鼓膜を震わせる破裂音と共に、零号機の胸部に赤い棒状のモノが生える。
その先端は鋭く、零号機の体液に濡れてぬらりとした輝きを放っていた。
一瞬の後、綾波レイと淡島カイの苦痛に満ちた悲鳴がコントロールルームに響いた。
拘束された零号機は激しく首を振り拘束具から逃れようとするが、手足に打ち込まれたHeilige Lanzeと胸部に打ち込まれたHeilige Lanzeにより固定され、拘束具から逃れることは出来なかった。
「Heilige Lanze、起動。ファーストチルドレン、フォースチルドレンへの汚染開始」
感情を押し殺したオペレーターの声が淡々と状況を告げる。
真希波マリは真剣な眼差しでコントロールルームの計器を見つめていた。
「Heilige Lanzeの干渉でパイロットが処理されれば零号機の覚醒は防げる。計器の異常に注意して、零号機若しくはパイロットが抵抗するようであればHeilige Lanzeの出力をあげなさい」
「真希波博士!」
「何ですか、赤木博士。いかなる犠牲を払おうとも零号機の覚醒は防がなければならない。違いますか?」
「……状況の変化に注意して。何かあればすぐに報告を」
赤木リツコは真希波マリの突きつけた現実に答えることなく、オペレーター達に指示を飛ばした。
■■■
背中から胸にかけて、熱した棒を突き刺したような痛みが走り、限界まで開いた口から悲鳴が零れ続ける。
あ、俺ってこんな声でるんだと思ったのも一瞬、痛みは全身に感染していく。
零号機のナカに潜むヤツに食われる恐怖、嫌悪は全て全て、胸を貫く痛みに塗りつぶされていた。
わけわからんのに食われて死ヌよりマしかナ……。
全てを諦めて、明滅する視界が苦しくて、目を閉じようとした時、俺と同じように悲鳴を上げて髪を振り乱しているレイが視界に入る。
レイが……!!!
まも、守らなきゃ。
こんなところで、死んじゃダメだ。
同じでも、違うんだ。
替わりなんていないんだ。
生きてくれ。
生キテ、シンジと。
苦痛に苛まれながらも這うように前席のレイの所に移動する。
レイもインテリアのカバーを外していたのか、インテリアの上に浮いていた。
手を伸ばして、痛みに暴れるレイの身体を抱きしめる。
「レ、レイ……レイ!!シ……ないでくれ、替わり……なんて、いないんだ!!!」
くそ!
畜生、俺は、俺はフィードバックを代わりに受けれるんじゃないのかよ!
死にたがりの俺はもういいから。
ここで終わっていいから。
俺にも笑いかけてくれたレイを、俺の事をカイと呼んでくれたレイを……失いたくないんだ。
■■■
綾波レイを苛む、全身を切り裂き、焼くような痛みは波を退くように消え去った。
目を開くと視界に映るのは、自分の身体に力なくもたれ掛る淡島カイ。
エントリープラグ内は異常を示す警告が表示され、警告音も鳴り響いている。
プラグ内の表示と、スピーカーから漏れ聞こえるコントロールルーム内の会話から、綾波レイは自分のシンクロが切れていることと、淡島カイがHeilige Lanzeというモノに殺される事を理解した。
「カイ」
淡島カイの頬に顔を添えて呼びかけるが、微かな痙攣を繰り返すだけで返事は無い。
「カイ、死んではダメ。碇君が悲しむわ」
脳裏に浮かんだのは、病室のベットで横たわる淡島カイと、その手を弱々しく握る碇シンジの姿。
淡島カイが死ねば、碇シンジは悲しむだろうことは想像に難くなかった。
では、綾波レイ自身はどうか、という思いに至った。
淡島カイが死に、永遠に失われた時に綾波レイは悲しむことはあるだろうか。
綾波レイという、自身という個体は幾らでも替えの効く綾波レイの中の1人である事を知りながら、代わりなんてどこにもいないと口にした淡島カイ。
淡島カイの心臓の音を聞いた。
胸に染み込むような暖かな鼓動。
今、目の前の淡島カイの鼓動は弱々しく、今にも消えそうだった。
息を呑む。
結果を考えれば、考えるほど胸に締め付けるような苦しみが広がる。
眼球が熱くなり、涙腺を通り何か熱く暖かいものがL.C.L.に溶けていく。
それは、涙。
「死んでは、ダメ。居なくなっては、ダメ。それは、嫌」
力なく震える淡島カイの身体をきつく抱きしめる。
エントリープラグの底、その先を見つめる。
「私と貴方は同じモノ。けれど私は、貴方じゃない」
力に腕を籠める。
淡島カイの弱々しい鼓動。
ただ、ソレを失いたくなかった。
「貴方にカイは渡さない。誰にもカイは殺させない。私が、守る」
淡島カイの背中、心臓の裏にあたる場所を守るようにその掌で覆う。
目を瞑り、一呼吸。
為すべきことに迷いわなかった。
目を開き、淡島カイを喰らおうとするソレと、零号機の血に塗れたHeilige Lanzeを睨む。
「同じだから、私にも出来る。私は……私が……!」
淡島カイを守るように、綾波レイの手の甲の上にオレンジ色の輝きが生まれ、二人を包んだ。
■■■
「零号機内部にA.T.フィールド発生を確認。Heilige Lanzeによるフォースチルドレンへの汚染が遮断されました」
「ファーストチルドレンのシンクロは切断は継続中、零号機から再シンクロを試行していますが全て失敗」
「エントリープラグ内に発生したA.T.フィールドによりフォースチルドレンのシンクロ切断されました」
「光輪現象沈静化。零号機、完全に停止しました」
コントロールルームは連続する異常事態に混沌としていた。
Heiliger NagelとHeilige Lanze。
その両者が齎す苦痛は淡島カイの許容量を超えていたのか、そのフィードバックは綾波レイも受けていた。
しかしその後、淡島カイが綾波レイを抱きしめた後、綾波レイのシンクロが切断され、分担されていたフィードバックは全て淡島カイが受けることとなった。
シンクロ切断により綾波レイの生存は期待されたが、淡島カイの生存は誰もが諦めていた。
その中で引き起こされたエントリープラグ内でのA.T.フィールド発生。
「ふ、ふふふ、は、はっはははは!そうか、そう来たか!」
それはとても愉快そうな笑い声。
小さな子供が新しい玩具を見つけたような喜びに満ちた笑み。
「いや、確かにシンクロが切断されていてはHeilige Lanzeはチルドレンに干渉出来ない。これは一本取られた。わかっててやった?いや、無意識か、結果的にそうなったのか……」
ブツブツと呟きながらも、その指は止まることなく自身の端末のキーを打ち続ける。
「救護班を急いで向かわせなさい」
「はい、先輩」
「零号機同乗試験は極秘とします。真希波博士も宜しいですね」
「構わないとも。しかし、Heiliger NagelとHeilige Lanzeのデータは提出してもらうよ」
「それは……わかりました」
赤木リツコは一瞬、回答に言い淀んだものの、ここで断っても碇ゲンドウ経由でデータを手にいれると判断し、その要求を受け入れた。
「ああ、一つ忠告しておこう。零号機は封印した方が良い。丁度弐号機が日本に向かってるし戦力的にも問題ないでしょ。それじゃ私は失礼するよ」
真希波マリは言うべきことは言ったとばかりに手をヒラヒラを振りながらコントロールルームから退室した。
「Heiliger Nagel停止を確認……Heilige Lanze停止を確認」
「零号機冷却開始」
「エントリープラグ、正常に排出」
「Heiliger Nagel、Heilige Lanze格納完了」
コントロールルームにはオペレーター達により忙しなく作業が進められていく。
険しい目つきでモニターを睨む赤木リツコは、固く唇を噛みしめ、爪が食い込むほどに強く拳を握りしめていた。