覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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いよいよ訪れた大阪杯の日。テイエムオペラオーが新たな年度となって初のレース、そしてエアシャカールとの勝負が再び行われる舞台でもある。負ければ鷹木はオペラオーの担当を降り、オペラオーは自らが破られればレースの場から身を引くことに、変わりはない。いよいよオペラオーの連勝にストップがかかるのか、世間も注目する一戦が始まる。


なおも続く覇道に、王の付き人は首を傾げる

 アドマイヤベガ、ナリタトップロード、そしてメイショウドトウ。

 

 昨年の大舞台で競い合って来た好敵手たちが次々にレースで好位の戦績をたたき出したのにおくれ、いよいよテイエムオペラオーも今年度初のレースを迎えた。

 

 4月1日、大阪杯。曇り空の阪神レース場に集まった14名のウマ娘たちの中に、オペラオーの姿があった。

 

 久々に担当ウマ娘が迎える本番の舞台であったが、鷹木の心境は比較的落ち着いていた。とはいえ、じんわりと額に滲み出てくる冷や汗は相変わらずであったが。

 

 昨年度までは、「一度でも敗れればオペラオーの担当を外れる」「年内無敗という前代未聞の実績が掛かっている」といった、凡人には受け止めきれぬ重圧がかかっていたことで、大舞台にオペラオーが出走するたび鷹木は失神寸前の状態にまで追い込まれていた。

 

 無敗記録や担当外れの件について秋川理事長から何の言及も無かった以上、その条件に変わりはない。しかし、今となっては一つの山場を越えたという感覚が、鷹木の神経を保護する緩衝材となっていた。

 

 それに……これは本来、ウマ娘を担当するトレーナーとしては理想的な考え方とは言えなかったが……これだけの実績を上げた今となっては、自分がオペラオーの担当を外れる、さらにはオペラオーが引退することも吝かではないという考えも、鷹木の頭の隅にはあった。

 

 もちろん、テイエムオペラオーが敗れたらという仮定の話である。今回のレースに出る直前にも、鷹木はオペラオーに尋ねていた。

 

「今年も、走り続けるつもりなんだよな。」

 

「当然さ!ボクを破る勇者が現れぬ限り、ボクは勝ち続ける!」

 

 自信満々の彼女を前にして、十分すぎる戦績を挙げた今となっては引退も視野に入れることや、あまりレースを重ねすぎては身体に過剰な負担がかかることなど、鷹木が言い出せるはずも無かった。

 

 昨年の大晦日、キングヘイローやグラスワンダーから掛けられた問いが、ずっと鷹木の懸念の中には残され続けていた。

 

 テイエムオペラオーの身体に蓄積し続ける負担がいよいよ限界だと判断された時、自分は間違いなくオペラオーの出走を止めさせることが出来るのか。

 

 今、久しぶりにレースの場に姿を現したテイエムオペラオーが大歓声とともに迎え入れられている様を見るにつけても、鷹木は自らの中に甚だ心もとない意志ばかりを見出すのみであった。

 

〈さぁいよいよ発走の時が近づいてまいりました、大阪杯。テイエムオペラオーは昨年末の有馬記念以来の出走であります。14名のゲートインが終わりまして……スタートしました!全員まずまずのスタートを見せましたが真ん中でミッキーダンスがわずかに遅れています。一番外の枠からのスタートとなったテイエムオペラオーは抑えめに、真ん中よりやや後ろと散った位置であります。〉

 

 大阪杯の行われる2000mのコースは、スタート直後に上り坂がある。

 

 コースを一周した後のゴール直前にも再び上る坂であるが、オペラオーはこの区間で前に出ようとせず、じっくりと溜める展開を選んだ。無論、鷹木と共に研究を重ねた結果、このレースで採用することにした作戦通りである。

 

 阪神レース場の内回りコースは直線が短く、代わりに緩やかに続くコーナー部分が長い。鷹木は、オペラオーのスタミナを十分に温存したうえでの爆発的な末脚に懸けたのである。

 

〈真ん中からはサイレントハンターであります、ウチ側からはタマモヒビキが出てまいりました。続いてスエヒロコマンダー、ジョービッグバン。それから外の方にマイネルブラウであります。大歓声が起こるゴール板前、テイエムオペラオーは九番手と言ったところでしょうか、外の方についております。〉

 

 ウチ側に入らないように指示したのも、鷹木には昨年のレース展開から学んだ、徹底マークに対する警戒があったためだ。

 

 有馬記念の時のように複数のウマ娘からのマークが集中することが、再び起こらないとも限らない。特に今回は2000m、悠長に集団を交わして抜け出している余裕もない。

 

 コーナーの多いコースで外を回り続ける距離上の不利は承知の上、オペラオーならば走りぬいてくれる。

 

 今年入って最初のレースにおける鷹木の作戦には、テイエムオペラオーの有する勝負強さに頼った面が多く見られた。

 

〈テイエムオペラオーを追うのはミッキーダンス、アグネスフライト、そしてアドマイヤボスであります。それからトーホウドリーム、続くエアシャカールは後方三番手であります、昨年ジャパンカップの雪辱なるか。先頭はタマモヒビキと言った形で、コーナーを回り切って向こう正面へと入ってまいります。〉

 

 後輩ウマ娘であるエアシャカールが、再びテイエムオペラオーに挑むことが注目されていたのは言わずもがなであったが、このレースにはアグネスフライト、さらにアドマイヤボスも参戦していた。

 

 エアシャカールの同期であるアグネスフライト、そのさらに一つ下の世代にあたるのがアドマイヤボスである。

 

 今年クラシック級のレースに出始めることとなったウマ娘であり、アドマイヤベガの妹。とはいえアドマイヤベガと共に生まれてくるはずだった双子の妹ではなく、二歳年下の妹だ。

 

 シャカール世代、オペラオー世代、それよりさらに上の先輩たちに交じって参戦している時点で、彼女もまた姉と同様に優秀な能力を有していることが明らかであった。

 

〈三番手のサイレントハンター、今日は逃げないか。あとにはジョービッグバン、マイネルブラウがその外で、ロードクロノス続いている。絶好調のアメリカンボス、五番手の位置から先頭集団を窺っています。トーホウドリーム、その外へオースミブライト、そして1番人気、注目のテイエムオペラオーが大外であります。アドマイヤボスが2バ身ほど離れてその背を追っている。〉

 

 先頭はそろそろ向こう正面を走り抜け、コーナーへと差し掛かっていく。ここからは最終直線まで緩やかな下り坂が続き、もっともスピードの上がっていく区間である。

 

 ゴール前の上り坂を駆け上がるだけのスタミナを残している必要があるだけに、このレースにおいては無茶な仕掛け方をするウマ娘は居ない。全体が徐々に脚を速め、前へ前へと上がっていこうとしていた。

 

 オペラオーもまた、じわじわと先頭へと接近しつつあった。

 

〈さあ1000mを通過、ジャスト59秒であります。ここからはコーナーへと入ってまいります、オペラオーはどうか、オペラオーは徐々に徐々に上がっていこうかとする構えでありますが、まだ八番手であります。そのオペラオーの外からアドマイヤボスが行った!アドマイヤボスが早くもテイエムオペラオーを置いていこうかという勢いで上がっていった!その後ろからアグネスフライト!それからエアシャカール!〉

 

 鷹木は不思議と落ち着いていたが、腹の底を冷え冷えとした手で撫でられているような不安は確かに感じ取っていた。

 

 いよいよ仕掛けたアドマイヤボスが、姉とは対照的に一気にトップスピードまで引き上げて前へと向かっていく。今年度すでにトップロードに勝利しているアグネスフライトも、それに劣らぬ実力者であるエアシャカールも、ぐんぐんと後方から迫ってくる。

 

 テイエムオペラオーの末脚はまだ出ていなかったものの、鷹木は目の前の状況にオペラオーの敗北をかなりしっかりとした感覚とともに予見していた。

 

〈さぁ第4コーナー、先頭はタマモヒビキでありますが、オペラオーは押している!オペラオーが前へと向かい始めた!外からアドマイヤボス!ウチの方からスエヒロコマンダー、ロードクロノス!それからアメリカンボス!大外はエアシャカール!アグネスフライトはその後ろ!いよいよ直線へと向きました!〉

 

 実力は完全に拮抗していた。

 

 しっかりと前方を塞がれないコース取りをしていたおかげで、テイエムオペラオーは何者にも妨げられることなく前を目指せる状態ではあった。しかしアドマイヤボスが真隣りに、そのさらに外側にはエアシャカールが並んでいる。

 

 覇王に居並ぶ者たちが圧倒的な実力を見せつけてなお、テイエムオペラオーに挑まんとする後輩たち。その挑戦は決して無謀でないからこそ、このレースにて並び駆けているのだ。

 

 さらに大外、ずっと後方から猛スピードで追い上げてくるウマ娘の存在があった。

 

〈オペラオー、ピンチか!あと200!並んでいる!エアシャカールか!アドマイヤボスか!テイエムオペラオーか!……大外からトーホウドリーム!?まさかのトーホウドリームだ!猛烈な追い上げを見せる!〉

 

 先頭で競り合っている三名へあっという間に並びに来る、トーホウドリーム。

 

 勢いを見れば、完全にトーホウドリームの優勢であった。

 

「これは……負けた……」

 

 苦渋の表情と共に、ようやくテイエムオペラオー担当トレーナーの立場を手放すことが現実に眼前へ迫る様を、ただ受け入れようとした鷹木。

 

〈トーホウドリームが並んだ!エアシャカール二番手か!テイエムオペラオーが抜け出した!テイエムオペラオー、ハナを譲らない!ほとんど並んでゴールイン!わずかにハナ差か、テイエムオペラオーが一着でゴールイン!トーホウドリームは僅差にまで迫りましたが、二着です!〉

 

「えっ?」

 

 天を仰ぎかけていた鷹木は、あまりにも想定外のアナウンスを聞いて視線をレース場へと戻す。

 

 たしかに、オペラオーが拳を突き上げながらゴールの先を走り、すぐ隣にトーホウドリームが並んでいた。レースは終わっており、テイエムオペラオーが一着の表示と共に確定の赤ランプが灯っている。

 

 もちろん担当トレーナーとしては、担当ウマ娘の勝利を喜ばないわけがない。だが、今の鷹木は、どこか現実味のない幻覚を自分が見ているのではないかという、ボンヤリした感覚を抱えていた。

 

「オペラオー、お前……まだ走り続けるのか。」

 

 自分が敗れるまで、走り続ける。

 

 彼女のその信念に従えば、やはり春の天皇賞にもテイエムオペラオーは出走するのだろう。セイウンスカイと交わした約束の通りに。

 

 仮にその天皇賞でも勝てば、まだまだ引退せず、走り続けるというのだろうか。

 

 ……それこそ、体が壊れるまで?

 

 しかし、阪神レース場で沸き立っている喝采は余りにも明るく、鷹木が一瞬感じたほの寒い不安は、あっという間に熱く染められてしまった。

 

 ウイニングライブを終えてトレセン学園へ戻ってきても、いつも通り興奮冷めやらぬといった様子で語り、歌い、舞い続けるオペラオー。

 

 そんな姿を見せられては、わざわざ鷹木の抱く懸念を伝えることはいかにも無粋に水を差す行為であるかのように思われた。

 

 その夜、鷹木は自分が見た夢の内容を珍しくハッキリと覚えている。

 

 いつもならばレース本番を乗り切った疲れのため、そのまま気絶するようにして寝床に倒れ込み、翌朝まで目覚めることも夢を見ることも無く熟睡するというのに。

 

 夢の中で、鷹木はいつも通りにトレセン学園へと出勤していた。異変があったとするならば、テイエムオペラオーの姿が練習場に無かったことだ。

 

 またどこかで道草を食っているか、鏡の前で足止めを食らっているのだろう。そう考えていた鷹木であったが、いつまでたってもオペラオーは現れない。

 

 これはおかしいと学園の中を探し回るも、鷹木はついに自らの担当ウマ娘を見つけ出すことが出来なかった。

 

 居ない、どこにも居ない。

 

 探すのを手伝ってもらおうと鷹木は、片桐を始めとした同僚、そして秋川理事長にまでオペラオーの所在を見つけ出してもらうよう頼みこみにいった。

 

 しかし「テイエムオペラオー」という名を口から発しようとするたびに、相手と自分との間に雑音の壁のようなものが現れ、マトモに伝えることができない。

 

 いかに鷹木が必死になって「オペラオーを探してほしい」と喋ろうとしても、相手はよく聞き取れない何かを耳に注がれているかのごときボンヤリした表情のまま、その要請は聞き流されるのであった。

 

 まるで世界からオペラオーの存在が消え去ってしまったかのごとき夢は、あがく様にして寝床から抜け出した鷹木がベッドから転げ落ちるとともに醒めた。

 

「……オペラオー……!」

 

 自分の今見た夢が正夢ででもあったら、と不吉な予感にせっつかれるかのようにして、朝の支度もそこそこに、トレセン学園へと急いで赴く鷹木。

 

 はたして、彼女はそこに居た。鷹木が直接その姿を視認するよりも先に、練習場に響き渡る歌声が、十分すぎるほどにその存在感をアピールしていた。

 

「おはよう、鷹木!どうしたんだい、まるで亡霊でも見たかのような顔色をして!」

 

「い、いや、何でもない……」

 

 オペラオーが目の前に存在することが確かに現実であることを認識すべく、鷹木は彼女がウォーミングアップをしている最中も幾度か自分の頬をつねっていた。

 

 彼は、目の前にテイエムオペラオーの存在感をしっかりと見出してなお、どこか現実性の薄まったかのような感覚を抱えつづけていたのである。

 

 日が高く昇るにつれ、そしてオペラオーのトレーニング指導に熱が入るにつれ、そのような感覚は忘れ去られていったが。

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