっはっはっは!ボクへと近づいてくる予感がしていたんだ、これでスッキリと分かったよ!来たれ勇者!ボクは待っているよ、アグネスデジタル!」

 

 鷹木がオペラオーの方を振り向いたころには、彼女は練習用コースへと駆け戻っていっていた。

 

 今気づいた事実が現実となるのがいつのことかは明瞭ではなかったが、しかしオペラオーに迫りくる強敵が、今まさに育ちつつある実感は本物であった。

 

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