覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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いよいよ夏合宿の期間が到来し、今年はレジェンドである結城トレーナーの個人合宿所へと三年ぶりに招かれることとなった鷹木トレーナーとテイエムオペラオー。ライバルウマ娘のみならず、後輩たちも加わった今回の合宿はより賑やかなものになることが予想された。


再びの夏、空の下を駆けこそすれど

 いよいよこれから夏の盛りを迎えようとする丘陵が、日差しを浴びて葉の緑も眩い。

 

 低木が一面に並んでいるその一体を指さし、結城トレーナーは傍らにいる若手トレーナーたちと雑談していた。

 

「ここいらは、梅の名産地でね……っと、これは三年前にも伝えたか。」

 

「えぇ、この高さから眺めるのは初めてのことですが。」

 

 片桐トレーナーは相変わらず飄々とした態度を作っていたが、さしもの彼も現状には多少の緊張を覚えているようであった。鷹木が緊張のあまりほぼ無言となっていたのは言うまでもない。

 

 彼らは……トレーナー三名、そしてウマ娘が六名……今年はヘリコプターに乗って合宿所へと向かっていた。

 

 もちろん、結城トレーナーの所有するヘリコプターである。

 

 個人所有のヘリコプターと言えば、定員が四名か六名のものであろう、果たしてトレーナーとウマ娘の全員が乗りこむことなど出来るのか……などと考えていた鷹木は、当日招かれた空港に鎮座する大型の機体を前に絶句することとなった。

 

 最大定員数24名、全長約19m、航続距離990km。日本では自衛隊機として導入され、救難活動にも運用されているヘリコプターである。

 

 他には国賓などの要人輸送に用いられることもあるが、個人が所有する規模のものでは普通ない。側面にURAのロゴが貼り付けられたその機体を目の前にして、鷹木はウマ娘トレーナーの頂点に立つ存在が、どれほど浮世離れしているかを改めて思い知らされたのであった。

 

 旅客用として設えられた内部にはゆったりと背を預けられるソファのような座席が備えられており、ヘリコプター飛行中の騒音や室内の狭苦しさを感じることなく快適に過ごせるようになっている。

 

 鷹木は全くくつろげなかったものの。シートに腰掛ける直前まで、機内を自分のズボンに着いた砂埃で汚してしまわぬかとばかり彼は案じていた。

 

 片桐トレーナーもまた前述の通り、この数十億はしそうな高価な乗り物の中で多少の畏縮は見せていたものの、それでも先輩トレーナーに話しかける程度の余裕は残しているようであった。

 

「そういや、桂崎さん。結城トレーナーの個人合宿所へは、行ったことが?」

 

「いえ、自分は初めてですね。結城さんの合宿所に呼ばれることは、なかなか無いもので。」

 

 ナリタトップロードの担当トレーナーである桂崎は、慣れた様子でこの旅程についてきていたものの、これは初の経験だったらしい。

 

 鷹木や片桐から見れば先輩にあたる彼でさえ、今まで結城トレーナーの合宿所に招待されたことは無かったのだ。

 

 これが二度目の招待となることは、テイエムオペラオーに、メイショウドトウ、ナリタトップロードといった面々が、いかに優れたウマ娘であるかの証であった。

 

 とはいえ、いつもと異なる環境に置かれるだけで心身に不調をきたすことのあるウマ娘たちにとって、普段から乗る機会のない航空機の内部は不安なものではないかと心配された。が、最も小心そうなメイショウドトウは窓際に平然と座っている。

 

 ヘリが方向転換を行って機体が大きく傾き、眼下に地表が実際以上に近く見える時など、彼女は窓の外を覗き込んで感嘆の声も上げていた。

 

「はわぁ、ヘリコプターって、結構スピードが出てるんですねぇ。フワフワ浮きながら、ゆっくり飛ぶのかと思ってましたぁ。」

 

「速いに決まっているでしょう。今年は午前中に合宿所へ着きたいと言ったら、結城トレーナーが出してきたんだもの。」

 

 ドトウの隣に座っていたアドマイヤベガは、到着し次第開始する練習メニューを確認するつもりでメモ帳を開いていたが、いつしかドトウと共に窓の外へと視線を移していた。

 

 反対側の窓べりにはアグネスデジタルがしがみつき、やはり食い入るように空から見下ろす地上の光景を楽しんでいる。

 

「どんどん町が遠ざかって行っちゃいます!このヘリを追っかけて、ずーっと芝の上を走っていけたら気持ちいいでしょうね!」

 

「ロジカルじゃねぇぜ。このヘリの巡航速度は時速260km、最大速度は時速275kmだぞ。あっという間に置いてかれちまう。」

 

 デジタルの隣からは、出発前にヘリのカタログスペックに目を通していたエアシャカールがツッコミを入れている。

 

 やはり大舞台で堂々たる勇姿を見せつける一流のウマ娘たちは、多少普段とは異なる環境に置かれても動じることは無いのだ。いったんはそう納得しかけた鷹木であったが、機内でソワソワしているのが自分だけでないことに気づいたのはしばらく経ってからのことであった。

 

 いつもの面々が集まったにしては、何か物足りないような……と思いきや、ほかならぬテイエムオペラオーの口数が妙に少なくなっていたのである。

 

「三年前と違って、一気に賑やかになったね。着いたらさっそく練習かな、前みたいに……オペラオー?」

 

 機体中央の座席……すなわち、窓際から最も離れた位置でオペラオーと並んでいたナリタトップロードは、オペラオーからの返答が無かったことを訝しがって相手の顔を覗き込んでいる。

 

 顔色こそ変えず、いつも通りの笑みも浮かべてはいたが……目が据わっており、オペラオーの表情は完全に固まっていたのであった。

 

「さっきからボンヤリしてるみたいだけれど、具合でも悪いの?」

 

「……あ、あぁ!いや、なに、昨晩は皆と共に合宿へ向かう歓びに耐えかね、夜を徹してオペラの執筆に勤しんでいたものだからね!」

 

 鷹木の知る限り、今朝集合場所で見せたオペラオーの顔色は万全に休息のとれた時のものであった。トレーナーとして長く彼女を見続けて来た身として、担当ウマ娘が夜通し起きていればすぐに分かった。

 

 要するに、テイエムオペラオーが口数少なく、表情がこわばっていた理由は別にあったのだ。

 

 トップロードはそれに気づいてか気づかずか、オペラオーの返答を真に受けて会話を続けている。

 

「また新作オペラかい?今日の夜は、楽しみにしていてもいいかな。」

 

「もちろんさ!合宿初日の賑やかしは、ボクに任せたまえ!はーっはっはっ……ひゃっ!?」

 

 そろそろ目的地に近づいてきたヘリコプターは着陸に備えて姿勢を変えたのか、機体がわずかに揺れる。鷹木も慣れぬ感覚に背筋がゾワッとしたものの、悲鳴を上げたのはテイエムオペラオーだけであった。

 

 レースの舞台で共に走り続けて四年目、初めての反応を見せる担当ウマ娘を前にして、鷹木は機体の揺れなどよりもよほど虚を突かれる思いであった。

 

(聞いたことないような声を出したな、オペラオー……。)

 

 周囲からは明確な反応が無かったが、それはたった今機内に響いた悲鳴が、よもやオペラオーの口から出たものだと認識できた者がほとんど居なかったためかもしれない。

 

「ドトウ、いきなり耳元で悲鳴あげないで。」

 

「はい、すみません……?」

 

 メイショウドトウがアドマイヤベガの誤解をあえて否定しようとしなかったため、結果的にはほとんどの同乗者がドトウの悲鳴であると勘違いすることになった。

 

 真相に気づいていたのは、目の前で見ていた鷹木トレーナー、そしてオペラオーの真隣りに座っていたトップロードだけであった。

 

「さっそく、合宿の大切な思い出が出来たよ。今年の夏は楽しくなりそうだ。」

 

「そ、そうかい?はっはは……。」

 

 二度目の高笑いは、中途半端に途切れる。合宿所に備えられたヘリポートに機体が着地する軽い衝撃と共に、オペラオーは今度こそ不用意な悲鳴を上げぬよう口を結んでいたのであった。

 

 アドマイヤベガが結城トレーナーにリクエストした通り、合宿へ要した移動時間は他の交通手段に比べて圧倒的に短縮されていた。以前この合宿所に到着した際は、移動時間がもったいないと告げてさっさと練習へ向かったアドマイヤベガ。

 

 とはいえ、今年のアドマイヤベガは後輩ウマ娘たちもついてきていたこともあり、一応はヘリから降りてくる面々を振り返って尋ねた。

 

「まだ午前10時前ね。皆は、どうする?私はすぐにでも、練習に向かいたいんだけれど。」

 

「おや!アヤベさんが皆の意見を聞くとは!」

 

 アドマイヤベガへと真っ先に返答するテイエムオペラオーの顔色は、初夏の日差しを浴びていたこともあっただろうが、ヘリに乗っていた時と比べても明らかに血色良いものとなっていた。

 

「三年前とは違うの。今回は後輩たちが居るから、気にしただけ。」

 

「オレはもちろん、さっさと練習を始めるぜ。」

 

「はい!私もご一緒いたします!」

 

 エアシャカールとアグネスデジタルは迷わず返答し、あの不安な機内から解放されたテイエムオペラオーは、跳ね上がるような気分の昂揚も手伝って真っ先に練習場へと駆けて行った。

 

「ならば!いざ!今すぐにでも、共に駆けよう!夏の女神よ!今こそボクは大声で、あなたの讃歌を歌うだろう!」

 

「あぁ、お待ちを!いかに夏の太陽も、あなたを裁くことは出来ません!」

 

 またも、オペラの一節が出されたことを瞬時に理解したアグネスデジタルが、真っ先にオペラオーを追っていく。

 

「決を採ってたのは、アドマイヤベガ先輩じゃねぇのかよ。相変わらず、ロジカルじゃねぇぜ。」

 

「い、いつものオペラオーさんですぅ……。」

 

 エアシャカールがアグネスデジタルに負けじとついて行き、自分の荷物を運ぼうとしていたメイショウドトウも片桐にそれを預け、あたふたと追っていく。それを横目に、アドマイヤベガは遅れて並び立ったナリタトップロードへと半ば愚痴のように伝えた。

 

「オペラオーは……あの子は全然、三年前と変わらない。つい昨日、トレセン学園に入って来たような顔をしてる。」

 

「あぁ、本当に、100年経っても彼女は同じように走っているような気がするよ。」

 

 やがて、そろそろ陽射しに暖められて仄かな陽炎の立ち始めた向こう側から響いてくる高笑いに招かれるようにして、アドマイヤベガとナリタトップロードも練習場へと走り去っていった。

 

 鷹木は片桐と居並んで、ヘリから降ろされたウマ娘たちの荷物を前に、何ともいえぬ笑顔を見合わせていた。

 

 合宿中に使うこととなる蹄鉄、シューズ、その他トレーニング用具。この重荷を自分たちが運んでこそ、夏合宿は始まるのだ。

 

「さて、始めますか。今年の夏合宿トレーニングを。」

 

「ウマ娘たちが負う重荷の、我々が肩代わりできる分だけでも背負っていかねば、ですね。」

 

 桂崎トレーナーも無言で頷いて、ナリタトップロードとアグネスデジタルの荷物を同時に担ごうとする。が、さすがに無理があったためか、苦笑しつつ片方を地面に降ろしている。

 

「我々も手伝いますよ、この合宿所に居る限りは競走相手じゃないんだから。」

 

「えぇ、さすがにひと夏分の蹄鉄の替えは結構な重量ですので……そういや、アドマイヤベガとエアシャカールの荷物は?」

 

 先ほど降ろされたそれらは、既に合宿所の管理を行っているスタッフたちが建物へと運び入れていた。

 

 結城トレーナーが高齢であることもその理由ではあったろうが、この合宿所の運営を担っているスタッフたちは、殆ど彼の手足となって働くのが役目であったのだ。

 

 とはいえ綺麗に結城トレーナーが担当していないウマ娘の荷物を残していったスタッフたちを見送って、片桐は揶揄を放った。

 

「ここじゃ、『結城様』が中心になってますからねぇ。」

 

「そのようです。自分たちは、自分たちの担当する子たちの荷物を運ばなければ。」

 

 観念したように荷物を持ち上げる片桐と桂崎に倣い、鷹木もオペラオーのために詰め込んできたバッグを肩に掛ける。

 

 蹄鉄がガシャリと触れ合う音を立てて担いだ肩には、例年と何ら変わらぬ重量が食い込んだ。

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