覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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いよいよ有馬記念を迎えた当日。このレースを最後に引退するキングヘイローのもとには、かつての黄金世代のウマ娘たちが懐かしい再会を果たしながらの応援に駆けつけていた。一方、この有馬記念には、意図的な順位操作を行おうとする外部からの干渉がある、との不穏な噂も立っている。スペシャルウィークとグラスワンダーは、後輩たちのレースを守り、ウマ娘レースの今後を輝かせ続けるため、一つの策を準備していた。


有馬に集いし優駿、にじり寄るヒトの影

 12月24日の中山レース場。

 

 キングヘイローは、他の出走ウマ娘に先駆けて到着していた。彼女のレースに傾ける意地の強さが際立っていることは今に始まった話ではなかったが……彼女にとっては、これで走るのも最後と決めた引退レースでもあったのだ。

 

 ウマ娘やトレーナー等の関係者しか入ることの出来ない専用入場口であったが、そこにキングヘイローを待ち受けている、出走予定にないウマ娘の姿があった。

 

「おー、お早いお着きだねぇ、キング。何言って冷やかそうか、まだ考えてる途中だってのに。」

 

 芦毛のショートへアを後ろ手に支えながら、のんびりとした口調で出迎えたのはセイウンスカイ。

 

 昨年の秋の天皇賞を最後にふっつりと姿を消し、今年に入ってからはトレセン学園にもごく稀にしか姿を見せなかった、キングヘイローの同年代ウマ娘。黄金世代として一世を風靡したウマ娘の中でも、今なお引退していないのはキングヘイローとセイウンスカイのみであった。

 

 いつも気まぐれに現れるこの級友による予想外の出迎えに、さすがのキングヘイローも面食らった様子を見せたものの、すぐに常通りの不敵な笑みを浮かべて返す。

 

「あら、誰よりも先に到着したつもりだったのだけれど、わざわざ先回りして待ち構えるだなんて、そこまで熱心な私のファンだったとはね。」

 

「今日はトレーニングもお休みだからねー。その辺の川で釣り糸垂れてるか、キングを冷やかしに行くか、最後まで迷ったんだけど。」

 

「そこで迷われるレベルなんですの……?」

 

 口の端を上げて冗談を呟くセイウンスカイに、合わせてリアクションを取るキングヘイロー。しばらく会っていない両名であったが、このやり取りも板についたようにスムーズであった。

 

 表情を戻し、キングヘイローの顔を真っすぐ見つめるセイウンスカイは何も言わなかったが、彼女の胸中は言葉無しにも十分に伝わってきていた。

 

「にしても今日のレース、楽しみだねぇ。」

 

「私も、胸の高鳴りが抑えられないわ。ついに約束した通り、王者同士の直接対決を果たせるんですもの!」

 

「キングは王者って言うほど王者してないけどね。」

 

「それ、出走直前の友人に掛ける言葉ではないでしょう?」

 

「まー、私は別に応援に来たわけでもないしー。」

 

「だったら何しに来たんですの!」

 

 相変わらず前向きな言葉のほとんど出てこないセイウンスカイとの掛け合いであったが、おかげでキングヘイローの緊張はすっかりほぐれていた。

 

「んー、しいて言うなら、いつかの宣戦布告の、お返しかにゃあ?」

 

「いつかの、って、いつの話ですか。」

 

「アレのおかげで、あの時やる気に火が点いたもんだから……ま、そっちが覚えてないなら、別にいっか。」

 

「ちょっとお待ちなさい、今頑張って思い出すから……」

 

「んな事より、今日のレースに集中しなよ。ほんと、真面目だねぇ、キングは。」

 

 そんな二人のもとに、近づいてくるのはコツコツという杖の音。そちらを向けば、すっぽりと外套に包まり、裾の下から杖を突いて歩いてくるグラスワンダーの姿があった。

 

 セイウンスカイは、大げさに驚いて見せる。

 

「うひゃあ、超一流ウマ娘を狙ってアサシンでも現れたのかと思ったよ。」

 

「ふふ、セイウンスカイったら。ちょっと厚着をして出て来ただけですのに。応援に来ましたよ、キングさん。」

 

「まあ、有馬連覇の王者に応援されれば、勝たないわけにはまいりませんわね。」

 

 このレースが終われば、また一名、黄金世代ウマ娘が現役のターフ上を去っていく。

 

 互いに有終の美を見届けるために集うのは半ば偶然であり、半ば必然のような成り行きでもあったろう。集っている面々の隣にレース場を訪れた車が止まったかと思えば、黒光りするドアをバタンと開いて朗らかな声が転がり出てくる。

 

「グラスちゃん!セイちゃん!キング!みんな、久しぶり!」

 

「私だけ呼び捨て!?」

 

「私とはトレセン学園で先月会ったでしょう、スペちゃん。」

 

 息せき切って駆けよって来たのはスペシャルウィークである。

 

 この有馬記念における解説役も引き受けている彼女は、ちょうどこの突発的な黄金世代の集いに間に合う形で中山レース場に到着したのであった。

 

 彼女が現役引退後の今なお第一線で活躍し続けているのを瞬時に納得させるほど、その声は周囲の空気を一気に華やいだものにしていた。

 

「遅刻しないように早めに来てよかった!にしても、こうやって集まると懐かしい感じがするね!」

 

「たかだか、1年前の話なんだけどね~。」

 

「その一年間で、この私は更なる強さを手に入れましたの。せいぜいスペシャルウィークも実況席で指をくわえてなさい、今日はキングヘイローが最大の栄冠を戴く日となるのだから!」

 

「もちろんっ!応援してるよ!」

 

「にゃは~、この二人の絶妙にかみ合わないやり取りも、相変わらずだねぇ。」

 

 セイウンスカイが茶々を入れ、スペシャルウィークが快活に笑い、キングヘイローが言い返し、傍でグラスワンダーが微笑んでいる。

 

 和やかに進む歓談であったが、スペシャルウィークとしては有馬記念の開催前に耳にした不穏な噂が現在どのような経緯を辿っているのか、知りたいのが本心であった。

 

 あまりにも一名のウマ娘が勝ちすぎると、勝敗に変化が生まれないことに不満を抱く者たちも生まれる。意図的に波乱を巻き起こすため、外部からの干渉でレース結果を調整しようとする者たちの存在……。

 

 スペシャルウィークがフッと笑顔を曇らせて向けた視線を、グラスワンダーは頷きながら受け止めた。

 

「それで、グラスちゃん、今日のレースのことは……」

 

「何も心配ありません。妙な噂など、事実無根でしたので。」

 

「そっか。」

 

 意味ありげな両名の目くばせ、意味深な会話に引っ掛かったキングヘイローが尋ねる。

 

「噂?何の話をなさっているの?」

 

「いえ、大した内容でもありませんから。それでは、私はそろそろ観戦席の方へ向かわせていただきます。」

 

「私も、スタッフの人たちとの打ち合わせに行かなきゃ!それじゃっ!」

 

「あっ、ちょっと……」

 

 そそくさと離れていってしまったスペシャルウィークとグラスワンダーの背を、腑に落ちない表情で見送っているキングヘイロー。

 

 彼女の背を押したのは、セイウンスカイだった。

 

「ほらほらー、せっかく一番乗りでレース場についたんだからさ。こんなところで時間をつぶしてていいの~?」

 

「もとはと言えば、あなたがここで私を呼び止めたのがきっかけでしょうに。」

 

「そうだっけ。まぁまぁ、おかげで懐かしいメンツが揃えたわけだしさ。」

 

「……そうね。じゃ、行ってくるわ!」

 

「うーい。」

 

 来た時よりも明確に調子が上がった様子で、出走ウマ娘の控室へと足早に歩き去っていくキングヘイロー。彼女の背を見送りながら、セイウンスカイは呟いた。

 

「キングも、来年まで走ってくれればなぁ……ノンビリしてたら、私が最後の黄金世代になっちゃったよ。」

 

 一応は周囲からの目を避けるため、フードを目深に被ってポケットに手を突っ込み、スタスタとレース場から歩いて出ていくセイウンスカイ。

 

 入れ違いに到着したバスからは、覇王の高笑いが響きながら現れた。

 

「はーっはっはっは!ついに、今日だ!有馬記念のターフ上に、覇王が降り立った!」

 

 テイエムオペラオー。年間無敗、8連勝の掛かったウマ娘。もちろん今回のレースにて最も注目を浴びる存在である。

 

 他のウマ娘と並べば意外にも小柄な彼女の背に、隠れるようにして鷹木トレーナーが現れるのも今まで通りであった。担当ウマ娘とは対照的に、今度こそ負けるのではないかと彼が考えているのも変わらず。

 

「変な目立ちかたをするんじゃない、スタミナを少しでも温存しておいてくれ。何しろ今回は、ほぼすべての出走ウマ娘がお前をマークするだろうし……」

 

「実に結構!覇王の走りを、最前列で味わいたいならば存分に味わってくれればいい!」

 

 これまたある意味安定して噛み合わないやり取りを続けながら、荷物を持たせた鷹木を従えてオペラオーは控室へと向かっていく。

 

 勝負服に着替える控室前で荷物を受け取り、担当トレーナーの方を振り返ったオペラオーの声は、意外にも控えめなものであった。

 

「鷹木。今日は最高のレースになる。覇王の勘が、そう告げているんだ。」

 

「……そうか。」

 

 何故、唐突に落ち着いた調子で話し始めたのか。

 

 やはり彼女の意図の全てをくみ取り切れていない担当トレーナーは、オペラオーが走っている時以外にはめったに見せない真剣な色をその瞳の中に見出しながら、ただ向かい合っていた。

 

「その最高のレースに、相応しいボクだろうか?」

 

「えっ。」

 

 耳を疑って聞き返す鷹木。自己肯定感がウマ娘の形をとって歩き回っているような存在から、よもや聞かされることになろうとは思いもしなかった問いかけ。

 

 しかし、やはりオペラオーの表情は真剣そのものであった。凡人の脳で精一杯に返答を考えた鷹木は、しばしの沈黙を挟んで答えた。

 

「あぁ……今までにない、最高の仕上がりだ。直前の走り込みでも、非の打ちどころのないパフォーマンスだったし、それに……」

 

「それに?」

 

「美しい……今のお前は。」

 

 鷹木としては、単純にオペラオーが求めていそうな誉め言葉を探し出したに過ぎない。

 

 両目を見開いた、すなわち驚きの表情を浮かべたオペラオーの顔は、今度こそ空前絶後の見ものであったろう。それを目の当たりにした鷹木のほうが、よほど間の抜けた面を晒していただろうが。

 

 光を湛えた瞳が揺れ、頬が紅潮し……

 

「おいおいおい、鼻血出てるぞ、オペラオー。大丈夫か?」

 

「……っと!は、はーっはっはっは!覇王の闘志が滾りすぎたようだ!」

 

「コンディションは大丈夫だろうな?ほんの少しでも違和感があれば、言ってくれよ。」

 

 凡庸な心配事を並べ立てながら近づいてくる鷹木の肩を押し返し、しばらく俯いたままだったオペラオー。

 

 ハンカチで鼻血を拭き終わるまで妙に時間をかけていた彼女は、やがて満面の笑みとともに顔を上げた。

 

「問題ない!あぁ、本当に、最高のレースが出来そうだ!」

 

 

 

 出走ウマ娘たちと担当トレーナー達が続々とレース場に到着し、出走の準備を進めているのと同じころ。

 

 アドマイヤベガの出走前サポートをエアシャカールに頼んだ結城トレーナーは、特別観覧席にてVIP待遇の賓客たちの接待に追われていた。

 

「これは、ご無沙汰しております、ようこそお越しくださいました。」

 

「やあ、どうも、結城さん。いよいよ来てしまいましたな、有馬記念の日が。」

 

 別に結城トレーナーがレースの主催者というわけではないのだが、URAの歴史そのものである老トレーナーは、各界の重鎮たちからトレセン学園の顔のように思われているらしかった。

 

 上質なスーツを身に纏い、その皺を頬から首筋にかけての贅肉に揺らしながら、目つきばかりは鋭い壮年の男が結城トレーナーと机を挟んでソファに座る。

 

「どう思いますかね、結城トレーナー。今年の有馬記念は。誰が勝つと?」

 

「メイショウドトウやアドマイヤベガも固いところですし、あるいはキングヘイローの力走にも期待が持てますが、やはりテイエムオペラオーが最有力かと……」

 

「なるほどねぇ。」

 

 男は、どこか意味ありげな笑みで血色の悪い唇を歪めながら、結城トレーナーの発言を途中で遮るように口を開いた。

 

「しかしだね、そんな予想は誰にだって出来る。ただ、ここで誰も予想していなかった子が先頭に躍り出る可能性だってあるわけですよ。」

 

「えぇ、もちろん、この有馬記念に出走出来ている時点で、どの出走ウマ娘も相応の脚の持ち主ではありますからな。」

 

 結城トレーナーの付け加えた解説は、至極当然のものではあった。そもそも、勝つ可能性のないウマ娘など居ない。

 

 有馬記念にだって、ここに至るまでの戦績、レースでの活躍が吟味されたうえで出走する選手が集まってきているのだ。互いに劣りなどしない、優駿たちばかり。

 

 とはいえ、結城トレーナーの見解はこの男の気には召さなかったようであった。

 

「いやいや、かの世紀末覇王、テイエムオペラオー。彼女を破るウマ娘が現れるだなんて、誰が予想できましょうか。」

 

「はぁ。」

 

「何せ、年間無敗が掛かっているわけですからねぇ。この中山の観客席を埋め尽くす観衆たちも、十中八九、オペラオーの勝利を信じているでしょう。ですが、私の予想はね、違うんですよ。というのも、ですね……」

 

 その後も男が一人語る時間は続いたが、結城トレーナーはもはやマトモに相手するのを諦め、相槌だけを打ってその場を凌ぐことにした。

 

 ウマ娘がレースに出走するまで、どれだけの汗と涙を流し、彼女らを担当するトレーナー達もいかに血のにじむ思いでここまで来ているか。

 

 それらを全く度外視し、レース結果の予想にばかり目を向ける相手には、何を語っても伝わらないと考えたためだ。

 

 特別観覧席に居る面々は恰好や肩書きこそ豪奢であったが、ウマ娘レースに関して語る言葉は空疎なものばかりであった。

 

「……で、そういった分析を経まして、私はね、今回は遂にテイエムオペラオーを破る子が出てくるんじゃないかと、そう踏んだわけなんですよ。どうです?この分析力。プロの目から見ていかがですか。」

 

「えぇ、実に、結構なもので。」

 

 それは生返事以外の何物でもなかったが、ひとまずレジェンドトレーナーのお墨付きを得たことに満足したのか、男は背もたれに悠々と身を預け、他の招待客にも同じようなことを語りだした。

 

 あくまでも憶測に過ぎなかったものの、あるいはこの男こそが、意図的に人気度の低いウマ娘を勝たせる細工をトレセン学園へ持ち掛けた張本人かもしれない。

 

 証拠など、どこにもないが。

 

 結城トレーナーは、この虚飾の言葉で満たされた空間から逃れ出る先を見出すように、その皺で囲まれた瞳をターフの上へと向けていた。間もなく、ウマ娘たちの準備が整い、パドックでの紹介が開始される。

 

(この有馬記念を……ウマ娘レースを、汚させはしない。)

 

 彼の瞳には、今までになく険しい色が浮かんでいた。

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