覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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 普通ならば自信が揺らぎかねない状況でも、堂々と笑い続けるのが覇王テイエムオペラオー。まだデビューしたての頃ともあれば、不安の要因にも事欠かなかったろうに……一人気を揉むのはトレーナーのみです。


見世物にあらず

 担当ウマ娘の勝利を眼の前であっさりと奪われた、そのショックからようやく立ち直りつつあった鷹木の耳にはようやくウイニングライブの歌声が届き始めた。

 

 そのレースで勝利したウマ娘をセンターに、二着、三着のウマ娘が両脇に、それ以外のウマ娘たちをバックダンサーに控え、行われるのがウイニングライブである。華やかな舞台であると同時に、勝負の結果を無情なまでに晒すこの催しを見るのが鷹木にとっては時に苦痛であった。

 

 現時点ではどのウマ娘も勝負服など持っておらずトレセン学園の制服姿での披露となっているが、本式のレースにおいては三着以内に入らなかったウマ娘は勝負服の着用を許されない。バックダンサー用の制服を纏い、集団に自らを埋もれさせ、着順トップの背を見つめて踊ることになるのだ。

 

 殊に、自分の担当したウマ娘がまるで勝てずにいる時期を長く過ごした鷹木は、バックダンサーに甘んじざるを得ないウマ娘たちの表情へ自然と視線を向けるようになっていた。

 

 彼女らは決して舞台上でのパフォーマンスに手抜きはしない……ライブ中の姿も、ウマ娘としての評価に響くのである……が、敗北を喫したうえで悔しさを噛み締め、尚も歌い踊りつづけねばならない彼女らの笑顔が、ぎこちなくなかったためしは無かった。

 

 今、目の前の舞台で踊っている彼女らには、どちらかと言うと舞台慣れしていないがためのぎこちなさの方が目立っていたが。

 

 メイクデビューレース後に開催されるウイニングライブもまた、ライブ運営の新人を育て、あるいは新規に導入された音響機材の試用を行う場としての意味合いが強かった。ステージも鉄骨が所々露わになったほぼ仮設のような舞台であり、時おり設備面のトラブルがあるのかスピーカーから流れる曲がストップすることもある。

 

 舞台下で新米スタッフと思しき若者がペコペコと頭を下げて謝罪している姿に笑声が送られつつ、トレーナーやまばらな観客たちの手拍子で続行されるライブはどこか牧歌的で、トレーナ間に充満する殺気立った空気など微塵も感じられなかった。

 

 これがGⅠレースの直後などであれば、ライブステージの特等観客席で行われるトレーナーたちの交流は、相当殺気立ったものとなる。全員が勝利したウマ娘担当のトレーナーへ賛辞を投げかけつつも、ひきつった笑顔で交わし合う言葉には常に棘が含まれていた。

 

 少なくとも今は……散々レース前の奇行で目立つだけ目立った割に二着という結果に終わったテイエムオペラオーのトレーナーたる鷹木に対し、皮肉交じりの賛辞を口にする者こそ居はすれど……地域住民で集まったのお祭りの如く参加者たちの手拍子と共に続行されるライブ鑑賞は、ノンビリとした空気に包まれていた。

 

 それだけ、今回のレース結果は順当なものだったのである。サンデーサイレンスの血統たるクラシックステージ、彼女がセンターに立つことはあらゆるトレーナーの予測通りであった。

 

 限られた時間のなかでどうにか振り付けを覚えてきたのだろう、生真面目そうな彼女が堅い表情のままセンターで歌っている。その隣、二着だったテイエムオペラオーが余計なアドリブも入れず、ふざける調子も無かったのが鷹木を安堵させた。

 

 あれだけ我の強いオペラオーも、自分以外のウマ娘にとっての晴れ舞台を妨害することには美しさを感じないのだろう。とはいえ、振り付け自体には相当なアレンジが入っていた。

 

 ステージパフォーマンスなど触れたこともない、競走する脚の速さ一筋で地方からも出てくるウマ娘たちのダンスが初々しくも堅いものになってしまうことは往々にしてあるが、オペラオーは妙にステージ慣れした振る舞いでなめらかに躍動していた。

 

 多少オーバーアクションにも見える彼女の動きはそれだけ目立ち、操り人形のごときギクシャクとした振り付けになってしまっているクラシックステージをサポートするかのごとく、フォーメーションごとの立ち位置を伸ばした腕の先で示したりなどしていた。

 

 メイクデビューに出たウマ娘たちがことごとくダンス下手であった場合、振り付けも何もなっていない子供のお遊戯会のごとき様相を呈することさえ有り得る中、今回のウイニングライブは相応に見栄えのする仕上がりとなったのである。

 

「あの子、レースに出るんじゃなくて、舞台俳優でも目指せばいいのにな。」

 

 観客の中で誰かが呟いたその言葉は、鷹木の耳にもしっかりと届いた。

 

 レース中はオペラオーが一着を取ることばかりに期待をかけ、熱を入れて観戦していた鷹木。だが、ウイニングライブを眺めている内に、彼の胸中にはどこか安堵に似たものが広がりつつあったのである。

 

 これでよかった。仮に、あのクラシックステージを差しおいて一着になってしまっていたら、オペラオーは即座に他チームから目をつけられるだろう。場合によっては有力チームによる勧誘を受け、そうでなければ潰すべき対象としてマークされてしまう。

 

 どちらにしても、そうなればトレーナーたる自分が今年度の実績をまたしても立てられなくなってしまうだろう。担当ウマ娘を他所へ引き抜かれることなく、有力チームから睨まれることもなく、それでいて悪くない成績を残す……二着という結果は、その条件を満たす最良の戦績であったのだ。

 

 が……先ほどの言葉は、冷めかけていた鷹木の心の中を改めて赤熱させ始めるに十分な認識錯誤を含んでいた。

 

 確かにウマ娘として生まれた彼女たちにも、レースに出る以外の生き方はある。だが、その道を選ぶならば、最初からトレセン学園には来ていない。

 

 ウマ娘として生まれたからとりあえずトレセン学園に来てみた、という存在も居なくはないだろう。しかし、先ほどのレースをトレーナーとして養った観察眼で見た限り、誰一人力を抜いて走っていたウマ娘は居なかった。

 

 皆、レースにおける勝利を目指していることに違いはないのだ。それ以外の生き様を、ろくにレースを見る目もない者が、部外者が、浅はかな判断で決めつけることなどあってはならない。

 

 ステージの上では無事に一曲のパフォーマンスを終えたウマ娘たちが客席にお辞儀を送り、その中でも一際優美に気取ったお辞儀を披露しているオペラオーに笑い声が返されている。

 

 走ることへ真摯に向き合っているのだろう彼女を道化のごとく扱っている客たちに鷹木は不快を覚え、明日からのトレーニングメニューをタブレット上で確認しつつその場をそそくさと去っていった。

 

 尤も、その後数十分間にわたって舞台上ではオペラオーの勝手なソロオペラが開演され、ステージ撤収作業に携わる係員から呼び戻された鷹木が彼女を引っ張って連れ帰ることとなったわけだが。

 

 翌朝もいつもと変わらず、オペラオーはグラウンドで早朝練習を行うウマ娘たちの中、曙光を浴びつつ歌声を響かせていた。彼女の奇行にはそろそろ他のウマ娘たちも慣れてきたのか、その場に近づかざるを得ない鷹木に突き刺さる視線も以前よりは減っていった。

 

「おはよう、オペラオー。」

 

「やあ!澄み切った朝の光の中で、ボクが輝いてばかりですまない!見たまえ!華々しくメイクデビューを飾ったこのボクを、世界中が祝福しているようじゃないか!」

 

「いや、負けてるんだよ、二着だっただろ昨日。」

 

「何を言っているんだ、勝者の居ないレースなど無いさ!ボクの目の前に、その輝きはあった!もはや手にしているも同然さ!」

 

「自信満々なのは悪いことじゃないが、少しは不安とか焦りとか……もういい。」

 

 オペラオーに付き合うことに慣れたつもりではあったが、彼女が声を響き渡らせて自分とのやり取りを広範囲に大公開し、その都度周囲からのクスクス笑いが自分にまで向けられることにやはり鷹木は慣れられなかった。

 

 そんな面々へ近づいて来る影が二つ、これまたお馴染みのナリタトップロードとアドマイヤベガである。

 

 トップロードの方は常通りに穏やかな笑みを浮かべ、爽やかに挨拶を投げながらこちらへ向かってくる。距離を取ること数歩、その背後をついてくるのはアドマイヤベガであったが……その表情は、いつにもまして暗く見えた。

 

「やぁ、ごきげんようオペラオーくん。」

 

「あぁ!ボクを導く王道、そして明けてなお眩き明星よ!」

 

「王道って、私のこと?そっか、練習じゃいつも私がオペラオーくんに先行してるもんね。」

 

 オペラオーが用意した勝手な二つ名をトップロードは笑って受け入れたが、アドマイヤベガの方はますます表情を険しくして顔を背けていた。

 

「ときに諸君、メイクデビュー戦はいかがだったろうか?皆が気にしているだろうボクの結果は既に学園中に響き渡っているだろうが、二位だったよ!!」

 

 勝てなかったレースの結果を、恥ずかしげもなく大声で宣言出来るオペラオーの胆力に、相変わらず鷹木は舌を巻いていた。

 

 自分の成績をわざわざ晒すことなどやりたがるウマ娘が他にいるとは思えなかったが、オペラオーを前にしたトップロードは躊躇なくそれに続いていた。流石に、グラウンド全体に響き渡るような大声では無かったが。

 

「奇遇だね、私も二位だったんだ。惜しいところだったんだけど、クビ差で負けちゃってね。」

 

「はーっはっはっは!そうか、ならばボクたちは互いに肩を並べているということだね!」

 

(肩を並べちゃいないんだ、お前は6バ身で負けてるんだよ。)

 

 鷹木は口にこそ出さなかったものの、オペラオーの方を見て呆れ顔を作るに留めていた。

 

 その場の会話に彼が参加しなかったのは、オペラオーと絡むことによる体力の浪費を厭ったためでもあるが……少し離れたところで一人ストレッチを続けるアドマイヤベガからいよいよ殺気立った空気が流れて来るのを感じつつもあったためだ。

 

「さて、アヤベさんはどうだったんだい?」

 

 鋭利な刃物のごとく神経を尖らせている彼女に対し、何の気兼ねも無くメイクデビューの結果を尋ねるオペラオーにはもはや貫禄しかなかった。

 

 当然のように無視を続けるアドマイヤベガであったが、代わりにトップロードがその返答を行ったことで顔を上げた。黒鹿毛の髪の間から、美しくも研ぎあげられた視線が貫き通る。

 

「凄かったんだよ、アヤベは一位だった。2バ身以上離しての勝ちだったんだけど……」

 

「降着、四位。」

 

 トップロードが継ごうとした言葉を先取りするように、アドマイヤベガ自身の声がレース結果を語った。

 

 降着……レース中に走行妨害があったと認められた際、その妨害を行ったと判断された選手が、妨害を受けたとされる選手よりも後の順へ回される制度である。実際のレースでは、ゴール後に「審議」のランプが点灯することとなる。

 

 降着で四位となったという事は、アドマイヤベガによって走行妨害を受け、本来の着順を落としたとされるウマ娘が三位になっているということだ。

 

「おやおや!アヤベさんが他の選手にぶつかりでもしたのかい?まるでヴィティヒを運んできたオルトリンデに、ジントルトを運んだヘルムヴィーゲが体当たりを食らわせたように!」

 

「そんなことしないよ、アヤベは。私は別のレースに出てたからその場の様子は見てないんだけど、微妙な判定だったらしいね。」

 

「……。」

 

 アドマイヤベガ自身は、黙って俯き続けているだけである。

 

 そもそも、何を以て走行妨害とするかは曖昧な所が多い。走行中の接触、直接的な手出しがあった場合は明らかだが、そもそも自分の後ろを走る選手が前に出にくいよう走りのライン取りをすることは違反でも何でもない。

 

 ゆえに判断があやふやな状況で走行妨害ありとの申し立てがあった時は、申し立てた側のトレーナーないしチームの力次第で結果が覆ることも有り得るのだ。

 

 レースを盛り上げ観客を呼び込み、学園に大きく貢献しているチームによる申し立てであれば、ジャッジ側も蔑ろに出来ない。逆に、チームに所属していない、そもそも担当トレーナーが居ない、そんなウマ娘であれば立場は弱くなる。

 

 何よりも、アドマイヤベガはサンデーサイレンスの血をひく血統バであった。その上でチームからの勧誘を悉く断っている……そんな彼女に圧を掛ける方針を、有力チームを率いるトレーナー達が固めつつあるのではないだろうか。

 

 たった今話に聞いたばかりの鷹木にも、そんな懸念が胸の奥から沸き上がりつつあった。

 

「はーっはっはっは!」

 

「なに笑ってんのよ。」

 

「なに笑ってんだ。」

 

 だからこそ、その場で高笑いを披露したオペラオーにはアドマイヤベガと同時に鷹木もツッコミを入れざるを得なかった。自身の学園における立ち位置を徐々に理解し始めたアドマイヤベガにとって、今の心境はこの晴れ渡った空とは対照的に暗澹たるものであったろうからだ。

 

「どうして祝福せずに居られようか、アヤベさん!君は一位だったんだろう、もっと誇りたまえよ!」

 

「だから、私は降着四位だって言ってるでしょ。」

 

「ならば、次のレースでも君は一位を取るだろう!もっとも、このボクと同じレースに出走するのであれば二位に甘んじてもらうがね!」

 

「なんですって……」

 

 苛立ちが小さな頂点に至ったのか、その端正な顔立ちをますます険しくしながら近づいて来るアドマイヤベガ。腰に手を当てて出迎えるオペラオーと彼女がこれほどまでに接近したのは初めてのことであった。

 

「おぉ、美しい一等星よ!ボクという太陽にここまで近づいてなお、そんなにも輝けるとは!」

 

「うるさい。私と勝負しなさい、テイエムオペラオー。いつもいつも余裕綽々で笑いやがって……その鼻っ柱、思い切りへし折ってやる。」

 

 彼女の提案に鷹木が驚いたのは言わずもがなであったが、トップロードは彼の隣で静かに笑んでいた。

 

「アヤベが我慢できなくなるの、もう少し早いと思ってたんだけどね。思ったより長いこと耐えたよ。」

 

 

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