師走も目前に迫り、いよいよ冬本番を迎えつつあるトレセン学園。ウマ娘たちが授業やトレーニングに打ち込んでいる時間帯、行き来する者もほとんど居ない正門前は静まり返っている。
そんな中、独り佇むウマ娘の姿があった。
厚手の裾の長いコートに、口元を隠すように巻かれたストール。走りやすい姿とは縁遠い恰好をした彼女は、何者かを待つようにじっと正面の通りを見据えている。
やがてピクリとその耳が動き、同時に遠くから重々しいエンジン音が響いてくる。街中ではまず見かけることのない重厚な車体のリムジンカーが正門前に乗り付け、助手席から降りて来た黒スーツの男がすみやかに後部座席の扉を開いた。
そんな仰々しい扱いによって車の中から姿を現したのは、これまたVIP扱いからは縁遠そうな、未だにどこか田舎っぽい雰囲気の抜けないウマ娘である。
「グラスちゃん!久しぶり!」
スペシャルウィーク。
今となっては彼女の名を知らぬ者など居ない、現代ウマ娘の代名詞とも呼べる存在。引退後も精力的にウマ娘レースの魅力をメディアに出て伝え続け、今やウマ娘という枠を超えた一大タレントの座にまで上り詰めている。
そんな多忙を極める友人としばらく会っていなかったグラスワンダーであったが、こちらに向けられる笑顔が大して以前と変わっていなかったことに多少の安堵を得たようであった。
「遅刻ですよ。相変わらずですね、スペちゃん。寮の門限に間に合わなかった頃を思い出します。」
「ごめーん!次の番組の打ち合わせが長引いちゃって。……あっ、ここで待っててもらっていいですか?」
おそらく彼女の身辺警護を任されているのだろう黒スーツの男に対しても、腰低く待機を頼むスペシャルウィーク。
彼女は今まで、学園生活、数々の大勝負、そして著名人の仲間入りを果たすまで数え切れぬほどの経験をしてきただろう。にもかかわらず今なお、まるで昨日初めて北海道から出て来たばかりであるかのように振舞うウマ娘であった。
グラスワンダーは思わず小さく笑い声をあげ、スペシャルウィークからの真っすぐな視線を受け止める。
「なっ、何?何か、変だった?」
「いえ……スペちゃんは本当に、変わっていないなと。」
「そう?これでもかなり、垢抜けたんじゃないかなって思ってたんだけど。」
「今のままが良いでしょう、スペちゃんの魅力が抜けちゃいます。」
「都会ウマ娘目指してたんだけどなぁ。」
グラスワンダーとの会話を楽しみつつも、やはり次のスケジュールが押している中でトレセン学園を訪れたのだろうスペシャルウィークは、足早に校舎の方へと歩いていく。
が、その途中で振り返る。
「グラスちゃん、手、貸そうか?」
裾の長いコートの下で、グラスワンダーは杖を突いていた。
スペシャルウィークが引退した翌年も現役で走り続けた彼女であったが、6月の宝塚記念、テイエムオペラオーとの対決でもあったそのレースを走り終えた直後、骨折の発覚したグラスワンダーはそのまま引退する運びとなっていた。
体が故障をきたすまで走り続けたのはグラスワンダー自身の判断ではあったものの……黄金世代が現役であった間、最強格スペシャルウィークと競い続けた負荷が脚に蓄積していたことは疑いようもない。
今は車椅子生活からは脱し、リハビリを続けながら日常生活に支障のない状態にまで身体能力も回復させていたものの、せかせかと歩くスピードについて行けるほどではない。
そんなグラスワンダーに対し、過度の気遣いも感じさせずに手を差し伸べられるのもまたスペシャルウィークであった。
「いえ、お構いなく。しかしスペちゃんの次の予定が押してきているのなら、先に理事長さんのところへ行ってください。」
「そんなの出来ないよ、一緒に行こ。それにグラスちゃんの圧がないと、理事長さんに言いたいこと言えずに帰っちゃうかもしれないし。」
「“圧”って、私のことを何だと思ってるんですか。」
冗談めかして笑いあうスペシャルウィークとグラスワンダー。
しかし、彼女らの目的……すなわち、この学園の理事長に伝えようとしていることというのは、真剣そのものな内容であった。
一方同じころ、テイエムオペラオー担当トレーナー、鷹木は流し慣れた冷や汗をじっとりと感じながら、ウマ娘の練習場を後にしていた。
またもや彼は、トレセン学園主任会議からの呼び出しを受けたのである。
その呼び出しを受けた時、彼には同時に複数の悩み、不安が降り注ぐこととなった。12月の有馬記念を前にして、オペラオーのトレーニング時間を削るわけにはいかない。
「はーっはっはっは!存分にその会議とやらに参加してきたまえ!ボクは、自らの美と対話しながらキミの帰りを待つよ!」
「ちょっと何言ってるのか分からないな。」
テイエムオペラオー自身から告げられた謎めいた宣言を聞き流し、ともかく放っておいては真面目にトレーニングを続けるとも思えぬ、この独特すぎるウマ娘をどのように待たせておくべきかが最初の悩みどころであった。
他のトレーナーに任せるという手段は、学園側から公式に用意された選択肢ではあった。やむを得ずトレーニングの場を外さねばならぬ時、要請すれば手の空いているトレーナーを練習にあてがうことは出来る。
しかし、その「手の空いているトレーナー」の質が高いわけではないという懸念は、たかだか一日だけのことであっても十分に重たかった。せっかく今まで綿密に積み立ててきたトレーニングメニュー、極力最適化できているはずの走り方を、浅慮から来る不適切なアドバイスで崩されてはたまったものではない。
ほかならぬ鷹木自身が、ウマ娘を担当することも叶わずフリーであった時期を経験していただけに、そして今なお自分の指導の質に確信を持てているわけではないだけに、他人の手を借りることはまず考えられなかった。
無論、腕のあるトレーナー、チームを担当するほどのトレーナーともなれば、まずスケジュールが空いていない。それに、今年度活躍できているウマ娘は、すなわち有馬記念に出走する競争相手である。
あれほど胡散臭い男だと感じていた片桐に対しても、競走相手たるメイショウドトウを担当するトレーナーでさえなければ自分の不在を任せたいとまで鷹木は考えていた。
煩悶する彼のもとに、自ら白羽の矢を携えて飛び込んできたのがアグネスデジタルであった。
「あの!私、来年からは芝のレースにどんどん出走していきたいんです、マイルだけじゃなくて中距離も視野に……。だから、オペラオーさんのお邪魔でなければ、一緒に練習させてもらえないでしょうか!」
「おぉ!なんと意思に満ち、鮮烈な光が現れたことだ!さぁ、ボクのもとへ!共に美を語らい、大いに探求しようじゃないか!ボクは今、美しき覇王のポーズを何パターンか思案中で……」
「分かった!アグネスデジタル、オペラオーとの並走練習に参加してもらおう!」
願っても無いアグネスデジタルの申し出を、テイエムオペラオーが不穏な方向に持っていく前に、鷹木は並走練習のセッティングを始めた。最近のオペラオーが新たなる競走相手として興味を見出しつつあるアグネスデジタルが居れば、少なくとも走ることに意識は向くだろう。
それに、実際にGⅠレースに出走し、勝ちも負けも経験したアグネスデジタルと競い合う方が、下手なアドバイスを与えられるよりずっと実りある時間となるはずだ。
彼女らにコース設定を告げ、そして走りこんだ後はきちんと休息を入れることなどを言い残したうえで、鷹木は会議室へと向かったのであった。
あれこれと思い悩む状況から解放され、会議室へと脚を動かすことに専念する静けさに包まれれば、たちまち鷹木の胸中には別なる不安が沸き起こり始めた。今回の主任会議では、何を指摘されるのだろうという懸念である。
先日のジャパンカップでも、テイエムオペラオーは勝ってみせた。
あの最終直線、オペラオーが集団の中に完全に埋もれたままの姿を見た時の鷹木は心臓に氷が詰め込まれたかのような思いであった。
が、危なげなく抜け出した後のオペラオーは、メイショウドトウ、アドマイヤベガのスパートにも遅れることなく、彼女らとのデッドヒートを制して一着でゴールインした。皆が温存したスタミナを確保している状況で、なお頭一つ飛びぬけた末脚をもって。
しかし、今思い返してみれば、鷹木は自分自身の指導に不安を見出していた。オペラオーはその図抜けた能力をもってして勝利を勝ち得てきたが、果たして鷹木からの助言は彼女の力となっていただろうか?
一周が長い東京レース場のコーナーにて、ウチ側と外側の距離差を考慮し、極力ウチを回るようにとレース直前の鷹木はオペラオーに伝えていた。コース部分の区間が長いほどに、外を回る際の負担は大きくなる。
しかし、そんなことは鷹木でなくとも、他のトレーナーでも、ひいては多少レースに詳しい観客でさえ言えることだ。オペラオーは鷹木のその助言に従い……結果的に、バ群に埋もれることとなった。
ウチ側を回れば距離的には有利になり、スタミナ消費も抑えられる。しかし、1番人気のウマ娘、それも既に7連勝目が掛かっているウマ娘ともなれば、ウチ側を回っている中でマークされ、前後を塞がれ、外側へと抜け出せないようブロックされがちになることも十分に予測できたはずだ。
故に、オペラオーの注目度、および彼女自身が有する計り知れない身体能力を鑑みれば、多少スタミナのロスを覚悟したうえでも、外へ抜け出しやすいコース取りを指示すべきだったのではなかろうか。
あの最終直線での攻防は、ほとんどテイエムオペラオーの巧みな足さばきによって集団から脱出し、実現したものであった。集団に埋もれることさえなければ、オペラオーはもっと早いタイミングで仕掛けることが出来ていたはずだ。
(また……俺の経験不足か。)
オペラオーがGⅠレースで1番人気となるのは今年に入って繰り返されてきたことではあったが、そんな人気ウマ娘を担当するトレーナーとしてのノウハウを身に着けるには、鷹木の経験があまりにも浅すぎた。
しかし……鷹木は考え直す。
あの覇王テイエムオペラオーが、他のウマ娘から意識的にマークされることを回避するような作戦に、乗るだろうか?
彼女の性格上、むしろ徹底マークされることを歓迎する可能性の方が高かった。全てのウマ娘が勝つために走っていく限り、ゴール前の攻防は必然的に実力勝負となり、自分をマークしてきたウマ娘と並んでの末脚比べとなるからだ。
そう、「勝つために走っていく限り」、の話である。
強者同士の果し合いを望むオペラオーの視野に欠けているのは、自らの勝利を捨て、妨害に徹する作戦を取るようなウマ娘の存在だった。
今のところ、そんな競争相手がオペラオーと同じレースに出走してはいない。
先日のジャパンカップでも、コース取りの中でブロックされることはあれども、最終直線では意図的に進路を塞ぐような真似をするウマ娘はおらず、おかげでテイエムオペラオーは僅かな隙間を見出して前へと躍り出たのだ。
が、もしも次の有馬記念で、妨害に専念するように指示された一団が、オペラオーを取り囲みでもしたら……。
鷹木というトレーナーは経験不足であるのみならず、トレーナーとしての立場も盤石なものではない。有力チーム同士であれば、常時より互いに存在感を示しあい、チーム間で過度の妨害を起こさぬよう牽制し合うことが出来る。
一方、チームを見ているわけでもない、ただテイエムオペラオーという異才を担当したがために大舞台へと上がることとなった鷹木。他チームから妨害を受けたとて、「単なるコース取りだ」と言い張られては、何も言い返せず引き下がる他にない。
今回のトレーナー主任会議からの呼び出しは、その懸念も含めてのことではなかろうか。
そんな想定も浮かんだ鷹木の脳内では、次にオペラオーにどのような指示を出すつもりかと問われた場合、何も具体的な文言が浮かんでいないことへの焦りが募りつつあった。
(マークされづらいよう、大外を回っていけと伝えます……か?いや、オペラオーの性格を分かっているなら、最速を狙えるコースを捨てるような指示なんか出せないよな……。)
トレセン学園の側は、自分の何を見極めようとしているのか。そも、自分を良く見せようとして会議の場に立つ意思自体、不純ではないのか。テイエムオペラオーの担当トレーナーとして、最善を尽くすとはどうすることなのか。
ますます脳内がこんがらがってきた鷹木であったが、そんな彼の脳裏に浮かび上がって来たのは、いつかオペラオーから聞かされた言葉である。
“ウマ娘が走りを諦めるのは、死ぬときだけだ。”
レースに出て走り続ける道を選んだウマ娘たちは、まさに自分たちの存在意義の全てを懸けてターフの上を、或いはダートの上を走り続ける。
そんな彼女たちの生命が翔る場を、汚すことも曇らせることもなく、全力で支えるのがトレーナーではなかったか。トレーナー自身の口から、彼女らの脚を鈍らせる要因となる言葉など、一片たりとて吐かれるべきではないのだ。
皆が全力を発揮できる走りを行い、鍛錬した身体と研鑽した技術を、惜しげも無く競い合う……
「……それが、ウマ娘レースというものでしょう!?」
「!?」
切迫した声が扉の向こう側から響き、鷹木はビクッとして足を止める。
思い悩みながら歩を進めて来た鷹木は、既に会議室の前にたどり着いていた。が、扉は未だ、彼の入室を拒むかのごとく硬く閉ざされている。
そんな中から響いてきた声は、どこか聞き覚えのあるものであったが、誰の声であったかを鷹木は思い出せない。
それもそのはず、滅多なことでは声を荒らげないスペシャルウィークが、珍しく発した怒声であったのだ。会議室の内側では緊迫した空気が満たされていた。
重鎮トレーナーに囲まれ、会議机中央の理事長と向かい合っているのは、スペシャルウィークとグラスワンダー。晴れやかな勝負服やトレセン学園の制服を着ていた頃と異なり、フォーマルな装いに身を包んだ彼女たちは一気に大人びて見えた。
しかし、その眼差しからは現役選手として走っていたときの熱意が褪せてなどいない。むしろ、一層強い意志を伴って、理事長、および周囲のベテラントレーナー達を見据えていた。
しばしの沈黙ののち、理事長、秋川やよいがおもむろに口を開く。
「合点。……君ならば、そう言うだろうと考えていた。」
「理事長だって、同じ思いのはず。どうか、さっき言ったことは、あり得ないことだって訂正してください。」
「苦渋……これも君ならば分かっているだろう、トレセン学園が要する莫大な維持管理費用は、無から湧いて出るものじゃない。」
「そんな話を、聞きに来たんじゃありません。」
スペシャルウィークに変わって、グラスワンダーが静かに口を開く。
熱に溢れたスペシャルウィークの声と対照的にそれは穏やかであったが、当てれば肌を容易く切り裂きそうなほどに研ぎあげられた刃の冷たさがそこには備わっていた。
周囲に座を占めるベテラントレーナーたちは、彼女らの気迫に圧されたように黙り込むのみ。表情を変えることなく、応じ続けるのは秋川理事長のみであった。
「重々……ウマ娘たちが走りに本気だからこその、熱いレース。私とて、忘れたわけではない。」
「だったら、理事長は、理事長こそ、絶対に許しちゃいけないんです……ウマ娘レースの順位を操作して、盛り上げようだなんて。」
スペシャルウィークの口にする言葉の末尾が震えたのは、怒りとも悲しみともつかぬ、ただ我慢ならぬ思いによるものだったろう。
順位の操作。スポンサー側から、そのような声が上がることは、何も前代未聞の出来事ではない。
かの皇帝、シンボリルドルフも「勝ちすぎて面白くない」と評され、意図的な妨害の危機に晒されたことがあった。
年間無敗。8連勝。テイエムオペラオーのそんな一大実績が掛かった大一番にて、まさかの大番狂わせで別のウマ娘が勝利を得る。そのような展開になれば、確かに全国の話題をかっさらうビッグニュースになるのは間違いない。
それが死力を賭しての勝負の結果であればこそ、勝ったウマ娘は心の底から喜べるのだ。
が、レース場の外、経済や収益にのみ目を奪われた人間の意図に沿った出来レースに過ぎなかったとしたら……。
「私たちウマ娘は、命を懸けて、走っているんです。」
いつもにこやかに、表情を曇らせることのまず無いスペシャルウィークが、思い描き得る最悪の予測に顔を歪ませている。きっと彼女は、有馬記念の実況席にも着くだろう。目の前で、自分の後輩たちが全力のレースを展開することに期待して。
やがて、トレセン学園の理事長は、スペシャルウィークのそんな顔を見ているのが辛くなったようであった。
「……承知。各チーム、各出走ウマ娘には、今まで通りに走るようにのみ、伝える。学園の外の人間たちの対応は、任せておけ。」
「信じていますよ、理事長。きっと皆が全力で競い合うレースに、なりますよね。」
「当然……ッ!忙しい中、私に会いに来てくれて感謝する!おかげで、私も改めて目が醒めた!」
「ところで理事長、先ほどから扉の前に待たせておいでの方は?」
グラスワンダーが問うたのは、何やら緊迫した空気を感じ取ったまま、会議室に入れずにいる鷹木の存在である。
ウマ娘の聴覚は鋭い。成人男性一人分の足音が先ほどやってきて、立ち止まり続けていることぐらいは聴き取っている。
「招集ッ!テイエムオペラオーのトレーナーだ、彼には……そう、ジャパンカップの労いと、有馬記念に向けての激励を用意している!」
元々は、鷹木に対してはオペラオーに怪我をさせないような安全な走りを促す予定だった理事長。無理に勝つため押し通ろうとして、レース中の衝突や接触を起こされては盛り上がりどころの騒ぎではなくなってしまうからだ。
そして、鷹木がオペラオーに無理のないコース取りを指示し、その結果オペラオーがレース中に取り囲まれた状況から脱出できることなく敗北した場合、その結果は意図的にもたらされたものであるか否か曖昧となる。
理事長自身としても、気の進まぬ話ではあった。先例から今回の動きを予見したスペシャルウィークたちの訪問を受けるまでは、トレセン学園への経済的支援を止められる恐れに心が靡きかけていた。
今となっては、強引なブロックなど無いレースの中で、各ウマ娘たちは本来通りの実力を発揮できることが決定されていたが。
「では、私たちはお邪魔にならないよう失礼します。スペちゃん、次の予定は?」
「わわっ、ギリギリ!それじゃあ、急いで行かなきゃなので、私もこの辺で!」
目の前でバタンと勢いよく開いた扉に、鷹木はあわや顔面をぶつけるところであった。
「うわっ!?」
「あっ!どーも、オペラオーのトレーナさん、お久しぶり!ゴメンなさい、私は次のスケジュールが押してきてるので!」
「お、おぉ……どうも……。」
さすがに屋内では速度を加減しているものの、現役時代の激走を彷彿とさせる脚の速さで瞬く間にスペシャルウィークは校舎を飛び出していった。
「ふふ、そそっかしいところは、何も変わっていないでしょう?」
裾の長い外套の下から、杖の先をコツコツと突きながらグラスワンダーがゆっくりと会議室から歩み出てくる。
その向こう側、やはり窓から入ってくる外光を後光のように背負って、秋川理事長のシルエットが浮かんでいた。
「歓迎ッ!鷹木トレーナー!まずはこれまでの活躍、名指導、賞賛しよう!」
「はい?……あ、あぁ、ありがとう、ございます……。」
あれやこれやと一人で思い悩んでいた鷹木であったが、唐突な賞賛の言葉を理事長から浴びて面食らったまま、よたよたと会議室へと踏み入っていく。
その後の彼が、ベテラントレーナー達に囲まれた状況下で、理事長からの賛辞やら激励やらをひたすら浴びている間、冷や汗を絞り出さんばかりであったことはまた別の話。
「私も、後輩たちのレースを守るため、私なりに全力を尽くしますよ。スペちゃん。」
口元をストールで隠しながらも、グラスワンダーが静かに笑みながら見つめる窓の外では、冬を連れてくる木枯らしが学園内の並木を揺すっていた。