男の影が屋根の上を跳ねる。
まるでピエロのようにリズミカルに飛ぶそれは愉快そうに笑っていた。
彼を追う私たちを嘲るように。
「まずいねー……このままだと追いつけなくなるよ(焦)」
隣で走るメテルが焦ってる割には弾んだ声音でそう囁く。
奴の飛ぶ速度は決して私たちよりも速いものじゃない。
だというのに彼との距離は全く縮まらない、それはなぜか。
私たちが小さくなっているからだ。
全長が小さくなればそれだけ歩幅も狭くなる。
いくら影の中を走ろうと、完璧に月光を避けることは難しい。
私たちのサイズは徐々に縮小していってしまっていた。
「このままじゃジリ貧だ!」
「だけど……打開策なんてないじゃんっ」
メテルが白々しく叫ぶ。
嘘つけ!お前!!
メテルの能力は模倣だ。
移動に特化した魔法少女の魔法だって再現できるはずだ。
なのにそうしない、手札を切らない。
自分たちはあくまでも陽動、そういう意図なのかな。
それとも、チャンスが訪れるまで切り札は隠しておきたいのだろうか。
だけどこのまま小さくなれば私たちも戦闘不能になってしまうんじゃない?
どうするつもりなんだろう…………
「………………いや、ダメ……だな」
「どったのカメリアちゃん?」
彼女の意図を予測してはビクビクするのはもう止めよう。
今横にいるのはリリィじゃない、ハイドランシアでもない。
メテルだ。
引っ込み思案の私を引っ張ってくれた仲間はここにはいない。
いつものようにチームメイトの指示を待つだけじゃ何もできない。
彼女は私に指示なんてしない、だって私は星付きだから。
彼女は頼りなくて陰キャな本当の私を知らない、彼女が知るのは無限の魔力を駆る魔法少女ブラッディカメリアだ。
私も……自分で動かないと。
「この深淵について自分で調べてみる!」
メテルが陽動に徹するなら、私は魔法騎士のために少しでも情報を集める、そうすべきだ。
私はメテルを追うのをやめて脇道にそれた。
「OK〜〜♪」
メテルの声には否定も肯定の色もない。
それでいい、そうすべきだと、私自らがチームでの動きを定めた。
男とメテルと位置を見失いようにしながら深淵内を油断なく観察する。
サイズが変化していないのならば、あいつはなんらかの方法でルールから逃れているはずなんだ。
でも……どうやって月光を防いでいるんだろう。
「これじゃ……ダメなのかな」
金魚を傘へと変化させる。
月光を浴びなければいいのだから日傘は有効なはずだ。
「いや……でもそれなら服でもいいはず」
月光を遮るだけなら素肌を隠す服を着ればいいだけ。
実際男は目深にシルクハットを被り、手には手袋をして素肌を隠している。
私の魔法少女衣装だって露出度は低い。
顔を覆えばほとんど素肌は露出していない。
なのに縮んでいる、だからこの推理は間違い。
もっと見ろ、もっと考えろ。
「ッッあ、れ?」
前方を走るメテルが影を出た瞬間、妙な違和感があった。
あるはずのものが欠けている、そんな直感。
もしかして……
自分の直感を信じて、月光の下へ出る。
「影が……ない」
月光の下に出た私の影が、無かった。
深淵内の建物、木々、道に落ちた小さな小石にまで影がある。
だけど私たちには影がない。
そして…………男には、影がある!!
影とはなに?
光が遮られ、できた空白、それが影。
「分かったっっ!!」
私は窓を蹴り破り、深淵内の建物に侵入した。
中は外装からの想像通りの洋風の内装だった。
見た目だけのハリボテじゃない。
「これも、これも!」
窓から家具を次々と外に投げ捨てる。
椅子も机も、月光にさらされて影ができた。
つまりこれらは月光を遮ることができる。
「メテル、この深淵の創造物だ!それだけが月光を通さない」
よく考えてみればこの街並みだって月光に晒されているんだ。
なのに小さくなってないということは、これらはルール外。
つまりは男は深淵内で調達してきた衣服を纏っている。
だから似合もしない紳士な洋服をきてたというわけ。
私はカーテンを引きちぎりマントのように頭から羽織った。
これで月光の影響を受けないはず。
男を追って屋根上へ飛び上がった私には男同様に影ができていた。
「がってん承知!」
メテルも窓を破りカーテンを調達する。
ルールは把握した、これで条件は同じだ。
私たちは月光を気にせず男を追った。
私たちの距離がどんどん男に迫っていく。
もともと距離が詰めれなかったのは、小さくなったのに加えて影を気にして迂回した経路を取らざるをえなかったからだ。
直線での追いかけっこならまだ私たちの方に分がある。
「あ!」
迫り来る私たちに焦ったように男が建物の中に逃げ込む。
私たちは逃がさないとばかりに扉を蹴破って建築内に突入した。
「待てッ!」
制止の声に私たちは緊急停止する。
男は手に持った魔法少女たちにナイフを突きつけていた。
「仲間がどうなってもいいのかッ!?」
「それは人質じゃなくて命綱だって、言ったの忘れちゃった〜?(怒)」
なるほどね。
さっき窓を破って突入した家の中と違ってここには雑多としていて生活感がある。
そして、男の背後にある鳥籠……その中に閉じ込められた人々。
ここが男の潜伏拠点ということなのだろう。
私は刀を、メテルは刺又を構える。
「あなたがナイフを突き刺すのと、メテルが貫くのどっちが早いと思う?」
「私の刀が一番早いよ」
「動くなって言ってんだろッッ!!」
仲良く肩を並べて男に詰め寄る。
男も捕まるまいと必死だ。
だけど密室に逃げこんだ時点でもう逃げ場はない。
「この刺又はね、突き刺さった場所からトゲを射出して中からズタズタにするんだぁ〜人間を刺したことはないけど、どうなるかなぁ?」
「物騒なもん向けるんじゃねぇ!」
メテルが刺又を小刻みに揺らして威嚇する。
言っていることが完璧に悪役のそれで魔法少女らしさは皆無だ。
「私の刀は深淵の魔力を喰らい全てを断ち切る。おじさんの胴なんて瞬きする間に真っ二つだろうね」
「お前もだ!刀をしまえ、なぁ頼むから!」
メテルに合わせ私も物騒な言葉を吐き出す。
大袈裟にビビってくれるから意外と面白いね。
もう私たちは半分ほどの身長しかないのに、男には巨大な怪物にでも見えてるかのようだ。
「なぁ、お前らは正義の魔法少女なんだろ。人を傷つけていいのかよ!?」
それはそう。
だけど相手が相手だし、人質を盾に正しさを凄まれてもねぇ。
それに、気づいてないの?
私たちが、武器で脅して窓際まで誘導しているってこと。
私はメテルが刺又で脅しつけ始めたあたりで気がついた。
窓に映る人影に。
私たちはあくまで陽動、確保は…………
「下がれッ!魔法少女ども」
「お前ももう一歩下がってくれるとやりやすいんだがな」
「は?」
男が背後の声に驚愕し、振り向く。
近藤さんが窓を破り男を羽交い締めにする。
メテルが刺又を突き出し、その3本の棘が蛇のようにしなり男の手からナイフを叩き落とす。
全てが同時に起こった。
なお、私は呑気に瞬きをしていた模様。
というか私もやっといてなんだけどみんな窓を簡単に破りすぎじゃない?危ないよ。
「確保成功っすね!」
蓮見君だけは律儀に私たちが蹴破った扉から入ってきた。
君はなんだか常識的で安心感あるね。
「突き刺してトゲを射出するんじゃないの?」
「魔法少女がそんな凶悪な武器使うわけないじゃ〜〜ん」
メテルは得意げな笑みを浮かべながら男の手から魔法少女をひったくる。
彼女は小さくなった仲間を心配そうに抱いた。
「ま、魔法騎士まで……うぇ、ごほ!」
「もう囀んな」
強く締め付けられてちょっと可哀想。
だけど同情しちゃだめだよね、相手は犯罪者なんだから。
「蓮見!証拠品集めろ」
「了解」
魔法騎士の2人も私たちと同じように布をかぶっていた。
私が大声でこの深淵のルールを叫んだ甲斐があったみたい。
2人は隠れながらもしっかり状況に追従していた。
「私たちは外に出ましょう」
「え、なんで?」
「犯罪の証拠なんて見てて気持ちいいものじゃない、乙女の目に毒だわ〜」
本気なのか冗談なのか、メテルはそう言って外に出てしまった。
私的には犯罪者の潜伏先なんて何があるんだろうって好奇心が湧き上がるけど……
まぁ、変に触って証拠品に指紋をつけたら怒られそうだし……私も出るか。
「深淵を出れば元の大きさに戻るかしら」
外ではぐったりした魔法少女の枷をメテルが外してあげていた。
丁寧な手つき。
そういえば仲間を人質に取られた時のメテルの怒り、あれは本気だったな。
破天荒で、ノリだけで動いているように見えるメテルだけど、案外仲間想いなところもあるみたい。
というより…………そっちが彼女の素なのかもね。
「戻らなきゃ困るよ。私たちも小さくなってるんだから」
「超小顔効果じゃなぁ〜い(美)」
「いや、ただのチビだよこれじゃ」
小さくなった自分の身体を見下ろす。
サイズ感がおかしくて目が変になったみたいだ。
心を読んだり、空間をループさせて閉じ込めたり、本当に深淵ってなんでもありだな。
「悪いな、付き合わせて」
近藤さんが罪人を担いて家から出てきた。
男は可哀想なぐらいぐるぐる巻きにされている。
「仕事だからぁ〜(キリッ)」
なんだか得意げなメテル。
仕事って……そういえば私との関係もビジネスって言ってたよね。
人助けがビジネスって、なんか変なの。
「もう深獣をやっちまって問題ない、手伝おうか?」
「2人で問題ないよ、元々その予定だったんだし。だよねカメリアちゃん!」
「え゛?」
いや、私としては手伝って貰えた方がありがたいんだけど。
しかし、反論しにくい……メテルからの信頼を裏切りたくないしなぁ。
「くく、そうかい。お前もここで見るかい、自分の潜伏先が破壊されんのを」
背負った男に笑いかける近藤さん。
そっちは仕事終わりみたいでいいっすね。
私はこれからが本番だよとほほ……
「ごめんだね」
「あぁ?」
悔しがるかと思ったのに、男は笑った。
「お前ら、もう自分がこの深淵のルールを全部把握したと思ってんのか?」
さっきまであんなに怯えていたのに、一変して不適な笑み。
なんだ?
まだ……見落としがある?
だけど、そうだとしても関係ない。
私たちはもう男を確保したんだから。
「教えてやる。月に近ければ近いほど、縮小の速度は上がる」
ふむ…………それは気づかなかった。
上空を見上げる、ここはだいぶ深獣がいる位置と近い。
いつのまに深淵の中心付近まで来ていたみたいだ。
だけど……なんでそれで勝ち誇った笑みを浮かべられるんだろう。
「ほにゃ?」
男のニヤケ顔をみてメテルが妙な声をあげた。
「ちょっと!その男のシルクハット、いつ外れたのよ!?」
「なに!」
男が月光を遮るためにかぶっていたシルクハット、それがいつの間にか無くなっている。
縛った時に落ちたのだろうか、いや……男が頭を振ってあえて落としていた?
男の顔が月光に晒されている。
「もう遅い」
するりと男が衣服から抜け出した。
まるで脱皮するように、拘束と衣服だけ置いて。
「きゃぁぁあああっっ!?」
下着だけの姿になって逃げ出した男の姿にメテルの悲鳴が響き渡る。
飛び出した男の身体が空中でみるみるうちに縮んでいく。
男の言った通り圧倒的な縮小速度だった。
衣服は縮まないからこそ自身だけ縮んでの脱出、やられた。
「くそッ!逃すか」
縮んでいく男を捕まえようと私と近藤さんが掴みかかる。
だが男は身軽にそれを飛んで躱した。
バッタかよ!?
縮んでいるんだから歩幅的に逃げきれるはずがない、だけど男にはあの跳躍力もある。
小さくなった分だけ、軽くなったぶんだけ、より高く、より早く跳ね回る。
逃走への切り札をまだ持っていたのかこいつ。
「まてぇ!」
「捕まえろっ!!」
「先輩、証拠品おおかた集め終わりましたよー……って何してんの?」
駆け出す私たちの後ろから呑気な蓮見君の声が聞こえるけど構っている暇なんてない。
追いかけるまにもみるみる縮んでいく逃走犯。
もうそのサイズは小動物くらいになっていた。
多分あれが深淵での最小サイズ、捕まっていた人々もあのサイズになっていた。
ここまで小さくなると捕まえるには屈む必要があってやりにくい。
追う時は小さくなることがあんなに不利だったのに逃げる側には有利すぎる。
「ストップ!!」
男に追いつくまであと一歩、そこでメテルが鋭く制止の声を上げた。
「なぜ止める、逃がしちまうぞ」
「上!」
上?
顔を上げたその時……
目が合った。
大きな目が私たちを見下ろしている。
「し、深獣が、目を覚ましてる!?」
眠っていたはずの漠の視線が私たちに、そして跳ねる男へと向けられる。
その目は捕食者の色を湛えていた。
やば、い。
「おい、あぶねぇぞ逃げろ!!」
「ぎゃはは!私を捕まえられる者などいないぃぃぃぃ!!」
近藤さんが警告を発するのと男が得意げに叫ぶのは同時だった。
ずるり……
巨体が、お月様から滑り落ちる。
圧倒的質量が、まっすぐ下へと……笑い声を上げる逃亡犯へと。
「へ?」
自身に落ちる影を不審に思い、顔を上げた時にはもう全てが遅かった。
驚愕へ歪む顔面目掛けて、それは着地していく。
「ぎゃぁッ…………っっ」
断末魔は最後まで聞こえなかった。
巨体が地面に着地する轟音が全てを飲み込む。
街が大きく揺れた。
作り物の世界が歪む。
そうしてこの世界の主は私たちの前に鎮座した。
「でかぁ!」
遠近感のせいだけじゃない、明らかに巨大化している。
私たちを一呑みしてやるとばかりに大きな口から吐息が吐き出される。
最低な異臭がした。
「ぺちゃんこっすね、あれ」
「結局安全な深淵なんて存在しない、そんなのは深獣の気分しだいってことか」
ようやく追いついてきた蓮見君が惨状を見て首を振る。
近藤さんはその隣で大きなため息を吐いた。
ここを安全な拠点として利用した人間の姿はもう見えない。
潰されて、巨体の下だ。
「ぃ、生きてるのかな?」
「さあな、生きてたとしても大怪我だろあれじゃ。まぁ自業自得だな」
深獣に押しつぶされて圧死なんて……
たとえ犯罪者だとしてもちょっと同情してしまう死因だ。
だけど、同情している暇なんてない。
「来る!」
こちらに捕食者の目を向けてくる深獣。
銃を構える蓮見君を近藤さんが手で制す。
え、なに近藤さんがやってくれるの?
確かに大人の余裕があるし、きっと魔法騎士内でも実力ありそうだし……この場を任せられそうかも。
「俺たちの出る幕じゃねぇよ」
「あひゅぇ?」
近藤さんは私の方を顎で指して不敵に微笑んだ。
わ、私?
「ここには星付きがいるんだ、俺たち魔法騎士のエースと対をなす人類の希望がな」
「ぇ、ぁ、ぅッ、うん?」
あ、いや、一応ね、私一応星付きだけど、末席と言いますか。
深域を浄化したことも一度しかないし、しかもその場に星付きもいたわけで……
そんなに期待した目で見られても困ります。
でも、確かに深獣の討伐は私たちだけでやるつもりだったし大丈夫か。
そう思って横を向いた。
でもそこに肩を並べて戦ってくれる頼もしいチームメイトはいなかった。
あるるえ?
おかしいな。
目を擦ってもう一度横を見る。
いない。
今度は首を左右に振って彼女を探す。
い……ない?
「よく見ておけ蓮見、あれが深獣に相対する人間の頂きだ」
ぁ、ぁ、あの……
なんかこれからすごいものが見れるぞって、感じだしていますけど…………
私、いつの間にか1人になってるんですけどッッ!!
メテルゥゥ!!どこ行った!???
ぶわりと汗が噴き出す。
「ぁぇ…………」
深獣が睨みつけてくる。
こわぁ。
ちょっとタンマしていい?
深獣が大きく、凶悪に見える。
「なんかさらに大きくなってないアイツ!」
あ、違う。
蓮見君の声を聞いて気がついた。
実際に大きくなってるんだ。
深獣は現在進行形で巨大化し続けている。
このままじゃサイズ的に圧倒的不利になってしまう。
もう私と深獣のサイズ比は象と鼠くらいになってしまっていた。
早くやっつけないとサイズ比は取り返しのつかないほどになっていくだろう。
でも……私1人でやれるのかな。
自信がなくて、視線が下に落ちる。
そうすると、刀が目に入った。
自分の握った、刀。
託された魂。
それが魔力を帯びて微かに震えていた。
暴れたい、災厄を切り刻みたいと訴えていた。
「そっか…………ひとりじゃ、ないよな」
肉体はひとつでもここには魂がふたつある。
顔を上げる。
深獣と、人類の災厄と目が合った。
先ほどまであった恐怖はもうどこにもなかった。
「暴れていいぞ、じゃじゃ馬」
刀を構える。
私の周囲を漂う金魚たちが無限の魔力を私へと注ぎ込む。
刀身が黒を湛え妖しく脈動する。
深獣が圧倒的質量差で押し潰そうと足を振り上げてきた。
その目には小さな私なんて脅威に映っていない。
一太刀。
深獣の足が宙を舞った。
巨大な足は家々を押しつぶし轟音を立てながら落下する。
「え?」
驚愕の声が後ろから吐き出された。
深獣は自分が片足を失った事実を受け入れられないまま黒い体液を吹き出し仰反る。
その黒が街の一角を黒く染めていく。
二太刀。
もう片方の足も宙を舞う。
街が揺れ深獣の両足が街に突き刺さった。
前足を失った巨体が崩れ落ちる。
私は宙を舞う金魚に乗って浮かび上がった。
上空から見下ろすと、なんてことない大きさにそれは見えた。
デカくても這いずっているのは向こうで、見下ろしているのは私だ。
…………雑魚だな。
勝てる。
刀を振り上げる。
「伏せろっっ!!」
近藤さんの悲鳴のような叫びが聞こえた。
三太刀。
四太刀。
五太刀。
六太刀。
七太刀。
八太刀。
九太刀。
………………十太刀目を振ろうとして、私は腕を止める。
眼下には破壊し尽くされた街と、切り刻まれた巨大な肉が転がっていた。
瓦礫の中で細切れの肉が黒を吐き出し沈んでいく。
なんだ、もう絶命してしまった。
あっけない。
刀を鞘へ戻す。
それは暴れたりないと唸るように明滅しながらも素直に自分の家に収まった。
深獣の亡骸が、深淵がボロボロ崩れていく。
もう終わり、この深淵は浄化された。
直に元の高速道路へと戻るだろう。
「あれが星付き、滅茶苦茶だルールなんて関係ないじゃないか…………」
そうだ、深淵のルールなんて私には関係ない。
深獣は大きさを操り、私を潰そうとしたが相手が悪すぎる。
どんな理不尽な法則だろうが圧倒的な力だろうと上からねじ伏せる。
だって深淵は私の味方なのだから。
……………………………
…………………
……
「握手いいかい」
「ぅびょ!?」
出し抜けにそう言われて変な声が出た。
「いや、星付き魔法少女だし記念に」
「慣れ慣れしいんだよ馬鹿」
小気味いい音で蓮見君は近藤さんに叩かれた。
私は引き攣った笑みを浮かべるしかない。
刀を振った時の自信と全能感はどこへやら、私はいつもの陰キャに戻っていた。
「今回の件は感謝する。警察からも後日正式な書状が届くだろう、何名かは行方不明者も救出できたところだしな」
近藤さんの後ろでは鳥籠に閉じ込められていた人々が横になっていた。
衰弱しているみたいだけど命に別状はなさそう。
サイレンの音も聞こえるし直に救急車も到着するだろう。
私たちの周りでは警察が忙しそうに証拠品を押さえている。
「感謝状?メテル配信で自慢しちゃおっかな〜」
「あ゛!?メテル!」
顔に影が差したと思ったらメテルが空から降りてきた。
彼女は大きな鴉に乗っている。
おそらく誰かの魔法の模倣だろう。
「肝心な時にどこいってたの?」
若干声に怒りを滲ませてそう問うと彼女は気まずそうに目を逸らした。
深獣と戦う時に独りぼっちにされたの、怒ってるんだからな。
私たちはチームメイトなのに、勝手にいなくなるなんて。
「ちょ〜〜と彼が危なかったからね」
メテルが指差す先には模倣魔法で生み出したもう一羽の鴉が飛んでいた。
その背には救出した2人の魔法少女。
そしてその嘴には気絶した下着姿の男が咥えられていた。
「……三ヶ野原、どうして助けたんだ」
蓮見君が嫌そうに顔を顰める。
私も近藤さんもメテルの笑顔に笑い返すことはできなかった。
鴉に乗った魔法少女2人も何も言わないながらも、いい顔はしていない。
彼女は罪人をわざわざ助けたのだから。
「はれ?どうしてって……命の危険があったからだけど」
「助ける義理なんてないだろ、そいつは犯罪者だぞ」
男が犯した罪状を私も詳しくは知らない、だけど彼が潰されるのを見た時可哀想と思う反面ちょっと清々したのも事実だ。
彼はそうなっても同情されないだけの経歴がある。
それでもメテルは助けたんだね。
「義理どころか、義務まであるよ。私は魔法少女だからね」
反論を口にしようとして蓮見君は口をつぐむ。
彼女があまりも真っ直ぐだったから。
その顔が私は間違っていないと言っていた。
蓮見君は不満げに近藤さんを見上げるけど首を振られる。
近藤さんもメテルの意見に賛同なのだろう、だけどその顔からは不満が隠せてはいない。
きっと感情的には蓮見君に賛成しているのだろう。
「助ける人間は選り好みすべきではない。それが正しいとしても……そいつは命を救ったお前に感謝なんてしない。そういう男だ」
まるで知っているように近藤さんは吐き捨てる。
実際私たちより知っているのだろう、私たちは軽く資料を読んだだけだけど、彼らは警察と共同で動いていたんだし。
「尊敬とか感謝とか、そういうものを求めて人助けしたって辛いだけ。そんなこと分かってるから」
いつものような気取った喋り方でなく素直にメテルはそう言った。
そこには演技も、感情もなかった。
ただ淡々と事実を吐き出しただけ。
だけどその言葉を素直に出せる、そのことの重さを私は感じずにはいられなかった。
だってそれは魔法少女に憧れるほとんどの少女が求めるものだから。
……………………………
…………………
……
撤収はつつがなく行われた。
警察が関与していただけあり、今回はマスコミの数が少なく私たちもいつもより早く解放された。
もっとも三ヶ野原柚夫の逮捕は大々的にニュースになりそうな気はするけど。
ただ本件の模倣犯を恐れて情報規制が入るかもとのことだから、どれほどの事実が明かされるかは分からない。
「帰ろっか〜〜(疲労)」
伸びをするメテルを眺める。
こうして見ると彼女はやはり二次元的でアイドルのように憧れられる魔法少女にしか見えない。
だけどそれは彼女の表面でしかない。
今日それを確信した。
まぁ……薄々勘付いてはいたんだけど。
アイリスの魔法少女に憧れを抱いていないという証言、魔法少女の活動に対するビジネス的な冷たさ。
そして先ほどの言動。
「ねぇ、メテルは何を願って魔法少女になったの?」
知りたいと思った。
臨時とはいえ私たちはチームメイトだから。
「んん〜〜?どったのカメリアちゃん、唐突にぃ〜〜」
気取った猫撫で声。
おちゃらけて、本心を隠す。
どうせ答える気なんてないのだろう。
「私は虐められてた」
「え……」
だからこちらから踏み出す。
「学校で虐められてた。辛くて苦しくて、でも誰も助けてくれなかった」
「………………」
「私みたいな苦しみを味わう人間なんていちゃいけない。助けを求める人に手を差し伸べたい。私がそうして欲しかったから…………それが私の願い」
「いきなり重いよ、カメリアちゃん」
メテルは笑みを崩さない。
だけど私の願いを馬鹿にすることはない。
そうしないだけの分別と人を想う心が彼女にもあるから。
「ねぇ、卑怯じゃない。そんな告白されたら、願いを教えない私が非情みたいになるじゃない」
「うん」
そうだね。
だから告白した。
ビジネスなんて言いながらメテルが仲間想いなことを知ったから。
「はうわぁ〜〜〜〜」
独特なポーズでため息を吐いて項垂れたメテル。
少しの沈黙をはさんで、彼女は顔を上げる。
その顔はいつものメテルだった。
「私の願いはねぇ!世界で一番キラキラ輝く幸せな女の子になること!!」
指でハートを作ってあざとく言い放つメテル。
演じられた理想の魔法少女。
だけどその言葉に嘘はないのだろう。
それを願って彼女は魔法少女になったんだ。
だけど私はそれを聞いて確信した。
「魔法少女は……キラキラ輝く幸せな女の子ではないんだね」
彼女は魔法少女に理想を抱いてはいない。
アイリスの言葉だけじゃない、彼女の言動が、態度が私にそれを確信させた。
「当たり前じゃん☆」
明るくそう返す少女。
だけど私はそこに明るさを微塵も感じなかった。
「いつだって死と隣り合わせ、必死で戦って人々を救ってる。だけど全部救えるわけじゃない。救えなかった怨嗟と悲しみを背負わされる。ねぇ面白いよね(爆)人々にとって私たち魔法少女が人を救済するのは当然で、それができない魔法少女は非難されるんだよ(爆爆)変だよね?おかしいね?」
演技だと一目で分かる可憐な笑顔。
あぁ、彼女は正しくレッドアイリスの一番弟子なのだろう。
魔法少女になるという過酷な戦いを知っている。
その事実を受け止め、もがいている。
だから仲間思いで、力強い。
きっと彼女はキラキラ輝く幸せな女の子に憧れて、魔法少女になった。
だけど魔法少女は誰もが憧れるようなキラキラしたものじゃない。
メテルはそれを知ったんだ。
それでも夢を、願いを諦められなくて…………だから彼女は配信なんてしているのかもしれない。