ここから金沢までは距離こそあるが国道の流れは速い。特に高架に乗ってからは信号が無い区間が続き、ほとんど高速道路だ。七十キロ近い速さで走る私たちの車はどんどん追い越される。途中で国道を外れたようだが、ここもやはり流れが速い。
車内では、みんなおしゃべりタイムだ。少し飲んだからか、口数が多い。珍しく、直子さんが光紀さんと話している。まぁ、基本的に神子達はみな仲が良い。
ただ、こういう場面になると、私はなかなか会話に入っていけない。それなりに進歩したつもりだけど……、雑談はまだまだだ。
いつの間にか、車は金沢の市街地に入っている。しゃべっているとあっという間だ。
時刻は三時過ぎと中途半端だ。時間調整のためにショッピングと思いきや、光紀さんの要望で美術館へ。
入ったのは、兼六園にほど近い美術館。現代美術で有名な空飛ぶ円盤みたいな方ではなく、丘の上に建つ落ち着いた建物だ。常設展も見応えがある。確かにこっちの方が古都らしい。
現代の金沢は、マイナー武将で知られる前田利家が加賀藩を得たところから始まっている。前田家は外様大名の中ではトップクラスなのに、歴史上では今一知られていない。むしろ、漫画やゲームの影響からか、前田利益――慶次郎の方が通りが良い――が有名だ。
外様大名としては力を持ちすぎていて、利常の代で一時は潰されそうになったこともあったとか、あえて侮られるように鼻毛を手入れせずに伸ばしたとか、小便禁止の立て札に小便をかけたとか。
当時の文化の中心であった、関西・中京から職人を集めて美術や工芸とを奨励し、お金を無駄遣いすることで叛意無しをアピールしたなど、そういうTIPS的な逸話が多い。
多分、そういう家柄なんだろう。あるいは、そういった逸話がいろんな創作に結びついているのかも知れない。
とは言えそういった歴史が、現在の美術工芸といった文化につながっているのだ。特に美食とか、美食とか、美食とか。
美術館では、なぜか光紀さんと私が解説することに。光紀さんは意外にも博識だ。
「なに? このぬらりひょんみたいなの」
「これは羅漢ですね。修行僧ですよ」
「へー。昌ちゃんって物知りね」
直子さんは興味しきりだ。
「ここに『羅漢図』ってかいてありますよ」
「羅漢ってなに?」
「だから、修行僧ですよ」
知らないなら、と、盛るだけ盛って講談風に解説する。
当時は、都といえども夜ともなれば
いつの時代も、一番怖いのは人。月夜ならともかく、月の陰る夜ともなれば、追いはぎや人さらいも珍しくない。もちろん、当時も治安を守る者――
それを憂えた羅漢が夜回りを敢行した。始めは一人で始まったが、それは五人いたともそれ以上とも言われている。
羅漢達のおかげで、雲が月を隠しても民達は月夜の晩と同じく夜道を歩けるようになったという。
「民に仇為すものよ、月に代わりて世を照らす我らを、因果応報の
そう言って、悪人達に仕置きする羅漢達を、民たちは「
世に言う『
「ぷっ、く、……それ、何処の民明書房よ!」
話し終わったところで、光紀さんが堪えきれずに吹き出した。途中から、オチが見えてきて笑いを堪えていたみたいだ。それにしても『民明書房』を知ってるんだ。
沙耶香さんも判ってたみたいだけど、どっちかというとあきれ顔。他の四人は理解できてない。まぁ、この世代はニチアサ枠を見て育った世代か。でも、聡子さんが知らないのは意外だ。
「どこから、ネタだったの?」
直子さんが眉根を寄せて訊く。
「どこから、って、ほぼ、始めから。
まず、時代も場所も違いますし」
直子さんは絶句。
「そういうネタをしれっと言う人だと思わなかったわ」
千鶴さんまで……。
「ご、ごめんなさい。ちょっと調子に乗りすぎました。昼間っから呑むと、回るし後も引くんだよね」
「別にいいんじゃない? ネタとしては面白かったし。
でも、昌クンがそういうネタを言うなんて、意外」
「ああいうネタを仕込むから、男の子扱いされるのよ。理解できてたのは光紀ちゃんだけだったけど」
市街地へ向かう道すがら、沙耶香さんが肘で私をつつきながら囁いた。確かに、こんなネタを真顔でやる女子はちょっといないだろう。
話していると、聡子さんが元ネタについて光紀さんに訊いていた。美術館の中では周囲りの目もあって説明できなかったもんね。
光紀さんは「月に代わって……」の見栄を実演している。テレビのそれのようなキレは無いけど、舞うような優雅な動きがすごく様になってる。信号を待っている男子高校生が注目してるよ。同じポーズでもやる人で違うもんだ。
「光紀さん。それをここでやるのは……」
「いいじゃない。旅の恥はかき捨てよ」
「ところで、昌クンにはお仕置きが必要ね。あんなウソをみんなに教えたんだから。みんな、ちょっと信じちゃったわよね」
「ちょっと盛っただけですよ。こんなに真に受けるとは思わなかったし」
「そうね、言ったのが光紀ちゃんだったら信じなかったわよ。
みんなが騙されたのは、昌ちゃんだったからよ。普段は真面目だもん。ちょっと天然入ってるけど。日頃の行いの差ね」
「ほら。直子さんもこういってるし」
「えー! 私ってそんなに日頃の行い、悪い?」
「え? いいと思ってたんですか?」
「あー! そんなこと言う昌クンは、月に代わって……」
あ、周囲りが注目した。きっと周囲りの男子高校生の三人に一人ぐらいは、お仕置きされたくなっちゃってるに違いない。ちょっと顔を赤らめている男子も居るし。
「さぁーて、昌クンにはどんなお仕置きしようかしら?
恥ずかしいのと、いやらしいのと、気持ちイイのと、どれがお好みかしら?」
「どれもお好みじゃないですよ。どうせ、どれ選んでも同じなんでしょ」
「あらぁ、何で判ったの?」
「判りますよ。それぐらい」
一泊二日の北陸旅行は、湿っぽくなることもなく終わった。とにかく笑って、食べて、飲んで、遊んだ。
それでもお別れのとき、神子になってすぐに渡された携帯電話を沙耶香さんに返すときだけは、さすがの光紀さんも涙ぐんでいた。
この電話は、私たちの繋がりを象徴するものだ。もちろん、神子同士で連絡を取ることは禁じられていたが、それでも月に何度かは顔を会わせられた。
今後はそれも無くなる。
それぞれが住む地域や通う学校ぐらいは知っているだろう。しかしそれ以上の情報交換は禁じられているし、意図して知ろうとすることも同じ。神子から『元』になった時点で、互いにコンタクトをとること自体が、原則として禁じられる。
偶然出会って、一般人として友誼を結ぶことまでは禁じられてはいないものの、よほどの偶然に助けられない限りそれも難しい。
別れ際、光紀さんは順番に全員をハグした。沙耶香さん、そして最後に聡子さんとはかなり長い抱擁だ。五年余りと神子としては一番長い付き合い。しかも十代の大半を同じ立場として過ごした間柄だ。
帰った日の夜、入浴後に体重計に乗ったら、半月前より一キロ近く増えていた。
金沢で食べ過ぎた!