蕃神   作:名無しの海

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3ー6 御使いを堕とすモノ

 二子山第2要塞。

 平時であれば夜の闇に閉ざされるその場所は、第7使徒撃破のために葛城ミサトが立案したヤシマ作戦の為に運び込まれた零号機、初号機や、射撃地点等を照らす灯りに包まれている。

 

 ヤシマとは日本の古称である大八島を意味している。

 それは淡路島、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州を指している。

 ヤシマ作戦とは第7使徒の堅牢なA.T.フィールドをエヴァのA.T.フィールドによる中和では無く、戦自研の開発した陽電子砲により破壊し第7使徒の撃破を目指す作戦である。

 第7使徒のA.T.フィールドを破壊は日本全土、即ち大八島の総電力をもってこれを実現させる。

 

 戦自研の葦船シキエから提供された陽電子砲の資料には「天沼矛」という走り書きがあった。

 これを見た葛城ミサトと赤木リツコは思わず顔を見合わせる。

 天沼矛とは大八島を生んだ国造りの槍。

 資料に残された走り書きが、陽電子砲の完成形の名称を示しているのか、或いは他のモノを示す名称かは不明だったが、その名が陽電子砲を指し示していた場合は、まさに天沼矛によって生み出された大八島の力を、天沼矛に集約し、外敵を打ち払うこととなる。

 

 碇シンジと綾波レイは葛城ミサトと赤木リツコからヤシマ作戦の説明を受けていた。

 

 碇シンジは初号機で陽電子砲を用いた砲手を担当。

 綾波レイは耐熱光波防御盾を用いた防御を担当。

 

 ヤシマ作戦では陽電子砲による攻撃だけではなく、第7使徒の索敵により発見された際に初号機が加粒子砲の直撃を受けないよう、零号機による防御も計画されていた。

 零号機が防御に用いるのは盾である。

 技術開発部により本作戦のために急造された耐熱光波防御盾。

 スペースシャトル底部を利用して作成されている。

 また、戦自研の葦船シキエからからも陽電子砲のオマケとばかりに同等の性能を持つ盾が提供されていた。

 ただ、戦自研が何故このような盾を所有しているのかという疑問を残すことになる。

 

 碇シンジと綾波レイは作戦の説明を受けた後、プラグスーツに着替えそれぞれのエヴァの搭乗のために設置された足場で待機していた。

 葦船カイはすでにインテリアに設置、固定されている。

 日本全土が計画停電の時刻となり、街の灯りが一斉に消えた。

 灯りが消えたことにより、夜の空に浮かぶ満月と星々がよりその輝きを増したように見える。

 

 碇シンジは葛城ミサトの『大切な人たちを守るために一緒に戦いましょ』という言葉を思い出していた。

 第3新東京都市に来てから増えた大切な人たち。

 今ではその人たちのことも守りたいとエヴァに乗り続けることを決断した。

 

 では綾波レイはどうか。

 綾波レイは何故パイロットになったのか。

 碇シンジが綾波レイを意識した切っ掛けは、父である碇ゲンドウが綾波レイと笑みを浮かべながら話しているところを目撃したことだ。

 普段は無表情なこの少女が碇ゲンドウと話している時は笑みを浮かべ、碇シンジが碇ゲンドウに対して碇を露わにした時は、綾波レイは碇シンジに対して怒りの感情を示した。

 これまで綾波レイが感情を表す時はいつも碇ゲンドウの存在が切っ掛けだった。

 

 ただ、今日は違った。

 碇シンジが病室で服を着てないことに恥ずかしがった時は不思議そうな表情を、羞恥で叫んだ時は、驚いたような表情を浮かべていた。

 碇シンジは、綾波レイのことをもっと知りたくなっていた。

 

 「どうして綾波はパイロットになったの?」

 

 碇シンジは星空を見上げながら綾波レイに問いかけた。

 

 「それが私の存在する意味だから」

 「どういうこと?」

 

 返された答えが理解できず、碇シンジは思わず聞き返す。

 

 「私には、他に何もないもの……」

 

 その言葉の意味するところが理解できず、綾波レイの方に顔を向けると、膝を抱えている綾波レイが視界に入る。

 綾波レイは真っすぐ前を、どこかを見ているように見えるが、碇シンジには何も見ていないように思えた。

 

 「貴方のように何かを守る為でも無い。私はその為に存在しているからエヴァに乗るの」

 「それで……死んでもいいの?」

 「ええ。命令を実行できないなら死んでるのと同じだもの」

 

 碇シンジは第7使徒初戦後、目覚める前に見ていた夢を思い出した。

 自分は全てを失ってしまったと思った幼少期の夢。

 

 「死んでるのと同じ……僕も父さんに捨てられてからカイと出逢うまではそうだったのかもしれない」

 

 碇シンジの言葉を耳にした綾波レイが微かに顔を碇シンジに向けた。

 

 「どんなに泣いても世界は変わらなくて、諦めた。全部どうでも良くて閉じこもってた。確かに生きていたけど、その時の僕は死んでいるのと同じだったのかもしれない」

 

 碇シンジはそう言葉にしながらも、全てを失ったと感じていたあの頃の自分よりも、今の綾波レイは自分には何も無いと感じているのではないかと感じていた。

 

 「けど、カイと出逢って、僕は変われたんだ」

 

 あの時、淡島カイとの出逢いが碇シンジの世界を変えた。

 だから、今度は自分が誰かの世界を変えれるようになりたかった。

 そのためには淡島カイのように、自分から相手に踏み込んでいかないといけない。

 碇シンジが言葉を続けようとした時、綾波レイが口を開く。

 

 「時間よ、行きましょう」

 「うん……」

 

 綾波レイの言葉に碇シンジは思考を切り替える。

 今やるべき事、第7使徒の撃破。

 それが終ったらもう一度、綾波レイと話せばいいと考えていた。

 

 「大丈夫よ、貴方もフォースも死なないわ。私が守るもの」

 

 立ち上がった綾波レイは、そう言葉にした。

 そしてエントリープラグの搭乗口に手を掛けると背を向けたまま別れの言葉を告げる。

 

 「さようなら」

 

 その言葉に、碇シンジは胸の痛みを覚えた。

 

 

 ■■■

 

 

 エントリープラグの搭乗口からプラグ内に入ると、インテリア後部席にベルト等で固定された淡島カイが視界に入る。

 その顔はまるで眠っているように穏やかで、いつものように軽口を叩いて碇シンジを笑わせることも、励ますことも無かった。

 

 「いつまで寝てるんだよ、バカイの寝坊助」

 

 淡島カイの両頬を抓ってみても反応することは無い。

 碇シンジは頬を抓っていた手を広げ、淡島カイの両頬を包むと、自身の額を淡島カイの額に押し付けた。

 

 「カイ、力を貸して。カイを……カイだけじゃなくてみんなを……綾波を守りたいんだ」

 

 そして目を瞑り、両手で自身の両頬を叩く。

 渇いた、小気味よい音がプラグ内に響いた。

 

 「よし、勝とう。終わった後も、まだ起きてなかったら蹴とばしてでも起こすからね。そしてみんなでご飯を食べよう。勿論、綾波にも声をかけて」

 

 

 ■■■

 

 

 『陽電子砲の充電開始同時に無人機、要塞システムによる陽動を行うわ。充電完了のカウントダウンはモニターにも表示されるけど、こちらからも口頭で伝えるわ。後はG型装備の射撃管制による照準が完了したらトリガーを引いて』

 「はい」

 

 葛城ミサトからの最終確認の言葉に碇シンジは了承の言葉を返す。

 碇シンジの頭部を覆うように照準用のバイザーが降りてくる。

 

 『ヤシマ作戦発動!』

 『無人機及び要塞システムによる攻撃を開始します!』

 『陽電子砲充電開始』

 

 葛城ミサトの号令と共にオペレーターが指示を出していく。

 第7使徒へ、要塞システムによるミサイル攻撃が始まる。

 発射されたミサイルは第7使徒の感知範囲に侵入すると、即座に第7使徒の頂点から放たれる加粒子砲により撃墜、その後射出元となる要塞システムへの反撃が行われる。

 

 『陽動、途切れない様に予定より攻撃頻度を上げて。想定より反応が早い。このままだと感づかれるわよ』

 

 無人機及び要塞システムによる攻撃が効かないことは想定内だが、第7使徒の索敵範囲の拡大は想定外だった。

 

 『全エネルギー陽電子砲へ……10、9、8、7』

 『目標内部に高エネルギー反応!!目標、初号機です!』

 『感づかれた!レイ!!初号機を守って!』

 

 カウントダウンの言葉に全員の緊張が高まっていく中、本命である初号機が発見され、攻撃目標とされたことが報告される。

 葛城ミサトは即座にレイへ初号機を守るように指示を出した。

 

 『3、2、1』

 『発射!!』

 

 葛城ミサトの言葉と同時にG型装備による照準が完了し、碇シンジはトリガーを引いた。

 陽電子砲に転送された全エネルギーが砲身から射出され、初号機への砲撃のための準備行動をとっていた第7使徒を襲う。

 陽電子砲による砲撃は強固な第7使徒のA.T.フィールドを容易く貫通。

 肉眼で確認できるほど堅牢なA.T.フィールドは陽電子砲の砲撃により引きちぎれる様に消滅し、その砲撃は減衰することなく第7使徒を穿ち、爆音を轟かせた。

 

 「や、やった?」

 『第7使徒のNERV本部への侵攻停止しました』

 『パターン青消滅。目標、完全に停止しています』

 『いよっしゃ!』

 

 第7使徒が初号機に対して加粒子砲を放つ前に撃破出来たことに、全員が沸き立つ。

 直後、その歓声を打ち消すように警報音が鳴り響いた。

 

 『そ、そんな……』

 『パターン青確認!目標内部に高エネルギー反応……来ます!!』

 

 それまで正八面体の頂点から加粒子砲を放っていた第7使徒は、その形状を、絶えず動き、変形する複数の正方形が組み合わさったような姿に変化させると、その中心部から加粒子砲を放った。

 初号機を標的としていた加粒子砲は狙いを大きく外し、二子山を大きく削り取る。

 初号機と陽電子砲はその余波を受けて狙撃ポイントから吹き飛ばされていた。

 

 『陽電子砲再充電急!シンジ君は狙撃ポイントに急いで戻って!』

 『目標内部に再度高エネルギー反応!』

 『目標、再度形状を変化!』

 

 碇シンジは加粒子砲の衝撃で吹き飛んだ初号機と陽電子砲を射撃位置に戻す。

 葛城ミサトが第2射準備の指示をすると同時に、第7使徒はその形状を無数の針で形成された雲丹のような球形に変化させ、回転を始めると、その針の一つ一つからこれまでの加粒子砲とは異なる細く、直進する光線を放つ。

 その攻撃目標は初号機だけではなく、攻撃前の無人機や要塞システムも含まれており、ヤシマ作戦のために用意された陽動用の無人機と要塞システムは悉く破壊された。

 零号機は、初号機の前に盾を構え立ちふさがるが、その光線は零号機のA.T.フィールドに阻まれ消滅する。

 零号機の上部、A.T.フィールドにより阻まれなかった光線は夜の空へ補足伸び、消えて行く。

 放たれた光線はこれまでの比ではないほど威力が低いものではあったが、ヤシマ作戦の為に用意された無人機や要塞システムを破壊するには十分な火力があるものだった。

 

 そして第7使徒は再度その形状を変化させる。

 球形に展開していた針の全てを零号機の斜め上方に向むけている。

 先ほどと同様の光線であれば零号機にすら直撃しないような空へ向けられていた。

 

 その時、碇シンジは不意にナニかの感情を感じとり、背筋に悪寒が走る。

 

 ソレは敵意では無い。

 ソレは悪意では無い。

 積み上げた積み木の城を崩すような無邪気な感情。

 

 ソレは歓喜。

 ソレは興奮。

 コレから起きる悲劇への期待に高まる鼓動。

 

 「綾波!ミサトさん達が狙われてる!さっきと同じ威力なら初号機はA.T.フィールドで防げるからミサトさん達の防御を!!」

 『わかったわ』

 『シンジ君!?』

 

 零号機は盾を手にしたまま、葛城ミサト達のいる仮設発令所へ駆ける。

 同時に第7使徒は無数の光線を夜空に向けて発射した。

 光線は一定の高度に達するとその全てが折れ曲がり、地上の仮設発令所に向けて無数の流星のように降り注ぐ。

 

 『総員、直撃に備えて!!』

 

 葛城ミサトが叫ぶ。

 初号機のエントリープラグ内に、仮設発令所と接続されたスピーカーから誰かの息を呑むような小さな悲鳴が聞こえた後、豪雨が地面を打つような激しい音が鳴り響き、碇シンジは思わず目を瞑る。

 攻撃が終り、静まり返った中、綾波レイから通信が入った。

 

 『間に合ったわ』

 

 無感情な報告がプラグ内に響き、碇シンジは胸を撫で下ろす。

 

 『目標、形状変更しています。あれは……槍?』

 

 第7使徒は仮設発令所へ向けた砲撃後、すぐに形状を変化させていた。

 その姿は地面と平行に浮かぶ、捻じれたような二又の青い槍。

 

 『先端部に高エネルギー反応……なおも増大しています!』

 『いけない!レイ、急いで初号機の所に戻って防御態勢!』

 『はい』

 

 葛城ミサトの命令を受け、零号機は初号機の防御の為に走りだす。

 零号機は初号機の前で膝立ちとなる。

 左手に持つ盾は斜め盾は上へ受け流すように斜めに構え、更にその右手にはもう一つの盾を持ち、

直撃部分に重なるように二重に構えた。

 

 そして槍状に変化した第7使徒は夜を切り裂ような輝きと共に砲撃を放つ。

 碇シンジは、光の本流の中で膝立ちとなり2枚の盾で砲撃を防ぐ零号機を見た。

 1枚目の盾が溶けるように消え去ると、零号機は残った盾を両手で持ち耐えようとする。

 

 「ミサトさん!」

 『あと10秒!カウント開始っ』

 

 碇シンジの叫び声に葛城ミサトは答え、オペレーターにカウントダウンを指示を出す。

 

 『7、6、5……』

 『盾が持たないわ!』

 

 赤木リツコの悲鳴のような声と共に零号機のもつ盾が融解、盾を失った零号機は両手を交差するように構え耐え続ける。

 碇シンジの頭の中に、綾波レイの最後の言葉、別れの言葉が思い浮かんだ。

 

 「そんなのは嫌だ!」

 『3、2、1』

 

 カウントが終り、照準完了を告げる電子音が鳴ると同時に碇シンジはトリガーを引いた。

 陽電子砲の砲身から放たれた砲撃は第7使徒の砲撃と衝突、一瞬減衰した後、第7使徒の砲撃を打ち払う。

 砲撃はそのまま第7使徒のA.T.フィールドと接触、初撃と同様にこれを容易く突破すると、槍状に変化している第7使徒を中心から2つに分断するように貫いた。

 第7使徒は内側から捲れるように形状を変化させ続けるが、最後には正八面体の形状に戻るとその動きを停止、地面に落下していく。

 

 『パターン青消滅』

 『目標再起動の気配ありません。完全に沈黙しています』

 『今度こそやったみたいね』

 『零号機の装甲版が融解してプラグの射出が出来ないわ。シンジ君、零号機の背面装甲を初号機ではぎ取ってプラグを下ろしてあげて!ミサト、救護班急がせて』

 「綾波……!!」

 

 赤木リツコの言葉を聞いた碇シンジは、射撃ポイントで伏せていた初号機を起き上がらせ、零号機の元へ向かわせる。

 零号機は第7使徒の砲撃により焼けただれた地面に横たわり、ピクリとも動かない。

 

 「綾波……返事をして!!」

 

 零号機の背面装甲を無理やり引き剥がすと、プラグが飛び上がり、高温化したL.C.Lを排出する。

 初号機でプラグを取り出すと砲撃の影響を受けていない地面に置き、初号機を膝立ちにさせる。

 初号機から降りようとシートから立ち上がろうとして時、その視界にパーツのようにインテリアに固定された淡島カイの姿が目に入った。

 その時、碇シンジは戦闘が始まってから淡島カイの存在を忘れていたことに気が付き、思わず顔が歪む。

 

 「僕は……僕は……」

 『シンジ君!カイ君ならこっちでモニターしてるから大丈夫よ。レイのところに行ってあげて』

 

 葛城ミサトが、碇シンジが淡島カイを心配して立ち止まったと勘違いをしてかけた言葉を受け、思わず淡島カイから目を逸らす。

 

 「カイ……ごめん……」

 

 そして碇シンジは淡島カイを残しプラグから出ていく。

 暗くなったプラグ内で、物言わぬ淡島カイだけが残されていた。

 

 

 ■■■

 

 

 碇シンジは零号機のエントリープラグに走りよると、ハッチの開口部に手を掛けるが、高温化したハッチに反射的に手を離してしまうが、再度握りしめる。

 高温のハッチを握りしめた碇シンジの手は、プラグスーツ越しに焼かれていく。

 

 「う……熱っ……ぐぅぅぅぅぅうう」

 

 苦痛を耐え、歯を食いしばり力を込めてなんとかハッチを開けると、開口部から高温の空気が外部へ流れ出す。

 エントリープラグの中に入ると、インテリアに凭れるようにして動かない綾波レイがいた。

 

 「綾波!!」

 

 思わず叫び、その肩に手を掛けると綾波レイは微かな呻き声を開け瞼を薄く開く。

 

 「碇……指令……?」

 「父さんじゃないよ、僕だよ」

 

 苦笑するような声に、綾波レイはしっかりと目を開けて声の主を見た。

 

 「碇……君……」

 「良かった……生きててくれて……うぅ……」

 

 綾波レイの生存の確認に、碇シンジの緊張が緩み、その瞳から涙が零れていく。

 綾波レイは片手を伸ばすと、碇シンジの頬に触れ、涙を拭いとると、手の平についた碇シンジの涙を見つめた。

 

 「何がそんなに痛いの?私は碇君を守れなかった?」

 「え?」

 「昨日も、寝ている時に苦しそうに、泣いていたわ」

 

 綾波レイは防御を担当する自身が碇シンジを守れなかったため、碇シンジが傷を負い、その痛みで泣いていると勘違いしていることに気が付き、思わず茫然とする。

 

 「綾波、昨日は辛くて、苦しい夢を見たから泣いてたんだ。今は綾波が生きていてくれて嬉しいから泣いてるんだよ」

 「人が涙を流すのは痛い時だけじゃないのね……辛くても、苦しくでも、嬉しくても、人は涙を流す生き物なのね……」

 

 碇シンジは止まらない涙を拭い続け、綾波レイはそんな碇シンジを見つめている。

 

 「私は生きていて……嬉しいはずなの……碇君が来てくれて嬉しいはずなの……けど、どうしたらいいか、どんな表情をすればいいか分からない」

 「綾波って不思議だよね……嬉しかったら、笑えばいいと思うよ」

 「そう」

 

 綾波レイは碇シンジの言葉を聞き、考え込むようにインテリアに凭れて、目を瞑る。

 

 「綾波、外に行こう。立てそう?」

 

 碇シンジは綾波に手を差し出すと、綾波レイはその手に自信の掌を重ねて、碇シンジを見上げる。

 その表情は碇シンジが初めて見る、綾波レイの柔らかな微笑みだった。

 

 「綾波……今、笑ってるよ」

 「そう、きっと嬉しいのね」

 「行こう」

 

 碇シンジは綾波レイに肩を貸して歩き出す。

 

 「綾波、今さ、冬月副司令、ミサトさんやカイと一緒に住んでるんだけど、綾波も来なよ」

 「フォースにも言われたわ。命令が」

 「命令じゃなくても、皆で一緒に住もう。みんなでご飯を食べてみんなで笑って、きっと楽しい」

 

 碇シンジは予期していた綾波レイの「命令」という言葉を遮る。

 「命令」という事にしてしまえば綾波は従うかもしれないが、碇シンジはどうしても「命令」としたくなかった。

 

 「私は……わからないわ」

 

 碇シンジの言葉に返した自身の言葉に、綾波レイの胸は何故か痛みを覚えた。

 そんな綾波レイに気が付かず、碇シンジは言葉を続ける。

 

 「生きている意味、きっとエヴァ以外にも見つけられるよ。綾波が来てくれたら僕は嬉しいな」

 「皆で住んだら、碇君は楽しいの?」

 「うん。綾波は1人で住んでるんだろ?放っておけないよ」

 「分かったわ」

 「やった!引っ越し、手伝うよ。カイも叩き起こして手伝わせよう」

 

 綾波レイの肯定の言葉に碇シンジが朗らかな笑顔を浮かべる。

 綾波レイが先ほど胸に感じた痛みは消え去り、穏やかで暖かな何かに胸が満たされた。

 

 「碇君、フォースは意識不明よ。叩いても起きたりしないわ」

 「そりゃそうだけど……早く起きて欲しいってことだよ」

 「わからないわ」

 「世の中わからない事だらけだよ。だから綾波は綾波のペースで色々知っていけばいいんだよ」

 

 寄り添いながら歩く2人の姿を、静けさが未だ戻らぬ夜空に浮かぶ満月と星達が見守るように輝いていた。

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