「非常用電源ソケットの輸送?」
葛城ミサトは、赤木リツコから渡された書類に目を通すと、思わす声をあげてしまった。
赤木リツコは葛城ミサトを一瞥すると、何事も無かったかのように説明を続ける。
「ええ。先日送った常用電源ソケットが、太平洋艦隊の出発に間に合わなかったらしくてね。改めて送る必要があるのよ」
「いやそんなのドイツ第3支部の一緒に送ってくれりゃ良かったんじゃない?」
「予算が違うのよ。ドイツ第3支部の備品はドイツ第3支部の備品。送ってもらっても返さなきゃいけなくなるのよ」
「それもめんどくさいわね」
赤木リツコの言葉を聞き、葛城ミサトは心底面倒臭いと思った。
「それじゃ、ちゃちゃっと部下に」
「冬月副司令がミサトをご指名よ」
ちゃちゃっと部下に全てを任せようとしたところを、赤木リツコに止められ、葛城ミサトは不満を隠そうともせず顔を顰める。
「なんでよ」
「知らないわよ。シンジ君と、その友達2人も連れていくそうよ」
「シンジ君は兎も角友達2人はなんでよ!!」
「だから知らないわよ。はい、この書類にサインして」
葛城ミサトは赤木リツコに渡された書類に目を通すと、思わず溜息を零した。
碇シンジの友達2人とは鈴原トウジと相田ケンスケであった、
2人は成り行きではあるが、NERV本部に入った事もある人物だ。
その2人を同行させる目的は、碇シンジのメンタルケアと、監視とされている。
特に、相田ケンスケはNERV、エヴァへの関心が強いため要注意人物として記載されていた。
「ちょっとこれ、大丈夫なんでしょうね」
「だから知らないわよ。大丈夫なようにシンジ君の保護者のあなたが何とかしろってことなんじゃないの?」
「無茶言わないでよ!」
「これも保護者役かつチルドレンの上司のあなたの役目よ」
「わ、わかってるわよ!何とかするわよ!すればいいんでしょー!!」
自棄になって叫ぶ葛城ミサトに対して、赤木リツコが可哀想な物を見るような目をしつつも、止めの一言を口にする。
「冬月副司令も同行するそうよ」
「あたしいらないじゃないー!!!!」
赤木リツコは、頭を抱えてデスクに俯せる親友を見て溜息をついた。
しかし、直ぐに起き上がった葛城ミサトに対して、ついに壊れたのでは無いかと危惧し、距離をとった。
「そういえばカイ君とレイはどうするの?」
「2人は初号機と零号機で同乗試験、機体相互互換試験ね」
「リツコってばそれやりたいって言ってたものね~」
「ちょっと!私の趣味みたいな言い方やめてくれないかしら」
葛城ミサトの揶揄うような言葉に赤木リツコは憮然とした顔で言い返す。
しかし、心の内では科学者としての欲求も多分に含まれている所を自覚してはいるため、強くは言い返すことは出来なかった。
「そういえば、碇指令からの指示で、試験には真希波博士も参加することになってるわ」
「真希波博士って……ドイツにいたんじゃなかったっけ」
「それが日本に来てたみたいよ。ダミープラグは委員会案件みたいね」
「それはちょっち恐いわね。あたしはお荷物届けないといけないからお会いできないの残念だわ~」
「あら、戻ってきたら会えるわよ。そんなすぐに終わるような試験でもないし」
全く残念がっていない葛城ミサトに、赤木リツコがにこやかに追撃する。
委員会案件に関わりたくない葛城ミサトは、思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。
「別に会わなくていいわよ……向こうもあたしには用はないっしょ。そういえば太平洋艦隊、レイは興味無いだろうけど、カイ君は残念がるかしら」
「あの子は『そうなんですね』で何も気にし無さそうな気もするけど」
「そ、そうね。『ふ~ん、行ってらっしゃい』で終わりそうな気がしてきたわ」
葛城ミサトは「どっこらしょ」と椅子から立ち上がると両手をあげて伸びをする。
「それじゃ、お仕事始めますか」
「今も仕事中よ」
親友から冷静な突っ込みが投げつけられたが、葛城ミサトは鼻歌を歌いながら聞こえないフリをした。
■■■
輸送艦のプールにうつ伏せに横たわる赤い装甲を纏った巨人、エヴァンゲリオン弐号機。
その半身はプールを満たす冷却用L.C.Lに漬かっていた。
プールを覆う天幕の隙間からは微かな陽の光が射しこみ、赤い装甲を照らしている。
エヴァンゲリオン弐号機とは、PROTO TYPEである零号機とTEST TYPEである初号機から得たデータを元に作成されたPRODUCTION MODEL。
その最初の一機。
つまり、世界で最初の、本物のエヴァンゲリオンであると、弐号機を見上げる少女は考えていた。
「日本の初号機はもう3体の使徒を倒してるんですって」
少女は弐号機に語り掛ける。
「けどね、びびる必要なんてないわよ!向こうは2人乗りだって言うし、初号機なんて所詮はTEST TYPE。訓練無しでシンクロ出来る程度の低品質なんだから」
目の前に横たわる赤い巨人を鼓舞するような言葉は、自身を鼓舞する言葉であることを、少女は認識していた。
PROTO TYPEの零号機とTEST TYPEの初号機から収集されたデータを元に計画された第一次整備計画では、弐号機から六号機までの建造が計画されていた。
しかし、初号機は第5使徒による日本襲撃その日まで、適合するチルドレン。
即ちパイロットが不在であった。
だが、NERV本部がある日本が襲撃されたその日に、都合よくサードチルドレンとフォースチルドレンが就任。
しかも、訓練無しのパイロット達が使徒を撃破など出来過ぎたストーリーだ。
そして、そのパイロット達の素性も問題だ。
サードチルドレンは、NERV指令である碇ゲンドウの実子。
フォースチルドレンは、日本の政財界で幅を利かせているという葦船家の人間だという。
NERV各支部では、その話題で持ちきりであった。
それまでは影の薄いファーストチルドレンの影響か、訓練等でも優秀な成績を出し続けていたセカンドチルドレンである少女がNERV各支部の注目を集めていた。
だが今では、初号機とそのパイロット達の話題でもちきりである。
少女はその両の手を握りしめ、俯いた。
少女は、4歳の頃にセカンドチルドレンとして選出され、英才教育を施されてきたエリートだ。
少女の母は、NERVの前進であるGEHIRNの研究者であり、弐号機に関わる実験中の事故で帰らぬ人となっている。
母が関わったエヴァ弐号機のパイロットとなった事は、ある種、母の形見を手に入れたような喜びがあった。
母親を失い、その母親が関わっていた弐号機のパイロットに選ばれたエリート。
ある種、美談とも言えるストーリー。
周囲はそのように少女を扱ってきたし、少女もまた当然の事として、その扱いを享受してきた。
だからこそ、少女は自身が弐号機に相応しい優秀なパイロットである事を示し続ける事を決意していた。
それが、初号機のパイロット達の出現によって揺らいだのだ。
少女が抱いたのは闘争心。
新たなパイロットの出現そのものに、少女の心は揺れなかった。
シンクロ率も低く、PROTO TYPEである零号機のパイロットでしかないファーストチルドレンや、訓練も受けていないサードチルドレン、フォースチルドレンと比べて、10年弱に渡りパイロットとしての英才教育を受けてきた自分こそがエヴァンゲリオンのパイロットとして相応しいという自負があったからだ。
しかし、初号機で実戦を熟し、使徒を撃破しているという事実や、周囲の関心の移り変わり、無意識の扱いの変化が、思春期真っただ中にある少女の闘争心をさらに燃え上がらせてしまった。
そんな最中、日本が連続して使徒に襲撃されていることもあり、弐号機が本来の所属国である日本へ帰還することとなった。
パイロットである少女もまた、NERV本部へ配属されることなる。
これから出会うチルドレン達に対して、一歩も引かぬ決意を秘め、再び弐号機を見上げる。
「だから、日本で示すのよ。私達こそ世界が誇るべきエヴァンゲリオンとそのパイロットだって」
少女の名は惣流・アスカ・ラングレー。
エヴァンゲリオン弐号機のパイロット、適格者として選ばれた2番目の子供。
「姫~、やっぱここにいたか。そろそろ戻らないとお迎えできないよ?」
「ちょっとマリ!今いい所なんだから邪魔しないでよ!」
「あー……これは姫もお年頃らしく中二病を発症しちゃったかにゃ?」
軽快な足取りで現れたのは黒スーツにサングラスをかけたツインテールの少女。
少女は、少し残念そうな声音で惣流・アスカ・ラングレーへ、エスコートでもするかのように右の掌を上に向けて差し出した。
惣流・アスカ・ラングレーは呆れた顔で少女の掌の上に、自身の手を重ねる。
「はぁ?ちゅうにびょう?何言ってんの?」
何を言ってるか本気で分かっていないような顔で反応され、ツインテールの少女は困ったような笑みを浮かべる。
惣流・アスカ・ラングレーはツインテールの少女が口にした言葉に興味を惹かれなかったのか、話題を切り替えた。
「そういえばあんた、あたしについてきて本当に大丈夫だったの?」
「大丈夫大丈夫。上の許可も取ってるから問題無しよ。それに私ももうすぐドイツ所属になる予定だしね」
「いや、この船、日本に向かってるんだけど」
「だから姫の騎士として、悪い虫がつかないようにお見送りをしてるんじゃん」
惣流・アスカ・ラングレーの騎士を自称し、不敵な笑みを浮かべる少女の名はマリ・イラストリアス。
「どうせならマリも一緒にNERV本部へくればいいのに。真希波博士に頼んだらなんとかなりそうじゃない?」
「おや。お姫様。ひょっとしてあたしと離れ離れになるのが寂しいのかにゃ」
「違うわよ馬鹿!!」
微かなの羞恥を含んだ年頃の少女の声が、艦内に鳴り響く。
「あんたがドイツに配属されても、あたしがNERV本部に配属されるんだから会えなくなるでしょ!」
惣流・アスカ・ラングレーの言葉に、マリ・イラストリアスは片手を顎に添えて考え込むポーズをとる。
「ん~?それってやっぱ寂しいってことじゃん」
「もう!仕方ないからそういう事にしておいてあげるわよ」
惣流・アスカ・ラングレーは不満そうに頬を膨らませて顔を背けた。
そんな少女に、マリ・イラストリアスは幼い子供でも見守るような優し気な顔で微笑んだ。
「けどあんたってほんと真希波博士に似てるわよね。マリって名前も一緒だし」
「遠縁みたいなものよ。つまり私の胸も将来あのでかさになるって約束されてるんだにゃ~」
惣流・アスカ・ラングレーはちらりと、マリ・イラストリアスの胸に視線を向けた後、自分の胸を見下ろし、憮然とした表情を浮かべる。
「女は胸の大きさじゃないわ」
「それは姫の言う通り。けど私は胸の大きなイイ女になるんだにゃ」
「わ、私だってまだまだこれからよ!」
既に自身と差をつけているというのに、まだ大きさを求めるマリ・イラストリアスに思わず惣流・アスカ・ラングレーの本音が漏れた。
その言葉を聞いた、マリ・イラストリアスはニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべてる。
「姫~?女は胸の大きさじゃないんじゃなかったかにゃ」
「そ、そうよ」
「そんなに大きくなりたいなら、あたしが毎日揉んであげよっか?その為に本部に異動願いだすのもありかにゃ」
マリ・イラストリアスは言葉とともに、左手の指を巧みに動かし何かを揉みしだくジェスチャーをする。
言葉を向けられた方は、指の動きを怪訝な顔で見るが、直ぐに何を意味しているかを理解し顔を真っ赤にして叫ぶ。
「やだ、なに言ってんのあんた!馬鹿!変態!!エッチ!!!」
「う~ん、それは私にとっては最高の誉め言葉にゃ」
罵倒を投げつけられたマリ・イラストリアスは涼しい顔で受け流す。
一瞬の沈黙の後、2人は目を合わせると静かに笑いあう。
「緊張は解けたかにゃ?」
「お陰様でね。それじゃ行きましょ!まずは先手必勝、初対面で圧倒しないと駄目よね」
「姫、戦闘じゃないなだから」
「何言ってんのよ。これはチルドレン同士の戦いよ!」
「どうどう、仲間。仲間よ、姫。一緒に使徒と戦う仲間」
賑やかな2人の少女の声は段々と遠く、小さくなっていく。
微かな光に照らされる弐号機は何事も無かったように横たわっている。