碇シンジの目には、惣流・アスカ・ラングレーがL.C.L.に満たされたプールへ投げ出される様がスローモーションの様に映った。
その姿が、初めて初号機を目にしたあの日、L.C.L.のプールに落ちていく淡島カイと重なった。
「惣流さんっ!!」
碇シンジは反射的に、L.C.L.に満たされたプールの手すりを片手で掴みつつ、もう片手で上空へ投げ出された惣流・アスカ・ラングレーの手首を掴んだ。
あの日は間に合わなかった手が今度は間に合ったこと、惣流・アスカ・ラングレーの手首の細さに思わず目を見開いた。
2人はすぐ重力に従ってプールの壁面に叩きつけられることになる。
「っくう……」
「アンタ、どうして……」
先ほどまで互いに険悪な空気を漂わせていたにも関わらず、ほぼノータイムで自分を助けようとした碇シンジに、惣流・アスカ・ラングレーは狼狽えるように問いかけた。
碇シンジはその問いかけに答える事無く、額に脂汗を滲ませながらも片手で支えている惣流・アスカ・ラングレーをなんとか引き上げようとする。
「うる……さいな……今は……上に上がることだけ……考え……」
「ごめん、そうよね」
碇シンジの言葉に、惣流・アスカ・ラングレーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも素直に謝罪の言葉を口にすると、自身も碇シンジに掴まれていない方の手や足をプールの壁面にかける。
「よし……行くよ」
「いつでもいいわよ」
「せぇーの!」
掛け声とともに碇シンジは惣流・アスカ・ラングレーを引き上げ、惣流・アスカ・ラングレーはプールの縁を目指して、碇シンジに握られていない方の腕を伸ばす。
「と……どいたぁ!」
惣流・アスカ・ラングレーは碇シンジに支えられた腕をプールの縁を掴んだ腕を頼りに、何とか甲板に上がると、碇シンジと2人で甲板に仰向けに転がり、乱れた呼吸を整えようとすうる。
「た、助かったわ」
「いや、その……さっきはごめん」
「アタシもごめん。カッっとなって言い過ぎ……っ!!!何よアレ!」
2人が謝罪の言葉を口にした瞬間、輸送艦のプールを覆う天幕がはためき捲れあがると、白と赤の針のようなものがついた白い球体が視界に入った。
惣流・アスカ・ラングレーは突如現れた物体に思わず悲鳴をあげそうになったが、すんでのところで声を押し殺した。
白い球体についている目のようなものが、何かを探しているかのように球体の表面を忙しなく動いている。
「使徒……じゃないかな。ミサトさんと連絡を取らないと!」
碇シンジは、白い球体が第5の使徒についていた仮面のようなモノと似ていることから使徒と推察する。
その頭の中では「すぐに逃げないと」と叫ぶ感情と「ヘタに動いて刺激しちゃいけない」と考える冷静な思考が鬩ぎあっており、いつでも動けるよう床に手をつき、腰を少し浮かせる。
白い球体の表面を忙しなく動いていた目が止まると、振り子運動をするように白い球体が輸送艦から離れるが、代わりに先ほどよりも大きな黒い球体が輸送艦の真上にくる。
その全容は、鉄筋の様な無数の棒で構成されており、振り子の様な胴体を、二本の柱のような足が支えていた。
「水飲み鳥みたいだ……」
碇シンジは、使徒の形状とその動きに玩具の水飲み鳥を思い浮かべた。
一方水飲み鳥と呼ばれた使徒は、輸送艦に興味を無くしたのか別の艦に向かって移動を始める。
「チャンスよ、アスカ」
使徒が視界から消えた事を確認した惣流・アスカ・ラングレーは、気合を入れるように自身の頬を両手で叩くと立ち上がった。
そして目の前の二号機を見上げる。
「チャンスって何がさ」
「決まってるじゃない。あたしが弐号機と戦果を挙げるチャンスってことよ!」
「だ、ダメだよ!まずはミサトさんに連絡を取らないと!」
「何言ってるのよ!ミサトだったらいいって言うわよ!それにエヴァの中から連絡した方が効率的でしょ。さ、行くわよ」
腰に手を当て仁王立ちになった惣流・アスカ・ラングレーは、当然のことのように碇シンジにそう言い放つ。
一方、碇シンジは惣流・アスカ・ラングレーの言葉に鳩が豆鉄砲でも食らったように目を丸くする。
「え、行くってどこに?」
「弐号機に決まってるでしょ!」
「僕も乗るの!?無理だよ!」
「なに言ってんのよ!アンタだって初出撃は突発的だったし、フォースと一緒に乗ったんでしょ!あたしがチルドレンの先輩として華麗な操縦を間近で見せてあげようっていうのよ!何か文句ある!?」
「そんな無茶な……」
碇シンジは、目の間で仁王立ちになって捲し立てる惣流・アスカ・ラングレーの言葉に呆れたような言葉を漏らしてしまう。
エヴァンゲリオンの2人乗りについては、周囲の大人たちの反応から淡島カイの特異性と理解していた。
そのため、惣流・アスカ・ラングレーの言葉通りに自分が同乗しても、第6の使徒戦の際に鈴原トウジや相田ケンスケを初号機のエントリープラグに回収した時のように、シンクロ率を下げる等、異物として邪魔になるだけだと思っていた。
しかし、ここで惣流・アスカ・ラングレーに「淡島カイが特別」と説明しても、先ほどのように激高するだけだという事も想像に難くなかった。
「ミサトさんが降りろっていったら降りるからね。それでもいいならいいよ」
「何よミサトミサトって。ミサトがいないと何もできないわけ?」
「今はそういう話しをしてるんじゃないだろ。それでいいなら僕も一緒に乗るよ。君の天才的なエヴァの操縦技術を見せてくれるんでしょ、先輩」
「ふんっ、それでいいわよ」
碇シンジはこの場を収めるために条件付きで了承をする。
呆れたように惣流・アスカ・ラングレーを見上げると、その表情に怯えの色は無いが、腰に当てた少女の手が少し震えていることに気が付いた。
そこでようやく碇シンジは、惣流・アスカ・ラングレーにとってはこれが初めての実戦となることを改めて認識し、いざという時は自分が経験者として何とかしなければいけないと気を引き締める。
それが、可愛い女の子にいい所を見せたいという自分の少年心に、碇シンジはまだ気が付いていなかった。
碇シンジは、惣流・アスカ・ラングレーに渡された女性用のプラグスーツを見て、早くも自分の決断を後悔していた。
「ねえ、やっぱこれ着なきゃだめ?」
「はぁ?そんなの当たり前でしょ。なんで自分の持ってきてないのよ。インターフェイスも持ってきてないだなんて信じられない。せめてプラグスーツは着てもらうわよ」
仕切られたカーテンの向こうでは惣流・アスカ・ラングレーが「チルドレンとしての自覚が足りない」とか「なんでこんなのが」等々ブツブツと文句を言いながら、プラグスーツに着替えている。
碇シンジはもう一度手にした赤いプラグスーツを見る。
胸部にはカップが2つ、自分には必要が無いものが付いている。
そして股の部分には自分に必要なカップが付いていない。
視覚での確認を終えた碇シンジは、今度は最後の確認とばかりに自分の手をプラグスーツの中に突っ込み、本当に自分に必要なカップがついていないか探ってみる。
やはり無いものは無かった。
いらないものは付いているのに、必要なものが付いていないプラグースーツに思わず溜息が零れる。
「サード、着替え終わった?」
カーテンが勢いよく開けられると、そこには碇シンジが手にしているものと同タイプの赤いプラグスーツを身にまとった惣流・アスカ・ラングレーが立っていた。
「ちょっと!まだ着替えてないじゃない!ひょっとして一人じゃ着替えられないとか言わないわよね?」
「そんなわけないだろ!僕がいつも着てるものと違うから戸惑ってただけだよ。すぐに着替えるから先に行ってて」
「っそ、早く来てよね」
碇シンジは、足早に弐号機の元へ向かう惣流・アスカ・ラングレーを見送ると、最後にもう一度手にした女性用のプラグスーツを見て溜息を吐くと、着ている服を全て脱ぎ、プラグスーツを身に纏う。
そして、目を瞑ったままプラグスーツの左手首のスイッチを押下した。
プラグスーツが碇シンジの身体にフィットするように収縮する。
「うぅ……なんでこんな事に……」
感じるのは胸と股間の違和感。
胸にあたるカップの感触、そして股間は男性器の存在が強調されてしまっている。
この姿で同年代の少女の前に出ていかなければいけないという事に、思わず耳まで赤くなり、自身の下腹部に熱が集まるのを感じた。
「考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ」
碇シンジは思わず反応しそうになる自分自身に、目をぎゅっと瞑り一心に「考えちゃ駄目だ」と口にした。
「ちょっと!まだなの!?」
そんな碇シンジの状況がわからない惣流・アスカ・ラングレーの声に、碇シンジは諦めたように再び溜息を吐き、返事をする。
「今いくよ!!」
弐号機の元へ向かう碇シンジの姿は、若干内股になっており、その両手はそっと自身の股間に添えられていた。
「はぁ……こんな姿、絶対カイに見せられないよ」
碇シンジは本日何度目かになる溜息を吐いた。