覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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 仮に勝ったとしても、進路妨害があったと見なされれば負けとなる「降着」。降着扱いとなる経験をしたウマ娘は、やはりその後の走り方にも心理面からの影響が出てしまうのかもしれません。デビュー戦で降着四位となったアドマイヤベガと、テイエムオペラオーが練習試合。
 やはり、今にしてみるとアヤベさんの性格がオリジナルな要素を多めに含んでますね。


走り方は自ら定まる

 ナリタトップロードに見送られながら練習場のスタート地点へ向かっていく二名のウマ娘は、実に対照的な振る舞いを見せていた。

 

 オペラオーはいつも通り滑稽なまでに大袈裟な身振りを交えあれやこれやと話しかけていたようだったが、アドマイヤベガは彼女の方を見向きもせずスタスタと歩んでいく。

 

 普段から鋭い目つきが特徴的なウマ娘であったが、勝負を前に精神を研ぎ澄ませていた今のアドマイヤベガはよほど突き詰めた表情をしていたのだろう。二人の行く先でその表情を目撃したと思しき他のウマ娘たちが、次々に無表情となって自然と道を開けていく。

 

 トラックを半周した先のゴール地点で待つ鷹木の隣で、ナリタトップロードもまたその様に気付いたようであった。

 

「アヤベ、本気でやるみたいだね。今までは、あんなに皆から見られる場所で走りたがらなかったのに。」

 

「当然だろう、自分の走り方を将来のライバルたちに見せてしまうことになるんだから。」

 

 自分の得意とするレース展開を周囲に見せてしまうことは、本番でマークされる可能性を鑑みれば避けるべき行為である。アドマイヤベガのように注目を浴びやすいウマ娘であれば、なおさらである。

 

「どういう心変わりなんだ、今になってオペラオーとの競走練習をしようだなんて。」

 

「真剣にレースに取り組んでるアヤベは、オペラオーくんがずっと朗らかに振る舞っているのを見て、イラッとしたのかもしれないけれど……」

 

 スタート位置に着いた二名は、今から競走を開始するという段になって初めてスタート合図を出す役が居ないことに気づいたようであった。

 

 またしてもオペラオーが周囲に呼びかけを行っているようだが、殺気立ったアドマイヤベガと悪目立ちするオペラオーのもとへわざわざ寄って行こうとするウマ娘は居ない。

 

 きっとその適任はトップロードであったろうが、ゴール地点で待つことに決めているのだろう彼女は慌てもせず、ゆったりと二人のスタートを待っているばかりであった。対照的なオペラオーとアドマイヤベガに挟まれがちな彼女もまた、傑物としての貫禄を纏っていた。

 

「きっと、本気での走りをやりたくてウズウズしてたんじゃないかな。」

 

「メイクデビューでは、本気で走っていなかったのか?あの子。」

 

「だと、思うよ。きっとアヤベが本気を出せば、二着とは2バ身程度の差じゃ済まない。」

 

 血統ウマ娘は、実際にそれだけの強さを秘めているのだ。クラシックステージがオペラオーに6バ身もの大差をつけてゴールした光景を思い返しつつ鷹木は頷き、トレーナーとしての見解を述べた。

 

「やはり、チームからの勧誘をことごとく断った手前、不用意に目立つのを避けようとしたんだろうか。」

 

「さぁね。何にしても、メイクデビューは走りも結果も、アヤベにとって不本意な要素ばかりだったのは間違いなさそうだ。」

 

 スタート地点では結局、オペラオーが自身の声でスタートのタイミングを決めることとしたようであった。スタート姿勢を取ったアドマイヤベガの隣で、同じく準備を整えたオペラオーが声を張り上げる。

 

「位置についてェ!」

 

「うわ、凄いねオペラオーくん。ちょっと大声を出すだけで、トラックの反対側まで楽々聞こえるんだ。」

 

「おかげで毎度鼓膜がやられそうになってるよ。」

 

「よぉーい、ドン!」

 

 オペラオーの声で掛かったそのスタート合図はどこか間が抜けていたが、しかし競い合う両名が本気で走り始めたことは芝を蹴る蹄鉄の響きが伝えた。

 

 たった二名で駆けているに過ぎない蹄鉄の音は、音量だけであれば遠く、さして大きく響くものではない。……殊に先ほどのオペラオーの大声を耳にした後であれば。

 

 が、いつだってウマ娘が全力で芝の上やダートの上を駆けていく時、その躍動は同じ地に立つ者の足裏から体内へと入り込み、心臓を共振させるかのごとく昂らせるものだ。

 

「オペラオーくん、先行するんだね。」

 

 ナリタトップロードの落ち着いた声が耳に届き、初めて鷹木は自分の興奮に……我知らず手に汗握り、二人の競走を食い入るように見つめていることに気づいた。

 

「私と一緒に練習するときは、いつも差しを狙ってきたのに。」

 

「アドマイヤベガが追い込み寄りの脚質だから、だろうな」

 

「それ、あなたがオペラオーくんに教えたの?」

 

「……いいや。」

 

 正直な所、鷹木はオペラオーが自ら相手に合わせて走り方を変えたことに驚いていた。対戦相手の情報は全く渡しておらず、にもかかわらず共に駆け出して最初の数秒で相手の走りの癖を悟ったとでもいうのだろうか。

 

 いや、偶然だろう、と鷹木は首を横に振る。あり得ない、ウマ娘はトレーナーが収集してきた情報をもとに指示する戦術で、ようやく能力の真価を発揮できるものだ。

 

 そうでなければ、トレーナーの存在価値など無くなってしまうではないか……。

 

「ん、アヤベ、いつもより早めに仕掛けに来たね。」

 

 まだ第1コーナーを出掛かった頃であったが、早くもアドマイヤベガはテイエムオペラオーに並び、外側から抜き去ろうとしていた。

 

 基本的に差し、追い込みの選手は最後の直線でスパートを掛け、先を走るウマ娘を追い越すのが定石である。直線に入る前からスパートを掛け、長めの加速を経てトップスピードで最終直線に突入する作戦で勝機を見出すのは、ごく一部のウマ娘に限られた。

 

 確かにカーブの時点で先頭に躍り出ていれば、最終直線を他のウマ娘によるブロックなど気兼ねなしに突っ切ることが出来る。だが、脚をためていられる時間はその分短くなり、スパートを掛け続ける時間は相応に長くなる。

 

 また、大外から差し切る走りは本番でも観客を沸かせる展開を生みはしているものの、やはりコーナーでは内側を走った方が距離が短いのだ。コーナーの途中からスパートを掛け、大回りで先頭まで抜き去る走りを可能とするだけの脚は、尋常のウマ娘に備わるものではない。

 

 そして、アドマイヤベガはその尋常ならざる速さとスタミナを備えていた。第2コーナーを回りながらもぐんぐんと加速し、完全にオペラオーの先に立ったアドマイヤベガを見てトップロードは呟いた。

 

「こりゃ本気だね、オペラオーくんにはちょっと厳しいかな。」

 

「いや待て、どうしてアドマイヤベガは、コーナーの内側に入らない?」

 

 鷹木の指摘通り、アドマイヤベガは完全にオペラオーから1バ身ほど先を行っていたにもかかわらず、コーナーの内側へと走るレーンを切り替えようとしない。差し返されるリスクも考えれば、相手に付け入られるような余地を残しておくべきではないというのに。

 

 まるで、オペラオーの「進路を妨害」してしまうことを恐れているかのように、アドマイヤベガはレーン変更なしのままオペラオーを突き離そうとしていた。

 

 斜行したと見なされて、降着扱いとなったデビュー戦の記憶が、彼女の中であまりに色鮮やかに刻まれているのだ。

 

「……アヤベは繊細だなぁ。」

 

 トップロードがそう呟いたのを合図としたように、コーナーを抜けきる直前でオペラオーがスパートを掛けた。

 

 結局レーンの内側に走行可能な余白を残したまま、アドマイヤベガはゴールへと驀進していく。テイエムオペラオーが歯を食いしばって走る顔を、今はゴール地点で待ち構えている鷹木は初めて明瞭に見た気がした。

 

 直線に出るよりずっと前からスパートを掛け続けていた、アドマイヤベガの末脚が衰える兆しはない。とはいえ鷹木が見出したオペラオーの加速は目を見張るものがあり、じりじりとアドマイヤベガとの距離を縮めていく……。

 

「はい、ゴール。そこまで。」

 

 トップロードのどこかノンビリとした声が競走終了を告げた時、オペラオーはアドマイヤベガをようやく捉えたばかりであった。すなわち、アドマイヤベガが逃げ切ったのである。

 

 全力で走った直後は流石にいつもの高笑いも出せないのか、顔は笑いながらもゼェゼェと肩で息をしているオペラオー。その隣で、アドマイヤベガも足を動かしつつ荒い息を整えている。二人にペチペチと拍手を送りつつナリタトップロードは近づいていった。

 

「流石だったね、アヤベ。あんなコーナーの途中から仕掛け始めて、最後まで加速し続けるだなんて。」

 

「ハァ、ハァ……ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 ちょっと今は返事が出来ない、と言わんばかりに息を切らしつつアドマイヤベガは手を顔の横で振った。

 

 鷹木は先ほどのレース中に見出した疑問点をぶつけようとは考えていたものの、彼女らがある程度息を整えてからで良かろうと待っていた。が、彼の意に反して、喉を掠れさせながらも早くも声を出せるようになったオペラオーがそれを口にするのが先であった。

 

「は……は、はぁーっはっはっは!素晴らしい走りだったよ、アヤベさん!ところで、どうしてこのボクに走る道を空けてくれたんだい?」

 

「……そんなつもり、無かったんだけれど。」

 

 ウマ娘が息を整えるのにかかる時間は、やはり人間よりもずっと短いのだと鷹木は感嘆しつつも二人の会話に耳を傾ける。

 

「そうだろうか?ボクを抜いた後、すぐにボクの目の前、内側のレーンに入ればよかったじゃないか。そうすればコーナーを小回りで抜けられただろうし、ボクは最後の直線でアヤベさんを抜き返すためにレーンを変更せざるを得なかった!」

 

「そう、そしたらアンタはいよいよ確実に負けてたってわけ。」

 

 オペラオーの指摘は、鷹木が行おうとしていたものと全く同じであった。普段から道化た振る舞いの目立つこのウマ娘が、思いのほか頭を使って走っていることに彼は気づかされる。

 

「はーっはっはっは!さてどうだろう、覇王に相応しい試練として受け取り、ボクはいよいよ死力を尽くしてアヤベさんを差し返していたかもね!」

 

「まさか、本気で走ってなかったって言うつもりじゃないでしょうね?」

 

「ボクは本気で走ったさ、そしてアヤベさんが勝った!この競走の結果が真っ当であること、世紀末覇王の名に懸けて誓おう!」

 

「そんな胡散臭いものに懸けられても、そよ風で吹き消されてしまいそうなんだけど。」

 

 学園の校舎から、授業開始が迫っていることを告げる予鈴が響き渡る。トップロードだけが鷹木を振り返って微笑みだけを送り、ますます会話が白熱する二人とともに学舎へと去っていく。

 

「なんと、今のは実に詩的で素敵な表現じゃないか!あぁ、アドマイヤベガ、キミにはきっとオペラの才覚が眠っているよ!」

 

「どこがよ。もう放っておいて、私たちは授業受ける準備しなきゃいけないから。」

 

「あぁ、奇遇だね!ボクもだよ!共に行こう!我らの命運は暫し白墨が示すであろう!」

 

「ほら、オペラオーくんも私たちのすぐ隣のクラスだから……」

 

「分かってるわよ、分かってるからサッサと厄介払いしたいの!ついてくんなッ!!」

 

 かしましく去っていった面々の声が学舎の中へ去り、間もなく授業開始を告げる本鈴が鳴り始めた。それまでの間、鷹木は自分が置いてきぼりにされたような感覚を覚えながらじっと立ち尽くして見送っていたのである。

 

 ようやく鷹木は気を取り直したように職員用タブレットを取り出し、今日のトレーニングルームの空き情報、および今後の未勝利ウマ娘向けのレース出走枠を確認し始める。型破りな性格であることは最初から分かっていたが、それ以上に心のどこかで、今年の担当ウマ娘が去年までの子とはどこか違うような感覚を抱きはじめていた。

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