「はぁ………………」
深いため息を吐き出す。
昼間の明るい日差しが窓から降り注ぐ中、私はお布団に包まっていた。
顔以外完璧に包み込んだカタツムリスタイルである。
完全防備だ、今の私に隙はない。
いつもだったら学校に登校しておくべき時間ではあるのだけど……私は布団の中だ。
今日は、休んだ!
だから私は自由なのだ!無敵なのだ!完全なのだ!!
「はぁ〜〜〜………………」
と強がってはみても、ため息はまた勝手に口から漏れ出てくる。
いらない心配をかけてしまった。
学校を休むと告げた時の両親の顔が思い浮かぶ。
その心配そうな眼差しの中に恐怖心が潜んでいるのを私は見逃さなかった。
娘は大丈夫なのか?また虐められていないか?また引き篭もってしまうのか?
そんな恐れを押し殺しているのが分かってしまった。
「大丈夫だから……今日はちょっと調子が悪いんだ」
ただの体調不良、だから大袈裟に心配しないで。
そう告げれば両親は一旦は安心してくれた。
実際私の顔色が悪かったというのも大きな要因だろうけど。
仕事を休もうとする母さんの背を押し。
病院にまで車を出そうかという父さんに首を振り。
そうして私は布団に篭った。
考えることが山積みで。
もう限界だった。
平気な顔をして学校へ行くのは……無理だと思った。
だからかつてのように布団に篭ったのだ。
結局これが一番安心する。
お布団くんはいつだって私の味方だ。
温もりに包まれながら目を閉じると嫌な記憶が走馬灯のように脳裏によぎった。
『あなた誰?』
知っている顔知っている声から発せられた、信じられない一言。
私はそれを聞いて呆然とするしかなかった。
深淵は無事鎮圧できた。
リリィも目が覚めた。
なのになんでうまくいかないんだろう。
彼女は何も覚えていなかった。
私が誰であるかも、自分が何者かも。
彼女の記憶喪失がどれほど深刻で記憶は戻るのか、医者じゃない私には見当もつかない。
ただ、頭部の負傷が原因ではないのかと勘繰ってしまい……鬱々する。
リリィが頭を怪我したのは私の責任だから。
「…………………………」
布団の中で体を転がす。
静かな自室の中で布団が擦れる音がした。
まぁ…………目を覚ましたこと自体は嬉しいんだけどね。
きっと今頃家族とも再会して自分のことを教えてもらっているのだろう。
案外それで何か思い出すかも。
私たちも魔法少女ホワイトリリィについて教えてあげなくちゃいけない。
それも彼女の人格形成への大きな要因だろうから。
でも。
「…………どんな顔すればいいんだよ」
謝るつもりだった。
彼女が目覚めたら。
助けれなくてごめんって。
なのに目覚めたのは私を知らない少女だった。
私はこの暗い気持ちをどこにぶつければいい?
彼女に対して仄かに抱いていた好意をどこへ仕舞えばいい?
私へと向けられていたはずの好意をどこで探せばいい?
リリィだけど、リリィじゃない存在。
誰?と問いかけたあの目は…………見たことない色を湛えていた。
なんとなく会いずらい。
そんな気持ち。
「はぁ………………」
頭を振って鬱々とした思いを振り払う。
どうせその気がなくても顔を合わさなきゃいけない時が来るんだ。
今はこのことは考えない!もっと別の楽しいことを考えよう。
でもそうやって思考を巡らせても思い浮かぶのは嫌な考えばかりだった。
海中に浮かぶ大きなシルエットが私を見下ろす。
そんな光景を私は幻視した。
『誕生』『再び』『死』『帰還』
無機質な機械音声。
知恵持つ深獣の発した言葉の意味。
それも私を悩ます要因の一つだった。
再び生を受け死から帰還したもの。
それって私だ。
私は前世の記憶を引き継ぎ、この世界に転生した。
それが普通のこととは思わない。
私はなぜだか特別で、その恩恵を生まれながら享受してきた。
その特別に疑問を抱くこともなく。
『修理』『世界』
そうチエは告げた。
深淵の生まれる理由。
壊れた世界を修復するため、あれは生じていると。
つまり転生という異端は世界に破壊を生んでいる。
転生という恩恵の代償、それが大きな災厄を全人類に押し付けている。
もしかしたら……私のせいで何人もの人々が傷つき…………死んだ?
そんな考えが重圧のように脳を圧迫し私を苦しめる。
「違う…………」
私はやってない。
布団に包まって、そう自分に言い聞かせるのは簡単だ。
私は人生をもう一度やり直すことを望んだ。
だけど、そう願っただけだ。
人生に悲観した冴えない男でしかなかった。
転生を成し遂げるだけの力も決定権もなくただ夢想しただけ、だから今世に私の意思決定の余地はない。
転生を司る神のような存在がいたとして、私はそれを知覚していない。
だから責任の所在を問うとするならば、私を転生させた要因がそれを負うべきなのだ。
それに…………
深淵という災害は私が生まれ変わるよりずっと前から存在している。
故に私の転生が世界を壊したというのはちょっとおかしな話なのだ。
私が生まれる前から世界は壊れていたのだから。
私以外に転生者がいる?
当然の流れとしてその答えが導き出される。
何者かがこの世界に転生者を生み出し世界に厄災を呼び込んでいる。
その目的は?
世界の破壊?
それとも破壊は副産物であり、真の目的は転生なのか?
なぜ私は転生した?
なぜなにも告げられてない?
私を転生させたナニカの目的が分からない。
なにも………………分からない。
だけど、私は知ってしまった。
知ってしまったからには自分の役割を考えずにはいられなかった。
私はどうすればいいの?
世界の崩壊を止めるべきなのか?
だけどその世界の修復者たる深淵は人間にとっては災厄でしかなかった。
「………………………………」
また身体の向きを変える。
寝つきは全く良くなかった。
何も解決していない。
責任ばかりが私をせっつく。
星付き魔法少女としての責任、リリィの友達としての責任、転生者としての責任。
そんなことばっかりで疲れてしまった。
「お前は何も考えずにいられていいな」
金魚鉢の中にいる友人に恨み言を吐く。
前はププちゃんみたいになりたいって思った。
外敵のいない平和を享受したかったから。
今もそう思う?
自分自身にそう問いかける。
退屈でも傷つけられず、待っていれば餌を与えられる。
そんな真綿に包まれた生活が欲しい?
………………いや、ないな。
私は友を持ってしまった。
力を得て、人を救ってしまった。
自分1人ならばこうやって布団に潜っていればいい。
だけど痛みを知りその痛みから他人を守りたいという願いを抱いてしまった以上停滞は許されない。
だから休むのは今だけ。
明日になれば…………また戦わなくちゃ。
「銀狼、お前もそうだったのか?」
壁に立てかけられた刀を一瞥する。
返事はない。
彼はもういない。
彼が何を考え、どんな責任に駆り立てられて戦っていたのか。
それを知ることは、もうできない。
……………………………
…………………
……
「日向」
名前を呼ばれて私は目を覚ます。
いつの間にか、眠っていたようだ。
「日向、起きてる?」
「うん、おきた」
布団から顔を出すと母さんが扉越しにこちらを覗き込んでいた。
「おかえり」
もう帰ってきたのだろうか。
窓越しから差し込む光はまだ明るい。
さては娘が心配で早めに仕事を切り上げてきたな、心配するなと言ったのに。
「お友達がお見舞いに来てるわよ」
「は?」
今なんて?
オトモダチガオミマイニキテイル?
母さんの言葉が理解できず惚ける。
そして気が付く。
階下から聞き覚えのある声がすることに。
「日向ー調子はどう?」
「ひな」
「ちゃ〜ん」
順番に藤堂さん、豊前さん、三浦さんの声だ。
後ろのギャル2人に至ってはお見舞いに来ているとは思ない明るい声音だった。
お見舞いにきているんだよね?
母さんは私に微笑んでから扉を閉める。
「寝て少しはよくなったみたい、でもあまりうるさくしないようにね」
「分かりました」
「うぉ〜部屋はこの先かぁ〜〜!」
母さんの声とドタドタ階段を上がってくる豊前さんの声が聞こえる。
おいおい。
嫌な予感がして私は布団中に頭を引っ込めた。
案の定次の瞬間扉が開かれる。
「元気してるひなちゃん!?」
「いや、元気なわけないやんけ〜!」
「はぁ、2人ともうるさくするなと言われたでしょ」
友人3人が部屋に入り込んできた。
うん、想定外。
学校を休めば1人で悩み事を整理できるかと思っていたのに。
行動力な高い友人がいると1人になれないんだね。
「日向、これ今日の分のノート、写しときなさい」
「お見舞いのフルーツ」
「これを食べて元気をだすのじゃ」
「あ、ありがとう」
騒々しそうだったので布団の中に逃げたけど、流石に無礼なので私は布団から顔をだした。
東堂さんからのノートは普通に嬉しいし。
そろそろ受験も近いし、勉学はおろそかにできないのだ。
「意外と平気そ?」
「いや、血色悪くない?」
豊前さん、三浦さんが顔をだした私を覗き込む。
そこには陽気な彼女たちには珍しく、心配そうな表情が浮かんでいた。
明るく振る舞っていても、なんだかんだ心配して来てくれていたのかもしれない。
藤堂さんの方は澄ました顔だけど。
まぁ、彼女はチームメイトとしてもっとピンチな状態の私も目撃しているからね。
「日向、大丈夫?」
ただそれだけ、彼女からは問われた。
「うん」
だから私もそれだけ返した。
「大丈夫らしい」
「そうかそれならよかった」
うん、豊前さんと三浦さん納得したように首を縦に振っているけど、それ何視点?
まったく愉快な友人である。
さっきからずっと2人で茶化しあっている。
でもきっと私を楽しませようとしてくれているんだよね。
「今日寄ったのはそれだけだから」
藤堂さんは静かにノートの束を机の上に置く。
三浦さんも続いてフルーツの入ったカゴを奇妙なポーズをとりながら置いた。
なあにそれ?
「ほら2人とも帰るわよ、日向は安静にしなくちゃ」
「了解!退散退散」
「2人とも下で待ってて」
私に気を遣って早くも引っ込もうとしたけど、豊前さんだけ私の元に留まった。
「何?ひなちゃんと密会」
「そう、だから去りたまえ」
「え〜〜」
なんだろう。
豊前さんと三浦さんのコンビが別々になるのもなんだか珍しい気がする。
「ひなちゃん、手を出して」
「………………?」
「元気が出るおまじないをかけてあげる」
彼女はカバンから見覚えのあるものを取り出す。
可愛らしい化粧ポーチ。
いつも彼女が使っているものだ。
「またお化粧?」
「そう」
いつもの豊前さんによる私の改造計画だった。
私が着飾るのを好まないって知っているくせに。
「何度も言うけどひなちゃんは磨けば光るんだから勿体無いよ」
「光る必要性ある?電球じゃあるまいし」
「そんなこと言ってこの前お化粧して来たくせに」
「この前?」
「ほら、手を出して」
豊前さんは私の手を掴み、布団から引き摺り出す。
私は渋々身を起こした。
彼女はマニキュアを取り出す。
あまり華美になりすぎない、先生にバレないように、でもそれでいて見ればお洒落と分かる絶妙な色合い。
彼女の学校での処世術を感じさせる。
私の指先にそれが塗られていく。
爪に何か塗るのは初めてだった、なんだかこそばゆいね。
「都と仲直りしたみたいでよかったよ」
私の手に視線を落としながら、彼女はぽつりとそう呟いた。
あぁ、それが言いたくて1人残ったんだ。
「別に……喧嘩してたわけじゃ……」
ただ、気まずくて顔を合わせられずにいただけ。
チームが分解して、すれ違ってしまっただけ。
でも一緒に戦って、リリィが目を覚まして、そのすれ違いは少し解消した。
「今日のお見舞いは都の提案だったよ」
「……うん、ありがとう」
「直接言えばぁ〜?」
「うん、そうする」
豊前さんは手を止めると控えめに微笑んだ。
顔も上げず、私の爪を見ていても彼女が友人を想って笑ったのだと理解できた。
こんな顔もできるんだ。
なんだかいつもと違う彼女の一面を見てしまった気がした。
「はい、こっちの手も出して」
「はいはい」
もう片方の手にもマニキュアが塗られていく。
手持ち無沙汰な私は塗り終わった爪をしげしげと眺めた。
まだ乾き切っていないそれは光を反射して綺麗な虹彩を描いた。
「おまじないってさぁ……」
こんなので元気が出るとは思えないなぁ。
これ、豊前さんが帰ったあとおとしちゃダメ?
「おまじないだよ、私からのね。爪へのお洒落って特別なんだよ」
「なんで?」
「だって目に入るもの」
「あ、なるほど」
確かに顔に施す化粧と違ってネイルは視界にたびたび入るね。
鏡を見なくても自覚できるお洒落の一つだと言える。
「だからこの綺麗な爪が目に入るたび君のことを気にかけてる友人がいるって思い出せるでしょ」
茶化すようにウィンクしてそう言うけど、茶化しきれていない。
根の良さが隠しきれていないよ豊前さん。
「そうだね、元気が出るよ」
君に綺麗にしてもらって手を見るたび。
「女は化粧は怖いわよ、周りの印象を変えるだけじゃなくて、自分の認識すら変えられるんだから」
なんとなく、化粧を勧める2人の感情が分かって来た。
ただ着飾るだけじゃない楽しさを私にも知って欲しいんだろうな。
「だからひなちゃんもお化粧してバリイケ女子の仲間入りしよう」
「やだ」
なにさバリイケ女子って。
それとこれとは話が違うのよ。
友達の好意は素直に受け取るけど、それで化粧を始めるかというと否だね。
「だろうね」
「だろうさ」
私たちは笑い合う。
そうだ、私は1人じゃない。
1人塞ぎ込んだあの日々とは違う。
今はこうやって手を差し出してくれる友がいる。
責任は果てしなくとも、こうやって背を押してくる。
「ありがとう」
一つ一つ、解決していこう。
深淵も、転生も、黒いナニカも、リリィとの関係も。
そう素直に思えた。
……………………………
…………………
……
チャイムを押す。
静かで平和そうな住宅街、その中の一軒。
私はこの家に少女が帰っていくのを何度か見たことがある。
魔法少女ホワイトリリィ……神崎さんの家。
前日の決意を無駄にしないため、私は放課後藤堂さんと共にここに訪れた。
目を覚ました彼女は現在病院を退院し、ここにいるはずだった。
藤堂さんと軽く目を合わせる。
彼女も少し緊張しているみたいだった。
顔を合わせるのは病院以来だ。
あれから彼女の症状がどれほど回復したのか、私たちは知らない。
全部思い出してくれていれば、それでいいのに。
インターホンを見つめていると扉を開く音がした。
「あ」
顔を上ると、彼女と目が合った。
頭に包帯を巻いてる、でも自分の足で立っていた。
名前を呼ぼうとして、口を詰まらせる。
変な声が出そうだった、安堵で。
「えっと、出雲さん……と藤堂さん、ですよね?」
少女の問いかけに私達は頷いた。
事前に連絡はとってある。
だからこそ彼女は直接扉を開けて出迎えたのだろう。
ねぇ、私たちのこと……どれだけ思い出せた?
そう問いかけたくて、それでも口を閉じる。
神崎さんが何か言いたそうにしていたから。
彼女は扉を完全に開け放ち、私達の方へ数歩歩み寄る。
「あの…………ブラッディカメリア、様……なんですよね?」
「……………………………………は?」
「おや……?」
な、なんで様付け???