ひめみこ   作:転々々

64 / 88
穴二つ

 説明が終わり、工場見学が始まった。

 と言っても、組立工場は見てもあまり面白くない。やっぱり、溶接とか切削とか、火花が散る工程の方が造ってる感があるよね。

 

 班ごとに数珠つなぎに歩くのだが、髪の色が珍しいのか、工場の人達が私をチラチラ見る。ウィッグを忘れてきたのが痛い。

 

「みんな昌クンを見てるのです」

 

「この髪の色じゃね。立場が逆だったら私だって見ただろうし」

 

「『ボク』です」

 

「ボクだって見ただろうし……」

 

 悔しいな。なんか上手い切り返しは無いかな。

 

 

 

 部品が搬送装置で運ばれてくる。そのたびに音楽が鳴る。既に五、六曲聞いた。装置の種類で曲を使い分けてるのかな。

 

「電話の保留みたいだね」

 

 こういうところで知識の世代差を感じる。『私』の世代だったらファミコンみたいな、と言う所だ。ま、今の中学生が物心ついたときには、ゲーム機でもオーケストラを奏でてたから仕方ないか。

 

「こんなのずっと聞いてたら、工場出てもしばらくは頭の中でリフレインしちゃうよね」

 

「そうなのです」

 

 由美香ちゃんが紬ちゃんに話しかける。いい調子だ。そのまま紬ちゃんを捕獲しておいてくれ。

 

「どうして、普通の音声とか音楽にしないんだろうね?」

 

 詩帆ちゃんがもっともな疑問を口にする。

 

「あっちのフォークリフトは『バックします』って言ってたよ」

 

「そうだった? 気がつかなかった」

 

「多分それだよ。声だと他の音に紛れるから、電子音でキンコロ鳴らすんだよ」

 

「そっかぁ! 昌ちゃん頭いい!」

 

 

 

 また工場内でストップして説明が始まった。でも、このオジサンの説明はイマイチ退屈だ。お腹空いたなぁ。

 時計を見るとまだ十一時過ぎだ。

 

「お腹空いたね」

 

 詩帆ちゃんが小声で言う。

 

「うん。私もペコペコだよ」

 

 そう言った瞬間、紬ちゃんが振り向いた。

 

「『ボク』です」

 

 聞こえてた。周囲りでキンコロキンコロ鳴ってるのに聞こえるんだ。でもこのロシア民謡っぽい曲、工場出てもしばらく耳に残りそうだ。

 

 

 

 ふと、いたずら心が出た。

 設備の曲に合わせて、――私の周囲にだけ届くよう――小声で歌う。

 

「おーなかーが すーきましーたー、おー昼ーは 何でしょう。

 待ーちー遠しい おー弁当ーぉー はーぁやーく食べたいなー」

 

 あれ、無反応。聞こえなかったかな? じゃぁもう一コーラス。

 

「ぷっク……」

 

 成功! 紬ちゃんが肩を震わせている。由美香ちゃんにも流れ弾が当たったか、肩が震えている。許せ由美香ちゃん。君の犠牲は無駄ではない。

 

 

 

 説明中で、笑っちゃいけないと思えば思うほど、笑いのハードルは低くなる。紬ちゃんは笑いを堪えるのが大変そうだ。由美香ちゃんは、ゴメンナサイ。

 

 説明が終わり歩き出したところで、二人は堪えきれずに吹き出した。

 

「村田、川崎、アウトー」

 

 ただし、黒いのに尻をシバかれることはない。

 

「あの歌は何なのです?」

 

 紬ちゃんが笑いを堪えた怒り顔で訊く。

 

「うーん。メロディが耳について離れにくいかな? と思って。

 これで、お弁当の度にこのメロディが脳内で鳴り響く(のろ)いをかけたのですよ。ふっふっふ」

 

「くっ。紬は呪われるようなことしたですか?」

 

「したよ! 『ボク』って言わせてるじゃない!」

 

「昌クンには『ボク』が似合うのです」

 

「それ、似合う似合わないの問題じゃないから」

 

「せっかく似合う素材なのに。紬は似合わないから諦めたのに」

 

 え? ここでまさかのカミングアウト。紬ちゃんはボクっ子を目指してたのか? 天然じゃないけどリアル不思議ちゃん?

 

「だから、似合うかどうかは別問題だって」

 

「でも、紬ちゃんの言うとおり、昌ちゃんは『ボク』が似合うよね。

 って言うか、お姉さん達と話してるときが、素の昌ちゃんって気がしたし」

 

「由美香ちゃん……。

 でも、そんなに『ボク』って似合うかなぁ」

 

「似合うのです!」

 

 

 

 そうこうしているうちに、見学コースも前半戦が終わりに近づく。途中からややペースアップした感じだ。

 

 

 

 初めの会議室に戻ると、前にはさっき無かったボール箱が三つ。

 多分、弁当と飲み物だ。弁当は何だろう。

 あれ? さっきの社長の息子と他に何人かいる。

 

「ちょっと早いですが、昼食時間とします。食事は工場の者も交えてですから、訊きたいことがあったら、食べながらでも訊いて下さいね」

 

 先生の他に、会社の人まで弁当を配っている。

 イケメンの兄ちゃんも、声をかけながら配っている。上に立とうという人は、こういう気配りができないと! イケメン兄ちゃんの評価をちょっと上方修正。

 

 

 

 紬ちゃんが弁当を受け取る。次は私の番。

 

「お待ちかねのお弁当だよ」

 

 見上げるとニコニコ笑っている。

 

「可愛い歌だったね」

 

「まさか、ボクのあれ聞いてたの、ですか?」

 

「録音できなかったのが残念だったけどね」

 

 恥ずかしい! しゃがみ込みそうになるのを堪えて、「頂きます」とだけ俯いて言った。

 更に、お茶の缶を落としそうになる失態。

 

 

 

 席に戻ってきた由美香ちゃんは怪訝な顔で私を見る。

 

「どうしたの? 顔、真っ赤だけど」

 

「……かれてた」

 

「「「?」」」

 

「歌を聞かれてた……」

 

 聞かせる予定のない人に聞かれると、すごく恥ずかしい。

 

「『人を呪わば穴二つ』の見本ね。お、お寿司だ!」

 

 詩帆ちゃんは早速つまみ始める。

 私も弁当を開ける。中身は巻き寿司と揚げ物だ。

 

「うん。意外と美味しいね」

 

 由美香ちゃんも頬張る。

 

「でも、玉の輿に向けて一番オイシイところは、昌クンが全部持って行ったです」

 

「ボクは、オイシくないです」

 

「オイシいと思うよ。

 さすが。昌ちゃん! 養殖ものとはひと味違う」

 

 詩帆ちゃん! それって、ボク、じゃなくて私が天然という意味ですか?

 この半日で私のイメージが……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。