葛城ミサトは盗聴器と双眼鏡で碇シンジと惣流・アスカ・ラングレーの動向を監視していた。
最初の頃は「あら微笑ましい、青春ねぇ」と思っていたものの、「帰ってきたら続きをしよう」という碇シンジの言葉に一瞬理性が吹き飛びかけた。
「続きなんてさせるわけないでしょ!」
「どうどう、落ち着け落ち着け。」
残った理性を総動員して、監視中に怒鳴るという失態は防いだものの、慌てた加持リョウジに羽交い絞めにされてしまう。
「ちょっと!離しなさいよ!!」
「葛城が落ち着いたらな」
「これが落ち着いてられるかってのよ!」
碇シンジ達から離れた場所にいるとはいえ、彼らに気が付かれない様に小声で会話しているため、必然的に互いの顔を寄せ合う事になる。
背中に感じる硬い胸板とその体温。
鼻孔を微かに擽る煙草の香りは、かつての記憶を想起させ、思わず怯んでしまう。
勿論、加持リョウジはその一瞬の隙を逃すはずも無く。
仄かに赤みを帯びた耳たぶに唇を寄せる。
「淡島カイ、彼は何者だ」
「……それを言ったら渚副司令こそ何者って話よ」
囁かれた言葉は、葛城ミサトの微かな期待を秘めた熱は一瞬に冷ました。
「ハハッ。渚副司令の経歴は綺麗なものだろ」
「綺麗すぎて疑ってくださいっていってるようなものじゃない」
「君のところのファーストと同じだな」
「それ、どういう意味よ」
「さて……ね」
加持リョウジは疑問に答えることなかった。
いつの間にか緩められていた加持リョウジの腕は、まるで恋人にするかのように、その指を葛城ミサトの指に絡めていた。
「ちょっと。何してんのよ。」
「見られてるぞ。」
「何に」とは言わなかったが、その言葉に合わせるように、絡められた指をそっと握り返す。
「それで、この手はなにかしら」
「いや~、そろそろよりでも戻す気になっていないかなと」
「何それ、本気で言ってるの」
にこやかに返したもののその心中は穏やかではなく、掌に収まった加持の指を強く握りしめる。
かなり力を籠めているはずだが加持リョウジは顔色を変える事無く、葛城ミサトの肩口に顔を埋めた。
「勿論。あの時はお互い子供だったからな。今なら大人の付き合いができると思わないか?」
「大人の付き合い……ね」
「不満か?あの時、葛城に言われるまま別れたこと、後悔してるんだ」
監視を欺くためにぼかして表現しているものとばかり思っていた葛城ミサトは思わず目を見開く。
「そ、それは……」
「他に好きな人が出来たって嘘だったんだろ」
「気がついてたの?」
「なんとなくな」
細かく震える葛城ミサトの身体をそっと抱きしめる。
「……恐かったの」
心の内を絞り出すように言葉が吐き出される。
「あたしは加持君に……男に対して父親のことを重ねてた。ずっと憎んでいた父に、セカンドインパクトのあの日に助けてくれた父の姿を追い求めていたことが……恐かったの」
「そうか」
「加持君を利用してたんだって気が付いたのよ。あたしの心の穴を、父を失った穴を埋めるためだけに。だから逃げたの」
「……そうか」
加持リョウジは、ただ受け入れるかのように同じ言葉で答える。
吐いた弱音は受け止められ、その心は絡み取られていく。
「自分の心から目を背けて、加持君から、父を追い求める自分から、逃げて、逃げ続けて。最後には父を殺した使徒への復讐を理由にして全部誤魔化して来たのよ」
「誰だって強く生き続けられるわけじゃないさ。勿論、俺だって同じだ。」
葛城ミサトはセカンドインパクトにより心に傷を負った。
加持リョウジは、セカンドインパクトにより変わってしまった世界で心に傷を負っている。
「セカンドインパクトで両親を亡くして、俺と弟は施設に入れられた。それまで親がいて、家があって、普通に暮らしてたガキにとっては耐えられなくてな、弟や施設で仲良くなった連中と逃げ出したんだ。今思うと、混乱した世界で居場所があるだけで有難かったんだろうな。廃ビルを拠点にして食い物を盗んだりしてなんとか生き繋いでいた」
少しの沈黙と小さな溜息。
「ある日俺がドジを踏んでな、軍の倉庫に盗みに入った時に捕まったんだ。まぁ……色々あってな、俺は我が身可愛さのあまり拠点の場所をあっさり吐いちまったんだ。なんとか逃げ出して戻った時にはみんな軍の連中に殺されてた」
加持リョウジは、震える手を誤魔化すように葛城ミサトの身体を強く抱きしめ、その首筋に顔を埋めた。
「今でも、血の海に沈んだ穴だらけの弟と仲間が俺を責める夢を見る。ああ、俺が自分の命と引き換えに殺したようなものだからな」
「そんな……」
「セカンドインパクトを憎んで、何もかもセカンドインパクトのせいにして生きていた。そんな時に葛城と出逢って救われたんだ。お前と一緒に眠る夜は悪夢を見なかった。自分達を殺して生き続けるのかと責める弟の夢から逃げられた。だから、別れを切り出された時は、そんな俺を見透かされたのかと思って平気なふりをして受け入れて、逃げたんだ。」
きつく締めていた腕が緩められていく。
その震えはもう止まっていた。
「幻滅したか?」
「馬鹿にしないで。」
「そりゃ良かった。だからさ、俺も同じだよ。そんなことでお前に幻滅したりなんかしない。ま、急に言われても困るよな、返事は今じゃなくてもいいから考えておいてくれよ」
「え?ちょっと!」
それまでの触れていた熱があっさりと離れて、霧散していく。
「時間切れだ。子供達が戻る前に戻らんとな。」
先に行くぞ~、と歩き出すその背中を慌てて追いかける。
「期待したあたしが馬鹿だったわ。よーく考えさせていただきます」
「ハハ、頼むよ。期待して待ってる」
「馬鹿!」
かつては覆い隠し、触れなかった互いの傷を曝け出した葛城ミサトと加持リョウジ。
それは怯えながらも寄り添おうとする2人を傷つける棘となることは無かった。
答えを出すことはできなかったが、心なしか軽い足音が夜の街に響いていく。