「はい、ジュース」
「ぁ、ありがとうございます」
「どっちがいい?」
少女に缶ジュースを差し出す。
オレンジジュースとイチゴオレ。
少女は少し迷ってから、イチゴオレを手に取った。
そのことを意外に思う。
そうか……あの時本当はそっちが飲みたかったんだ…………
そんなことを思いながら、彼女の座るベンチの隣に腰をかけた。
「覚えてる?私が引きこもってた時……この公園に連れ出してくれたよね」
「………………ごめんなさい」
「いいよ、無理に思い出そうとしなくて」
気まずそうに、神崎さんは缶を握りしめる。
やっぱり…………記憶は戻ってないんだ。
私たちはあの病院近くの公園に来ていた。
今日も子供達が元気に遊び、多くの人が散歩に利用している。
私にとっては思い出の場所だ。
「あの、怪我……大丈夫なの?」
「あぁ……これ?」
額をさする。
わたしはそこに大きな湿布を貼っていた。
髪でなるべく隠したつもりだったけど、やっぱり気になるよね。
「全然、大したことないよ」
本当はナイフの刺さった肩の方が重症だけどそれは言わない、変に心配かけるのも嫌だし。
「君が魔法少女になれなかった理由が分ったんだ」
今日彼女と会ったのは記憶を確かめたかったというのもあるけど、この報告が主題だった。
神崎さんの願いの所在が明らかになったから。
ノバと呼ばれていたあの規格外の魔法少女、彼女の盗み出した角の欠片のひとつが神崎さんのものだった。
私は説明した。
そもそも今の神崎さんの胸に一角獣の角の欠片がないことを。
そしてそれは記憶を失った襲撃の際に盗めまれ、今は別の魔法少女の手に渡ったことを。
「そう…………なんですか」
神崎さんの顔が曇る。
こんな話聞いたって、困るよね。
だけどきっと知るべきことなんだ。
だってこれは今の彼女を形造った原因でもあるから。
記憶がずっと戻らないのも……きっかけとなるべき願いが戻っていない所為だろうし…………
「じゃぁ……私はずっとこのまま?」
「そんなことないよ!」
確かに角がずっと戻らなければ現状は変わらない。
でもそんなことにはさせない。
「私たちが取り戻すから」
角は全て取り戻す、それは決定事項だ。
精霊に選ばれていない魔法少女なんて許されるべきじゃない。
だからこそ、この問題は魔法少女たちで解決する。
そうあるべきだ。
「戦って、取り戻すんですか?」
「それは……」
「その傷、私の角を盗んだっていう魔法少女と戦ったからですよね?」
「…………そう、だね」
缶が神崎さんの手の中で歪んだ。
神崎さんはじっと地面を睨む、私とは目を合わせずに。
「無理して……取り戻さなくていいですよ」
「え?」
「人間同士で戦うのなんて、おかしいですよ。魔法少女って災害から人を守る存在じゃないんですか?」
その考え方は間違っていない。
角を取り返す、そういう話になれば魔法少女同士争いにならざるを得ない。
それを嫌がる魔法少女もきっと多いだろう。
でも、意外だな。
記憶を失う前の神崎さんなら、そうは言わなかっただろうから。
嫌には思っても、それを胸にしまって仲間のために戦っただろう。
「違うよ」
だから私は彼女を否定する。
「魔法少女は願いを糧に戦う存在だよ」
魔法少女は災害から人々を守るための存在、そんなものは守られる側の願望でしかない。
本当の魔法少女は様々な願いを胸に戦っている。
自分のため、大切な人のため、それを他人が歪めることはできない。
そんなことまで忘れてしまったのリリィ。
「私の願いは、謂れなき暴力で人々が涙を流さない世界。だからこそ今回のことは許せない」
リリィの願いは自分勝手な暴力によって奪われた。
だからこそ私はそれを取り戻す。
たとえ人間同士で傷つけあうことになっても。
「でも、あたしは…………」
強く握りしめた缶が手の中でひしゃげる。
神崎さんは地面を睨み続けた。
睨むその先の何に怒りを抱いているのか。
「何もできない」
その言葉は小さかったけど、しっかり私の耳に届いた。
自分のために私たちが戦うのに何もできない、その無力感。
ただ待つことしかできない。
本当は自分にも戦う力あったはずなのに。
そう項垂れる友人に私はなんと声を掛ければいいのだろう?
「ただ…………」
ただそこにいてくれればいい。
そう言いたかった。
それが本心だった。
だけどそんな言葉は気休めでしかないと私は知っていた。
私も昔は無力だったから。
虐められて震えるだけの弱者だったから。
東が深淵から帰ってこなかった日、藍澤さんに初めて殴られたあの日、私は何を思っただろう。
なんと言葉をかけて欲しかったのだろう?
「不幸は……何もできなかった自分のせいだと、そうやって塞ぎ込むのは簡単だ」
ただ助けられるのを待っているだけの存在、それで事態が改善すればよかった。
でもそうはならなかった。
私のヒーローは帰ってこなかった。
だから、何もできなかった自分を呪った。
きっと何かできたはずだと自分を罵った。
「だけど、生きているなら……歩く足があるなら、動かす手があるなら、意思を伝える口がのあるなら」
神崎さんは私と違う。
何もできないことを、既に悔しく思っている。
ならば、私とは違う未来だってあるはずだ。
「何もできないなんてことは、絶対に……ない!」
たとえ目が合わなくても、神崎さんのことを真っ直ぐ見る。
私のように後悔して欲しくないから。
実際に、魔法少女でない少女に何ができるか、とかそういう話じゃない。
私がこうして言葉を口に出したように、言葉一つで変わることもある。
前に進まず後悔するくらいなら、走り出して盛大につまずけばいい。
そう…………私は信じている。
「強いね…………」
「君が、くれた強さだよ」
あの日神崎さんが窓から私を連れ出してくれなければ、私は弱いままだった。
後悔を引きずったまま、布団にこもっていた。
だからこれは君が変えた世界なんだよ。
「それ…………」
神崎さんの顔が上がる。
ようやく彼女と目が合った。
その目は…………涙で濡れていた。
溢れた水滴が、頬を伝う。
「あたしじゃないよ」
「え?」
神崎さんが立ち上がる。
私が真意を聞く隙も与えずに、彼女は私から背を向けた。
涙を隠すように。
「角のこと…………ありがとう。あたしもできること……探してみるね」
「ぅ、うん」
お互いに手を振る。
もっと話したいこともあったのに。
彼女は振り返らなかった。
その背から確かな意思を感じたから、止めることはできなかった。
「………………はぁ」
ひとり残ってベンチに座る。
残ったオレンジュースを口にしたけど、味はよくわからなかった。
泣かせてしまった…………
彼女には笑顔でいて欲しかったのに。
彼女の笑顔が好きなのに。
「なんだよ!」
一気に飲み干して、缶をゴミ箱のそこへ叩きつける。
あの日の放課後から私は神崎さんの笑顔にずっと再開できていない。
とどかない、ずっと手を伸ばしているのに。
「………………私も、前に進むしかない」
後悔したってあの日には戻れない。
私は神崎さんを守れなかったのだから。
あの日を取り戻すために、手を伸ばし続けるしかない。
魔法少女のデバイスを取り出す。
表示されたメッセージを睨む。
今朝来ていたお茶会への招待状。
庭師から私へ、招集がかけられていた。
……………………………
…………………
……
指定された花園の扉を開けるともう既に多くの魔法少女達が集まっていた。
白と黒で彩られたブロックチェックの床に白い柱が立ち並ぶ大広間。
赤い壁には森に佇む動物達の絵画が並んでいる。
そして大きな机にはお決まりのお茶と洋菓子のセット。
前とは違う部屋、だけど前と同じように凝った雰囲気作りのお茶会だった。
「あれ?」
椅子に座る魔法少女の中に紅い魔法少女を見つける。
珍しい、アイリスが時間通りに来てるなんて。
「よお」
「今日は遅刻しなかったんだ」
「私が連れてきたんだよ」
「ぁ、久しぶり」
アイリスの隣にはコットンキャンディが座っていた。
アイリスとは最近よく会っているけどチームメイトの彼女とは久しぶりかもしれない。
なるほどね、彼女が引きずってきたのなら納得だ。
キャンディはキッチリしているからね。
「今日は彼女も来るって聞いていたから⭐︎」
「こんにちは、とライラックが言っているわ」
「ぁ、こんにちは」
向かい側に座っていたのはローフリージアと、ハイライラックだった。
相変わらずライラックは何も言ってないのにフリージアは彼女の言葉を借りる体で話している。
変な2人組だなぁ。
彼女達が来たから、とはどういう繋がりだろう。
アイリスは2人のことはよく知らないって言っていたはずだけど。
「お前も肩見てもらえよ」
「フリージアは治癒魔法の使い手なんだ」
「へぇ!」
治癒魔法、そんな便利な特殊能力もあるんだ。
ということは早めに集まっていたのは先の戦いで負傷したアイリスのためか。
槍に貫かれた傷を見てもらっていたのね。
「そんなに回復効果を期待しないでくれ、とライラックが言っているわ」
そうは言いつつもフリージアは私へ手招きした。
私の肩の傷も治療してくれるのならありがたい。
利き手の方じゃないとはいえ、地味に不便しているんだよね。
そばによると、隣に座るように促される。
服、脱いだ方がいいのかな?
「痛いところは、ここ?」
細い腕が私の肩にかざされる。
暖かい光が、私の肩を撫でた。
「お?おぉ??」
なんだかむずむずする。
変な感触だけど、肩に感じていた鈍痛がスッと引いていくのが分かった。
まるで傷なんてなかったみたいに、重さが抜ける。
「傷は塞がったわけじゃないから。ただ痛みを誤魔化しただけ」
「ありがとう。だいぶ楽になったよ」
「本当は完治してあげたいのだけど…………とライラックが言っているわ」
痛みが引くだけでも随分ありがたいけどね。
さすがは星を冠した魔法少女なだけある。
病院に勤めたら一線級の活躍ができそうだ。
「フリージアの魔力が馴染まないと本格的な治療は期待できないの、とライラックは言っている」
「魔力が馴染む?」
「そう、あなた血液型何型?」
「え?血液型?」
「フリージアの血を入れれば、魔力の通りがよくなる」
「ぅ、うん。それはいいかな、ありがとね」
血を入れるって、輸血?
随分特殊な治療法だなぁ…………
今の所そこまでして直したい傷ではないな。
ちらりと、ライラックとフリージアの手を盗み見る。
彼女達の肘の内側についた跡を見てなんとなく察してしまった。
「血液型が一緒だったら、彼女の腕もくっつけてあげれたのに…………」
フリージアが小さく呟く。
彼女の視線を追うと、白金の魔法少女がお茶を飲んでいた。
「アコナイト……」
「あら」
「あ!カメリアも来てたの」
ハイドランシアが手を振る。
ハイドランシアにアコナイトとクレス、チームみんなで来てるみたい。
「カメリアがいるなんて、何の作戦か知らないけど……勝ったわね」
アコナイトはなぜか勝ち誇った顔をしている。
君と魔力共有はもうしないよ。
分かっているか、いないのか…………まぁ反省しすぎるほど反省しているし前回みたいな暴走はないだろうけど。
「確かに過剰戦力だよね。こんなに強者ばかり集めて何するつもり?」
キャンディが顎に指を当てて首を傾げる。
私はなんとなく予想がつくけど、この中で今回の招集理由が影についてなんて察せれるのは星付きだけだろうな。
影の襲撃のことはまだ話を公にせず星付きだけで対応していたし……
周りを見渡す。
エヴァーローズがちょうど大広間に入ってくるところが見えた。
ローズの後に続く魔法少女達は彼女のチームメイトかな。
クラウンデイジーの姿は見えない、彼女は不参加なのだろうか。
庭師が主催したお茶会ということは当然庭師も参加するだろう。
ということは元を含め星付きがほぼ揃っているじゃないか。
過剰戦力と思われるのも仕方がないねこれは。
「全員揃っているね」
そして最後に仮面を被った庭師が扉を開け、その姿を表した。
全員の好奇の目が彼女に注がれる。
当たり前だろう。
庭師という星付き魔法少女は一般的には認知されていない。
メディアの露出は皆無。
深災対応でもその姿を見たものはいない。
誰とも組まない謎に包まれた星付きだ。
ここに集まった魔法少女達の多くは自分たちが知らなかった星付きの存在に興味を惹かれて集まっている面もあるのだろう。
「ごきげんよう皆様方、今日は私の招待に応じてくれてありがとう」
ヒールを床に打ち付けながら、庭師はみんなが座るテーブルへと歩み寄る。
その表情は仮面に隠れて読み取りづらい。
唯一仮面に隠れていない口元にはいつもの笑みが浮かんでいた。
「進行は貴方に任せてもいいのかしらねえ、庭師」
「え、あ、あぁ、もちろん」
ん?
先に席についていたローズが庭師に目配せをする。
その目配せに庭師が随分動揺しているように見えたけど…………
なんだろう?
「今回のお茶会は私の招待ではあるけれど、主催はエヴァーローズとの共同。庭師という得体の知れない魔法少女を信用できない方もいるだろうけど、今作戦は現魔法少女トップの強い要望により開かれたということにご留意頂きたいわね」
へぇ、庭師とローズの共同か。
ローズと庭師の初対面では随分険悪な雰囲気だったけど、いつの間にそんな仲になってたんだろう?
彼女と別れる際ローズは正体に目星がついたって言ってたけど……それと関係があるのかな。
「得体のしれないと自覚しているからには、少しくらいは自己紹介をして欲しいところね」
アコナイトが声を上げる。
もっともな意見だね。
だけど、声を上げた彼女を見る魔法少女たちの目は複雑だ。
あれから時間が経ったとはいえ彼女の評判は完全に払拭できてはいない。
虐めを主導した魔法少女として彼女の印象は地に落ちたままだ。
憧れていた魔法少女が多かっただけに、裏切られた思った層もいるだろう。
私と彼女はもう和解している、だけどそれをみんなが知っているわけじゃないしね…………
それでも、こういった場で怯まず声を上げるんだから凄いよ。
「そうね。では少し庭師という存在について説明しましょうか。今回の作戦について完全に無関係という訳でもないでしょうから」
庭師は魔法少女達を見渡す。
「庭師は魔法少女でありながら深災対策を行わない、全く別枠の魔法少女。その役割は魔法少女の全体のイメージアップや業務形態の改善。まぁ……つまるところ魔法少女が魔法少女らしく、心身健康に深獣退治に励めるサポートってところね」
そこまでは私も知っている。
魔法少女のアイドル化、イメージを損なう情報の隠蔽。
魔法少女の活躍は大きく取り扱われるのに、引退や殉職といった暗い側面はひっそりと取り扱われるという歪みの根源。
そこには庭師という魔法少女の暗躍が絡んでくる。
サポートなんて言葉で取り繕ってもその闇深さは隠しきれていない。
私たちを助けてくれた時彼女は影の件を自分の管轄だと言ったけど…………
今のところそのサポートに影の退治が入る余地は見出せない。
「魔法少女という花が咲き誇る花園の管理人、という話なの。花園の番人として雑草はこまめに摘まなきゃいけない。だけど……最近になって花のフリした造花が目につくようになった」
「造花?」
「そう造花よ。造花っていうのはね認可外魔法少女の総称なの。魔法少女の資格を剥奪されたのに角を返却しない者、そもそも資格を与えられていないのに角を手に入れてしまった者、そういった者から角を取り戻すのも庭師の仕事の1つ」
それで、管轄ということか。
それにしても造花なんて聞いたこともない総称だ。
他の魔法少女達も初耳なのかお互いに顔を合わせている。
多分魔法少女には知らされていない存在なんだろうな、私も影の一件がなければ知らなかったわけだし。
「今回の任務はその造花達の捕縛ってことになるかしら」
その言葉に、顔を見合わせていた魔法少女達から声が漏れる。
不安そうな声。
不服そうな声。
疑問の声。
その声を遮るように、大きく手が叩かれた。
「はい。ではなぜこのような事態になったのか、それについては私から説明した方がよさそうねえ」
手を叩いたのはローズだった。
皆がよく知った魔法少女からの説明の方が納得しやすいという配慮だろうか。
「近頃正体不明の影が魔法少女を襲撃するという事件が多発している。そしてその襲撃者の正体は造花であり、彼女達の狙いは私たちの持つ一角獣の角の欠片だということが判明したわ。敵は組織化された集団であり、それ故に私たちも個人ではなく集団で対処すべき、私はそう判断したの」
私たちの知った真実と遜色のない情報がローズの口からも語られる。
いつの間に情報を共有したんだろう?
いや、そもそも庭師とローズが組んでいるというのなら関係のない話か。
庭師は最初から全てを知って動いていたのだから。
「私たちが違法の魔法少女集団に襲われていたってこと?」
ハイドランシアが皆の疑問を代弁する。
事情を知らなければ信じがたい話だ。
だけど、事実サイプラスを襲った影は魔法少女だった。
「えぇ。信じがたいことだけれど…………アイリスとカメリアが先日交戦しているから、彼女達も証言してくれるはずよ」
「ぁ、え!?う、うん」
急に話を振られたせいで挙動不審気味に返事をしてしまった。
みんなの視線が私とアイリスに注がれる。
き、緊張するので話を振らないで欲しいなぁ。
「あぁ、あれは魔法少女だった。見たことない奴のくせに私の知ってる魔法を使いやがって胸糞悪ぃ」
私の代わりにアイリスが証言してくれる。
だけど私が言った方がよかったかも。
アイリスは明らかにブチ切れていたから。
「戦争だ!戦争!その造花とかいう奴らを血祭りに上げてやる!」
アイリスの交戦的な宣言に彼女の教え子達が湧く。
いいのか……それで?
一応相手は人間だからね?
狂戦的なムードを壊すべきローズが大きく咳払いをした。
「そういう訳で、魔法少女を集め造花の拠点を包囲、捕縛するのが今作戦の大まかな概要だわ」
「概ね理解したけど、それで……これだけの戦力が必要?」
アコナイトが周りを見渡す。
ここに集まった面々、星付きの魔法少女達に多数のベテラン魔法少女。
今までにない戦力規模だ。
第13封印都市を鎮圧した時ですらこれほどの戦力が集まらなかった。
「それほど厄介な相手なの?」
アコナイトの言わんとしていることも理解できる。
正直戦力で言えば彼女とアイリスが揃えば敵はいないだろうから。
敵の主力と思われるノバという少女と交戦した私ですらそう思う。
戦力的には過剰だと、私も同感だった。
「造花という魔法少女について言うのなら、数はいるけどそんなに脅威じゃないわね」
アコナイトの問いに庭師が答える。
「彼女達の角は所詮借り物だから。力も願いも、自分の物じゃない。だからこそ前の持ち主の性格を模倣して力を引き出しているみたいだけれど…………正直それでは本来の力とは程遠いわね」
前の持ち主の模倣……なるほど、彼女達と戦った時に感じた演技臭さはそれか。
そうやって性格をトレースすることで、願いの力を引き出していたんだ。
「だけど、規格外が2人いる」
多分そのうちの1人はあの少女だ。
リリィの槍を盗んだあの盗人。
「1人はノバと呼ばれる魔法少女。彼女は多数の角を胸に埋め込んている。どうやって自我を保っているのかは不明だけど、数十の願いを同時に行使することで莫大な力を得ているわ」
やっぱりノバだ。
戦ったから分かる、彼女は規格外だ。
多重変華した時のあの顔、まるで個を飲み込まれたかのようなあの引き攣った表情が忘れられない。
あれは…………まともじゃなかった。
「ねぇ、おかしくない?」
そこでフリージアから声が上がる。
「造花は何人もいるんでしょ、それなのに何十もの角を持った魔法少女もいるって……角の数が合わなくないかな………………とライラックが疑問に思っているみたい」
確かに、それはもっともだ。
私の知る襲撃数は5。
明らかに襲われた魔法少女の数と造花の角の保有量が噛み合っていない。
「別に不思議なことじゃないわ、誰のものでもない角が沢山ある場所を彼女達は知っているだけだから」
「そんな場所どこにあるって言うのさ」
キャンディも疑問の声を上げる。
そんな場所ないだろ、と私も思う。
そんな場所があるならもっと問題になっているはずだ。
「第7封印都市、第8封印都市、第15封印都市……魔法少女たちを呑み込んで深域へと成った深淵なんて沢山ある」
「…………それって」
「そう、彼女は深淵の中では王女様だから。誰も逆らえない。ただ優雅に散歩して角を拾えばいいだけだった」
「あなた…………何を言ってるの」
私たちは庭師を見つめる。
深淵の中の王女様?
そんな存在がいるとは思えないけど。
「最後の障壁、それが問題。椿と名乗る造花達のリーダー、彼女の能力を私は知っている。あれは…………間違いなくサイレントカメリアのものだった」
サイレントカメリア、私は彼女を知っている。
50年も前に死んだ魔法少女。
彼女のカードは今も私の机の中にとっておいてある。
私と同じ、吸魔の力を持った3代目カメリア。
「戦いはどちらが吸魔の力を効果的に使えるかにかかっているわ」
庭師が静かに告げる。
そのための戦力だと。
そしてその目はこの戦力でもまだ不足だと語っていた。
「最悪の場合、ただ1人のカメリア相手に全滅しかねない」
……………………………
…………………
……
【side:造花】
濁った空の下、少女たちの華やかな声が耳を刺激する。
私は顔を上げた。
目の前では少女が角を与えられ、魔法少女へと変わるところだった。
花が咲き誇り、少女の体は魔法少女のドレスに包まれる。
「あぁ…………やっと、やっと……っ!」
彼女の目には涙が浮かんでいた。
そうだ、少女は今夢を叶えたのだ。
周りを取り囲む少女たちも彼女を祝福する。
誰もかれも魔法少女の姿をしているけど…………全員偽物だ。
私たちは魔法少女になることを許されなかった。
どんなに憧れても、精霊には認められなかった。
私たちはそんな半端者の集まりだ。
「椿……」
横を向く。
椿は教壇に腰掛けてつまらなそうに少女たちを眺めていた。
その目は退屈そうでも、どこか懐かしい色を湛えていることを私は見逃さなかった。
「終わった?」
だけど彼女は興味はないとばかり席を立った。
新しく加わった少女に歓迎の言葉をかけることもなく、背を向ける。
「ねぇ待ってよ」
私も彼女を追いかけ、部屋を出る。
私の言葉が聞こえているのかいないのか、彼女が足を止めることはない。
「あの子に何か言ってあげないの?」
「何かって、何を?」
冷たい言葉。
何をって、これからよろしくとか、あなたに期待しているとか、色々あると思うけど。
仲間になったのに、同じ罪を背負ったのに、無視なんて……
「私は力を与えるだけ、あとは好きになさい」
彼女は放任主義だ。
私たちに何か求めることはない。
ただ、椿に恩を返したいと思う少女たちだけが彼女の元で任を与えられる。
それ以外は自由。
こんなことして、問題にならないとでも思っているのだろうか?
仲間も増えてきた。
隠し切るには無理がある。
きっと事は大きくなるだろう。
「あの魔法少女たち、きっと私たちを止めにくるよ」
先日戦った魔法少女たちを思い出す。
私は全力を出したのに、殺せなかった。
きっと魔法少女の中でも上位の人たちだと思う。
庭師は今まで事を穏便に進めようとしてくれていたけど、これからはそうはいかないだろう。
「そう……それは楽しみね」
なのに、椿は笑った。
魔法少女たちが攻めてくるのが待ちきれないって表情。
つくづく思う、彼女は壊れていると。
「あなたにも期待しているわ、ダリア」
「椿!」
椿の腕を掴む。
彼女は鬱陶しそうに振り返り目を細めた。
その口が今にも悪態を吐きそうだったから、私は言葉を続けた。
「私はダリアじゃないよ椿。私はノバ。ノバだよ」
彼女の目が見開かれる。
その目がまじまじと私を見つめた。
誰か確かめるように。
「ぇ、えぇ。そうね、分かっているわ」
全く分かっていなそう。
平気そうに取り繕っても、その目は泳いでる。
もう彼女の中に私はいないのかな?
「ねぇ、もう吸魔の力使うのやめなよ」
「なぜ?これは私のものなのだから、どう使おうと勝手だろう」
「このままだと全部忘れちゃうよ」
その言葉に彼女の顔が険しくなった。
繋いだ手が無理やり振り解かれる。
「忘れる?私が?」
頬に衝撃が走って、彼女に殴られたのだと遅ればせながら気がついた。
血走った目で彼女は私に殴りかかってくる。
「私が忘れるものか!あの日の屈辱を!!50年経った今でも鮮明に覚えている!忘れるか!人の命をなんとも思っていないあの外来種が!獣が!!一角獣めッッ!目にもの見せてやるっっっっ!!」
一言ごとに拳が私を打つ。
怒らせてしまった。
椿には余計なお世話だったみたい。
「これは私の復讐だ!だから、だから………………」
荒い息遣い。
椿の腕が止まった。
「だから…………私についてくるな。この先には破滅しか待っていない。分かる……だろ?」
あぁ…………私のこと完全に忘れないでいてくれたみたい。
復讐なんて破滅的なことに身を投じて人生滅茶苦茶にしようとしているあなたに、尻尾振ってついていく私のこと思い出してくれたんだ。
私だって分かっている。
悪い事をしているのは私たちの方で、復讐なんて言っても正義が向こう側にあることぐらい。
「うん!だからついていくね」
私はにっこりと笑った。
関係ないんだ、そんなこと。
だって私に願いをくれたのは椿だから。
たとえそれが他人の願いだったとしても、壊れていた私に感情を与えてくれたのはあなただから。
だから私は椿についていくね。
椿が私を忘れたって、構わないよ!