覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

9 / 111
 初戦が二着となったオペラオー、初勝利を目指しての未勝利バ戦へ。焦りや不安などと無縁なウマ娘、レース場へ赴くまでの道中にて将来の好敵手を拾ってしまったようです。
 史実においてもオペラオーとドトウとは同じ日、同じ場所で未勝利向けのレースを走っているんですね。余りにも宿命的な偶然、事実は小説より奇なり。


覇道に遅参の詫び要らず

 未勝利選手向けのレース会場へ、鷹木は多少気を重くして足を踏み入れた。

 

 メイクデビューにおいて華々しく勝利を飾るウマ娘は、当然ながらほんの一握りに過ぎない。ウマ娘のレースにおいては、いかに惜敗であろうとも一着以外はおしなべて「負け」である。

 

 ゆえに、未勝利選手向けレースは通年行われ続けているのだ。輝かしいステージのセンターに立てなかった大多数のウマ娘たちが、ふるい落とされるまいとしがみつく蜘蛛の糸を垂らすため。

 

 このレース会場にささくれ立った焦燥の気が満ちているのは、当然のことであった。延々と勝てずにいるウマ娘は、いかに学園内の座学で優秀な成績を残していたとしても、レースに出走する機会を失っていく。

 

 未勝利のままであっても諦めることなく粘り強くレースに顔を出し続け、根強いファン人気を獲得することで大舞台へ出走する権利を得たウマ娘も過去にはいる。しかし、基本的には勝てないウマ娘に人気票を投じるファンはそう居ない。

 

 何よりもトレセン学園がボランティアではない以上、下積みが長引くほどにウマ娘を学園に通わせ続ける保護者たちの経済負担も並みならぬものになっていく。学園では学費捻出を目的としたバイト等を認めてはいるが、小銭稼ぎにかまければ練習時間も勉強時間も削られてしまう。

 

 総じて、レースに勝てずにいることはウマ娘自身のみならず周囲にも負担をかけ、いよいよ肩身の狭い思いで己が心を責める所業でもあったのだ。彼女らを担当するトレーナーも同様である。

 

 ウマ娘が走ることを諦め、トレセン学園から除籍という形になれば、トレーナーとしての実績にマイナス点が付く。

 

 逆に、勝つことさえ出来れば……GⅠなどの大舞台に立つことは叶わずとも、それより下のランクでも、あるいは地方のレースでも……どこかしらで担当ウマ娘が好成績を残せれば、それだけでもトレーナーとしては自身のプロフィールに箔が付くというものだ。

 

 それ故に、焦り、血走った目をしたトレーナーがこの未勝利選手向け会場には大勢いた。彼らが恐れているのは担当ウマ娘の敗北のみならず、その先も実績を残せずにいるうちにウマ娘たちの保護者元から学園除籍の手続きを申し出られることであった。

 

 そこで、ウマ娘自身の口から「諦めたくない」との言葉を引き出せれば儲けものである。トレーナーはウマ娘を引き連れて保護者元へ出向き、幾度も頭を下げて担当ウマ娘の「熱意」について弁を振るい、レースに出走する夢を途絶えさせぬようにと説得を試みる。

 

 ウマ娘の将来のため……それを思っていれば、諦めさせる道を敢えて選ぶこともあって良いはずだったが……あられもない言い方をすれば、トレーナー自身の給与のためであった。自らの食い扶持が懸かっているとなれば、トレーナー達が必死になることも自然な流れであった。

 

 時には、ウマ娘自身がレース以外の進路を希望しているにもかかわらず、頑としてトレセン学園に引き留めようとし続けた挙句、保護者元から訴えられたケースすらもある。

 

 以降、学園からはウマ娘の進路に関して重度の干渉を禁ずるお触れが出されはした。が、勝負の世界の無情さが消えるわけではない。まだ経験の浅い鷹木が学園に来てからも、姿を消していったトレーナーの数は少なくなかった。鷹木自身にも、徐々にその時が近づいていると言えなくはない。

 

 レースにおいて、一位を取れるのは一名のみ。ウマ娘においてもトレーナーにおいても、その足下に用意された篩の目はあまりにも粗かった。

 

 とはいえ、目をぎらつかせたトレーナー連中が会場をうろついている今の状況は、もっと追い込まれた者たちが出走するレース会場に比べればずっとマシである。少なくともトレーナーたちは、自らの担当するウマ娘の走りを守ろうとする思いにおいては間違いがなかったからだ。

 

 ウマ娘を担当するトレーナーたちは、少しでもバ場条件の良い日を狙い、競って出走登録を行う。故に晴天に恵まれた日や芝の状態が荒れていないその日一番のレース時には、トレーナー付きのウマ娘たちが集まることとなった。

 

 担当トレーナーの居ないウマ娘たちは必然的に、恵まれた条件下で走る機会を削られていたのである。

 

 鷹木は一度、トレーナーが居ない、チームにも属していないフリーのウマ娘たちが走る会場を覗きに行ったことがある。昨年度、担当ウマ娘との契約が解除になり、自身もフリーとなってやることがなくブラブラしていた時期のことだった。

 

 その現場ではトレーナーではなく、ウマ娘たち自身が殺気立っていた。レースが開始される前から、出走登録の確認を取る段階から、彼女らの戦いは始まっていたのである。

 

 レース出走登録の窓口に集まり、互いに激励し合っているウマ娘集団が居ると思えば、その殆どは一人のウマ娘の取り巻きであった。仲間を引き連れて窓口前を占拠し、他のウマ娘が登録するのを邪魔しているのである。会場の案内板を隠すように荷物を置くなどという行為も日常茶飯事だ。

 

 更衣室などに向かうウマ娘も、常に友人か取り巻きとともに行動し、独りきりで自分の荷物をロッカーに預ける者はいない。目を離している隙に何らかの原因で私物を「紛失」すれば、それは自己責任だ。出走登録に関する書類などを知らぬ間に奪われていたが最後である。

 

 むろん、明確な妨害行為は違反となるので、他のウマ娘から道を空けるようキッパリと要求されれば、あるいは不正行為を見咎められ問い詰められれば応じざるを得ない。が、それが出来ないような気の弱いウマ娘は、レースに出走する以前に門前払いを食らうような状況であった。

 

 アドマイヤベガ、そしてナリタトップロードには担当トレーナーが居ない。常に共に行動していた彼女らは、その殺気立った会場をうまく切り抜けたのだろう。既に、レースにて一着の成績を残していることをトレセン学園のデータベースから鷹木は読み取っていた。

 

 このままオペラオーが勝てずにいると、今年度もまたじりじりと周囲から取り残される感覚を味わい続けることとなる。が、そうでなくとも、鷹木はいずれにせよやきもきする思いを振り払えずにいた。

 

 オペラオーが約束した時刻になっても姿を現さないのである。所定時刻の一時間前には会場についているようにと伝えたにもかかわらず、彼女のあの特徴的な、どんな喧噪の中でも響き渡る声は聞こえなかった。姿より先に声で所在が判明するというのも妙な話だが。

 

「アイツ……朝に学園の寮の前にまで迎えに行かなきゃならなかったか?」

 

 放っておくと確実に寝坊するようなウマ娘の場合は、実際にトレーナーが起こしに行かざるを得ないケースもある。が、ウマ娘およびトレーナー共々に周囲からの笑いものとなることは当然ながら避け難く、それだけの気力は鷹木に備わっていなかった。

 

 とはいえ、レース会場入り口でトレーナーが時計を気にしつつ何者かを待っているという状況自体、遅刻しかけているウマ娘を待ちわびている姿に他ならない。鷹木は時おり、クスクスと微笑を口元に隠して過ぎ行く通行人の視線が自分に突き刺さるのを感じていた。

 

 彼が笑われていたのは、あの悪目立ちするオペラオーのトレーナーを任されていることが、既に知れ渡っていたがためかもしれないが。

 

 しかし、レース会場入口でウマ娘を待ちわびていると思しきトレーナーは鷹木ばかりでは無かった。門前で彼から多少距離を取り、どちらかというとノンビリと時間が過ぎるのを待っているだけのような男の姿もあった。

 

 緊迫感のないその佇まいから、一時は観客が待ち合わせているのかとも思われた。が、鷹木には彼の顔に見覚えがあった。同期でトレセン学園にトレーナーとして入り、間もなくチームを率いるトレーナーとなった鷹木の意識からは離れていた男である。歯牙にもかける必要のない相手として。

 

 今、チーム担当を外され、単独ウマ娘つきのトレーナーとなった鷹木が、結局同じ立場で肩を並べることとなった相手でもあった。片桐。たしか、そんな名だった。

 

「やぁ、こんにちは。そちらも、担当ウマ娘さんがまだ来ないので?」

 

「……えぇ、まぁ。」

 

 何気なくこちらに顔を向け、これといって緊迫感のない表情で挨拶を投げかけてきた彼に、鷹木は曖昧な返事だけを示す。

 

 競争心も向上心もまるで感じさせない穏やかな表情をしたこの男と、あれだけ必死こいて足掻いてきた自分が今、同じ位置に立っている。この現状を、鷹木は今意識したくはなかった。

 

「たしか、テイエムオペラオーでしたっけ?あなたの担当は。」

 

「はぁ、まぁ。」

 

 こちらが素っ気ない返答しか与えなかったというのに、片桐はノンビリと話しかけ続けてくる。鷹木は早くも、オペラオーとの待ち合わせ場所を安易にレース会場入り口を選んだことを後悔し始めていた。

 

「噂はよく流れてますよ、大変な子でしょう。近くに居て退屈することは無いでしょうけど。」

 

「まぁね。」

 

「自分がいま見てる子も、まぁ、全く別の類で、大変な……おっと、噂をすれば。」

 

 彼が気付くより先に、鷹木はその姿がこちらへ向かってくるのに気づいていた。

 

 約束の時刻に遅刻している者の足取りとは思えぬほど、彼女らはゆっくりゆっくりと歩いてやってきた。オペラオーの栗毛はその効果まで計算し尽くされてセットされているのか、背から浴びる朝日の光で輝かんばかりに目立っていた。

 

 彼女に手を引かれるようにして丁重にエスコートされているのは、鹿毛に純白の作が美しく映えた、これまたオペラオーとは別の意味で注目を浴びそうなウマ娘であった。トレセン学園に入学したばかりとは思えぬほどに、発育の良い体つきをしていたのである。

 

 ……鷹木は隣でノンビリと手を振っている片桐の顔を横目で覗き、これだけ人畜無害そうな男でなければ彼女を任されることがないわけだ、と納得した。オペラオーの声はとっくに十分届く距離にまで来ていた。

 

「しかし君は本当に運がいい!このボクと、記念すべき日、共にレースを走れるのだからね!」

 

「はわあぁ、ま、まさか私、いきなり競争相手さんと出会っちゃいましたぁ?」

 

「何を怖気ることがあろうか!光栄に思いたまえ、覇王が響かせる蹄鉄を、間近に聞くことができるのだよ!」

 

「は、は、覇王さん!?よく分からないですけど、なんだかすごいウマ娘さんに拾われちゃいました……。」

 

 オペラオーの言に付き合い、ばかりかこれほどまでに彼女の話す内容を真に受けるウマ娘も珍しかった。

 

 鷹木が彼女らの会話を中断させられそうなタイミングを見計らっている横から、ノソノソと歩いていった片桐が何の脈絡もなく割り込んでいく。こういった無造作な振る舞いが、何故かその場の流れを作っていくのも鷹木が謎と感じるところであった。

 

「やぁ、ちゃんと来れたね、ドトウ。」

 

「とっ、トレーナーさんっ!その、ごめんなさい、ごめんなさい!私、またボンヤリしちゃってて……!」

 

「いやいや、今日は迷子にならず、レース開始にも間に合ったんだから良いだろう。そちらのオペラオーさんが、迷子になっていたドトウを連れてきてくれたのかな?」

 

「違うさ、彼女はボクが開催していたゲリラソロオペラを見に来てくれていたんだ!」

 

 そろそろオペラオーを窘める声を出そうと口を開いていた鷹木は、そのまま口をぽかんと開けたまま声が出せなかった。

 

 今日は大事なレースの日だぞ?遅刻したが最後、折角得られた出走権を手放すことになる。当日出走のキャンセルを起こしたウマ娘が、その後どれだけレースに出走しづらくなるのか分かっているのか?

 

 そういった言葉が喉の奥に溜まりつつも、オペラオーが誇らしげに語る、ドトウと呼ばれたウマ娘との出会いエピソードを鷹木は黙って聞いていた。

 

「あぁ、あれは美しい光景だった。このボクを、朝の陽ざしが照らし、間もなく鳥たちのコーラスが始まる!ボクの歌声が街に響き渡り、道行く人々は思わず足を止めた!」

 

「わ、私の足も止まりました、つい……!」

 

 要するに、朝っぱらから街中で歌い出したオペラオーを不審がった通行人たちの中に、ドトウも居たということである。

 

「彼女は素晴らしい観客だった、他の者たちが間もなくいずこへと歩み去ったというのに、ボクのフルコーラスを最後まで聞き切ったんだ!」

 

「気持ちよく歌ってらっしゃる途中で聞くのを止めるのは、その、失礼かなと思いまして……。」

 

 つまり、オペラオーのせいでドトウは遅刻しかけたワケである。もはや言葉の出ない鷹木は自らの頭をボリボリ掻きむしりながら、片桐の方へ申し訳なさそうに顰めた目を向けた。

 

 当の片桐は、相も変わらず人の良さそうな笑顔で受け止めたが。

 

「いや、いいよいいよ、なんにしてもドトウ、誰かに案内してもらわなければ道に迷っていただろうからね。」

 

「で、ですから、トレーナーさんに案内していただきたかったんです~……」

 

「それじゃあ君が僕以外のトレーナーに見てもらう時、自力でレースに出られなくなるだろう?」

 

 いつもノンビリしているように見える片桐なりに、考えあっての決定らしかった。

 

 一方、どれだけ口を酸っぱくして伝達事項をその耳に吹きこんでも、念仏でも聞き流すかのごとくトレーナーの意に従わないオペラオーは、既に鷹木を置いて登録情報の照合窓口へゆったりと歩き始めていた。歌いながら。

 

「ありとある精霊の命籠れる

 小宇宙を造らせんとする神意をここに

 

 見よ!

 

 神は造化に命じ給いき

 ひとりを選びてその身内を充たすべし

 

 世にあるなべての美徳もてと

 造化はただちに神意を受け

 

 斯くてテイエムオペラオーに

 諸々の美は集まりぬ        」

 

 鷹木は担当トレーナーとして近寄りたくなかったが、既に周囲からチラチラとこちらに向けられる視線が集まっていることには気づいていた。

 

 それが苦笑や冷笑とはいえ、ピリピリと殺気立っていた現場に笑顔をもたらしたことは間違いなかったものの。オペラオーはゆったりとした歩き方で周囲に距離を取られつつ、嫌そうな表情を浮かべた事務員の前で仰々しくお辞儀を披露してから口を開く。

 

「さぁ、ボクをレースに出してもらおうか!君もまた実に幸運だ、世紀末覇王の初陣……ではなく、二度目の出陣に立ちあうことを許されたのだからね!」

 

「お名前を。」

 

「おやおや!このボクの名を知らないのかい?ならば覚えておくといいさ、いずれこの名は歴史に刻まれる、僕と共に生きた者たちはその生き証人となるのだから!テイエムオペラオー、それがボクの名さ!」

 

 無駄に回りくどい言い回しを聞き流しつつ、係員はウンザリした表情のままに書類受け取りトレイをカウンターに突き出した。

 

「登録書類一式を提出してください。」

 

「何だい?そんなもの、唯一無二のボクに必要だと?」

 

「ご用意が無い場合、出走登録を受け付けられませんが。」

 

「問題無いさ!さぁ、我が心狭き参謀よ、王道を通したまえ!」

 

 オペラオーは気取ったポーズと共に片手を掲げ、手首のスナップを利かせるとともにパチン、と指を鳴らす。

 

 憎たらしいほどに綺麗な音の指パッチンによって召喚された鷹木は、周囲から好奇の視線を集めて冷や汗を滝のように流しつつ、登録書類の提出を窓口係に行ったのであった。未勝利ウマ娘のためのレースへ出る準備だけで、これほど長い時間を過ごした感覚は初のことであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。