ベットの上に腰掛けて部屋を見渡す。
沢山の人形や小物が置かれた可愛らしい部屋。
いかにも女の子の部屋って感じでちょっと気後れする。
こうやって見比べると、自分の部屋は殺風景でいかにも男性的なのかもしれない。
私の部屋にある女の子らしいものは全部友人からの貰い物だ。
目の前に座っている少女から…………貰ったものだってある。
「あ、えと…………」
少女は口をモゴモゴさせながら大きなクマの人形を抱きしめ、その身を隠していた。
神崎美佳、ホワイトリリィとして私と共に戦った魔法少女、私の友人…………だった人。
私の友人なのだと、断定したいところだけど……彼女の態度はあの頃とはまるで違った。
目が合わない。
そんなことにも違和感を感じる。
神崎さんはいつも真っ直ぐこちらを見つめてくれていたはずなのに、それがない。
いつも目を逸らすのはこっちの方だったはずなのに。
「調子はどう?傷が痛むでしょ」
「ううん。痛み止め飲んでますから」
私の隣に座った藤堂さんが気を遣って言葉を発してくれる。
助かる。
私から言葉をかけるのはちょっと難易度高いから。
私と今の神崎さんだけだったら、話はまるで進まなかっただろう。
「記憶はどれくらい思い出したの?」
「ぁーっと……色々教えてもらったんですけど、まだ何も思い出せていなくて」
「そう…………」
まだ何も、なのか。
だからのなだろうか、こんなにも心細そうで、こんなにも彼女らしくない表情を浮かべているのは。
自身が何者かという拠り所を持たない神崎さんは……なんだか風が吹けば飛んでいきそうなほど頼りなく見えた。
「ぁ、あのっ!」
強く抱きしめることによってクマの人形の形が歪む。
彼女の緊張が伝わってきて、こっちまで緊張してくる。
「あたしって、本当に魔法少女だったんですか?」
「ええ、そうよ」
私も頷いて肯定する。
本当に本当に……何も覚えていないんだな。
魔法少女であるということは彼女のアイデンティティーの1つであったはずなのに。
私達の顔を見てもなにも感じないのだろうか。
懐かしさを、記憶の片鱗を感じないのだろうか。
「今日はその話をするために来たの」
「はい」
「君は魔法少女だった。名前はホワイトリリィ、私達のチームメイトであり戦友だったの」
「えと、それは聞いたんんですけど…………なんだか実感が湧かなくて」
実感、湧かないものだろうか。
まぁ、何も知らない状態であなたは人々を守る魔法少女でしたと言われても湧かないのかもしれない。
それはあまりにも平穏とはかけ離れた存在だから。
災害と戦っていたなどと、覚えていなければ受け入れるのは難しい。
「今日はいくつか映像を用意して来たの、それを見れば何か思い出すかもしれないわ」
藤堂さんは鞄からタブレット取り出した。
彼女がそれを操作すると、ありし日の私達の映像が映し出される。
深獣と戦う私たちの映像。
用意がいいね。
いつも自分たちの活躍を誇らしげに録画している藤堂さんのマメさが助けになった。
机に置いたタブレットを3人で囲んで、私と藤堂さんにとっては馴染みのある映像へ目をむける。
「これ…………」
映像の中では白い魔法少女が戦っていた。
一歩も引かない攻防。
勝気な表情。
報道陣に向けてポーズをとり、笑う魔法少女。
私たちの知るホワイトリリィ、神崎美佳その人だ。
「どう?何か思い出さない」
自分の映像だ。
何かどこかに心当たりがあるはずなのだ。
その一挙手一投足が彼女の記憶なのだから。
「…………………………」
私達3人がハイタッチしている。
そんな昔のことじゃない。
つい最近まで私たちはこうやって肩を並べてきたんだ。
3人で歩んできたんだ。
「………………これ、本当にあたしなんですか?他人の空似ではなく?」
「えっ」
「紛れもなく本人!」
思い出は蘇らない。
本人から告げられる否定の言葉にムッとしたのか、藤堂さんの眉が寄せられた。
自分たちの友人を否定されているようで、なんだか変な気分だった。
目の前にいるのは紛れもなくリリィその人なはずなのに。
その当人がそのことに懐疑的になっていた。
「なんだか…………あたしとは別の人みたい」
「そんなことない、美佳は……」
反論しようとした藤堂さんを手で制する。
藤堂さんの気持ちも分かるけど、今は再会してから感じる違和感の方が気になった。
「なんでそう思うの?」
「記憶を失う前のあの子のお話を沢山の人から聞いたの、だけどそのどれもあたしらしくない……ていうか。ぁ、あはは……こうやって映像で見ても、実感どころか美化された虚像を見ているみたいで……」
「……ん」
うーん…………
どういうことだろう。
彼女の言動を聞くたび、彼女の挙動を見るたび、感じる違和感。
以前のような元気溌剌な様子はなりを顰め、自信なさげに縮こまっている。
どちらかというと私みたいな陰の者思わせ立ち振る舞い。
そもそも、なんで敬語?
よそよそしいというか……キャラ違くない?
あの子なんて、まるで別人みたいな言い方。
私たちが今の彼女を見て感じている違和感を、神崎さんも過去の自分を見て感じているだとすれば…………
「もしかして…………こっちが素?」
「ぇえ!?」
私の出した仮定に素っ頓狂な声が上がる。
声の発生源である藤堂さんは私の肩を鷲掴んで神崎さんから引き剥がした。
「ちょっと、何言ってるか分かってるの?」
「ぇ、え、何そんな怖い顔して」
藤堂さんは声のトーンを落とし、私にだけ聞こえるように耳打ちする。
「美佳が私たちの前で自分を偽って、元気な女の子を演じてたとでも言うつもり?」
「……………………」
そうだね。
もし私の仮定が正しいとするならそういう事になる。
元気で、誰彼構わず友達にするような親しげな少女は作られたものだって。
だけど…………私は知っている。
『そんなんだからあたしはアタッカーとして不完全で、弱い…………』
思い出の中で純白の魔法少女が呟いたか細い嘆き、私はそれを覚えている。
魔法少女ホワイトリリィは願いに縛られていた。
絶対逃げないという願いを自分に課してしまっていた。
その願いにいたった事情を私は知らない。
でも……もしかしたら絶対に逃げないって、深獣からではないのかもしれない。
目の前にいる臆病そうな少女が彼女の本当の姿で…………そんな臆病で逃げ腰な自分が嫌いだから、誰からも逃げないと、そう願ったんじゃないかな。
私たちの知る彼女のような、明るくて人懐っこい少女になりたいって望んでしまったのかもしれない。
そんなことは信じたくない。
だけどその仮定はすんなりと私の中に入った、やけに真実味を帯びて。
「あの!」
気分の良くない思考に沈んでいた私たちに神崎さんが声をかける。
「あたしも魔法少女ってことは記憶がなくてもカメリア様と同じように変身できるんですか?」
「あぁ変華ね。できると思うわよ」
「ぅ、ぅ、うん…………ねぇ、なんで様付け??」
玄関であった時にもそうだけど、なぜかカメリアに様付けているよね君。
ハイドランシアには付けていなかったことからもあえて呼称しているのは明らかだった。
なんで、私だけ特別視しているのだろう?
「えと……すごい魔法少女だって聞いて」
「えぇ…………」
「まぁ、すごい魔法少女?なんじゃない?星付きなんだし」
藤堂さんその自信無さげなのやめて。
私自身が自信ないのはいいけど、藤堂さんには自信持って言って欲しいよ。
「あの………………」
「どうしたの」
なんだか言いにくそう。
人形のに顔を埋めたせいで、彼女の顔は伺えない。
だけど、彼女がこちらを意識しているのが痛いほど感じられた。
「その……助けていただいた時から……………………お慕いしています」
「はひっ」
驚きすぎてしゃっくりみたいな声でた。
お慕い…………ってなによ。
おおよそ神崎さんの口からは吐き出されるとは思えない言葉が転がり出たぞ。
「よく思い出せないけど、あたしは“大切な人”なんですよね」
「あぅ」
「おやおやおや」
あの言葉、聞かれてたのか。
彼女を助ける時言い放った言葉。
私の大切な人を傷つけるな。
いや、大切な人だっているのは否定しない、しないよ。
本心ではあった。
でもあれは極限状態だからこそ出た言葉であって、言葉の意味そのままに捉えられても困るというかなんというか。
ねぇ藤堂さん、ニタニタ笑ってないで助けてよ。
「あたしもカメリア様の横に並んでも恥ずかしくない魔法少女になれたらって……」
そうだったよ!???
君私の横にいたよ!チームメイトだったよ!?
なんだか記憶がないせいで話がこんがらがっていない?
「どうやったら魔法少女になれるんですか?」
「おーよしよし。お姉さんが手取り足取り教えてあげよう」
「おい!悪ノリするな」
自分は安全圏内だからと藤堂さんは完全に楽しんでいるな。
今度は私の方が藤堂さんの肩を掴んで神崎さんから引き剥がす。
「あんまり余計なこと言わないでよね」
あくまでも神崎さんに聞こえないように釘を刺す。
妙な関係を持ち込んで記憶が戻った時に気まずくなったらどうする気だ。
「何?お2人さんの仲が親密になりそうだったと言っちゃだめなの?」
「ちょっ!?」
「いいじゃない満更でも無かったんでしょ?これを機に仲を深めなよ。向こうはその気なんだし」
「いや、それは…………」
なんだか記憶喪失を利用しているみたいで嫌だ。
今の神崎さんは記憶をなくして不安定なだけ。
何も縋るものがない中で守ってくれた魔法少女ブラッディカメリアという存在に執着してしまっただけ。
神崎さんの力になりたいという大前提はもちろんあるけど、それを悪用して親密な関係になるのは違うだろ。
「2人とも仲良いんですね」
「「いやいやいや」」
私たちは否定の言葉をハモらせた。
いや、仲はいいんだけどね。
「それでどうやって変身するんですか?」
「胸に角の欠片があるのを感じる?それを開放する感じで変華って言ってみて」
「角の……欠片?」
神崎さんは不思議そうな顔をして胸に手を当てた。
そういえば胸の方傷は完治しているのだろうか。
頭と違って包帯が見えていないからよく分からないな。
治っていないなら欠片のより傷の方が存在感あるのかもしれない。
「変華」
その言葉は確かにしっかりと発音された。
だけど、変化は訪れなかった。
神崎さんは神崎さんのまま。
不思議そうな顔をして椅子に座っていた。
「変身できてないよ?」
「あれ?」
光は瞬いていない。
あの白百合のようなドレスも現れない。
「願いを思い出せていないからかな」
「願い?」
「ぁ、うん。魔法少女は最初に返信した時の願いが大切なんだよ」
「あたしってどんな願いを抱いていたんですか?」
少しも深刻さを感じない顔。
少し言葉に詰まる。
記憶を失う前の彼女ならきっと硬い顔をしていた、だって願いは彼女の悩み事だったから。
こんなにも平然と自分の願いを聞けること自体が、彼女の記憶がないことを明確に示していた。
「逃げない魔法少女よ、あなたはそう願っていたはず」
言葉を詰まらせた私の代わりに藤堂さんが答える。
教えたところで、その願いの真意を神崎さんは覚えていない。
そんな願いに意味はあるのかな?
「よし、逃げない逃げない…………」
願いを唱える神崎さん。
だけどそれは願いの上部だけなぞっているだけでしかない。
「変華!」
「……んー…………」
やはり変化は訪れなかった。
魔法少女には変われない。
「魔法少女業は記憶を思出してからかな」
「そんな…………」
こればっかりは仕方がない。
リリィの願いはリリィのものだから、今の彼女では完全じゃない。
記憶を思い出すまで、地道にやっていくしかない。
それから私たちは思い出話を可能な限り共有した。
共に戦った思い出、一緒に食べたスイーツの味、助けてもらった記憶、助けた記憶。
そのどれもに、思い当たるものなんてない神崎さんはただ聞いて飲み込んだ。
この共有が彼女の記憶を呼び覚ます鍵になれと、願うことしかできなかった。
…………………
「それじゃあ、このタブレットは貸してあげる」
「わざわざ、ありがとうございます」
結局神崎さんが何かを思い出すことはなかった。
簡単にはいかないのかもしれない。
地道にやっていくしかない。
本当に何がきっかけになるか分からないんだし。
「よそよそしい!私たちの仲じゃない」
「でも…………」
「記憶がなくても私たちは友達、あなたにとって変な話かもしれないけれど、そういうものなのよ」
私も藤堂さんのように割り切れればいいのだけど。
私にとって記憶のない彼女はやはり別人にしか思なかった。
もう少し、かつての神崎さんらしい様子を見せてくれれば安心するのに。
「じゃ、また来るわ」
「うん、またね」
今日はここまでだ。
私たちは部屋の扉を開け彼女に手を振る。
控えめだけど、彼女も手を振り返してくれた。
彼女の目線の死角に入った瞬間、肩を落とす。
私たちと会った瞬間に全部思い出すとか、そんな期待をしてたわけじゃないけど……やっぱりガッカリはしてしまう。
チームの復活はいつの話になるだろうか?
前を歩く藤堂さんに声をかけようとして、私は止まる。
後ろから手を引っ張られたから。
「ぁ、あの……」
振り返らずともそれが神崎さんだということは分かった。
「どうしたの」
だから私はなるべく優しい声音でそう返した。
忘れ物はないはずだった。
忘れられたことは沢山あっても。
「…………全部思い出さなきゃダメなのかな?」
そ……れは、どういう意図で言っているのだろうか?
思い出さなきゃダメに決まっている。
そうしなければ私たちのチームは一生解散したままだ。
君の両親だって、学校の友人だって、記憶が戻るのを望んでいるはずだ。
怪我をする前の日常に戻る。
そう誰もが望んでいるはずなのに。
「あたし…………あの子に戻らないとダメなのかな?」
やめてよ。
そんな言い方じゃ私たちの友達に戻るのが辛いことみたいじゃないか。
明るくて元気だったあの子の裏側を感じさせないで欲しい。
私だって以前の君を恋しく思っているのに。
「無理に思い出す必要なんてないよ」
なのに、私は本心と逆の言葉で安心させる。
思い出せよ、と心の中で思いながらも。
そうやって安心させるのは、別人のようにしか思えなくても…………私にとって彼女は確かに大切な存在だからだ。
それは変わらない。
たとえこの先彼女の記憶が永遠に戻らずともだ。
「そう……ですよね」
そうじゃないよ?
だけど私は頷く。
彼女を傷つける本心という鋭い刃を懐にしまいこむ。
それが私にできる精一杯だった。
―――――――――――――――――――――
【side:記憶のない少女】
「美佳」
ママがあたしを呼ぶ。
「どう、何か思い出した?」
きっと何か思い出していて欲しい、そう期待した顔。
今日はあたしが魔法少女だった時のチームメイトと会ったから。
以前の話を沢山聞いて、記憶が蘇ったのではないかと……その目が問いかけている。
「ぅ……ううん。ごめんなさい、まだ、なにも」
落胆。
期待が失望に変わる色。
隠していても分かってしまう。
この人は嘘が下手だから。
「そう……元気を出して。今日の晩御飯はあなたの好物だから」
「うん!楽しみ」
できるだけ明るく見えるように努力して笑顔を作る。
元気がない。
目が覚めてから耳にタコができるくらい聞いた言葉だ。
家でも学校でも、そうやってみんなはあたしを心配した。
そんなにあたしは元気がないように見えるのだろうか?
暗い顔をしているのだろうか?
自然に振る舞っているつもりなのに。
まるで元気のないあたしが別の人みたいな、言い方。
今のあたしが否定されているようで、嫌だった。
ため息を飲み込んで、自室に引っ込む。
扉を閉めて1人になれば、無理に笑顔を取り繕う必要はなくなる。
「……………………」
自室に置かれた大きな鏡を見つめた。
心細そうな顔をした女の子があたしを見つめ返す。
「あなたは誰?」
問いかけに答えは返ってこない。
あたしは誰?
好きだったというあの子のお洋服を着て、あの子の好物を食べても、あたしはあたしだった。
変わらず元気のないあたしのまま。
みんなの大好きだったあの子はまだ帰ってこない。
「どうしたらあなたみたいになれるの?」
魔法少女として戦って、学校では友達も沢山いて。
平気な顔して笑っている。
困っている人に事情も顧みず手を差し伸べる子。
そしてあたしの憧れるあの人のチームメイト。
「あの人の横で、どんな風に笑っていたの?」
映像の中で、あの子はカメリア様の隣にいた。
馴れ馴れしそうに肩を組んで勝利を味わっていた。
どうしたらそんな風になれる?
今のあたしでは想像もつかない。
あの黒くて神々しい存在の横に立つなどと。
目を閉じれば今でも鮮明に蘇る。
あたしを抱くあの力強い感触も。
真っ直ぐな眼差しも。
目覚めた時、あたしには何もなかった。
朦朧とした意識。
自分が何者かも、ここがどこで、迫ってくる黒い災害が何であるかも……本当に何も分からなかった。
ただ自分を抱く温かな存在に縋るしかなかった。
『私の大切な人を傷つけるなぁぁぁあ゛あ゛っっ!!!』
あの叫びが、今のあたしを決定づけた。
何も思い出せない不確かな自己の中でも、誰かが大切に思ってくれていると安心することができた。
真っ黒な魔法少女。
何も持たないあたしが雛鳥のようにそれに憧れを抱くのは仕方のないことだった。
あの人の呼ぶリリィって誰?
あたしは何者?
あなたにとって、あたしはどう大切なの?
あなたは……誰なの?
そう思って尋ねたふあゆう。
それが間違えであったと今では分かる。
だってあの人は傷ついた表情を浮かべたから。
笑顔を作る。
鏡の中の少女が笑う。
ちっとも似てない。
もっと自然な笑顔だった。
どうしてあたしが笑ってもどこか寂しそうなんだろう。
「どうしてあなたは逃げなかったの?」
あの子は逃げないと誓いを立て、戦った。
その願いの真意は?
鏡に問いかけたところで、答えは返ってこない。
ため息を吐いて、椅子に腰かける。
この部屋もなんだかよそよそしい。
あたしの好きそうな物で溢れかえっているのに、どこか嘘くさい。
理想の女子を装ってる、そんな感じ。
それとも、本当にそうだった?
あたしが偽物で、異物だから相入れないだけ?
本当を知りたくて、部屋の中を物色する。
沢山のお人形さん。
本棚には漫画。
机の引き出しを開けると小物やノート、シール手帳に携帯ゲーム機。
特別なものは見当たらない。
普通、だけどだからこそ違和感。
「あ」
引き出しの奥に、分厚い装丁の本があった。
隠すように、ひっそりと。
なんで本棚に入れてないんだろう?
本?
ううんこれ……日記帳だ。
ペラペラとめくってみると可愛らしい筆跡で文字が書かれていた。
日記をつけていたなんて、以前のあたしは結構マメなところもあったらしい。
「……………………」
読んでいいのだろうか。
自分のものだとは理解している。
それでもそれは他人のプライバシーを覗くような、変な罪悪感があった。
「うー…………ん」
しばらく悩む。
悩みはしたけど、結局あたしはそれをめくった。
だってそこにはあたしが知りたいことが書いてあるはずだから。
あの子はなぜ魔法少女になったのか、どんなことを思って戦い、笑っていたのか。
机に向かい、日記に目を落とす。
ページをめくる紙の乾いた音。
読んでみるとそこに書かれていたのは他愛もない日常の愚痴だった。
友達ができない、クラスメイトに馬鹿にされた、学校がつまらない、勉強がいや。
随分と赤裸々に少女の日常が綴られていた。
これ、でも…………
あたしらしいと思った。
そこに書かれたあの子は根が暗く、引っ込み思案の女の子だった。
今のあたしの心理状態に近い。
もしこれが周りからのあたしの評価だったとしたら、あたしは過去と現在の差異に悩まなかったはずだ。
やっぱり、記憶を失う前のあたしは表面通りの明るい子じゃなかったのかな。
「…………茜って誰?」
読み進めていくと、不意に知らない名前が出てきた。
茜ちゃん、と書かれたその文字はなぜかあたしの目を引いた。
ページをめくる。
どうやら、あの子には友達ができたみたいだった。
愚痴ばかりだった日記に楽しい思い出が綴られるようになっていく。
あたしの……友達?
今日、あたしは学校に行った。
記憶を取り戻すには前の日常をできるだけ再現した方がいいという理由で、半分お試しみたいなもので復学した。
そこでは、あたしの友達だったって子が沢山いた。
だけど…………茜ちゃんなんて名前の子、いなかったような…………
日記にはその子との学校生活が書かれていた。
友達ができたことで少し明るくなり、茜ちゃん以外の友達もできてきたみたいだ。
「こっちには、覚えがあるのに」
ただ1人、茜という名前だけ知らなかった。
なのにその名前は日記の中でどんどん増えていく。
随分と親しくしてたみたいだ。
彼女はあの子と同じおとなしい女の子で、だからこそ気が合ったみたい。
ほとんどそれは茜ちゃんと遊んだ記録帳と化していた。
ついには日々の茜ちゃんの服装のことまで書かれ、日記の中のあたしはその可愛さを褒め称えていた。
なんか…………変なの。
ちょっと怖くなった。
あの子は何を思ってこれを書いていたのだろうか。
文字から滲み出す感情は友達に抱く感情の類から少しズレている気がした。
ページをめくり、そしてあたしは止まる。
『好き』
そう、書かれていた。
しばらく……その文字をじっと見つめる。
それがlikeではないことは、記憶がなくとも分かった。
そうか。
あたしの初恋は友達になってくれた女の子だったのか。
クラスで人気だったサッカー少年ではなく、流行っていた男性アイドルクループでもなく。
女の子を……好きになったのかぁ…………
なんとも言えない感情だった。
少女の秘密を暴いた、だけどその少女はあたし自身だ。
「………………………………は、ぁ」
あの子は初恋を隠しながらも、茜ちゃんと友達として楽しいスクールライフをおくっていたみたいだった。
日記には変わらず、茜ちゃんとの思い出が書き連ねられている。
読んでいて少し恥ずかしくなった。
机の奥に隠すように入れられていたわけだ。
これは人には読ませられない。
『茜ちゃんが引っ越しする、あたしはどうするべき?』
…………変化。
あの子の楽しかった日常に影がさす。
引っ越ししたのか、だから学校にいなかったんだ。
茜ちゃんというあの子の友人は手の届かない場所へ行ってしまっていたらしい。
そしてあの子は思い悩んだ。
友達として見送るか、告白して関係を変えるか。
きっと友達として見送る方が丸いはずだ。
あの子自身もそう思っていた。
だけどそれでも悩んでしまうのは、きっと本心を伝える最後のチャンスだったから。
離れてしまえばこれ以上距離が縮まることはない、身体も、心も。
「あっ」
読み進めていて気がつく。
ページがぐちゃぐちゃだ。
次のページは折れ曲がっていた。
深い筆圧が裏からでも分かる。
そのページはひどく重くて、めくるのに苦労した。
あの子の嘆きがそのページに篭り、あたしの手を重くした。
『茜ちゃんは明るい子が好き、あたしじゃない』
『茜ちゃんは元気な子が好き、あたしじゃない』
『茜ちゃんは普通に男の子が好き、あたしじゃない』
『告白なんて出来ない、あたしはふさわしくない』
今までみたいに可愛い文字じゃなかった。
何も取り繕わない書き殴り。
その失恋は紙に刻み込むみたいにして書かれていた。
「…………」
あの子の初恋が非情にも踏み躙られる。
どうやってかは分からないけど、きっと彼女の好みのタイプを知ってしまったのだろう。
それが自分に当てはまらないことも、知ってしまった。
だから告白もせず逃げた。
見送りもせず、茜ちゃんは遠い街へ行ってしまった。
それを知ってもあたしはまだ何も思い出せない。
まるで他人の記憶を読んでいるみたいで実感はない。
感じるのは同情。
胸が傷めば…………あたしの記憶だと思えたのに。
それからは、痛々しい愚痴ばかりが並んでいた。
あの子は悲しみに落ちていくだけに思えた。
だけど、そうはならない。
それをあたしは知っている。
だってみんなが知っているあの子は失恋を引きずった暗い女の子なんかじゃなかったから。
『あたし、魔法少女になる』
精霊があの子を見つけた。
『これからは茜ちゃんに相応しい女の子になる』
『茜ちゃんに好きって思って貰えるような、明るくて元気な子に変わる』
それがあの子のスタートラインだった。
今までの自分と決別すると、あの子は決めた。
告白からせず逃げた、初恋から逃げた。
だけど逃げるのはもうおしまいだ。
これからは逃げない魔法少女になる。
「それが、あの子の願い」
誰にでも臆せず話しかけ、手を差し伸べる。
変わるのは簡単じゃない。
だけどあの子の決心は本物だった。
本心を知ったあたしから見れば痛々しいものでも、周りからは違う。
あの子の変化は好意的に受け要らられていった。
友達は増えただろうし、魔法少女として感謝もされただろう。
だけど、いくらページをめくっても遠くへ行った友達との進展は書かれていなかった。
根本的に間違っていた。
逃げない自分へ変わると誓ったくせに。
最初に逃げ出したものから目を背け続けていた。
だからこそ、その願いはどこか歪んでいると思った。
そしてあの子は出会った。
黒い魔法少女に。
あの子を助ける形で魔法少女になった女の子。
魔法少女ブラッティカメリア。
あたしを助けてくれた魔法少女。
一見頼りなさそうで、見ていて危うい。
だけど、助けを求める人を絶対に見捨てず助ける。
その強さにあの子はどこか惹かれたみたいだった。
強引に誘う。
そのことに少し違和感。
あの子はあの人の何にそんなに惹かれたのだろう。
文字からは詳しい事情は読み取りきれなかった。
あの子の強引な勧誘もあり、あの人は魔法少女になる。
そこからはあたしの知る彼女が違った視点で描かれていた。
チームメイト3人での活動。
その中であの子は明るくみんなを引っ張るリーダーだった。
これなのだろう。
みんなの言うあたしとは。
思い出すことを望まれているあたしは。
日記から目を上げる。
「結局虚像じゃない」
安堵、なのだろうか。
脱力感のようなものに身を身を任せ、机に突っ伏す。
頭に怪我をして、別人にでもなってしまったのかと思っていた。
あの子とあたしがあまりにも違うから。
でも日記を読んで理解した…………結局同じだ、中身は。
同じ、おな……じ…………
「………………………………?」
安心してページをめくっていたあたしは妙な文字を見つけて動きを止める。
見逃せない2文字。
『好き』
???
なんで?
あの子が好きなのは茜ちゃんでしょう?
なんであの人に惹かれているのだろうかこの子は。
めくればめくるほど増えていくあの人……出雲日向の記述。
それは茜ちゃんの焼き回しにしか見えなかった。
『日向ちゃんは茜ちゃんと似ている』
全然似ていない。
『日向ちゃんもあたしを助けてくれた』
そうだね、あの人は優しいから。
きっとあの子にも手を差し伸べたんだと思う。
『最初から、あたしは日向ちゃんの中にある懐かしいものに惹かれてんだと思う』
そんな目であの人を見るな。
初恋と重ねるな。
あの人は茜ちゃんじゃない。
『この気持ちをどうするべき?もう逃げないと決めたからには向き合わないと』
違う。
お前は逃げ続けている。
初恋との決着をつけないまま、目先の恋に釣られている。
向き合ってなんていない、絶対に。
『今度、この気持ちを告白しようと思う』
バンッッッッ!!
大きな音を立てて、日記を閉じた。
力を込めて、それを両手で挟み込む。
もう2度と開かぬように。
なぜこんなにも激情しているのか、自分でも分からなかった。
心臓が痛いくらい胸の中で暴れ回る。
鏡の中のあたしは血走った目をしていた。
分かっていたはずだ。
あの人の発した“大切な人”という言葉。
それがあの子に向けられていたことくらい。
あの子は告白したのだろうか?
告白は、成功したのだろうか?
「あたしじゃない」
もしもあの人が受け入れたのだとして、それは未だ帰らぬあの子だ。
あたしじゃない。
なぜ、あたしは怒っているのだろう。
あたしはあの子で。
あの子はあたしのはずなのに。
“大切な人”はあたしだったはずなのに。
胸が痛んだ。
傷だけのせいじゃない、もっと深いところがあたしに痛みを訴えた。
あたしを抱いたあの力強さが、温かさがあたしを目覚めさせた。
そうだったはずなのに。
「お前のものじゃない」
あの時抱いた憧憬はあたしだけものだ。
違う。
同じじゃない。
あたしはあの人に初恋を重ねたりしない。
真っ直ぐ、あの人だけを見ている。
お前が恋したから、あたしも憧れたわけじゃない。
この感情だけはあたしのものだ。
記憶のないあたしのただ一つ持っていたものだ。
この恋心を横取りされたくなくて。
あたしはあの子に嫉妬した。
「お前はあたしじゃない」
そう声に出して、鏡を睨みつける。
虚像のあの子があたしを睨みつけて拒絶した。
部屋の人形たちが、あたしを非難するように見つめている気がする。
作り物のいい子ちゃんがあたしを否定するな。
日記を掴み、ゴミ箱の中に放り投げる。
「………………変華」
あの子の願いを知ったのに変化は訪れなかった。
自分を拒絶したあたしにその資格はないと言われた気がした。
記憶が戻らない限り、きっとあたしは魔法少女に戻ることはないんだ。
でも、それでいいと思った。
―――――――――――――――――――――
少女は過去と決別した。
だからこそ気づかなかった。
日記の次のページに知るべき記憶があったことに。
ゴミ箱の中で日記が開き、秘密が顕になる。
『魔法少女に会った、知らない魔法少女』
『突然の深災にあたしが駆けつけた時、一緒に戦った。向こうも1人だった』
『多分あれ、あたしと同じように出動要請が出ていないのに駆けつけた口だと思う』
『だからかな、名前を聞いても断られちゃった』
『でもしつこく聞いいてやった。しつこくしつこく、だって気になるもの』
『そしたら答えてくれた』
『でも変なの、絶対嘘だよ』
『サイレントカメリア、なんて』
『あたしが知らないとでも思ったのかな?彼女はもう何年も前に死んでるはずじゃない』