陰キャに魔法少女は厳しいです!【第二部開始】   作:黒葉 傘

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出雲日向という花

「ねぇ、あなた東君に告白しなさいよ」

 

 私を虐める少女たちにそう言われた時、私たちの関係も終わったな、と思った。

 私と東の関係は薄氷の上で成り立っていた。

 魔法騎士としても、学校の優等生としても有名な少年。

 私が東と友人でいれたのは異性としての色目をあいつに全く見せなかったからだ。

 あいつは誰にでも平等に接するけど、決して誰かと特別な関係になることはなかった。

 東に告白する女子は多いけれど、その全ては玉砕していった。

 それはもしかすると危険な魔法騎士という身分ゆえか、それとも過去に何か嫌なことがあったのか。

 ただ好みの女性がいなかっただけという可能性もある。

 私はそんなことは知らないし、興味もなかった。

 ただ元男としてモテモテの彼に若干の嫉妬を覚えただけだ。

 まぁ、今世の私は女性なので、女性にモテモテになることはあり得ない、だからその嫉妬もすぐに霧散したけど。

 ともかく、あいつと友達でいられたのも私が男女の関係に全く興味がない人間だと思われていたからだろう。

 でも、告白すればそんな関係は終わる。

 結局お前も今まで告白してきた女子たちと同じか、そう思われるのはなんだか癪だった。

 癪だけど、私に選択肢なんて物はない。

 

「…………はい」

 

 私は自分を取り囲む少女たちに頷いた。

 これから先私は友人の一人もいない学校に虐められるためだけに通うことになる。

 その未来を想像して、視界が歪む。

 時々あって会話をするだけだった、それでもこの地獄で見つけた唯一の友達だったのに。

 それも今日で終わりか。

 

 あいつは校舎裏にいた。

 大きなゴミ袋を持って、収集場所で分別ごとにそれを分ける。

 全く誰に頼まれたんだか、いつものように人助けに精を出していた。

 

「東君」

 

 呼び止めると、彼は私を認めて顔上げる。

 少し、怪訝な顔をしていた。

 私は彼を東と敬称をつけずに呼んでいたから、違和感を覚えたのだろう。

 でも、私の背後では私の告白を隠れて見守る女子たちがいる、いつものように彼と接することは不可能だった。

 

「ちょっといい?」

 

 話しやすいように、彼の持っていたゴミ袋を横から掠め取って指定の場所に乱暴に放り投げる。

 彼の眉が持ち上がったけど気にしない。

 

「あのね、真面目に聞いて欲しいんだけど」

 

「えっと、なに?」

 

 長く話せば、すぐにボロが出るだろう。

 すぐに終わらせてしまおう、そう思った。

 だから直球に要件を告げた。

 

「あなたのことが、好きです」

 

 祈るように頭を下げる。

 そうやって彼を視界から外す。

 どんな顔だろうと見たくなかった。

 私の嘘の告白を受けた人間の顔なんて。

 

「私と、付き合ってください!」

 

 一息にそう言い切った。

 校舎裏の、ゴミ集積所、ロマンもへったくれもない場所で。

 私は彼に告白した。

 それは本当に最悪な気分だった。

 

「………………」

 

 沈黙。

 私が告白をしてから数秒間、沈黙が広がった。

 私は俯いて、彼の履いた革靴と地面の境界をじっと見つめていた。

 早く終わらせて欲しかった。

 私と彼の関係を。

 

「うーん」

 

 彼の喉から、感嘆のようなよく分からない唸り声が漏れる。

 本当によく分からない反応だった。

 下げていた頭を少し上げて彼の方を伺う。

 組まれた腕、への字に結ばれた口が見えた。

 

「面白い……面白いね」

 

 面白い……なにが?

 私はお前に告白をしたつもりなんだけど、その返しが面白いってなによ。

 若干失礼なのではなかろうか。

 

「これは新手のギャグかな?」

 

「ぁ、の……私は真剣に言ってるんだけど」

 

 まさかあろうことかギャグ呼ばわりされてしまった。

 私真面目に聞いてって言ったよね。

 失礼にも程がある。

 こちとらそれなりの覚悟を持って告白したつもりなんだけど!?

 

「だって、出雲さんって僕のこと好きじゃないよね、全く」

 

「は」

 

 キッパリと言い切られて、思わず顔を上げる。

 ニヤリと笑う彼と目が合った。

 自分の中を見透かされたようで、私はまた目を逸らす。

 

「そんなことない、きちんと好きだよ」

 

「それは友達として?」

 

 回り込まれて、逸らしたはずの目を覗き込まれる。

 真っ直ぐな瞳で見つめられ、私は怯んでしまった。

 透き通った、綺麗な瞳だった。

 

「ぁ……う、うん」

 

 頷いてしまった。

 頷くしかないだろ!こんなの!

 もう何と言い訳しても、彼は私の嘘を確信してそうだし、これ以上嘘を塗り固めるのも得策だとは思えなかった。

 全く忌々しいことにこの少年は私が彼に恋心などこれっぽっちも抱いていないことを確信しているようだ。

 まぁ、少女たちには告白してこいと命令されただけだ、嘘がバレたのなら仕方がないだろう。

 

「ねぇ」

 

「うん?」

 

 少年はふいと私から目を逸らす。

 そしてその瞳は私の背後に何かを探すように彷徨った。

 

 

「出雲さんって虐められているの?」

 

 

 ぞわりと、鳥肌が立った。

 私の知られたくはない秘密。

 この少年はどこまで知っているのだろう。

 その見透かすような瞳を、やはり私は直視できなかった。

 

「え?な、なんのこと」

 

 私は虐められている。

 そのことは誰にも知られなくなかった。

 クラスメイトにも、教師にも、家族にも…………目の前にいる唯一の友人にも。

 虐められているという事実がどうしようもなく恥ずかしかったから。

 私は、前世の記憶がある、つまり人生二週目なのだ。

 クラスメイトや、それこそ両親なんかよりよっぽど長い年月を私は生きてきたと自負していた。

 そんな自分が、自分より圧倒的に年下だと思っていた少女たちに虐められ、地面に這いつくばって涙を流している、少女たちに恐怖を抱いている。

 それが惨めで、死ぬほど恥ずかしかった。

 

「出雲さんってよく空き教室で一人でいるけど、あれって泣いてるからでしょ」

 

 いつから気づいていたのだろう。

 涙はきちんと拭ったはずなのに。

 虐めの現場を見られさえしなければ、彼にはバレないと思っていたのに。

 

「ううん、涙?あれは欠伸したときに出たものだよ」

 

 嘘をついた。

 バレバレの嘘かもしれない。

 でも唯一の友人に虐められているという事実がバレるのは嫌だった。

 彼にそれを暴かれるのも、ごめんだった。

 

「そう……」

 

「………………」

 

 気まずい沈黙が広がる。

 彼の目線を避けた私の視界はどんどん下がり、私はまた彼の履いた革靴と地面の境界を見つめていた。

 今この瞬間も私たちのことを盗み見ているはずの少女たちにはどう思われているんだろう、そんなことを考えていた。

 

「出雲さん、何かあったら僕に言ってよ。僕が助けるから」

 

 正義のヒーローである彼らしい言葉だった。

 痛いほどの視線を彼から感じたけど、やはり私は彼の目を見ることはできなかった。

 助けてもらう必要なんてない。

 ただ黙って私が耐えればいいだけだから。

 

「うん。ありがとう」

 

 絞り出すようにそれだけいうと私は踵を返した。

 好きでもないのに告白して、嘘がバレて気まずくなったから逃げる、彼から見たら本当に訳のわからない女だと思う。

 でも、もう彼の前にはいたくなかった、嫌なことが暴かれそうで。

 早足でその場を去る。

 早く家に帰って、今日のことを忘れたかった。

 早足が駆け足になる。

 早く、逃げたい、ここから。

 

「ねぇ」

 

 低い声とともに、足が引っ掛けられる。

 前に出そうとしていた足が急に止められ、私は勢いを殺せないまま地面を転がった。

 

「どこ行くのよビッチ」

 

 横たわる私へとトゲのある言葉が降りかかる。

 顔を上げると、私を虐めている少女たちが私を囲んでいた。

 少し、息が上がっている。

 どうやら走り出した私を慌てて追いかけてきたみたいだ。

 状況が読めないまま見上げる私を、少女が蹴飛ばした。

 足を掴まれ、人気のない校舎の隅へ引きずられる。

 

「ビッチちゃんは東君にも色目を使ってたんだね〜」

 

「聞いた?僕が助けるから、だって〜」

 

「いいわね、お姫様は泣いてれば助けてもらえるんだから」

 

 少女たちは口々に悪態を吐いて、私の身体を踏みつける。

 顔に青筋を立てて。

 何でそんなに怒っているんだろう?

 あぁ…………

 そうか、こいつらは私がこっぴどく振られるのを期待していたんだもんな。

 でも、私は振られなかった。

 というより、それ以前の問題で彼は私の告白を一笑に付して無かったことにした。

 それが気に食わなかったのだろう。

 でも…………そうだな。

 私は友達に見捨てられなかったみたいだ。

 少女たちに嬲られながら、私は仄暗い喜びを抱いて、笑った。

 私はどこか安心していたんだ。

 私たちの関係は崩れなかった。

 友達のままでいていいんだ、そう思った。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 私たちは再会した、地獄のような化物の腹の中で。

 赤い残骸が私の手を包む。

 手を握っているのだろうか、これは手なのだろうか。

 それすら分からないほどそれは形を保ってはいなかった。

 でもそれは確かに私の友達だった。

 

「魔法少女に、なったんだね」

 

「うん」

 

「やっぱりね、君は優しいから人を見捨てることができない」

 

 私のどこが優しいんだか。

 私はいつでも自分中心だ、私の優しさなんてものは偽善と私欲にまみれている。

 

「君は魔法騎士に向いていた、そうだろう?」

 

「勘弁してくれよ」

 

 昔を思い出す。

 あの日、東は私を誘った。

 魔法騎士へと。

 

「ねぇ、あの日の答えを聞いていいかな」

 

 あの日の、答え。

 彼はあの日私へと告げた言葉の答えが聞きたくて、自我を保っていたのだろうか。

 そんなこと今となっては何の意味もない。

 お前は帰ってこなかった。

 それに……

 

「答えなんて……もう知っているだろ」

 

 そうだ、お前は答えを知っている。

 他ならぬお前自身が確信していたはずだ。

 だからこそ私たちはその答えを保留にした。

 

「うん。だけど、君の口から聞きたい」

 

 視線を感じる、あの綺麗な瞳を。

 でも私の目の前では赤い残骸が揺らめくばかりで、あの真っ直ぐな瞳は失われてしまった。

 あの瞳が、私を捉えることはもうない。

 

「お前のことは、好きだよ……だけどそれは……お前と同じ感情じゃない。私たちが一緒になることはないんだよ」

 

 もし…………

 もし、彼が深域から無事帰ってきたら、そして私を助け出してくれたら。

 そんなIFがあれば、何か変わったかもしれない。

 私たちが手を取り合う未来があったのかもしれない。

 でも、彼は帰ってこなかった。

 私は友人を失った。

 その事実に耐えきれずに、一人布団に籠もった。

 

「ごめん。ありがとう、私を助けようとしてくれて」

 

 赤い残骸が渦を巻く。

 それがどういう感情か、私には分からなかった。

 分かるはずがない、ただ振られるためだけに深獣の腹の中で延々と自我を保つやつの気持ちなんて。

 ずっと答えを保留にしておけばいいのに、そうすれば私たちは友人のままで、もしもを夢見ることだってできるのに。

 

「……ありがとう、聞こえのいい嘘じゃなくて、本当の気持ちを教えてくれて」

 

 嘘をついたって、どうせ答えを知っているんだ。

 ここで嘘をつくことは優しさなんかじゃない、ただの逃避だ。

 私は答えを一つしか選べない、卑怯な問いだ。

 

「さぁ、もうここから出なきゃね、出雲さんはここにいるべきじゃない」

 

 赤い残骸が私を優しく窓の方へと押しやる。

 もう、これでお別れなのだろうか。

 彼の自我は残っている、でもこの様子では彼の魂は肉体に戻ることはきっとない。

 私の、唯一の学友と、こんな終わり方でいいのだろうか。

 

「東……」

 

「いいんだ、僕は」

 

 赤い残骸が揺らめく、どこか満足したように。

 

「ただ、最後に一つだけお願いしてもいいかい」

 

「うん」

 

「僕を、僕の魂を外まで連れて行って欲しい、消えるのなら、せめて青空の下がいいんだ」

 

 赤い残骸が纏まって一つになる。

 心臓のような何かに。

 私はそれを受け取った。

 託された、彼の魂の残り香を。

 わかった。

 わかったよ、この深域をぶっ壊してお前を青空の下まで連れて行く。

 友人を放さぬように、無くさぬようにして、私は窓から、外に出た。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「出雲さんって魔法騎士やるつもりはない?」

 

「…………は?」

 

 放課後、いつもの空き教室。

 あの日私は友人からいきなりそんな話を振られた。

 彼が魔法騎士をしていたのはもちろん知っている、かなりの実力者なことも。

 だからこそ、その勧誘は私にとって意外だった。

 

「出雲さんは優しいから、向いていると思うんだよね」

 

 はぁ?

 私のどこが優しいんだか。

 

「優しいのはそっちの方じゃない、お人好し君」

 

 見かけるたびに人助けしている、おまけに魔法騎士として深獣と戦って……

 私はそんな風にはできない。

 私をお前の同類なのだと思ったのだとしたらそれは大きな間違いだ。

 

「僕の人助けに手を貸してくれるのは君くらいだよ」

 

「あー……」

 

 それはあれか、お前がしている雑用を横取りしたりしたことを言っているのか。

 あれは当たり前のことでは?

 むしろ他の生徒は魔法騎士のエースに雑用させて恥ずかしくないのか。

 

「他の人は僕を褒めるばかりで、手を貸してくれようとしなかった。僕にそれは必要ないと思っているんだ」

 

「まぁ、確かに」

 

 それは、そうかもね。

 東は助ける側の人間であってその逆じゃない。

 いくら善行を積んだって、お前を賞賛する声が増えるだけだろう。

 

「でも、君は助けてくれただろう」

 

 いや、まぁ。

 だって…………

 

「だってお前ガキじゃん、子供だよ、子供。大人の助けが必要な」

 

 彼の目が見開かれる。

 私は何か意外なことを言っただろうか。

 中学2年生ってまだ子供だよね。

 魔法騎士とか魔法少女を見て思うんだけど、子供に負担をかけすぎだろ。

 子供は大人に守られて遊んでいればいいんだよ。

 それともこんな考え方はこの世界では一般的じゃないのかな。

 

「まるで、自分が子供ではないみたいな言い方だね」

 

「おっと、そか私も子供だったね」

 

 確かに、ちょっと考えが前世に寄りすぎていたかな。

 今は私も子供だった。

 頭を掻く私に彼は吹き出す。

 愉快そうに、その顔は何だか晴れやかだった。

 

「やっぱり出雲さんは優しいよ。だから、僕は君に魔法騎士に…………」

 

 そこまで言って彼は口を噤んだ。

 なって欲しい、その一言を彼は喉の奥に仕舞い込んだ。

 

「ごめん、やっぱり今の嘘、忘れてくれる?」

 

「おいおい、何だよ」

 

 やっぱり私に魔法騎士は向いてないって思い直したか?

 そう思って彼の顔を見た私は静止した。

 彼の顔が笑っていなかったから。

 真っ直ぐな瞳、でも私が告白した時の瞳とはまた違う。

 何かを訴えるような眼差し。

 

「魔法騎士になって欲しいなんていうのはただの手段でしかないんだ、僕はもっと多くの時間を君と過ごしたいし、君と仲良くなりたいんだ」

 

「もう仲いいじゃん」

 

 私たちはもう友達だろ。

 この関係を変える必要なんてない、そうだろう。

 それとも、お前は違うのか。

 

「君のことが好きだよ」

 

「それは……ギャグかな?」

 

 かつて彼にそう言われたように私は彼の告白を濁した。

 私の声は震えていたと思う。

 だってその告白は幸せな結果にならないことを知っていたから。

 彼もそれを知っているはずだ。

 

「東は知ってるだろ私の気持ちを」

 

「そうだね」

 

 なら、なんでそんなこと言った。

 面白くないぞ、そんな告白。

 睨み付ける、だけどあいつの顔は変わらなかった。

 

「あの日君が僕に告白したとき、僕は悔しかったんだ。嘘ではなくその言葉を聞きたかったから」

 

 そうかよ。

 じゃああの時頷けばよかっただろ。

 私の嘘なんて気づかなかったことにして。

 そうすればお前の望む関係になれたかもしれないのに……お前はやっぱり馬鹿なお人好しだよ。

 目を逸らす。

 やっぱり彼の真っ直ぐな目を見るのは苦手だ。

 そもそも人の目を見るのは得意じゃない、元々陰キャなんだよ私は。

 

「返事はいらない、答えを知っているから。ただ……」

 

 俯く私に彼は言葉を続ける。

 

「君が隠れて泣いてるのを知ってる、何かに怯えているのも。僕は君を助けるよ。だからその後で君の本当の笑顔と答えを聞かせて欲しい」

 

 なんだよそれ。

 まるで私が助けを待つお姫様みたいな言い草じゃないか。

 自分が、女に生まれ変わったのだと強く自覚させられた。

 なんだか不思議な気分だった。

 本当に彼が私を助けてくれるのかもしれない……

 そうしたら私の答えは変わるのだろうか?

 分からない。

 その答えは……分からなかった、一生。

 その日彼は深域の中でその魂を散らしたから。

 正義のヒーローはいなくなってしまった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「カメリアちゃんっ!!」

 

 耳元で大声が響き、私は眉を潜める。

 うるさい、とても。

 目を開けると、純白の魔法少女が私の顔を覗き込んでいた。

 相変わらず、この子は元気いっぱいだな……

 

「リリィ……」

 

「あぁ、よかった!本当に!」

 

 リリィが私の身体を抱きしめる。

 彼女の体温と心音を感じる、私は深獣の中から脱出出来たのだろうか?

 身体を起こす、身体中が深獣の体液で濡れて気分が悪い。

 まるで私が初めて魔法少女になったあの時みたいだ。

 目を上げると魔法少女たちが戦っていた。

 ハイドランシア、アイリス、キャンディ、サイプラスにアカシア、そしてアコナイト。

 四肢がもげ、胸に大きな穴を開けながらも、深獣はのたうち、抵抗を続けていた。

 みんなもうボロボロだ。

 

「私も……戦わなくちゃ」

 

 震える身体に力を込めて立ち上がる。

 リリィが私を支えてくれた。

 

「大丈夫?」

 

「うん」

 

 私は大丈夫。

 それに、友達との約束がある。

 あいつを青空の下に連れて行ってあげなきゃ。

 私はあいつの魂を受け取ったのだから。

 

「あれ?」

 

 彼を魂の残骸を握っていた手を確認して、私は気が付く。

 そこにあの赤い塊はなかった。

 私の手には銀色の綺麗な刀が一振り握られていた。

 魔法騎士銀狼の刀、それが今私の手の中にあった。

 

「東、これがお前の魂なのか……?」

 

 刀を強く握りしめる。

 お前を、お前の魂をこの気味の悪い深域の外に連れて行くから、見ていて欲しい。

 握り締めた刀に魔力を込めるとそれは生き物のように脈打った。

 

『魔法少女か』

 

 気づくと、大きな獣が私を見下ろしていた。

 黒い体躯に、黄金の瞳の獅子。

 黒き獅子、白き一角獣と対をなす精霊、それが刀の奥から私を見つめていた。

 

『一角獣の使徒とは相容れぬ』

 

 まるで忌々しいものを見るように金色の瞳が細められる。

 

『だが……お前は我が分け身の使い手の想い人、その願いに応え我を振るうことを許そう』

 

 金色の瞳に込められた憎しみが和らぐ。

 刀が私を受け入れるのが分かった。

 私の無限の魔力が刀と一つになる、黒き獅子と白き一角獣の力が混じり合った。

 銀の刀身が黒く染まっていく。

 

『一振りだ、その一振りが全てを切り裂く』

 

 黒き獅子の言葉に導かれるままに刀を構える。

 膨大な魔力が刀身を伝い、黒く暗闇が明滅した。

 魔法少女たちがその魔力を感じとり、慌てて退避する。

 まるで私を恐怖するように。

 

「東……いや、銀狼。ありがとう……さよならだ」

 

 そして私は刀を振るった。

 世界が、裂ける。

 深獣が、パレードたちが切り裂かれ、深域が、割れる。

 太刀筋に沿って黒く虹彩を放つその黒いドームは真っ二つに割れた。

 切り裂かれた深獣がその姿を崩していく。

 それに従い主人を失った深域も揺らめき霧散していく。

 崩壊の中、私は上を見上げていた。

 

「ほら、青空だよ……」

 

 切り裂いた深域の裂け目から空が見えた。

 彼が見たかった青空が。

 

 そうして、私は大切な人と別れを告げた。




次回エピローグにてこの物語は一旦一区切りです。
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