星が降る。
それは流星群のように瞬き絶え間なく降り注いだ。
無尽蔵に飛来し行く手を阻む敵を貫く星々に導かれるように、私たちは海の底へと潜っていく。
陽の光が届かない海の先の暗闇へと。
空気は有限だった。
だからこそ、止まっている暇はない。
「ぅ、うーん……」
我思う……これ我役立たずでは?
ローズは星付きとして遺憾無く力を振るい、海中の脅威を殲滅している。
私たちを運ぶ星も彼女の創造物だ。
クレスは戦闘に参加してはいないものの、海中を進む上で彼女の能力は必要不可欠だ。
もちろん深獣の言葉を翻訳するという役割もしっかりと持っている。
それでー…………私は?
私って刀を握って待機してるだけだよね。
緊急時の切り札が私なんだと思う。
だけど、私の刀にそれほどの汎用性はない。
ローズの星のように水球外に創造して攻撃は出来ないから、私が海中出ないと刀は振れない。
もし水球内で刀を振れば水球ごと吹き飛ばしてしまうから。
威力という面で突き抜けているからこそ、味方の近くでは振りにくい。
だからこそ、この即席チームの中で私の役割を見出せない。
イコール役立たずデス。
き、きまずい…………!
みんなが働いている中自分だけ何もせずに立っているだけなの、居心地が悪い……。
横目でローズを伺う。
彼女は涼しい顔で海の底を覗き込んでいた。
きっとまだまだ本気じゃない。
こんな脅威如きじゃ片手間で済ませられてしまうのだろう。
そんな彼女に私を必要とするような、もしもが起こるとは思えなかった。
クレスも、水球の維持に気を割いてはいるけど、余裕があるのか退屈そうに伸びをしている。
彼女の方は私のことをどう思っているのかな。
「何?」
クレスの方を盗み見ていたらしっかりバレた。
ごめんねチラチラ見てしまって、別に用があるわけじゃないんだよ……。
「い、いやぁ……手持ち無沙汰で」
「やることないものねー」
うっ……はっきり言うなぁ。
そうなんだよ、私という存在の価値が発揮できてなくて気まずいの。
別にそれでローズの采配を責めたいわけじゃないんだけどさぁ。
「堂々としてればいいじゃない、いるだけでも意味あるわよ」
「いやでも……」
「初めて話した時から思ってたけど……あなたって態度と能力が釣り合ってないわよ。臆病なネズミが大きな牙を持っているみたいでなんだか歪」
「え゛?そんな風に思われてたの……」
「カメリアといえばマジカルカメリアは魔法少女の始祖。2代目のイノセントカメリアは星付きに選ばれた初めての魔法少女で、3代目のサイレントカメリアも当時最強の星付き……それで4代目のあなたも星付きなのだから少しは自信を持てば?」
そんなこと言われても小心者なのは性格なのだがらしょうがない。
でも、確かに一角獣も自身の功績に責任を持てと私を諭していたな。
それとこれは暗に言っていることは同じなのではないだろうか。
星付きらしい振る舞いを覚えろ、と。
「そうだねえ」
横で私たちのやりとりを聞いていたローズも頷いた。
「確かにカメリアがここでやることはないね」
「「え、そっち!?」」
少しズレた肯定だった。
せめて役立たずというところは否定してもらえたら少しは気まずさも晴れたんだけど。
私を指名した人間からやることないと言われるとは……なんで呼んだの?
「保険という意味なら、貴方である必要性はないわ。他の星付きでも、星付きでなくても役は足りるもの」
「私はそうは思わないけど……」
クレスは否定してくれたけど、私もローズと同じ考えではあった。
私が気まずく感じたのもまさにその事実を感じ取ったからなのだし。
「だけど、私は貴方を指名した。なぜだと思う?」
「さ、さぁ」
降り注ぐ星々が辺りを照らす。
その星に照らされて、ローズは私を見ていた。
敵ではなく、私を見ていた。
「国語のテストじゃないんだからさぁ。ローズさんの気持ちを答えよって問いじゃ何も伝わらないわよ。年長者の悪いとこ出てる」
「おほほほ……誰が年寄りですって?」
「言ってないし!」
クレスが茶々を入れても彼女は目を逸さなかった。
その目には何か感情が乗っていた。
信頼…………いや、羨望?
「ブラッディカメリア、貴方に期待しているわ」
「……!」
「深淵とは何?どこから来てなぜ人々を害する?その理由は必ずあるはず。そう考えるきっかけを与えたかったの、貴方は次を担う魔法少女だから」
確かに今日聞いたことは私の常識を覆すことばかりだった。
成長を止める深域。
好奇心を持つ深獣。
ただその災害から人を守ればいいと思っていた、でも事前に発生を止めるという発想はなかった。
その可能性がこの深域の奥にある。
それを見せたいのか?だとしても…………
「私は……そんな人間じゃない。次を担うなんて大げさだよ」
「それを決めるのは貴方じゃない。貴方がそうでないと思っていても、何をやったかで人は人を判断する」
やっぱり、ローズも同じことを言う。
一角獣と同じことを。
「貴方にその気がなくても、貴方は英雄になるし……望みもしない希望を背負うことになる。それが星付きになるってことなの」
私には少し想像力が足りなかったのかもしれない。
自分勝手な願いで人を救った。
その結果さえ想像せずに。
メテルは言った、魔法少女が人を救済するのは当然で、それができない魔法少女は非難されると。
これからも私は人を救う。
そしてその結果は私を望みもしない場所に連れて行くだろう。
その場所で私がつまずいてしまった時。
人々は……私にどんな感情を向けてくるのだろう。
知らない期待、望みもしない責任。
それを、少し怖いと思う。
……………………………
…………………
……
どのくらい潜ったのだろうか。
太陽の光はもうとうに届かない深み。
ローズの作り出した星々の光だけが私たちをうっすら照らしていた。
浅く呼吸する。
空気の残量も少なくなってきていた。
「見えた」
星だけが照らす暗闇の中、何か大きなものが動いた。
視界に収まりきらない黒。
それがうねり、私たちの高さまで浮上する。
大きな口から漏れ出る異音。
その目だけで私たちの半身はある巨大な鯨がこちらをじっと見つめていた。
これが……チエと名付けられた深獣?
「久しぶりねチエ!」
ローズが声を張り上げる。
その大きな鯨に声が届くように。
その声を受けて巨体がうめくような声を発する。
腹の底まで響くような重低音。
何を言っているかは分からなかったが、そこにある感情は理解できた。
怒り。
その深獣は咎めるように私たちを睨みつけていた。
『疑問』『来た』
なんだ?
クレスが開いたパソコンから無機質な合成音声が発せられた。
ふたつの単語。
疑問が来た?どういう意味だろう。
これが前述していた翻訳プログラムなのだろうか。
「なぜ来たかって聞いているんだよ」
「チエは言葉を話せない。だからその鳴き声を細分化し、音に単語を当てはめたんだ」
「へ、へぇー……」
私には連続した低音にしか聞こえない。
話すのではなく単語を示すことによるコミュニケーション。
それを可能にするまでの試行錯誤を想像してちょっと眩暈がした。
「なぜ?貴方と話すために決まっているわ。逆に聴きたい、貴方は、なぜ、私たちから逃げたの?」
『理由』『人間』『理解』『理由』
唸り声と電子音。
単語の羅列で意味は理解しにくい。
「どういう意味だと思う」
「んー……はじめの理由は問いかかっているから、人が理由だと理解したから、かな?」
『肯定』『人間』『危険』
もしかして、私たち人間が深獣を討伐する存在だと理解したから会うことを止めたのだろうか。
理由が何を指しているのか不透明だけど。
彼が発した危険という単語と結びつければそう理解できなくもない。
結局人類にとって深獣は脅威だし、その逆も然りだ。
『人間』『理由』『危険』『母』
「分かりずらい。もうちょっと的確な言葉選びをしてくれ」
クレスがいらだったようにキーボードを叩く。
こうして見るとなんだか不思議な感覚だった。
深獣とコミュニケーションを取っている。
私が見た深獣はどれも攻撃的だったのに……この違いはなんなんだろう。
なおも、理由を聞き出そうとするクレスをローズが手で制する。
「貴方が私たちを怖がろうと、私たちはこうして来る。諦めてちょうだい。私たちは貴方の情報が必要なの」
『該当単語なし』
ローズの宣言に大きな唸り声が海に響く。
該当単語なしってなんだろう?
ただの唸り声ってことかな。
「最近魔法少女を狙って攻撃してきている存在がいるの。それがもし貴方たち深獣だったとして魔法少女を標的にする理由に思い当たるものはあるかしら?」
「ローズもっと簡潔な言葉で」
「魔法少女を攻撃する存在を知っている?」
鯨の深獣はしばらく沈黙していた。
それは答えを吟味しているというよりかは先ほどのローズの宣言に対する不服の表明のように見えた。
『否定』『ない』『理由』『攻撃』
うん…………
この独特なやり取りもなんとなく分かってきた。
最初の『否定』は問いにかかっているから知らないって意味で……深獣が魔法少女を狙う理由がないって言ってるのかな。
「ふむ、これ……なんだと思う?」
今度はクレスがパソコンの画面をチエに向ける。
画面には黒い人型の写真が映り出されていた。
これ……リリィを襲ったナニカと瓜二つだ。
いつの間に写真なんか手に入れていたんだろう。
『深獣』『または』
次の言葉を発するまでに少し間があった。
なに……?
『人間』
「え?」
人間……あれが?
「なるほどね……」
「見た目だけで判断するならそうなるわよね」
固まった私と違いローズとクレスは淡々とその答えを受け止めた。
アレが人間だっていうのか、そんなバカな。
それこそ理由がないだろ、なんで人間が魔法少女を襲う。
大体人間は影みたいに真っ黒じゃない。
「貴方たち深獣は深淵からどのくらい離れられるの?」
『不明』『無い』『挑戦』
「まぁ、深獣が深淵を置いて遠出する理由がないわよねえ」
結局深淵が近くにないからといって深獣説も否定できないか。
私たちは顔を見合わせる。
思ったよりも答えは得られていない。
せっかくはるばる海の底まで答えを得にきたのに……
「じゃあ、教えてほしい。貴方は、深淵は、どこから来た?なぜ魂を必要とする?」
黒いナニカの正体が分からないならと、ローズが問いを重ねる。
根本的な理由、深淵の発生理由を。
せめて深淵の正体を少しでも探れたらと。
『自然』
『世界』
「…………?」
問いの答えに私たちはまた顔を見合わせた。
答えが大雑把すぎて意味が分かりづらい。
どこから来たに『自然』なぜ魂を必要とするかに『世界』。
解釈が難しい。
自然から来たって、まさか自然発生しているとでも?
一般的な自然現象とは全く異なるというのに。
「集めた魂を何に使っているの?」
『修理』
「修理……?深淵は壊れていない、むしろ貴方は壊している側じゃない」
「魂を集めて仲間を癒している?でもそれだと根本の発生理由がわからないわよ」
「ぃ、いや……そもそも深淵は大きくなってるんだから自分達の成長に使っているはずじゃ……」
『修理』『世界』
「………………え?」
「そんな……わけが………………」
「……………………」
沈黙。
私たちは押し黙った。
もしかして私たちはすごい思い違いをしていたのだろうか。
自然から生じて世界を修復するために魂を集めている?
そんなわけがない。
そんなのまるで深獣が世界の防衛機能みたいに聞こえるじゃないか。
「あ、あれ〜翻訳ミスかな」
『否定』
「世界は壊れてなんかいないわ」
『否定』
「嘘を吐くな。お前らは地球を汚す災害で魂の捕食者だろうが!」
『否定』
「……………………」
2人はなんとも言えない顔をしていた。
怒ったような困ったような顔。
チエの答えをどう解釈すれば納得できるのか。
頭が悪くないからこそ自分達の仮定が誤っていたことを考え、チエの言葉を咀嚼する。
だがそれは受け入れ難い情報だ。
「世界を壊しているのは何?」
考え込む2人に代わって私が問いかけた。
もし世界が傷つくことによって深淵が発生しているのならば、傷をつけた存在がいるはずだ。
それを止めれば、深淵の発生を抑制できる…………はず。
『人間』
「……っ」
人。
そこに終着するのか。
この災禍は人間の自業自得だとでも?
人が好き勝手したツケが回ってきていると?
だけど私たちが何をしたっていうんだ。
「世界を壊した自覚なんてない。人は何をしてしまったの?」
『誕生』
「生まれたこと自体が罪だとでも?」
『否定』
「なら………………」
『誕生』『再び』
「え」
チエの答えにある考えがよぎる。
それはとても嫌な予測だった。
そんなはずはない。
そんなはずは。
『死』『帰還』
「………………………………うそ」
心臓が跳ねる。
ローズとクレスはチエの答えの意味を計りかねている様子だったけど、私には心当たりがあった。
死から帰還して再び生まれる。
そんなことは夢物語だ。
命とは代わりの効かない存在であり、失われれば戻ることは決してない。
命は魂は有限だ。
だけど例外があると私は知っている。
その身を以て体験しているから。
私が…………例外だから。
「ねぇ、それって………………」
死からの帰還者。
前世の記憶を持つ者。
世界を壊したのって。
…………………………生まれ変わり?
その問いを発することはできなかった。
その答えを知ることはできなかった。
私が口を開く前に稲妻が落ちたから。
え?
轟音。
閃光。
衝撃。
はるか頭上からそれは一直線に降りてきた。
稲妻を帯びた剣。
黒い巨体の脳天にそれが直撃する。
私はそれを一瞬しか知覚することはできなかった。
次の瞬間にはローズの展開した星の壁によって視界を塞がれてしまったから。
電流が海水を裂く鋭い悲鳴のような音が辺りを支配する。
何?
攻撃?
どこから?
判断する暇なんてなかった。
頭で何か考えるよりも早く、私は刀を抜き放って飛び出した。
星で作った壁を突き破り、水球の外へと。
「カメリア!危ないっ!」
後ろから聞こえてくる叫び声には耳を貸さず海中へ出る。
眩い稲妻が無茶苦茶に飛び散る。
私はそれを金魚で作り出した傘で受けた。
「っ!?」
傘で受けた稲妻を吸収できた。
ということはこれは自然ではなく魔法由来のもだ。
つまりこの攻撃は…………
「……あ」
私の視界の先。
大きな鯨が浮かんでいた。
頭に刺さった剣。
そこから絶え間ない電流が飛び出している。
チエの大きな目にもう光は灯っていない。
濁った目が虚空を見つめていた。
死んだ。
そう確信した瞬間。
身体を支配する圧迫感が失われた。
「深域が……消える!?」
崩れていく知恵を持った獣。
主人の死はその深域の崩壊。
真っ暗な深海に次々と光が射した。
空が…………
私はその眩しさに目を閉じた。
……
気づけば、私は海に浮かんでいた。
頭上には空。
振り替えれば水平線には地上が見えた。
現実に戻った……?
私たちが侵入した深域はもう跡形もなかった。
「カメリア」
星に乗ったローズとクレスが上空から私へ手を伸ばす。
だけど私はそれには答えずに上を見上げた。
彼女たちが浮かぶよりもさらに上空。
そこにその少女は浮いていた。
手に持った剣から微かに電流が迸る。
「お前……誰だ?」
私たちを見下ろす魔法少女。
その正体は月を模ったお面によって秘匿されていた。