『見てください、大通りには活気が戻りつつあります』
画面の中でレポーターが大袈裟な身振りで後ろを指し示す。
商店街、そこには店がまばらに開き、人々が往来している。
私はその様子を布団に篭りながらぼけっと見つめていた。
こんな風にゆっくり布団に包まるのは何だか久しぶりなような気がする。
金魚のププちゃんも私が戻ってきて心なしか嬉しそうだ。
私がいない間ちゃんと両親から餌をもらっていたかい?
私たちが死闘を繰り広げた第13封印都市の戦いからもう二週間が経とうとしていた。
深域の消滅した第13封印都市は復興が進み、早くも人の営みが戻りつつある。
テレビの中ではその様子が喜びと共に報道されていた。
私たちは勝ったのだ、多くの人々の幸せを奪ったあの深域は、もう存在しない。
それでも、全てが丸く収まったわけではない。
深域に魂を奪われていた人々、その魂の多くは深域が消滅した今も帰ってくることはなかった。
吸収され変異してしまった魂と肉体は深域と共に消滅してしまった。
そして魔法少女にも、多くの犠牲が出た。
多くの悲しみが、結果として残った。
それでも人々は荒廃した都市を修復し、前に進み始めている。
人々は強い。
残った悲しみよりも大きな喜びの声が上がり始めていた。
あの都市が以前のように人で溢れるようになるのも時間の問題だろう。
だから私も、前に進まなければならない。
彼女のように。
復興を伝えていたテレビ、その画面がスタジオに戻り、今回の功労者である魔法少女たちの姿が映し出される。
その中で一際大きく映し出された魔法少女。
魔法少女ピュアアコナイト、彼女はこの二週間で世間を揺るがす告白をした。
そのせいで称賛されるはずだった彼女の名誉は地に落ちていた。
『私ピュアアコナイトは自身の通う学校にて虐めを行なってきました』
頭を深く下げ、彼女は罪の告白をした。
私を虐めていたという罪を世間に公表したのだ。
そして私に対して謝罪した。
正義の象徴、あまりにも有名すぎる魔法少女のその告白は人々を動揺させた。
一番焦ったのは学校だろう。
直ちに緊急会見が開かれ、虐めに対する調査が開始された。
その結果ピュアアコナイト、藍澤恵梨香と共に私を虐めた少女たちの罪が明らかになった。
停学か退学か、これから先しかるべき裁きが彼女たちに下されるだろう。
アコナイトは謝罪の後、星の返却を申し出た。
罪を犯し、片腕を失い弱体化した自分では星付きの魔法少女に相応しくないと彼女は言った。
その申し出は白き一角獣により受理され、彼女は星を失った。
彼女の名誉は地に落ち、その正義は汚れたものとなった。
でも彼女を責める声は意外と少なかった。
それは彼女が真摯に罪を告白したこと、被害者である私が彼女に同情的だったこと、何より片腕を失い傷だらけの少女をこれ以上傷つけるのを世間が躊躇ったからだろう。
彼女は全てを失った。
それでも前を向いて進み続けている。
傷だらけの身体を引きずりながら、魔法少女の業務を再開したことが報道されていた。
魔法少女として人々を救うことが罪を償うことになる。
なにより自分の願いのために、彼女は一歩を踏み出した。
そう遠くない未来、彼女はまた星を取り戻すのだろうか。
未来に想いを馳せていると、窓を叩く音がした。
窓に視線を写すと日に照らされたカーテンに人影が写っていた。
「………………」
無言でカーテンを開けるとやはりそこには純白の魔法少女が浮かんでいた。
彼女は目が合うとニッコリと微笑んだ。
「やっほー!」
「げ、玄関から入りなよ……」
「お邪魔するわね」
窓を開けると、リリィとハイドランシアがふわりと私の部屋に入ってきた。
「また布団かぶってる、カメリアちゃんは布団が好きだねー」
余計なお世話だよ。
二人の友人が私の家に遊びに来るのは前々から決まっていたことだった。
とある番組をみんなで鑑賞しようという話になっていたからだ。
「あら、制服もう届いていたのね」
「ぁ、うん」
ハイドランシアがハンガーにかけられていた制服を指差す。
私の新しい制服。
虐めが発覚し裁きが下された今、私が不登校を続ける理由はもうない。
でも、虐められた少女としてあの学校に再び通うのは嫌だった。
それに、あの学校に私の友達はもういない。
『じゃあ私の学校に来なさいよ、私と同じクラスになるように便宜を図ってあげるわよ』
そう言ってくれたのはハイドランシアだった。
彼女も私と同じように進学校に通っており、学校のレベルもそれほど低くなかった。
それに全く知らない学校とは違い、私を知る友達がいる。
だから私はその提案に一も二もなく頷いた。
というわけで私は来月からハイドランシア、藤堂さんと同じ学校に通う予定だ。
これが私の新しい一歩。
新しい学園生活……正直緊張する。
友達できるかなぁ……
「いいなぁ、二人とも同じ学校かぁ……私もそこ受験してみようかな」
「あなたの学力だと難しいと思うけど」
「ひどい!!」
二人は私の制服を見ながら仲良くはしゃいでいる。
というかリリィって今小学五年生だよね。
それだとたとえ受験に受かったとしても、その時は私たち卒業していると思うんだけど……
うん……言わないでおこう、リリィが珍しく勉強をやる気になっているのだから。
そうやって楽しくおしゃべり(私はもちろん聞き専)をしていると番組が切り替わった。
「あ!始まった」
画面に魔法少女たちの姿と共にシンプルなタイトルが表示される。
『魔法少女たちの真実』
それがその番組のタイトルだった。
縁あって私たちはこの番組の存在を知り、三人で見ることにしたのだ。
魔法少女の戦いは日々報道され、彼女たちは祭り上げられている。
でも、絶対報道されない事実も存在する。
それは魔法少女の死。
魔法少女がその戦いで命を落としたとしても、ある魔法少女が引退したとして小さく報道されるだけだ。
魔法少女が本当の意味で命を賭けて戦っているということを知っている人は驚くほど少ない。
死でなくとも魔法少女は引退する。
精神的苦痛、肉体的破損、願いを失い、あるいは深淵に飲み込まれ。
それら全ては引退という二文字で報道されてきた。
魔法少女の負の側面は隠され続けてきた。
それは魔法少女が願いで戦う戦士だからだ。
少女が魔法少女に憧れ、強く願いを抱くことで強くなる。
だから夢を壊すその真実は秘匿された。
でも本当にそれでいいのだろうか?
この番組はその秘匿されてきた真実を隠さず伝えるものだった。
人々は魔法少女を褒めそやし、称賛する。
それが正しいあり方なのか?
彼女たちの苦しみに寄り添うことはできないのか?
力を持っているとはいえ、子供。
大人の助けを必要とする、小さな女の子なのだ。
その番組は今の魔法少女、その報道のあり方に疑問を投げかけていた。
良識のある人間として、ただ見ているだけなのか?
魔法少女のために、できることはあるのではないかと視聴者に訴えかけていた。
こんな番組を作れるのはあの人しかいない。
あのレッドアイリスの特集番組を撮ったあのやり手のディレクターだ。
いつからこんな番組を企画していたんだか……
タイミングが良すぎる。
今、世間はアコナイトの告白により魔法少女が綺麗なだけの存在ではないと知った。
そこにこんな番組を見せられれば魔法少女の見方も変わるというものだ。
今後、魔法少女のあり方は変わっていくだろう。
魔法少女に手を貸し、その絶望を拭ってくれる大人が増えていくはずだ。
そうすればアコナイトのような悲しい運命を背負った魔法少女は減っていくはず。
そう、信じたい。
それにしても…………番組構成のスタッフロールの中に当たり前のようにある魔法少女コットンキャンディ☆の名前。
やはり今回も関わっていたのか。
もしかしてやり手なのはあのディレクターではなくコットンキャンディの方なのでは?
魔法少女コットンキャンディ☆…………恐ろしい子!
……………………………
…………………
……
番組を見終わった後私たち三人はハイドランシアが持ってきてくれたケーキを食べ、楽しい時間を過ごした。
何だか友達とこういう風に遊ぶのはすごく久しぶりな気がする。
二人を両親に紹介もできたし、今日は私にしては珍しく有意義な時間を過ごせた気がする。
でも、楽しい時間とは長くは続かないものだ。
鳴り響く電子音と共にその楽しい時間は終わりを告げた。
「カメリアちゃん、鳴ってるよ」
「ぅ、あ、れ?私だけ?」
魔法少女のデバイスが告げる電子音、でもそれは私だけ。
私だけってことは出動要請ではないのかな?
出動要請ならばチームメイトである二人にも連絡がいくはずだし……
首に下げていたデバイスを取り出し、連絡の内容を確認する。
『魔法少女ブラッディカメリア、花園へ出動すべし』
パプラからだった。
花園に来いって、いったいどうしたんだろう?
というより、文面だと変な語尾付けないんだなあいつ。
「何だってー?」
「パプラから、花園に来いだって」
「カメリアだけ?」
私たちは顔を見合わせた。
まぁ、精霊からの命令だから行くけど……
何だろう?
……………………………
…………………
……
パプラは、花園で私を待っていた。
何だかいつもより神妙な顔をしているような気がする。
まぁ、私に馬の表情は読み取れないので気のせいかもしれないけど。
彼は私を認めると何も言わず、花園の奥へと飛んで行った。
まるで私へついて来いと言わんばかりに。
パプラに続いて花園の中を歩く。
普段は転送門と訓練場くらいしか使わないけど、花園って結構広いよね。
魔法少女たちとすれ違いながら花園の奥へと進んでいく。
長い廊下を延々と歩いた後、私はある部屋へと通された。
「門……?」
その部屋にあったのは門だった。
私たち魔法少女を各地へ転送させる転送門と同じもの、でもいつも使っているものよりも小さい。
一人用の門って感じだ。
門は光を放ち、私を招き入れるかのように開いていた。
「この先で彼が待っているユ。失礼の無いようにユ」
「ぁ、彼って?」
私は首を傾げた。
説明がなさすぎる。
そもそも私は何でここに連れてこられたんだろう?
「白き一角獣だユ。彼が君を呼んでいるユ」
「え!?」
白き一角獣ってあれだよね、魔法少女を作った精霊たちのボス的なあの一角獣だよね。
私の視線にパプラが肯く。
私、なんかした?
心当たりがあるとすれば……今私が腰に刺している刀だろう。
東から託された銀狼の刀。
この刀は黒き獅子に祝福された武具だ。
白き一角獣と黒き獅子は仲が悪いと聞く。
私が魔法少女のくせにこの武具を使ったことを一角獣は怒っているのかもしれない。
「ほら、早く行くユ。彼を待たせちゃダメユ!」
「あ!ぁああっ」
躊躇っていると、パプラが私の背を押した。
私はつんのめり、心の準備ができていないままに門へと突っ込む。
光が、私を包み込んだ。
……………………
転移した場所は真っ白な空間だった。
真っ白な部屋。
円形のその部屋には、壁に動物の彫刻が掘られていた。
円形の空間を囲むように彫られた十二体の獣。
それが私を見下ろしていた。
「やぁ、随分と久しぶりだね」
そして部屋の中央。
そこに白き一角獣がいた。
それは、人の形をしていた。
白い肌、白い髪、真っ白な少年。
その額には一角獣の名にふさわしい立派なツノが生えている。
ただ目だけが緑色に輝き、私を見つめていた。
「ぁ、えと、初め……まして」
私はそう挨拶した。
久しぶり、と言われても私は彼にあった記憶なんてない。
初対面のはずだ。
そう、だよね?
「うん、そうだね。このカメリアとは初めましてかな」
彼は歌うように言った。
涼やかな笑みがその美貌を彩る。
このカメリア…………
そう言われて思い出す、バイオレットクレスに教えてもらったカメリアという魔法少女の歴史を。
私以外にも三人のカメリアと名のつく魔法少女が存在した。
彼女たちは皆吸魔の力を有し、深獣と戦った。
一角獣は彼女たちを覚えているのだろうか?カメリアという花たちを。
「ずっと君に会いたかったんだけど、呼び出す理由がなくてね」
彼の手が伸び、私の頬を撫でる。
何かを懐かしむように。
なんだろう?私を見ていない?
よく分からない視線だった。
「これ」
「ぁ、え?」
いつの間にか彼の手の中には銀の刀が握られていた。
私の腰に刺していたはずなのに。
「何でだろうね、あの頑固なライオンは君を認めたみたいだ」
白い手が刀を撫でる。
まるで忌々しいものを見るみたいに緑の目が細められる。
その嫌悪感たっぷりの瞳はあの時の黒き獅子と瓜二つだった。
「君がカメリアだからかな?」
私から刀を取り上げて、一角獣は首を傾げる。
「返せよ」
低い声が出た。
自分の中で魔力が高まるのを感じる。
それは私の大切な人の魂だ。
そんな目をしてそれを見るな、触るな。
「へぇ」
緑の瞳がようやく本当の意味で私を見た。
驚いたようにその目が見開かれる。
「今回のカメリアは随分男らしいね。というより、君本当に女?」
「……っ!」
一瞬で本性を見破られ、私は怯む。
この精霊はどこまで知っているのだろうか。
私のことを、私の前世を。
「はい」
「ぁ!」
後ずさった私へと刀が投げ返される。
私はそれを慌てて受け取った。
「その刀を手にしたことで君は完成された。共魔の力なんてものに頼らずとも、自分自身で無限の魔力を振るうことができる」
白い手が、小さく拍手をする。
私を祝福するように、それは白い部屋に響き渡った。
「君に星をあげよう」
「ぁ、ぁの、えっと……」
何か不穏な言葉が聞こえた。
私に何をくれるって?
「魔法少女ブラッディカメリア、星付きの魔法少女となり魔法少女たちを導くといい」
「ぁ、うぇぇえええ!?」
いやいやいや!
私陰キャの引きこもりなんですけど。
そんな彼女が星付きの魔法少女?
それはちょっと厳しいのでは…………?
アコナイトみたいに返却できます?
あっ、ダメ?…………そう……
そうして、私の安寧の時間は崩れ去った。
私の苦難の魔法少女生活は、まだまだ終わりそうになかった……
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つづく?
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
これにてこの物語は一旦終了です。
で・す・が・第一部が終わっただけです。
第二部では星付きの魔法少女になったカメリアのドキドキワクワク学園生活が読める……かも?(期待薄)
他に書きたい物語もあるので第二部開始はまだまだ先になりそうですが、ぜひ期待してお待ちいただけますと幸いです。