覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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二月の京都記念では、アグネスフライトに敗れる形で三着という結果に終わったナリタトップロード。しかし彼女が決して能力的に低いなどということは無く、その点は翌月の阪神大賞典でしめされるのであった。彼女と同じくテイエムオペラオーの連勝を阻止させるべく天皇賞に出走するメイショウドトウは、まず三月の日経賞へ。トップロード同様、オペラオーへの対抗ウマ娘として注目を集めていた。


君主と名将、共に依然として健在なり

 三月のレースに出走するウマ娘の中でも特に注目を集めていたのがメイショウドトウであったことには違いない。

 

 が、彼女が出走する日経賞よりも先に、レース本番の舞台に姿を見せるオペラオー世代のウマ娘が居た。ナリタトップロードである。

 

 先月の京都記念では三着、それも一つ下の学年であるアグネスフライトに敗北するという結果に終わっていた彼女。

 

 アドマイヤベガにこそ及ばなかったものの、いよいよ世紀末覇王に連なるライバルたちを破る次世代の台頭を象徴する出来事であったかのように、世間では観られていた。

 

 むろん、付き合いも面倒見も良いトップロードのことだけに、京都記念のレース直後には自らに勝った後輩に寄って行き、その健闘を称えている。とはいえ彼女もウマ娘、競走相手に負けっぱなしで居られるわけではない。

 

 3月18日、阪神レース場。

 

 阪神大賞典の場に姿を現したナリタトップロードの意気込みは、並みならぬものであったろう。パドックにて紹介される彼女の表情からは、画面越しでも相当な集中状態にあることが見て取れた。

 

「はーっはっはっは!本番前のトップロードくん、やはり美しい!その瞳、その毛並み、そして勝負服姿の全てが!」

 

「極力静かに観戦するって約束だったはずだけれど?」

 

 相も変わらず、同期の友が出走するレースは欠かさず何が何でも観戦しようとするテイエムオペラオー。阪神大賞典の当日も、トレーニングの休憩時間に合わせて鷹木トレーナーがセッティングした中継画面の前で興奮のほどを示していた。

 

 オペラオーが静かにしているハズなど無いと分かっていたにもかかわらず、アドマイヤベガは隣に居た。

 

 互いに練習風景を覗き見ることは避けるべき時期ゆえ、トレーニングを終えた後の合流となった両名。相手の走りを直接確認することはかなわずとも、来月末の天皇賞にむかうオペラオーの状態を確認する目論見もアドマイヤベガにはあっただろう。どうせ、いつもと大差ない様子を見せられるとしても。

 

 しかし、彼女がトップロードのレースを観戦する仲間を欲した理由には、その胸中の心配を独りで抱え続けることに耐えかねたためでもあった。

 

「……本当に、大丈夫かな。トップロード……」

 

「何を案じているんだ、アヤベさん!ボクたちにはよく分かっているだろう、トップロードは強い!それも、距離が延びるほどにね!」

 

 阪神大賞典は、距離3000m。オペラオーが「強い」と評したのは、単にトップロードが長距離を得意とするという意味ではない。そもそも、トップロード自身、オペラオー達と同様に中距離レースを多くこなしてきたウマ娘である。

 

 ナリタトップロードの強みは、その堅実かつ正確なスタミナ配分によってレースをこなすことにあった。レースの距離が延びれば、それだけ最終直線に残すスタミナ残量のほどについては慎重にならざるを得ない。

 

 また、最終直線までに回るコーナーや通過する坂の数が増えるほどに、他選手との競り合いよりもコース攻略自体に費やすスタミナの量は増えていく。ゆえに、トップロードのごとく着実にスタミナを温存しながら走るウマ娘が力を発揮しやすくなるのである。

 

 先月、ナリタトップロードに勝ったアグネスフライトも、果たしてトップロードの力が衰えつつあるかと問われれば、全力で否定しただろう。彼女の先輩たちは、未だに全盛期の実力をもって君臨しつづけている。

 

 とはいえ、アドマイヤベガはかぶりを振った。オペラオーが言ったような事、分かっているとばかりに。

 

「私が言いたいのは、トップロードの脚の負担。先月走ったばかりなのに、また本番に出るだなんて。」

 

 昨年の末こそ、秋の天皇賞、ジャパンカップ、そして有馬記念、とひと月ごとに出走していたオペラオーたち。しかし、本来であればそれはかなりの過密スケジュールである。

 

 ウマ娘の脚に掛かる負担を考えれば、少なくとも数か月は本番レースに間を置き、時には半年近くを休養および調整、トレーニングにあてるのが普通なのだ。

 

 殊に、自分自身が脚の故障によって長期間の休止を経験し、時には引退もチラつく不吉な予言を得ていたアドマイヤベガにとっては、友が無茶なスケジュールで出走していることもまた不安の種となるようであった。

 

 オペラオーはオペラオーで、いつもの根拠なき自身を元に持論を述べていたが。

 

「気に病むことは無いさ、アヤベさん!トップロードは、無茶をするような性格じゃなかっただろう!今は、彼女の晴れ舞台を全力で応援しようじゃないか!はーっはっはっは!」

 

「分かってる、私もそのつもりだから。うるさい。」

 

 高笑いするたび、中継映像を流しているディスプレイをビビビと震動させているオペラオーの声量に、改めても鷹木トレーナーは感心していた。

 

 画面の中ではいよいよレースが出走の時を迎えていた。

 

〈12名、ゲートインが終わりまして……スタートしました。まず最初の一周目であります、先行争いはサンエムエックス、タガジョーノーブルと行きました。そして外からホットシークレット、前三名やはり競り合います、その後二バ身の差、ビッグバイキングは四番手、五番手にはミツアキサイレンスが行きまして、その外ではメジロロンザンも前を窺います。1番人気、ナリタトップロードは中団の位置であります。〉

 

 内枠からスタートしたナリタトップロードは、先行争いの面々には加わらず、位置を下げて真ん中からやや後ろの位置についていた。

 

 最ウチをぴったりとなぞるように、落ち着いた走りで一周目のコーナーに突入していく。オペラオーもアドマイヤベガも黙ったまま観戦しているのは、トップロードの優位を語るまでもないということであったろう。

 

〈一周目の3コーナーに入ってまいります、中団から後ろ、イブキヤマノオー、その外に半バ身差、トシザブイが行っています。3バ身ぐらい遅れまして、エリモブライアンであります。後続集団はかなり距離が開き、バラバラの展開。パラダイスヒルズも後方から行きまして、更に遅れましてマックロウは最後方待機であります。〉

 

 実況にもあった通り、選手同士の間隔が開いた、ばらけた展開となっている。

 

 1番人気のナリタトップロードは、人気度の高いウマ娘の常として他選手からマークされる恐れもあったものの、これだけそれぞれの差が開いてしまえばその懸念も無い。

 

「ほら、何も心配することはなかったろう?トップロード君は、あんなにものびやかに走っているじゃないか!」

 

「分かってるから、黙って。」

 

 それでもアドマイヤベガは、まるで自分が見つめていることがトップロードにとっての加護となると信じてでもいるかのように、中継の画面を凝視し続けていた。

 

〈さぁスタンドの大歓声がウマ娘たちを迎えます、先頭はタガジョーノーブル、そして二番手の位置にはホットシークレットが行っています。その後三番手まではなんと10バ身近く開きましてサンエムエックス、四番手の位置にはメジロロンザンが行きました。その後にまた3バ身ほど間が空きまして、ナリタトップロード、ウチからはビッグバイキング、外を突きましてミツアキサイレンスといった形であります。〉

 

 このスタンド前直線に、阪神レース場は上り坂がある。

 

 二周目のゴール直前にも上ることとなるこの坂を通過する際には、ほぼすべてのウマ娘が自らのペースを極力保ち続けていた。とはいえ、意識はつねに1番人気のナリタトップロードへと向いていただろうが。

 

 最終直線に突入するまでの約2600mかけてじわじわとスタミナを削りながら走り、残りの400mでゴール前の競り合いを行う。

 

 ここで配分をミスすれば勝敗を分けるラストスパートに参加すること自体が出来なくなるだけに、常に安定した走りを行うトップロードがレース全体のペースを作るような状況となっていた。

 

〈少しずつバラバラだった集団がまとまって来たか、タガジョーノーブルが先頭で変わらず飛ばしておりますが、10バ身だったリードは早くも3バ身にまで縮まってきております。三番手との差も詰まってまいりました、サンエムエックスが追い上げております。メジロロンザンと並んでビッグバイキング、その後ろに1番人気のナリタトップロードはやや外に出たか、じわっと上がってまいります。〉

 

「仕掛けた。」

 

「あぁ!トップロードくんの本気、そろそろ迸るだろう!」

 

 常であれば、逃げウマ娘の後にピタリとつくほどの先行で走ることも多いトップロード。

 

 今回、先頭から大きく下げるような位置で走り続けていたのは、何も前を塞がれたためではない。本来よりも、敢えてスローなペースでレースの前半を構成する作戦だったためである。

 

 本来の先行作戦よりも、はるかに潤沢にスタミナは残されていた。

 

 ゆえに、ここからほぼ一周残っている阪神レース場のコースを、トップロードはハイペースで飛ばし始めた。それを見逃さなかった他のウマ娘たちも、徐々にペースを上げ始める。

 

〈後位集団も固まってまいりました、トシザブイ、中はミツアキサイレンス、ウチからはイブキヤマノオーが並んで前を目指しています。それから少し空きましてエリモブライアン、パラダイスヒルズもペースを上げ始めたか、最後方のマックロウも徐々に間を詰めて、さぁいよいよ全体がまとまってまいりました、向こう正面を抜けてコーナーに入ります!〉

 

 しかしナリタトップロードは順位を落としていた。

 

 いよいよ仕掛けどころと見て前に上がり始めたウマ娘たちにウチ側を譲り、距離的には不利であるはずの大外についたまま最終コーナーを回っていく。

 

 それは昨年まで、ウチ側を突いて上がることを得意としていたトップロードとは対照的な走りであり、だからこそ競争相手からすれば盲点だったのである。

 

 画面越しに見つめてるアドマイヤベガは変わらずトップロードを案ずる表情を浮かべたままであったが、既にオペラオーは長きにわたるライバルの勝利を確信したように笑んでいるばかりであった。

 

〈1番人気ナリタトップロードは5番手、じわっと上がってきておりますが、後方からも固まって上がってきております、いよいよ残り400を通過、第4コーナーを抜けまして直線へと向きました!懸命に中を突いてホットシークレットが粘っていますが、さぁ外から、ナリタトップロードが先頭!ナリタトップロードが先頭であります!〉

 

 オペラオーとアドマイヤベガの集中を乱すまいと黙っていた鷹木が、思わず声を漏らすほどの光景であった。

 

「これは……圧倒的な……」

 

「そうとも!言っただろう、トップロード君は強いって!」

 

「あの子が勝つのは分かってたわよ、私だって……。」

 

 オペラオーが謎に誇らしげに応え、アドマイヤベガは変わらずトップロードのために祈るがごとく声を詰めて喋っている。

 

 画面の中では、完全にナリタトップロードの独走のみが映し出されていた。

 

〈2番人気、3番人気のウマ娘はどうか、まだ伸びない、まだ後方集団でありますが、さぁナリタトップロードが先頭!堂々とリードを広げて、5バ身、6バ身、いや、まだまだ開いていく!強い、強すぎるぞ、誰も追いつけない!ナリタトップロード!今、およそ8バ身の差を二番手以降につけて、余裕のゴールイン!圧勝であります!〉

 

 テイエムオペラオーが立ち上がって拍手をするのも、トップロードの勝利をその目に焼き付けたアドマイヤベガが安堵の溜息をもらすのも、いつも通りのことである。

 

 もちろん鷹木とて、トレセン学園所属のトレーナーの端くれとして、ナリタトップロードが実力的に劣っているなどとは考えていなかった。同世代の化け物たちが規格外に過ぎるだけであり、トップロードが最強クラスのウマ娘であることは、その走りを見るだけでも分かっている。

 

 とはいえ、画面の向こうから流れてくる阪神レース場の大歓声、そしてどよめきの強さにも納得がいくのであった。

 

 変わらず爽やかな笑顔とともに手を振り、歓声に応えているナリタトップロード。世紀末覇王に居並ぶ実力者、依然としてその実力が健在であることを世に知らしめた一戦であった。

 

 その翌週、3月24日はメイショウドトウが日経賞へと出走する日である。

 

 ナリタトップロードが圧巻の走りを見せつけた阪神大賞典の記憶が鮮やかであったためばかりではあるまいが、当然ながらメイショウドトウも堂々の1番人気を獲得していた。

 

 同じレースに出走する面々は、マチカネキンノホシやダイワオーシュウ、ゴーイングスズカなど、ドトウと同じや一つ上の世代のウマ娘たちばかりである。

 

 よもやドトウ自身が油断することなどあるまいが、世間一般からはレースを行う前からほぼ勝ちの見えているレースだとの評が下されていた。実際のところ、出走直前の観客席を埋め尽くしていたのは、殆どドトウに対する声援ばかりだったのである。

 

 向こう正面の出口付近に設置されたスタートラインに、スタンド席からの声が届いてくることは無かったものの。

 

〈ゲートイン完了しまして……スタートしました!各バ順調なスタートを切りました、まず先手を切って飛び出しましたのはエーピーグリード、続いてダイワオーシュウがその外から。ゴーイングスズカは、何と今回は三番手の位置につけています。ゴーイングスズカは三番手、続いてマチカネキンノホシ、テイエムトッキューがそのウチに、1番人気メイショウドトウは最ウチにてメジロランバートと並んでいます。〉

 

 中山レース場の2500mは、コースを一周半する中で6つのコーナー、2つの上り坂を通過する。スタミナ消費を念頭に置けば、当然ながらコーナーを全て内側で小回りに攻略すべきである。

 

 常であれば追い込み策を採るゴーイングスズカが、今回に限って先行の走りを選んだのは、多少無理をしてでも内側に入るため集団を追い越す必要があったのだろう。

 

 その点メイショウドトウの枠番は最も内側、すなわちその時点で彼女には十分な追い風が吹いていた。

 

 昨年度のように先行の位置にはつけておらず、やや後ろの方へと追いやられていたが、今やメイショウドトウは走り方を選ばねばならぬウマ娘ではない。

 

〈コーナーを回り切りまして、一周目の正面スタンド前へと入ってまいります。メイショウドトウを追いかけますはミラクルタイム、並んで内側マーベラスタイマー。数バ身離れましてコスモブレイザーが最後方からの展開となります。先頭は早くも直線を走り抜けて第1コーナーへ、変わらず一番手はエーピーグリード、コスモブレイザーが徐々に上がって来たか。〉

 

 直線の坂を上り切った直後、後方で脚を溜めていたウマ娘たちが上がってくる。

 

 向こう正面を過ぎる辺りで勝負を仕掛けなければ、メイショウドトウには勝てない。そう踏んでいる彼女らは、今の時点で良い位置につけておこうと考えていた。

 

 が、メイショウドトウは全く位置を変える様子もない。トレセン学園で見せるそそっかしさや慌てっぷりとは無縁の、どっしりと安定感のある走りがそこにはあった。

 

〈さぁ第2コーナーを抜けて向こう正面の直線へ、中団テイエムトッキューは徐々に下がりだしたか、マーベラスタイマーも順位を下げている。先頭集団の様子は変わりませんが、後方で盛んに順位の入れ替わりが行われております。最後方から上がって来たコスモブレイザーが七番手の位置へ、しかしメイショウドトウは既に前を目指している、じわじわと上がり始めております!〉

 

 いよいよメイショウドトウが動き、レース場全体に響き渡る歓声もいよいよ高まる。

 

 既に逃げウマ娘たちとの差は詰まっており、メイショウドトウは前を遮る者の居ない外側のコースを取っている。先頭は十分に肉薄できる間合いにあり、ドトウのスタミナはゴール前の上り坂を駆け上がってもなお有り余るほどであった。

 

 既に、名将の采配通りにレースは収束しようとしていたのである。

 

〈さぁ最終コーナーを抜けていよいよ直線だ、先頭でエーピーグリード粘っているが、メイショウドトウが後ろから上がって来た!マチカネキンノホシも続いている、残り200、メイショウドトウ!マチカネキンノホシと並んだまま、先頭に立った!二番手との差はわずかながら開いていく!〉

 

 ナリタトップロードのように圧倒的な差を見せることはドトウにも出来たろうが、勝てるのならば死力を尽くしてまで差を開こうとする彼女ではなかった。

 

 それはおととしや昨年、片桐トレーナーの方針に従って、一か月中に複数のレースへ出走するという多忙なスケジュールをこなしている間に身についた習慣だったであろう。

 

 今自分が走っているレースに勝てても、その後を走り続けられなければ意味はない。本命のレースを前にして、故障を抱えている場合ではないのである。

 

 メイショウドトウにとっては、彼女の最も親しく、最優先で倒すべき仇敵、世紀末覇王テイエムオペラオーとの勝負こそが本番だったのだから。

 

〈メイショウドトウ先頭のまま、今一着でゴールイン!危なげない勝利でした、その実力を遺憾なく発揮し、悠々と走り抜けていきました、メイショウドトウ!二着はマチカネキンノホシ、三着は3バ身ほど開いて、メジロランバートであります!〉

 

 当然ながらこのレースをトレーニングの合間を利用して画面越しに見ていたオペラオーはドトウの勝利を喜び、盛んに話しかけてくる彼女の言葉に鷹木は血色を失った顔をただ頷かせるばかりであった。

 

 むろん担当トレーナーとして、テイエムオペラオーの勝利が確実だと言い切るだけの努力は注ぎ込んできた。

 

 しかし、彼女のライバル、そして後進のウマ娘たちの存在感に圧倒されていることを、鷹木はごまかしようがなかった。

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