蕃神   作:名無しの海

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3-幕間或いは舞台裏1 在るべき世界に抗う者達/戦の後の紙仕事

 在るべき世界に抗う者達

 

 

 葛城ミサトは葦船シキエが応接テーブルに広げた書類を手にすると、陽電子砲の搬送手続きをするために慌てて応接室から出て行った。

 

 「全ては我々のシナリオ通りに……とは行きませんわね」

 

 扉が閉まり、部屋に鍵が掛かった事を確認すると、葦船シキエは思うように進まない世界を嘆くように言葉を吐いた。

 

 「仕方あるまい。彼女たちが認識していた世界でさえ行きつく先が全て同じというわけでは無かった」

 「最善の未来ではなくとも、最悪の未来を避けるために……ですね」

 「うむ。しかし君の甥がパイロットになるとはな。彼の存在は我々のどのシナリオにも無かった。心配かね」

 「いいえ」

 

 冬月コウゾウの言葉に葦船シキエは柔和な笑みのまま否定の言葉を口にした。

 

 「葦船としては、今まで価値の無かった駒に新しい価値が生まれた。葦船シキエとしては……我々のシナリオに無いエヴァのパイロットは警戒すべき存在でしょう」

 

 葦船シキエはそう口にしつつも、葦船も世界の命運も関係なく、ただの伯母としていることが出来たのなら、きっと平静ではいられなかっただろうという自覚があった。

 葦船シキエの言葉に冬月コウゾウは目を伏せる。

 

 「残念ながらその通りだ。そのためにパイロットの集中管理を名目に彼を引き取ったのだからな」

 「あら、シンジ君とアスカちゃんを手元に置く良い口実になったとか思ってませんか」

 「あの子たちの事はユイ君とキョウコ君から頼まれているからな……それで状況はどうなっているかね」

 

 冬月コウゾウの話題転換により、場の空気が代わる。

 

 「ナオコさんのサルベージは計画より遅れています。当初予定していなかった作業ですので、他の作業への影響が懸念されます」

 「厳しい状況か……しかしここでナオコ君を欠くわけにはいかんからな……」

 「全くです。私たちを巻き込んでおいて勝手に一抜けされても困りますわ」

 

 葦船シキエの言葉を冬月コウゾウが沈痛な面持ちで聞いていた。

 赤木ナオコ。

 公的には赤木リツコの母親でNERV本部のMAGIを開発後に行方不明となっている。

 

 「日本重化学工業共同体に動きはありません。時田シロウの引き抜きによりジェット・アローン若しくはそれに類似する対使徒戦用兵器の開発は成功していません」

 「彼はどうしてるかね」

 「彼女達と共同研究、共同開発と湯水のように資金を消化してくれてますね」

 

 葦船シキエは額を抑えて怒りを抑えるように言葉を吐き出した。

 

 「苦労をかけるな。やはりどこの組織も金が問題か……」

 「元々、彼女達がこの時の為に準備しておいた資金かつ増やす運用も彼女達がしているとはいえ、無限ではありませんからね」

 「そうはいいつつ君も共同研究、共同開発には君も参加してるのだろう?」

 「それはもう。あのレベルの天才達と共同研究出来るチャンスなんでそうそうありませんから」

 

 冬月コウゾウの揶揄するような言葉に、葦船シキエは躊躇うことなく笑顔で答える。

 

 

 ■■■

 

 

 戦の後の紙仕事

 

 葛城ミサトは、ヤシマ作戦による第7使徒撃破成功後の勝利の宴を未だ催せずに書類の山に埋もれていた。

 犠牲者は葛城ミサト、赤木リツコ、伊吹マヤ、日向マコトの4名だ。

 なお、所属の異なる青葉シゲルは現地に赴いておらず、ヤシマ作戦事後報告の地獄からも逃れている。

 

 第7使徒は一度撃破し、その反応が消滅した後に再稼働をした。

 さらに二度目の撃破後、第7使徒は第5使徒撃破後と同じように消滅してしまった。

 

 その現象は、碇シンジが綾波レイ救助の為に零号機から取り外したエントリープラグに向かっている時に起きていた。

 最初に正八面体が、最初から存在しなかったかのように消滅した。

 その後、地面に突き刺さったままの錐状の穿孔機は何かに引きずり出されるように空中に浮かび上がると、その三分の一が消え、次に半分、そして最後には全てが消え去った。

 

 「いや、アレはあたしのせいじゃないわよね?」

 「ミサト……口じゃなくて手を動かしてちょうだい」

 「うう、本当だったら勝利のEBICHUビールだったはずなのに……」

 

 手が止まり愚痴が零れた始めた葛城ミサトを、赤木リツコは手を休めることなく注意する。

 

 「それで、あの倒した使徒が消える現象、何か分かったの?」

 「何も。第6使徒が同じように撃破後に消えてなくなっていたら、コア破壊後に発生する自壊現象とでも言えるかもしれないけど、違うでしょ」

 「予算も限られてるし、使徒の処理代が浮いたって事でいいじゃない。零号機の補修費用に回しましょ」

 

 葛城ミサトは「予算が浮いた」とばかりに明るく前向きに言うが、赤木リツコは上から「原因究明」を指示されているためそう気楽にはなれなかった。

 また「撃破した使徒の処理」と「エヴァの補修」では用意されてる予算の用途が違うため、用途が異なる予算の執行には名目作りが必要となるため、軽く溜息を吐く。

 とはいえ、限られた予算が厳しい状況にあるということも事実ではあり、選択肢は無かった。

 

 「もっと湯水のように使わせて欲しいわ~。こんなんじゃ第一次整備計画で予定していた6号機までの建造が完了しても、運用なんて夢のまた夢じゃない?」

 「第二次整備計画も忘れないでね」

 「うげ、それもあったわね。お金足りるのかしら?ま~、日本は零号機に初号機、それと日本で作ってドイツで組み立てた弐号機が戻ってきたらバチカン条約様のお陰で満席でしょ」

 

 葛城ミサトはバチカン条約で定められた各国のエヴァンゲリオン保有数の制限により、日本は間もなく帰還予定の弐号機を含めれば、これ以上エヴァを抱えることにはならないだろうと考えていた。

 

 「そう願いたいところね」

 「……含みがある言い方ね、何かあったの?」

 

 同意を得られると思った葛城ミサトは、額を抑えている赤木リツコを目にし、怪訝そうに問いかける。

 

 「バチカン条約で定めている『エヴァンゲリオン』とは『PRODUCTION MODEL』を指している、と解釈しようとしている動きがあるのよね」

 「それって零号機と初号機は保有数制限の対象外って主張しようって話?いや無理でしょ」

 

 赤木リツコの言葉に、葛城ミサトは思わず呆れた声を出してしまう。

 葛城ミサトからすれば初号機は既に3回の戦闘をこなし、零号機も調整中の状態で盾役を十分に熟してくれているのだ。

 零号機と初号機が『エヴァンゲリオン』では無いと考える事は無理があった。

 

 「条約では『エヴァンゲリオン』とは何かを細かくは定義していないから。腕部パーツとか、脚部パーツだけ作って運用しようとしてる国もあるのよ。叩いて埃が出ない国の方が少ないのではないかしら」

 「ははぁ……日本としてはPROTO TYPEの零号機と、TEST TYPEの初号機でバチカン条約の枠を埋められても困るってことか」

 「実際に建造、所有するかは兎も角、その余地は確保しておきたいということらしいわ」

 

 葛城ミサトは『大人の事情』であるという事を理解した。

 葛城ミサトとしては戦力が増えるのは大歓迎であるが、今のNERV本部のお財布事情ではこれ以上のエヴァの運用は厳しい事も理解していた。

 とは言え『大人の事情』というものは『厳しい現実』なんてものは考慮してくれないのが現実である。

 今の葛城ミサトに出来ることは、NERV本部で4機以上のエヴァを運用する日が来ないことを祈るだけだ。

 

 「ま、パイロットの選出問題も未解決だから当面は大丈夫でしょ~。けど、いざとなったら全国適性検査やれとかいいかねないわね……その時はマルドゥック機関に頑張ってもらいましょ」

 「本当にそうなったらどうするのかしらね……」

 

 葛城ミサトは冗談めかして言うが、マルドゥック機関の真実を知っている赤木リツコは思わず遠い目をしてしまう。

 せめてもの気分転換とマグカップに手を伸ばし、珈琲を呷ろうとしたものの、既に空になったマグカップからは、一滴もその舌に珈琲が落ちてくる事は無い。

 

 「マヤ、珈琲淹れて貰えるかしら」

 

 赤木リツコは恨めしそうにマグカップにの底を睨みつけながら、伊吹マヤに珈琲を頼んだ。

 伊吹マヤはよろよろと立ち上がり、赤木リツコのマグカップに珈琲を補充しようとポットを傾けるが、ポットも、赤木リツコのマグカップ同様、一滴も珈琲が落ちてくることは無かった。

 

 「先輩……新しいコーヒー淹れてきます……」

 

 体力も精神力も使い果たしているのか虚ろな目をした伊吹マヤが呟く。

 

 「何か……何か摘まめるもの探してきます……」

 「日向くん宜しく~」

 

 日向マコトも同じく半死半生のようで、ぼそぼそと呟くと席から立ち上がった。

 伊吹マヤと日向マコトが部屋から出ようとした時、扉が開き青葉シゲルがワゴンを押しながら入ってくる。

 

 「差し入れで~す。皆、生きてますか?」

 「やだ!青葉君気が利くじゃない~、どう?一緒に書類もやってく?」

 「遠慮しときます。恋人を待たせてるんで」

 

 葛城ミサトがさり気なく青葉シゲルを書類地獄に引きずり込もうとするが、青葉シゲルは「恋人」である担いだギターを見せながらにこやかに葛城ミサトの誘いを辞退する。

 

 「こ、珈琲がある……」

 「お、マヤちゃん、あとこれ任せていい?」

 

 珈琲を淹れるという口実にこっそり気分転換をしようと企んでいた伊吹マヤは青葉シゲルの善意に打ちのめされる。

 

 「た、食べ物がある……」

 「嬉し泣きかぁ?これでも食べて頑張ってくれ」

 

 同じく、摘まむものを探してくるという事を口実に軽く仮眠しようと企んでいた日向マコトはその場に崩れ落ちる。

 

 「じゃ!2人とも頑張れよ!」

 

 青葉シゲルは伊吹マヤと日向マコトを励ますと、良い笑顔で手を振りながら部屋から出て行った。

 葛城ミサトは、ヒラヒラと手を振り青葉シゲルを見送ると、床に崩れ落ちて動かない伊吹マヤと日向マコトを見た後、赤木リツコに向き直る。

 

 「リツコ、少し休憩にしましょ。そのほうが効率が良いでしょ」

 「仕方ないわね」

 

 赤木リツコはキーボードを叩く手を止めずに同意した。

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