ひめみこ   作:転々々

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初日

 桜が満開だ。やっぱり、入学式には桜が合う。

 

 初めて自転車での登校になる。ただし通学だけは、ウィッグを着けて行く。外すのは教室に入るときだ。

 そうそう、ウィッグ以外に伊達眼鏡もしている。紫外線に気をつける必要があるという体裁なので、UVカットの素通しレンズだ。

 眼鏡は、禁止されている日焼け止めを認めさせるためだが、沙耶香さんの言い方は強烈だった。

 

「日焼け止めは肌を露出するオシャレのためで、本当に紫外線を気にするなら肌の露出を抑えた方が良いのは明らかです。

 しかし、学校指定の服だと肌を露出してしまいますし、つば広の帽子も使えません。

 次善の選択として、日焼け止めを使用させます」

 

 一旦、日焼け止めをオシャレのためと断じた上で、オシャレ目的ではなく、学校指定の服装をするためやむなく、という何とも反論しにくい言い方だ。

 学校としては、日焼け止め効果のついた化粧品とかに波及しかねないので禁止していたのだろう。これを通すためには、目も紫外線から守る必要があるのだ。

 

 半年あまり前の『私』は眼鏡をしていたので、それほどの違和感は無いが、他の神子達は案外忘れてしまうことが多いらしい。

 

 

 

 考えことをしながら、約束の時間に到着。今日は他の生徒より遅れての登校だ。

 

 既に始業式が始まっているため、廊下には誰もいない。私は指示されたとおり職員室で待機した。

 

 しばらくすると廊下がざわつき始める。どうやら式が終わったようだ。教職員も戻ってきたが、学級担任の先生は慌ただしく荷物をまとめ、教室に向かっていく。

 

 私は二年一組。担任は藤井 那智(なち)先生。三十ほどの女性だ。ぱっと見は『優しい音楽の先生』風だが、実際は数学を教えている。

 

「私は先に教室に行きます。宮川先生、頃合いを見て連れてきて下さい。

 小畑さんにはしばらく廊下で待ってもらいます。私が声をかけたら入って下さい。もちろん、ウィッグは無しでね」

 

「はい」

 

 私は年甲斐もなく緊張した。四半世紀ほど前にも通った途のはずなのに。

 

 校内が徐々に静かになって行く。どうやらホームルームが始まったようだ。

 私がウィッグを外すと周囲りからどよめきが出る。特に講師の何人かは職員会議で顔をあわせていないからか、珍しいものを見る目だ。

 

「それじゃ、ぼちぼち行こうか」

 

 宮川先生――二年一組の副担任兼学年主任――に声をかけられた。

 

 宮川先生に続いて廊下を歩く。各々の教室では担任の自己紹介をしている。

 

 あ、今は一学年四クラスしか無いんだ。私の頃は六クラスだったから、単純に三分の二に減ってる。クラスの規模も小さいからもっとか。

 

 変なところで少子化について思いを巡らしている間に教室の前にたどり着いた。何でこんなに緊張するんだろうか? (うつむ)く私を宮川先生はニコニコしながら見ている。

 教室からは藤井先生の声が漏れ聞こえる。

 

「……それでは、皆さんにも自己紹介して貰いますが、その前に、気になってることがありませんか?」

 

「その席!」

 

 男子生徒の胴間声が聞こえる。クラスにはこういうお調子者が必ずいる。でもこういう生徒がいた方が、クラスのノリがいいのも確かだ。

 

「男? 女?」

 

「女子に決まってるだろ、名字は『お』か『か』で始まる」

 

「なんで分かるんだよ」

 

「遠藤と川崎の間の席が空いてるからだよバーカ」

 

 どうやら、お調子者は二人いるようだ。

 

「先生! その女子かわいい?」

 

「はい、静かに。

 みんなの予想通り、女子生徒が新たに編入してきます。今、廊下で待ってもらっています」

 

 教室がどよめく。

 

「入ってもらう前に、知っていて欲しいことがあります。

 その子は、去年まで海外の病院で入院していました。とても大きな病気で、退院後も自宅療養が必要でした。

 この春からようやく学校に通えるようになったのですが、治療のせいで外見が私たちとはちょっと違います。

 

 それに、入院期間が長くて、何年も同じ年代の友達と過ごせませんでしたから、みんなと感性も違うかも知れません。

 でも、同じクラスの仲間として、暖かく迎えて下さい」

 

 さっきまでざわついていた教室が静かになった。

 なんか、凄いのを想像されてるような気がする。実物はそんなに凄くないから。

 

「それじゃ、小畑さん、入って下さい」

 

 私は深呼吸してから教室の戸を開けた。教室が少しざわつく。

 頭の中ではカルミナ・ブラーナの『おお、運命の女神よ』のイントロが鳴り響いている。我ながら大げさなことに、ちょっと笑みが出る。

 二歩目ぐらいで教室内が静まりかえった。視線が集中する。確かに日本の中学校でこの髪の色はインパクトあるに違いない。

 

 私は教卓の横まで来て一礼した。

 

「初めまして。小畑昌といいます。

 こんな色の髪と目ですけど、日本人です。

 よろしくお願いします」

 

 あれ? みんな無反応。

 テンプレだと、女子生徒からは愛でられ、男子生徒からは「つき合って下さい」のはずなのに。それとも藤井先生の前フリでハードルが上がりすぎたか?

 

 

 

「小畑さんは、見てのとおり髪が真っ白です。目の色も違います。これは治療の副作用だそうです。

 色素を作る力が弱いということなので、直射日光もよくありません。日焼け止めも必要です。

 勉強は入院中もしていたそうですが、それでも遅れているかも知れません。だから、出来るだけ助けて下さい。

 

 そして、一番大切なこと。

 小畑さんは海外で何年も入院していたので、同じ歳の友達が一人もいません。と言うより、同じ年頃の人が一人もいないところで何年も過ごしていました。

 ですから、僕たち私たちから見て、ちょっと違うって思うことがあるかもしれません。でも、そういう事情を理解して、迎え入れて下さい」

 

 藤井先生が私の方を見た。

 

「あ、改めて、よろしくお願いします」

 

 私はもう一度お辞儀をした。これ、外してないよね?

 

「じゃ、小畑さんはあの席ね」

 

 多分、外してないっぽい。私は一つだけ空いた席に座った。

 

 

 

 その後、自己紹介は淡々と進んだ。

 出席番号順に男子から進むが、男子は判で押したように私から目を逸らす。

 もしかして、いきなり避けられてる?

 まてよ、この美貌を直視できない可能性も。自分の魅力に気付かないで勘違いというパターンも定番だ。でも私は自分を客観的に見ることが出来るからその可能性も捨てない。

 いやいやいや、そういう風に考えてたら女子を敵に回す。初めは女子と友達にならないといけない。昨日の渚の言葉を思い出す。

 

「いい? あなたにとっては男子の方が話も合うだろうし、つきあい易いだろうけど、まずは女子と仲良くすること。男友達をつくるなとは言わないけど、まかり間違うと男子には勘違いされて、女子を敵に回して、っていう可能性もあるから」

 

 思考を巡らせていると、女子の自己紹介も――既に終わっている――私をとばして淡々と進む。

 何人かは憶えたけど、憶えきれない。多分、向こうはこっちを憶えているだろうなぁ。一年の時間差があるし、それにこの外見だ。

 

 

 

 その後、事務連絡も淡々と進み、あっという間に放課後。

 

 よし、ここからが勝負! 自己紹介第二ラウンドだ。

 と思ってたら、みんな部活があるのか、三々五々散って行く。残っているのは男子四人と女子六人。とりあえず、今は男子ではなく女子と接触しなきゃ。

 と、一人と目があった。

 

「あ、あのっ、松下 塔子さん、だったよね」

 

「そうだよ。ちゃんと、名前憶えてくれたんだ」

 

 ちょっと気が強そうな感じで、美人というわけじゃないけど、華のある雰囲気を纏っているから印象に残っていた。

 

 

 

 少し話した後、携帯の番号を交換することになった。一応、学校では使用禁止と言うことになってるけど、実際はこんなもんだ。

 私の場合は、神子として連絡を受けることもあるから、事前に持たせてもらってる。名目は、体調がすぐれないときの緊急連絡用だ。

 

 私が携帯を取り出すと、周りの女の子達は絶句する。

 

「ガラケーだよ! ありえなーい。しかもらくらくホン!」

 

 この携帯は『昌幸』だった頃からのものだ。

 仕事柄、頑丈さと防水性があり、受話音量を大きくできる必要がある、というわけでスマートでないホンだった。今の姿になってからも、どうせ通話とメールだけだからと変えてなかったのだ。

 

「あ、これは父の形見で……」

 

「形見?」

 

「えっと、私の両親は亡くなってて、今は腹違いの弟と妹と、亡くなった父のお嫁さんと暮らしていて……」

 

「マジ?」

 

 女の子たちはどん引きだ。

 

 継母だよ継母!

 ドラマみたーい!

 ありえなーい!

 

 心の声が聞こえたような気がする。いや、自分でもそう思うし。

 

「あの、家族構成はおいといて、電話番号を……」

 

 

 

 実は赤外線通信の仕方すら知らないので、コールして登録。

 初日から六人ゲットだ。幸先が良い。

 入浴前にみんなにメールで一言挨拶を送っておいた。

 

 でも、これがトラブルに繋がるとは……。

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