ひめみこ   作:転々々

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通夜のあと

 親族控え室に戻ると、食事が始まっていた。

 祖父が亡くなったときは大往生だった上、故人の希望で半ば宴会の様になっていたが、今回は表面上だけは沈鬱な空気だ。

 否、全体的には沈鬱な空気で、本来は一番落ち込んでいなくてはならないメンバーが周りに合わせて取り繕っている。

 もっとも、それを見抜けるのは、事情を知っている者だけだ。

 

 多分、自分が子どもを喪ったとしたら、この場には全く現実感を持てないだろう。ワケが分からないうちに通り過ぎて行くだけだ。

 人は、落ち込むことが出来るだけの余力があって初めて落ち込める。それを知っているから、家族があまりにも淡々としていることについて、誰も何も言わないのだ。

 

 時計は午後十時を回り、子ども達は眠っている。渚と私は子ども達を連れて先に帰宅した。何故か篤志家族もついてきた。

 篤志曰く「斎場で出るビールの銘柄が気に入らない」だが、実際はポロリと本当のことを漏らしてしまうことを恐れているに違いない。

 

 

 

 篤志の奥さんと娘が風呂に入る間、私と渚、篤志、沙耶香さんの四人がリビングでお茶の時間となった。もっとも、篤志はビール、沙耶香さんは冷酒だ。ホテルまでどうやって帰るつもりだろう? つーか、そのビールも冷酒も『私』のなんだけど……。

 

「俺の周りは兄貴、いや、昌の話題で持ちきりだったぞ。紹介してくれって言う馬鹿までいた。三十過ぎてロリコンばっかだ。

 ま、美人は美人だがな」

 

「初めて、この美貌を認める発言をしたね」

 

 私が言うと、篤志はバツが悪そうに頭を掻いた。

 

「それを言っていいものか、迷ってたんだよ。

『兄貴』は、姉さんの友達に『可愛い』って言われるの、嫌がってたからな」

 

「そりゃ、男としては『可愛い』って言われるのは嬉しいことじゃないよ」

 

「今はそうでもない? ってことは……」

 

「誉め言葉として受け取らなきゃならない、とは思ってる」

 

 そう応えたものの、その抵抗感がやや減ってきているのも事実だ。まだ十日ほどなのに、性自認が徐々に変わりつつあるのだろうか?

 今日のトイレでの一件もある。あれに比べれば、可愛いと評価される程度は流せるようになったのだろう。

 それに、客観的には至極正当な評価だ。うん、論理的に考えて、受け容れることにしたんだ。

 

 篤志の周りでは、私の出自に関する噂話は無かったのだろうか? まぁ、男は身の上話よりも身の下話の方が好きだし、そういった琴線に触れる微妙な話題は、少なくとも公的な場では避けるか。いや、篤志が気を遣ってあえて言わなかったという線もあるかな。

 

 思考を巡らせていると、篤志のスマホから着信音。

 

「お、娘が風呂から上がるようだから、俺は行くぞ。どうする? 次は誰が入るんだ?」

 

「私はこっちでシャワー浴びるから、離れの風呂をそのまま使ってくれればいいよ。渚、じゃなかった、お母さんはどうする?」

 

「お風呂沸いてる?」

 

「母屋のを沸かしとくよ。

 篤志――叔父様は離れの風呂をそのままにしといて。父さ……、お祖父ちゃんたちが帰ってきたら追い炊きして入るだろうから」

 

「おう、サンキュー。こういうとき二世帯住宅ってのは便利だな」

 

 お風呂についてはその通りだけど、食事も別々だから共働き世帯は結構大変なんだよね。

 

 

 

 シャワーを浴びて戻ると、リビングでは沙耶香さんが一人、所在無げに冷酒を飲んでいた。

 

「今日は、辛い思い、させちゃったわね。控え室にも化粧室があったのに……、強引にでもそっちに連れて行くべきだったわ」

 

「あんなことを聞かされるとは思いませんでした。

 でも、周囲は私と家族をそんな風に見てるんですね」

 

 トイレでのことを思い出す。渚には聞かせられない内容だった。多分、一生心の中に仕舞っておくことになるだろう。

 

「人の醜い部分を見せられたわね。あなたは妬まれてるのよ」

 

「こんな私を、羨ましいと?」

 

「そうよ」

 

「好きでこうなったわけじゃないのに……。あ、でもお金のことは助かってます」

 

「嫌な言い方になるけど、貴女ぐらいの美貌か資産、この一方でもあれば人生違ってたかも、って思う人は少なくないのよ」

 

 確かにそうかも知れない。『遺産』と称した月五十万は羨望するに足る。

 

 

 

「沙耶香さんは、どうなさいます? ホテルに戻るならタクシー呼びますけど」

 

「今更戻るのも面倒くさいし、泊めて頂こうかしら。奥様の後でお風呂、頂けますか?」

 

「構いませんよ。客間に布団を準備しておきますね」

 

「今夜は、私が添い寝、して上げましょうか?」

 

「それは遠慮しときます。私は暑がりですから。それに……」

 

「それに?」

 

「嫁がヤキモチを妬きます」

 

「お熱いことで」

 

 沙耶香さんは苦笑していた。

 

「そんなことより、お腹すきませんか? つまみ無しで冷酒なんて、体に悪いですよ」

 

「何か食べるものあるかしら?」

 

 私は冷蔵庫を開けて中を確認した。常備菜は無し。食材も微妙。通夜の段取りで買い物に行きそびれたからな。

 うーん。これで出来そうなのは雑炊かな。

 

「雑炊作りますけど、沙耶香さん、食べます?」

 

「頂くわ」

 

 昆布で出汁を取りつつ、別鍋で鶏の皮と胸肉から取った出汁にレンジで温めた冷や飯と、刻んだ葱・人参・椎茸を放り込む。

 昆布を引き上げたら粉末の出汁を入れ、酒・塩・味醂・醤油で味を付ける。

 最後に鰹節からさっと出汁を取って鍋を合わせたら、鶏卵を割り入れて完成! ちょっぴり生姜を効かせるのがポイントだ。

 

 沙耶香さんは一口食べるや「良いお嫁さんになれるわよ」と微妙に嬉しくない誉め言葉をくれた。これぐらい、男でもやる。むしろ味に対する拘り、と言うより執着は、男の方が強いかも知れない。

 

 私も雑炊にワサビを少し足して食べる。辛い。ワサビを入れすぎたか?

 そうこうしていると、渚が風呂から上がってきた。一応、軽く一杯分は残っている。「ラッキー! お腹すいてたの」と、渚もやや冷めた雑炊を食べ始めた。

 

「昌幸さ……、じゃなくて、昌って見かけによらず料理上手いでしょ」

 

「そうね、でも今なら見かけによらないってことはないでしょ。

 昌ちゃんを私のお嫁さんにくれない?」

 

「ダメです。あげません。私の娘ですから」

 

 ここからガールズトークが始まった。

 

 

 

 どうにも、割り込めない。自分もこんな風にしゃべれないといけないのだろうか? と、もう日付が替わりそうだ。

 

「どっちにしても、そろそろ寝ないと」

 

 なんとか割り込んでコレ。女として生きるのは大変そうだ。

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