ひめみこ   作:転々々

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編入 二

「沙耶香さん、凄いですね」

 

 後部座席に呼びかけた。

 

「何が?」

 

「交渉術というか、話の持ってきかた」

 

「貴女の場合は、材料が揃っていたもの。

 それに、認めさせておきたいこともあったし、なるべく貴女の負担は減らしておきたかったから」

 

「でも、あれだと私がちょっと変な子、と言うか、残念な子じゃないですか」

 

「ウソは言ってないわよ。誘導と脚色はしたけど」

 

「まぁ、そうですけど。ちょっと大袈裟じゃなかったですか?」

 

「演出よ」

 

 

 

 会議室でのやりとりを思い出す。

 

 曰く、小畑 昌は入院中、外界と隔離されていた。

 この数年は、周囲に大人しかいない環境だったため、同世代との接し方を全く学んでいない。

 言葉遣いや考え方も同年代とはかけ離れている。

 女性としての自我が十分に育ってないため、自覚に欠けていて無防備である。『女の子らしさ』は(もっぱ)ら書籍や映像で学んでいるため、そのデフォルメされたモノを素で使ってしまうことがある。変に耳年増である。等々…。

 

 最後には、よく勉強している賢い子だけど、自分が女の子だってことを理解していないのではないか……とまで。

 

 自分の魅力に気付いてない美少女って、創作なら萌え要素だけど、現実だったらイタいだけだよ。

 

 

 

「実際のところ、入院以後に彼女が接点を持った未成年の女性と言えば、柔術のサークルで接している少女だけです。

 サークルは身体のリハビリよりも、女性としての社会性を身につけさせるために参加させたのですが、それでも年長の、割としっかりとしたもの分かりの良い子ばかりとしか接点がないのです。

 それがいきなり、同世代の雑多な少年少女達の中に入ることには、やはり心配があります」

 

 神子の合宿が柔術のサークルということになっている。実際、沙耶香さんからは柔術を学んでいるし、合宿で訓練もしているけど。

 

 

 

「この外見だから許せるけど、普通に女子がやったらイタいって、そんなことしてますか?」

 

「ときどきあるわね。かなり矯正したけど、一歩間違うと女子の半分ぐらいを敵に回すわよ」

 

 渚もウンウンと頷いている。私はそんなに変なことしてるのか? 相当に自重した行動を心がけないと。

 

「あと、私はそんなに無防備ですか? 結構ガードは堅いと思ってたんですけど」

 

「こないだ、制服の採寸に行ったときだけでも、幾つか気になることはあったわね。

 

 例えば、男性とすれ違ったとき、貴女の肩が相手の腕を掠めたことが何回かあったの。普通の女の子は男性とそういうすれ違い方はしないわね。

 まして、男性の間をすり抜けるなんて以ての外! 貴女の胸やお尻が当たってたわよ。

 そういうところが無防備だって言ってるの」

 

「でも、あのときはトイレに急いでたし」

 

「急ぐ急がないの問題じゃないわ。仮に急いでいたとしても、そういう行動が出ちゃうこと自体が問題なのよ。いくら他の部分でガードが堅くても、そういうところが隙だらけじゃ、ね」

 

「それは私も同感ね」

 

 え。渚まで。

 

「あなたが『昌幸』さんだった頃を思い出して欲しいの。

 そういう接触って、人生でそう多くなかったと思うわ」

 

 そう言えばそうだ。高校時代なんかは、そんなのはむしろ『ご褒美』で、しばらくはドキドキしたものだった。あのころは純情だったなぁ……って、問題が違うか。

 

「普段のあなたはきちんとしてるし、女性としてはお手本のような挙措もできてる。

 でも、たまに『昌幸』さんだったときの行動が出るの。それが、女性としては無防備というか、考えられない行動のことがあるのよ。

 私はそれが心配」

 

「本当は、こういうことは思春期に入る前から、そうね、遅くとも七,八歳ぐらいから身につけていくことなのよ。

 貴女はいきなりその歳から女を始めさせられたから、仕方が無いと言えばそうだけど。それでも身につけていかないと、後々辛い思いをするのは貴女なのよ」

 

 ステレオで注意された……。しかもサラウンドな感じで。ちょっと話を変えたいところだ。

 

 

 

「ところで、今日はウィッグ着けていきましたけど、話は通してなかったんですか?」

 

「それは、ある意味交渉術ね。

 いきなり見せて対応を迷っているうちに、それなりに筋の通った案を示す。あとは情理両面で押せばすんなり通るものよ。

 ハゲが脳筋に変なこと言わせてたけど」

 

「ハゲ?」

 

「染めるかウィッグ着ければって言ってたのが居たでしょ。あの斜め後ろのオヤジよ。そいつが脳筋に言わせてたのよ」

 

「そんな人いましたっけ?」

 

「ズラ被ってたの、気付かなかった?

 あれ絶対、髪がある者へのひがみね。

 もしあれ以上なにか言わせるようなら、こっちも黙ってなかったけど」

 

「なにを言う気だったんですか? まさか、ズラだってばらすんですか?」

 

「まぁ、そんなとこね。髪が無くなるのは辛いでしょ、ってズラを剥がしてあげようかと」

 

「そんなことしたら、私が学校行けなくなりますよ!」

 

「冗談よ」

 

「沙耶香さんが言うと、冗談に聞こえません」

 

「まぁ、オブラートに包んでズラのことをにおわせるだけよ。で、オブラートを一枚ずつ剥がしていくの。何枚目で折れるかしらね」

 

 ……沙耶香さんは怒らせないようにしよう。

 

「でも、言わされてた方は、脳筋とは限らないですよ。

 曲がりなりにも採用試験通ってるんだし。特に今の四十代は採用絞り込んでた時期と、不景気が重なってるから、結構優秀なのが集まってますよ」

 

「でもアレは論理的にも倫理的にもおかしな意見だったでしょ。

 あの程度の判断力しかないのか、年長者の指示だったら間違ってても盲目的に従うのか、どっちにしても脳筋よ。

 前者だったら勉強して変わる可能性はあるけど、後者だったら最悪ね。あの歳になっても体育会系のノリで仕事してるんじゃ、話にならないわ。

 それに比べたら、後からウィッグで登校って言った青びょうたんの方が遙かにまともね。見た目は頼りないけど」

 

 沙耶香さんが押し切りそうになったところで「登下校だけは黒髪のウィッグで」と言った職員がいた。見るからに気弱そうな外見の先生で、ヨレヨレの白衣を羽織ってたとこを見ると理科の先生だろう。沙耶香さんの『格』に冷や汗をかきながらも、それを主張してきたのだ。

 どうしても私の外見は目立つから、SNSなどを通じて外見が拡散することは避けられない。せめて登下校時は個人を特定されないために黒髪でと言ってきた。

 冷静に考えると真っ当な意見だけど、周囲りの教職員が変な空気の読み方をして、あまり支持に回らなかった。沙耶香さんがすんなり受け容れたから認めたと言ったところか……。

 

 

 

「青びょうたんは理屈先行型ね。だから、体育会系が幅を利かせる職場じゃ立場が弱いみたいだけど。それでも、生徒のために言うべきことを言えるんだから。道理もわきまえてるし、判断の優先順位はまあまあじゃない?」

 

「でも、現実問題として、組織の中で空気に反することを言うってのは、よっぽど実力がないと難しいですよ。ああいう人はむしろ例外的というか……」

 

「だから、ダメなのよ。

 仕事とか命令を言い訳にすれば、倫理観を曲げてもいいわけ?」

 

「……そりゃ、良くはないけど」

 

 それを言えるのは、沙耶香さんが仕事で実力を示していて、しかもいつ辞めても生活に困らないからであって、普通はそんなことなかなか出来ないよ……。

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