「本日の淡島カイは閉店です。またのご利用をお待ちしておりません」
素っ裸ハーモニクステストを終えて傷心の俺は、お家に帰って即オフモードに変身。
つまりトランクス一枚。
そして心の傷を紛らわすために、床をゴロゴロと転がっていた。
ペンペンはそんな俺を追いかけたり、逃げてみたり飛び越えてみたりして遊んでいる。
くぇくぇ楽しそうだけど俺はそんな気分じゃありません!
「カイ君にも繊細な所があっておねーさん安心しちゃった」
枝豆摘みつつ、ビール片手に暴言を吐いてくれてるのは勿論ミサトさんである。
俺はうつ伏せになったタイミングで転がるのを辞めると、そのままずりずりと這い寄る死体のようにミサトさんほうへゆっくりと移動する。
そんな俺にビビったペンペンは鳴き声を上げながら部屋から逃げ出してしまった。
「クェェェ!」
「ちょ、カイ君、それ恐いから辞めて!」
「繊細なお子様を揶揄うからっすね」
椅子の上に足を退避させて早々にギブアップしたミサトさんを、仰向けになって頬を膨らませて睨む。
俺はご不満です!
あんな事されりゃーそらメンタルボロボロになるって!
「ミサトさん、あまりカイを揶揄わないでください。ほら、カイもご飯できたから食べちゃって」
「しんじぃ~~~~」
やっぱり希望はシンジしかいねぇ。
俺は泣き真似をしつつも食卓に着いて箸を手にする。
食卓に用意された昼食は3人分。
レイはNERV本部に居残りだったからから、俺とシンジとミサトさんの分だ。
レイはあれかね、赤木博士の所で調整かね。
しかし、昼の準備は全部シンジに任せちまったな。
「今日は使いものにならなくてわりぃ」
「カイ君はボロボロなのにシンちゃんは平気なのも以外よね」
配膳してくれてたシンジがピシリと固り、みるみる耳まで赤くなっていく。
またミサトさんいらん事を。
さてはもう結構呑んでるな?
「へ、平気なわけじゃありません!僕だって恥ずかしいですよ。けど、他の誰かに見られてるわけじゃないですし!」
シンジの言葉に思わず目を逸らしてしまう。
あ、ミサトさんも目を逸らしてる。
いや、この反応はやっぱり映像映ってるな。
「俺は見られてようが見られてなかろうが、アレはちょっとメンタルにクるものがあるかなぁ~。ミサトさん、アレっていつまでやるんです?」
「プラグスーツの補助無しの模擬体での試験はもう終わりって聞いてるわ。次からはプラグスーツを着て実機での試験になるから、あの減菌処置は今回で終わり。安心した?」
ミサトさんの言葉に俺とシンジは顔を見合わせ同時に溜息を吐く。
「めっちゃ安心した!」
「安心しました」
あー、えがった!
いや、けどダミープラグ開発の進捗が順調なのはあまり良い事ではないか?
ん-……皆のトラウマシーンで活躍してくれるもんな~。
バルディエル戦に、弐号機の鳥葬。
うーん、どっちもリアルで目にしたくねぇイベントだ。
その後、昼の団欒の話題は、他愛もない学校生活、成績の話やら、トウジやケンスケといった友達の話題にシフトした。
そして、昼食を食べ終わったころ、インターホンが来客を告げた。
トウジとケンスケがシンジを迎えに来たかな?
「あ、俺が出るよ……はい、ちょっと待ってて……シンジー、鈴原君と相田君が来たぞー」
食器を片付けるついでにインターホンのスイッチを押すと、映し出されたのは予想通りトウジとケンスケだ。
「有難う!それじゃミサトさん行ってきます」
「気を付けるのよ~」
「カイはやっぱり行かない?」
「傷心のカイ君はお家でまったりペンペンといちゃいちゃしてるぜ」
俺と一緒に出掛けたいと思ってくれてるのは嬉しいけどな、やっぱり断った。
3人で楽しんで来い。
「そっか。それじゃ行ってくるね」
「おうおう楽しんで来い~。2人に宜しくな」
ミサトさんと一緒に手を振ってシンジを見送る。
玄関の方からトウジとケンスケが何か喋ってる声が聞こえるが、遠いのでさっぱり聞こえん。
きっとミサトさんを一目見たかったけど、目に出来ず怨嗟の声を上げているのだろう、うむ。
1人納得していると、ちびちびとビールを呑むミサトさんがチラチラこちらを見てくる。
うーん、俺がいると諜報部に連絡しにくいのかなぁー。
けど、俺が気を遣うのも面倒くさいしささっと連絡してもらおう。
「ミサトさん」
「何?」
「連絡しなくていいんです?」
「誰に?」
「シンジの監視?」
「……」
短い言葉のキャッチボールはあっさり途絶える。
ミサトさんは俺の言葉に返事はせずに立ち上がると、電話を手に取った。
「サードチルドレンは予定通り外出、フォースチルドレンは家にいるわ……ええ、家は大丈夫だからサードチルドレンの警護を予定通りに」
必要な事を伝え、電話を切ったミサトさんが溜息を吐く。
お疲れですね!
「俺の事、気にしなくていいすよ?」
「カイ君が気にしてなくても、あたしが気にするのよ!」
そらそうでしたね、だってオトナだもの。
失礼しました!
けど、そういう気遣いはシンジに回してやっとくれ。
「たはは、そこはもー諦めましょー。空いた皿、片付けちゃいますよ。俺も呑みたいんで何か摘まめるものでも作りましょーか」
「全くも~。あ、お摘み宜しく~」
ミサトさんもご不満そうだけど許容してるし、様式美とでもいうやり取りだろうか。
ミサトさんは気にしてますよってスタンスを示して、俺は気にしてないですよという事を言葉で遣り取りする。
超能力者じゃないんだから、黙ってたら分からんし伝わらん。
確認という事でも必要な遣り取りだったという事かね。
「よっしゃ!今日は家でゆっくり呑んだくれましょ」
「そうねぇ。あ、カイ君はほどほどによ!ほどほどに!」
あ、これも様式美ね、うん。
大人だもんー、一応注意しないとねー。
よし、さっさと呑ませて潰すか。
「ふ、冬月さんお勧めのお酒が呑めるなんてラッキーだな~」
「そ、そうね、カイ君、しっかり味わいましょ」
俺とミサトさんは若干緊張した声音で言葉を吐いた。
目の前には笑顔の冬月さんが座っており、食卓には数本の日本酒の瓶が並んでいる。
どうしてこうなったのか。
確か、幾つか摘まめるものを用意してさぁ呑むぞ!ってタイミングで冬月さんが帰ってきたんだ。
ミサトさんが社交辞令的に冬月さんを誘ったら、買いすぎて消費できてない酒があるという事で、提供いただける事になったというか、一緒に呑むことになったんだった。
冬月さんが早く帰って来た日などは夕飯を一緒にいただくこともあったけど、ガッツリ呑みというのは初めてなので若干緊張気味。
俺が作った摘みに、冬月さんが貝紐やらエイヒレやら乾きものを追加してくれていて食卓が豪華な感じだ。
「ぐい呑みでもお猪口でも好きなものを使いたまえ」
冬月さんが、大きめのお盆に大小様々な酒器乗せて差し出してくれる。
日本酒か!
あー、悩む。
切子のお猪口もいいな~、けど黒がメインで、斜めに青が入ってる陶器のぐい呑みも捨てがたい。
「俺はこれにしますね!」
「それじゃあたしはこれをお借りしますね」
超久しぶりの日本酒に頬が緩みっぱなしの俺は、黒と青のぐい呑みを手に取った。
ちょっとざらっとした触感と色味が気に入った!
ミサトさんは赤い切子のお猪口を手にしている。
うん、ミサトさんもイメージカラーは赤だよなぁ。
■■■
淡島カイは手にしたぐい呑みにゆっくりと口を近づけ、一口含んだ。
「んくぅ……ん……ふぅ~……日本酒いいすねぇ~~」
余程、日本酒が気に入ったのか締まりの無い笑顔を浮かべている。
葛城ミサトはお猪口という事もあるが、注ぐペースが速い。
「さすが副司れ、じゃなかった冬月さんがお勧めするだけあって良いお酒ですね。カイ君、それ呑みやすいから呑みすぎないようにホントに気を付けてね」
葛城ミサトは冬月コウゾウを、副司令を呼ぼうとしたが、家では役職で呼ばないルールがあるため、「冬月さん」と言い直した。
冬月コウゾウは青い切子のぐい呑みに満たされた透明な液体に口をつけている。
「うむ。ミサト君の言う通りだな。カイ君はあまり呑みすぎんようにな」
「はい、そこは勿論。んっく……ふあぁぁぁ。あ、ミサトさん、俺は手酌友の会なんで注がなくていいっすよ」
冬月コウゾウと葛城ミサトからの「呑みすぎないように」という注意を聞いているのか聞いていないのか、ぐい呑みに満たされた液体を飲み干すと、日本酒を注ごうとする葛城ミサトを制して、自らぐい呑みに並々と日本酒を注いでいる。
「けど、いいんですか?冬月さんのお酒をこんなに出して貰って」
「なに、今日は。カイ君がシンジ君と出かけないと聞いてね。今日のハーモニクステストは大変だったんだろう?気分転換も必要だ」
「そぉおおおーなんですよー!もう、あれ、二度とイヤっす!!!あ、ミサトさん、そっちの瓶とって貰っていいですか?」
「ちょっちまって。これ?あ、こっちね。さすがにアレはしんどいわよね、リツコから説明受けた時は、あたしも冗談かと思ったもの」
葛城ミサトは、今日のハーモニクステストに荒れる淡島カイに日本酒の瓶を手渡した。
瓶を受けとった淡島カイは笑顔を浮かべ、ぐい呑みに酒を注ぐ。
「よっ……と。けどテスト三昧でもいいから平和な日常が続いて欲しいなぁ」
「あら、テストばかりだと暇だから早く実戦したいのかと思ってたわ」
「俺をなんだと思ってるんですか。早く実戦したいのはミサトさんでしょ?俺は平和が約束されるならあのテストが毎日でも我慢するし」
「ちょっと何よそれ」
「俺はミサトさんと違って使徒絶対殺すマンじゃないですしー」
「アンタ何言ってんのよ、使徒は人類の敵でしょ」
売り言葉に買い言葉か、最初はお互いの言葉に若干の棘が混じる程度だったのが、酒が進んだ勢いもあり、一気に険悪な雰囲気となる。
淡島カイは葛城ミサトを辟易したような半目で見ている。
葛城ミサトもまた、若干の敵意の籠った視線を淡島カイに向けていた。
「2人とも落ち着かんか」
冬月コウゾウは手にしたぐい呑みに満たされた液体を飲み干すと、睨みあう2人を制した。
2人は不満そうにしつつも口を噤み、それぞれが手にした酒器を満たす酒を飲み干すと、瓶を手に取り再び酒器を酒で満たしていく。
葛城ミサトは淡島カイを眼光鋭く睨みつけ、淡島カイは目を逸らすことなく、見下したような瞳で葛城ミサトを見返している。
冬月コウゾウは2人の様子を確認すると、瞼と閉じてこの後の対応を思案した。
そして、葛城ミサトに顔を向け、口を開く。
「これまで我々が戦ってきた使徒。彼らが我々に対して敵対的であったというのは事実だろう。第3新東京都市を目指していたということから、NERV本部地下に安置している第2使徒リリスへの到達とインパクトが目的と言える。つまり彼らは人類の敵だった」
冬月コウゾウの言葉に、葛城ミサトは勝ち誇ったような笑みを浮かべ頷き、淡島カイはそんな葛城ミサトを半眼で見ている。
一方、冬月コウゾウは自身の言葉、第2使徒リリスが地下へ安置されていること、またインパクトが目的という言葉に淡島カイが反応をしない事を確認していた。
碇シンジが第2使徒リリスとインパクトの情報について、第7使徒との戦い前に葛城ミサトから情報を得ている事は確認している。
しかし、この情報が碇シンジから淡島カイに伝わっていない事は、各種監視や盗聴で確認していた。
冬月コウゾウの言葉に反応を示さないという事は、淡島カイがこの情報を予め知っていたという事を意味していた。
「君が葛城博士、父親の仇として使徒を憎んでいる事は私も知っている。では問おう、君の父親が死んだのは何故だ」
冬月コウゾウの話題転換に、葛城ミサトと淡島カイは思わず目を瞬かせた。
「それは……」
「セカンドインパクトなんじゃないですか?」
言い淀む葛城ミサトを一瞥した淡島カイが言葉を続けた。
冬月コウゾウは淡島カイの言葉を聞いて頷く。
「そう、葛城博士はセカンドインパクトにより還らぬ人となった。ではセカンドインパクトは何故起きたか分かるかね?」
「それは、南極で発見された最初の使徒が起こしたんですよね。あたしは、アレを見ましたし、そう聞いてもいます」
「南極に最初に使徒がいたこと、そしてセカンドインパクトが起きたことは分かりやすい事実だな。では葛城君の言う通り、第一使徒がセカンドインパクトを起こしたとしよう。君の憎悪の対象は第一使徒かね。それともそれ以降に現れた使徒かな」
冬月コウゾウの言葉を聞いた葛城ミサトは、霞がかかったように鈍る思考を何とか稼働させる。
「それは、私の使徒への憎しみは間違っているということですか?」
「個への憎しみを、それが属する全体へ向けることの正否については難しい話だな。君の中でどう整理をつけるかという問題だ。それを決めるのは第三者ではないよ」
「副司令は、あたしにどうしろって言うんですか」
「探したまえ、君が知らない事を。ほら、2人とも手が止まってるぞ。これはなかなか手に入らない酒でね、遠慮なく呑みたまえ」
冬月コウゾウは、葛城ミサトと淡島カイの前に薄緑の小瓶を置くと蓋を明ける。
蓋が開く際に、プシュ、と音が鳴った。
「ま、まさかスパークリング日本酒……!?」
音に反応した淡島カイが瓶に顔を近づけ、締まりのない笑顔を浮かべると、好き、愛してるなどブツブツ呟きながらぐい呑みに注ぎ、葛城ミサトに瓶を手渡した。
瓶を受けとった葛城ミサトはお猪口に注ぎ一口飲むと、驚いたような顔を浮かべ、再びお猪口に酒を注いだ。
「これ、美味しい!」
「あ、ミサトさん!少ないんだから1人で飲み干さないでよ!?」
淡島カイは慌ててぐい呑みを満たす酒を飲み干すと、葛城ミサトの手から瓶を奪い取った。
「そういえあ、冬月さんあせかんどいんぱくとの真実を知ってるですよね」
淡島カイが思い出したよう冬月コウゾウに問いかけるが、呂律が回らなくなってきている。
その言葉を聞いた冬月コウゾウは目を細め、顔や身体がほんのりと赤くなっている淡島カイを見つめた。
「カイ君、君の目的は何だね」
自信の問いかけへの答えではなく、問いかけられたことに対して、淡島カイは、きょとんとした顔で冬月コウゾウを見つめ返し、ふにゃりとした笑顔を浮かべた。
「かえいたい。それあむいなら、できうだけ、くうしみたくないす。あやくいにあい。このせあいあ、こあいでうよ。かえいたい、かえいたいえう」
「カイ君、喋れて……ない……わよ」
瓶を掴んたまま、鈍い舌をなんとか動かして淡島カイは答えた。
葛城ミサトは食卓の上に突っ伏していて、半分寝かけている。
「どこに帰りたいのかね」
冬月コウゾウの言葉に、淡島カイはこくりこくりと船を漕ぎながらも口を開く。
「おえの……いあ……せあい……」
「何故、返りたいのかね」
「うい……い……か……あい……」
淡島カイは、最後まで言葉を言い切る事が出来ずに意識が途絶え。小さな寝息を立てはじめた。
「さて、どうしたものかね」
冬月コウゾウは、青い切子のぐい呑みを満たす