ひめみこ   作:転々々

60 / 88
第八章 合宿
夜の散歩


 蒸し暑い。

 まだ四月も後半に入ったばかりというのに。

 

 暑いせいか、子ども達もなかなか寝付いてくれなかった。

 この暑いのにくっついてくるからイライラするし、それを感じ取ってか子ども達がなかなか寝付かないので大変だ。

 

 寝付いた子ども達のタオルケットをなおし、ダイニングに戻る。冷たいものでも飲もうと冷蔵庫を開けたが、こんな日に限って品切れだ。

 冷凍庫のアイスクリームも以下同文。

 

「買いに行くか……」

 

 でもコンビニまで自転車で行くのもめんどくさいな……。よし!

 

 私は久しぶりにウィッグを着け、体型が出にくいデニムのワンピースを着ける。サングラスを持って『私』の車に乗り込んだ。

 

 ハンドルを握るのは何ヶ月ぶりだろうか。自然と笑みが出る。顔バレしないよう、隣の市のコンビニまで走る。

 

 

 

 コンビニでペットボトルのジュースとお菓子を幾つか。レジは気だるそうな顔をした四十代半ばの女性だ。誰何されることなく支払いを終え、車に乗り込んだ。

 

 せっかくだから少し遠回りをして帰ろう。

 少し欠け始めた月が煌々と照らす中、幌を開けて月光浴しつつ走る。

 

 オープンカーというと、髪がたなびくイメージがあるが、最近の車は風の巻き込みがほとんど無い。もっとも、巻き込む風は後ろから後頭部や背もたれに当たるよう吹くから、髪が後ろに、なんてことは有り得ない。

 意外に思われるかも知れないが、屋根を空けるよりも、屋根を閉めて窓だけ開けた方が、車内の空気はかき回されるのだ。

 

 ちなみに、どれぐらいの速度でヅラが飛ぶかという実験をした例もあるが、ディフレクターさえ立てていればそうそう飛ばない。某高級車であれば、二百キロオーバーでも頭髪が威厳を失うような事故は起こらないらしい。

 もちろん私はヘアピンで固定しているので心配無い。

 

 もう少し心地よいドライブを愉しみたいがそろそろ潮時だ。幌と窓を閉めて家路につく。

 と、電話が鳴った。(まず)いな。(なぎさ)が起きたのかな?

 

 車を停めて電話を見ると、沙耶香(さやか)さんだ。

 

「もしもし? こんな時間に何ですか?」

 

(あきら)ちゃん、できたら今から言うところに来てくれないかしら?」

 

「え? どこですか?」

 

 沙耶香さんが指定した場所は、ここから五キロほど後ろだ。家からは十キロ近く離れている。

 

「そんな遠くに今からですか? 一時間ぐらいかかりますよ」

 

「無理に、とは言わないわ。

 でも、あと一キロ少し先で、飲酒運転の検問やってるわよ。

 止められて職質されたら、ちょほいと大変よ」

 

 う、バレてる。何で……?

 

「五分で来られるわね」

 

「は、はひ」

 

 この声の方が、『格』より怖い……。

 

 

 

 指定された会館の駐車場に着くと、沙耶香さんが腕組みして立っていた。

 車から降りた私を認めると、沙耶香さんは無言のまま(きびす)を返して玄関に向かう。私も無言で後を追った。

 

 小会議室と札の付いた扉をくぐるとテーブルを挟んで椅子が八脚。

 

「座って」

 

 私が座ると、沙耶香さんが向かいに座った。

 

「変装しなきゃいけない、という程度の分別(ふんべつ)ははたらいたのね。

 無免許運転するなんて、貴女、いくつ?」

 

「……」

 

「中身は四十近いわよね」

 

「その歳の『私』は免許持ってます。ゴールドだから、失効してませんし」

 

「中学生でしょ!」

 

「だったら、四十の判断力を求めないでよ!」

 

「中学生が小学生でも、無免許運転の是非は判るでしょ!

 頭の中まで子どもになったの?」

 

「……」

 

「何か、言いたいこと、ある?」

 

「ありません」

 

「今日、貴女の追跡に何人動いたか、知ってる?」

 

 追跡? どういうことだろう?

 

「貴女のすることは貴女だけの問題じゃなく、『比売神子』の存在全体に関わる可能性があるのよ」

 

 私に興味を持った人間が、出自を調べれば……。

 公的記録が造られたものだと気づき、そこに何か秘匿すべきものがあると思われたら……。

『血の発現』に伴う変容にまで辿り着くことは無くとも、『神子』という立場に何らかの影響が出るかも知れない。

 

 沙耶香さんは私の表情を見て深呼吸をした。

 

「これ以上、この件については話す必要は無いでしょう。貴女なら危険性を理解できるでしょうから。

 でも、車はこちらで預からせて頂きます。

 理由は、言わなくても判るわね」

 

「はい」

 

 

 

「ところで、学校では孤立気味らしいわね」

 

「……」

 

「貴女は、周囲りを子どもだと思ってるでしょ。

 実際、知識も判断力も、比較にならないでしょうね。……今晩の一件を別にすれば。

 

 でも、そういう気持ちで周囲りを見ている限り、ずっとこのままよ。別に、見下しているわけじゃないでしょうけど、彼らなりに大切だと思っていることを、下らないと考えてるんじゃなくて?

 

 終わったことは変えられないし、貴女もすぐには変われない。

 でも、貴女はもっと学ぶべきね。少なくとも全員、女としては人生の先輩なんだから」

 

 

 

 私は沙耶香さんの車で家まで送られた。

 温くなったジュースを冷蔵庫にしまうと、涙が溢れてきた。

 

 沙耶香さんの言うのが正論だろうけどさ。

 でも、以前は当たり前にしてきたことも出来ず、かといって年少者として振る舞うこともできない。

 子ども扱いと大人扱いを都合良く使い分けられてる……。

 

 帰り道にカーラジオから聞こえた『アルハンブラ宮殿の思い出』が耳から離れない。

 

 

 

         ――同時刻 車内――

 

 

 

「はい。竹内です」

 

 

「はい、今、送り届けたところです。

 今後、こういうことは起こらないでしょう」

 

 

「変化、ですか?

 確かに変わりつつあります。やや不安定ですが」

 

 

「そうです」

 

 

「恐らく半年前、いえ、二ヶ月前までの彼女なら、今日のようなことはなかったと思います」

 

 

「仰るとおり、心が肉体の年齢に引かれているようです。その兆候は以前からありました」

 

 

「それは、判断が難しいです。

 今回は、学校で孤立しているストレスと、月経前症候群が重なったためでしょう」

 

 

「いえ、それが精神の女性化と言えるかは疑問です」

 

 

「はい。その件はもう少し時間がかかると考えます」

 

 

「はい。以前報告したとおり、理性が緩んだときにその側面が現れます」

 

 

「……あれで挑発に乗りやすいところもありますから」

 

 

「私見ですが、それはあまり良い方法とは思えません。

 やはり、『昌幸(まさゆき)』としての人格を尊重……」

 

 

「……はい。私もそう考えております」

 

 

「仰るとおりです。むしろ早いぐらいかと……」

 

 

「今のところその心配はありません。その心配が必要になれば、むしろ重畳(ちょうじょう)と言えるのでは?」

 

 

「はい。お任せ下さい」

 

 

「はい、分かりました」

 

 

 ……

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。