覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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10月。いずれのウマ娘も大舞台を控える時期でありながら、まだ息抜きの間も見出せる頃。GⅠで活躍しているとはいえ、二戦続けて勝ちきれなかったエアシャカールを、アグネスデジタルは商店街へと連れだした。以前と同様、キングヘイローが福引きに夢中になっているとの噂を聞きつけてのことだったが、行った先には予想外の先客がいた。


追う者たちと、追い続けた者と、追われる者と

 秋も深まる10月の半ば。まもなく開催の近づく秋の天皇賞に向け、ありとあらゆる所でその話題は尽きない。

 

 ネット上で流れてくる記事や個人の書き込みは、昨年度のレース模様や、今年注目されるウマ娘たち……すなわち、京都大賞典にて熱闘を繰り広げた3名に加え、産経賞オールカマーを獲ったメイショウドトウの話でもちきりである。

 

 練習の合間の食事時間、隣に寄って来たアグネスデジタルがあれこれと話しかけてくる間も、エアシャカールは半ば上の空であった。

 

 彼女の思いをはせるにつけても即座に浮かぶのは、現在最も栄冠に近い者たちと、自身との遠さばかり。

 

「それでですね、結城トレーナーから頂いたアドバイスを思い出したんですよ。ダートは芝と逆に、良バ場の方が足が重くなるって。」

 

「あぁ……。」

 

「そりゃ大外の誰も踏んでない所は、ダートに足が埋もれますからね。ちょっと思い切り過ぎたかなと感じたけど、やっぱり最ウチに残って正解でした。それにしても、軽く走れる状態のダートって、芝との感触近いんですかね?ペースが速くなるのは似てる気がするんですけど。」

 

「知らねェよ。オレは芝でしか走ってない……。」

 

「そうでした。うーん、オペラオー先輩やドトウ先輩はデビュー間もないときにダートも走ってらしたし、いつか聞いてみたいですねぇ。とはいえ、今はとても気軽には会いに行けないでしょうけど。」

 

「……。」

 

 努めて明るい声を保って級友に話しかけ続けていたアグネスデジタルであったが、彼女も迂闊なウマ娘ではない。シャカールがお喋り好きな友を疎んではおらずとも、今はとても楽しい気分になれる状態ではないだろうことには勘付いた。

 

 もとより機嫌がよくとも鋭くつり上がっている彼女の眼の間、眉間には細かに皺が刻まれていたのだ。

 

 既に空っぽの食器をシャカールの分も運んで返却し、「悪ィな。」の声とともに立ち上がって練習場に戻ろうとしていた彼女をデジタルは呼び止める。

 

「あっ、シャカールちゃん!」

 

「んだよ。」

 

「そろそろ、トレーニングに戻る時間だろうけれど、ちょっと付き合ってもらっていいですか?今、秋の天皇賞も近いってことで、学園近くの商店街で福引き抽選会をやってるらしいんです!」

 

「悪いが、付き合ってる時間は無ぇよ。」

 

「さっき噂で聞いたんですけど、キングヘイロー先輩も商店街に向かったって話ですよ!」

 

 既に遠ざかりかけていたシャカールの背がピタリと止まる。無論、今なお現役で走り続けているキングヘイローの名を知らぬウマ娘は居ない。

 

 が、今のエアシャカールにとって、不屈の王と名高い先輩の存在は、大きな意味を持ちつつあった。

 

 かつての黄金世代を煌びやかに彩ったスペシャルウィークやグラスワンダー、セイウンスカイらの影に隠れ、GⅠで勝てぬままに諦めることなく走り続けたキングヘイロー。今年の3月、遂に一着の栄冠を勝ち得た彼女の勝利は日本中を沸かせ、トレセン学園のウマ娘たちにも大きな希望を与えた。

 

 とはいえ、実際に似たような立場に置かれる身となれば、闘志を失わずにいるのはそうそう容易いことではない。一つ上の先輩たちが世間の話題となり、同年代相手にも勝てずにいる中で、次のレースへの熱意を保ち続けるための燃料はいずれ底が見えてくる。

 

 シャカールが勝てずにいるのは今のところ皐月賞以降の二戦であったが、キングヘイローは走り続けること4年目にしてようやくGⅠでの一着を勝ち得るまで諦めなかったのである。

 

 そんな先輩に会って、何らかの糧になる話を聞き出すという行為は、シャカールが「ロジカル」だと判断する対処ではあった。

 

「……先輩のところに顔出したら、すぐ帰るからな。」

 

「よっしゃ、気が変わらないうちに行きましょう!こういうのは友達と一緒に賑やかに行くもんだって相場が決まってますからね!」

 

 エアシャカールの心境を慮って誘ったなどとは一言も告げず、あくまで自分の楽しみに付き合わせたという体裁を保って商店街へと連れていくアグネスデジタルは、友人の性質をよくよく理解していた。

 

 トレセン学園の真隣りにあることもあり、ウマ娘のみならずウマ娘レースのファンも訪れることの多い商店街。秋の天皇賞直前という時期もあり、売り上げを見込んだ店の並びには呼び込みの声が絶えず、そぞろ歩く通行人たちで大いに混雑している。

 

 先輩たちほどの有名人ではないにせよ、仮にもGⅠに出走したウマ娘の一員であるエアシャカール、そしてアグネスデジタルは一応その顔を隠すように帽子やマスクを着用していた。

 

 とはいえ耳や尻尾を隠しているわけでもない以上はウマ娘であること自体は一目瞭然であり、眼光だけで威圧感を放っているシャカールへ敢えて話しかける通行人は居なかったものの、アグネスデジタルには早くも小太りの男が話しかけてきた。

 

「むむ、もしや、あなたは同志アグネスデジタル殿では?」

 

「おや!そう仰るあなたは三枚目ブラザーズさん!先週のライブ会場でご一緒しましたね!」

 

「あの時はデジタル殿のおかげで楽しいひと時を過ごせましたぞ。ところで、そちらはご学友で?」

 

「えぇ、今日はちょっと私の用事に付き合ってもらってるんです。それじゃ、私たちは向かう先があるので。」

 

「今月末の武蔵野ステークス、健闘を祈っておりますぞ!おつかれナス!」

 

「おつあり!」

 

 数メートル進むごとに、何かしらの知り合いと遭遇するらしいアグネスデジタル。そんな彼女を背後に、シャカールはぼそりと呟く。

 

「随分と知り合いが多いんだな……」

 

「えぇ、一緒にキラキラを追いかけていれば、自然と志を共にする間柄は生まれてくるもんです。シャカールちゃんもどうです、今月は菊花賞に備えなきゃでしょうけど、来月あたり一緒にライブでも?」

 

「来月はジャパンカップだ、オペラオー先輩も出る。」

 

「そうでした。」

 

 シャカールが気を尖らせているとすれば、この大舞台が二か月連続で待ち構える今のスケジュールに因るものに他ならなかったろう。

 

 今の心境をそのままに続けてしまっては、確実に自分が焦りを抱いたままレース本番に突入してしまうだろうとの懸念を彼女は抱いていた。

 

(オペラオー先輩ならばまだしも、キングヘイロー先輩ならマトモに話を聞けるかもしれねぇし。)

 

「あっ、キング先輩です、居ました!」

 

 雑踏の中では身長も埋もれてしまう小柄なアグネスデジタルが、どうにか指をさしている方向にはちょっとした人だかりができていた。

 

 直接的にキングヘイローの姿が確認できたわけではなかったろうが、今の状況であれだけの人を集める存在は他に考えられない。

 

「ちょっと通してください!すみません、通りますよ!」

 

 シャカールの眼光も手伝いつつ、群衆をかき分けて徐々にその中心へ進んでいくアグネスデジタル。が、間もなく、その苦労は不要となった。

 

「はーっはっはっは!おぉ、そこに現れるは憧憬を追いし者、アグネスデジタル!そして怜悧なる捕食者、エアシャカールじゃないか!」

 

「オペラオー先輩!?」

 

「あら、王同士の会談に、騎士たちも参じたというところかしら。」

 

 たしかにその場にはキングヘイローも居たものの、テイエムオペラオーの姿も見出されようとは想定外であった。

 

 後輩たちの姿を目ざとく見出したオペラオーの呼び声によって、自然と人垣には道が空けられ、シャカールとデジタルは楽々と先輩ウマ娘たちのもとにたどり着く。見れば、多少は顔を隠すように帽子やマスクを身に着けて来た自分たちとは異なり、キングヘイローもオペラオーも一切の変装をしていなかった。

 

 オペラオーの背後で、担当トレーナーの鷹木がどこかやつれた様子であった理由もなんとなく察された。

 

 きっとトレーナーとしては天皇賞を控えた担当ウマ娘が練習場の外へ遊びに出ることを止めはしただろうが、容易く自らの決定を撤回する覇王ではない。

 

「さぁ、キミたちも運命の女神に願いを託し、福引きを回すがいい!キングヘイロー先輩が、今年はあらかじめ大量の抽選券を入手してきたからね!」

 

「お買い物の予算を計画的に貯蓄してきたおかげよ。私に力を貸す権利をあげるわ、そろそろ福引き器を回す腕が疲れて攣りそうになっているの。」

 

「ちなみにボクも回したが、なかなか当たらない!はーっはっはっは!」

 

 オペラオーは謎に誇らしげであったが、たまにしか出ないはずの外れを何連続も当て続けるのは、一種の豪運であることに間違いはなかった。

 

 見れば、既にキングヘイローの腕に下げたバッグの中からは、はみ出さんばかりにポケットティッシュが詰め込まれている。

 

「ひょぉぉぅ……キング先輩、やる気勢ですねぇ!」

 

「当たらなけりゃあ、それが結果ってことで終わるんじゃねーのか、こういうのは。」

 

 キングヘイローに会えばあれこれと尋ねてみたいことを胸の内に準備していたシャカールであったが、現状はとても真剣な話題を切り出せる状況ではなかった。

 

「当たるまで回せば、外れなんてないの!決してあきらめないのが王なのよ!」

 

「さすがはキング先輩です!私たちもやってみましょう、シャカールちゃん!これで次のレース結果を占えるかもしれませんよ!」

 

「ロジカルじゃねぇぜ。結果は実力が決めるもんだ。」

 

 キングヘイローから抽選券を受け取り、ウキウキと抽選器のもとへ寄って行くアグネスデジタル。シャカールは毒づきながらも、やはり彼女に倣って先輩ウマ娘から福引き抽選券を受け取った。

 

「あなたなら当てられるかもね、今年の皐月賞ウマ娘さん!」

 

「……それ以来、勝ててねェけどな。」

 

 抽選券を差し出すキングヘイローに近づいたとき、エアシャカールはようやくその話題を切り出すことが出来た。

 

「……なんだ?先輩……」

 

 キングヘイローはシャカールに渡しながら、しかし券を離そうとしない。悪戯っぽい笑みを浮かべながら、キングヘイローの瞳はシャカールの心の中まで覗き込むように澄んでいた。

 

「結果は『出なかった』んじゃなくて、『まだ出ていない』だけよ。」

 

「……。」

 

「私は、その結果を出すまで4年かかっちゃったけれどね。ほら、行きなさいな、せっかく私の手助けをする権利をあげたのだから!」

 

 視界の端で勢いよく抽選器を回していたアグネスデジタルであったが、ポケットティッシュを手にすごすご戻ってきていた。

 

 代わりに向かったエアシャカール。真横で無駄に響き渡る声量の応援を投げかけるオペラオーから耳を背けつつも、ガラガラと抽選器を回す。

 

 コトリと転がり出た色を目にして、店員が手にした鐘を鳴らした。

 

「おめでとうございます!一等の巨大にんじんハンバーグです!」

 

「マジか。」

 

「シャカールちゃん!凄いじゃないですか!先輩たちがこんだけティッシュを出しまくったおかげかもしれませんが!」

 

「当然だわ、後輩に花を持たせるために、ほとんどの外れを引き受けたんですもの!おーっほっほっほ!」

 

 どうやら、にんじんハンバーグなる賞品は調理の手間が必要らしく、抽選会の裏ではスタッフたちがバタバタと走り回っている。

 

 シャカールの気分としてはさっさと人ごみも抜けて帰りたいところであったが、寄ってくるオペラオーやキングヘイローたち先輩のブロックから抜け出すことは至難の業であった。

 

「どうやら、今回の運試しは吉と出たようだね!菊花賞の栄冠を手にするのはシャカール、キミだろう!」

 

「運で勝負が決まってたまるかよ。オレは実力で勝つだけだ……オペラオー先輩にも。」

 

「あぁ!来月のジャパンカップを楽しみにしているとも!はーっはっはっは!」

 

 退路を断たれたシャカールの目の前に、机が用意され、テーブルクロスが敷かれ、皿やナイフやフォークが並べられていく。

 

 まさか、この場で周囲からの視線を浴びながら食せとでもいうのか、先ほど昼食を済ませたばかりなのに……と嫌な予感が募りつつあるシャカールの傍らでは、アグネスデジタルがキングヘイローとの会話に夢中になっていた。

 

「そういえばあなた、芝のコースも走っていたわよね。それも、距離はマイルで。」

 

「はい!今月の末はダートのレースに出るんですけど、来月は芝マイルの舞台に出るんです!」

 

 キングヘイローの表情はにこやかなままではあったものの、その目には鋭い光が宿ったようであった。

 

「あら、奇遇ね。私も出走が決まっているの。」

 

「マイルチャンピオンシップです……よね!キングヘイロー先輩のお名前も、出走予定リストにあったの、見てます!」

 

「お手柔らかになんて言わないわ、全力で来なさい。」

 

「もちろんです!」

 

 和やかな雰囲気の商店街の中、笑顔を向け合いながらも静かに闘志を滾らせているウマ娘たち。

 

 その傍らでは何故かスタッフ扱いされている鷹木トレーナーが運んできたトレーの上に、シャカールへ与えられる賞品、にんじんハンバーグの巨体がデンと乗っていた。

 

「おぉ!まさに王者にふさわしきゴージャスな午餐じゃないか!ついでにボクの生オペラも添えよう、存分に食すがいい、シャカールくん!」

 

「……マジで、当たったこの場で食えってのか……?」

 

 困惑するシャカールであったが、祝福ムードに取り囲まれた中で引っ込みのつかない状況はますます盤石となっていく。

 

 とはいえ彼女を取り囲む笑顔の数は今までになく多く、笑いこそしないもののシャカールの眉間には全く皺が寄っていなかった。

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