赤の息子と、青の子、そうしてウタ   作:幽 

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二人の訪問者

「謝りたいというのなら、俺が兄ちゃんが一緒に行ってやる。それじゃあ、ダメか?」

 

その一言がどこまでも熱がなくて、淡々と色の内容に聞こえたのに。ウタにとって、何よりも優しい声に聞こえたのは何故だったのだろうか。

 

 

 

「・・・好きに生きて好きに死ね。そうできる程度のことは教えた。あとは、お前の人生だ。」

 

そう言って息を引き取った己の母に、ローゼンはほとほとに困り果てた。好きに生きろと言われても、己の好きを彼はとんと知らなかったのだから。

 

 

 

「おやおや、黄昏れて。何をそこまで思い悩むほどに君に厚みがあるなんて知らなかったよ。」

 

その皮肉な色などとんとうかがえない声音にローゼンは船の縁で考え込むことを止めた。

そこにはいたのは、空のような色の髪をした人間だ。

男にしては優しすぎ、女にしては鋭すぎる顔立ちをしたそれは男か女か非常に曖昧だ。背丈なんて性別の区別には無意味に等しいため、それも関係ないだろう。何よりも、分厚い、黒いコートに、黒いハットを被っているせいか、体つきもわからない。

麗しい男にも見えた、さりとて、精悍な顔つきの女にも見えた。

実際の話、目の前のそれとは1年ほど過ごしているが、性別がどちらなのかさっぱりわからない。

なんでも、性別を自由に変えられるそうだ。そういった種族であるらしいと聞いた。ローゼンとしては、広い海ならばそういったこともあるのかとあまり深く考えずにそれを受け取っている。

 

「クルーンか。いや、母さんのことを考えてたんだ。」

「ふむ、ええ、わかります。母とは偉大であり、かつ、愛すべき者!私もママのことは大好きです。あ、パパのことも大好きですよ?」

 

そう言って、彼、と今は表現しておこう、それは父親譲りだと自慢していた肩まで伸ばした空色の髪をかき上げた。切れ長の紺の瞳を細めてそれは微笑んだ。

そうすると、コートに隠れていたらしい、彼の愛蛇のヨルムガンド、通称ヨルがシューシューと鳴き声を上げながら顔を出す。

 

「ほら、ヨルもそうだと言っていますよ?それはそうとして、ローゼン。あなたの父親の情報、また手に入りましたよ。次の行き先は決まりました。」

 

遠い場所で騒ぐ声がした。丁度、船番をしていたローゼンはそれが停泊した船の繁華街からすることであることを察した。

ローゼンはそれを促すように立ち上がった。

 

「場所は?」

「場所はエレジア。十数年前までは音楽の町として有名だったそうですが。ええ、なんて悲しいことにそんな平和な国に悲劇が!」

 

やたらと芝居がかった動きでそれは額に手を当てた。それにローゼンは淡々と言葉を返した。クルーンのその動作は彼にとってなじみ深いものでいちいち反応するのも面倒だった。何よりも、そんな態度をされてもローゼンとしてはどう返せば良いのかピンとこなかったというのもある。

 

「それで?」

「・・・・凶悪な海賊、赤髪海賊団によって滅ぼされた、とのことですよ。」

 

それにローゼンは思いっきり顔をしかめた。

 

 

ローゼンの父親の名前はシャンクスと言うらしい。らしい、と末尾に着いているのはそれを証明するのが母親の言葉しかないためである。

だが、母親の証言など無くとも、ローゼン自身さえも納得できるほどに彼は父親によく似ていた。

その顔つきだとか、そうして、産まれた瞬間、母親が感心し薔薇をもじったローゼンと名付ける程度に鮮やかな赤い髪。

一度も会ったことはないといっても鏡を見ればたちまち認識できる程度にはうり二つの見た目をしていた。

曰く、若い頃に酒のノリで出来てしまったらしい自分の存在を父親は知らないらしい。母親からあっさりと聞かされた真実に対してローゼンは別段、悲しいだとか恋しさだとかを覚えることはなかった。

ローゼンの母親は腕のいい研ぎ師であり、そうして鍛冶屋であった。曰く、女は鍛冶をしてはいけないという慣習が伝えられている場合もあるが、母はそういったことを気にする性質ではなかった。

良い鉄の手に入る、人の住んでいない島で暮らしたローゼンにとって父親というのは伝聞できく限りの存在で、家族のロールモデルというものが自分たちしかいなかったというのもある。

前提として、父親とは存在しないものでしかなかった。ある程度成長し、買い出しにも同行するようになってようやく子供を作るには男女の存在が不可欠であることを理解したのだ。

その時、母親に父親のこと聞けば、出てきたのがシャンクスという名前。

それにローゼンは、ただ、ふーんと、その程度の認識しか持たなかった。己の血の繋がった存在。それに今日はそそられたが、わざわざ会いたいだとかそんなことを思うこともなかった。

元より、ドライというか、さっぱりとしているというか、他に対して興味の薄い性質のローゼンにとって存在しなくとも生きてこれた存在にかける感情などそんなものであった。

そのため、別段、ローゼンはシャンクスに恨みだとか、怒りを覚えたことはなかった。

どこか、遠いどこかにいるらしい己の原初に値する存在。

その程度の感覚でローゼンは日々を生きていた。

 

転機が訪れたのは、彼が16才の時、母親が死んだときのことだ。

彼女が最後に言い残したのは、好きに生きろと、それだけのことだった。

それにローゼンは、事切れた母を前にぼんやりと、ああ、呪いさえくれずに死んでしまったと、そんなことを考えた。

 

その後、ローゼンはほとほと困り果てた。

好きに生きろと言われて、ローゼンは何をすれば良いのかとんとわからなかった。

ローゼンは残念ながら鍛冶師としての才はなく、なんとか研ぎ師として合格をもらえる程度の腕しか持たなかった。あとは、島の獣たちを吹っ飛ばして鉄を採取するための腕っ節のみ。

食べていく分には、狩りをしたり畑を耕せばいい。母が残してくれた財産もある。生きて幾分にはそれでいいのだろう。ただ、母の言った好きに生きろというそれはおそらくそう言った意味でないことぐらいは理解していた。

 

そこでふと、思い出したのが己の父親だ。

生きる目的はない、生きる理由もない、行きたいと思う願いもない。

ならば、これを機に、父親という未知なる存在に会いに行くのもいいかもしれない。ついでに、母親の訃報を伝えることにしよう。

 

その程度、ただ、その程度の感覚でローゼンは帰ってくるかもわからない住居を片付け、そうして、母親の墓に背を向けて島を出た。

 

 

「・・・・ここか?」

「ええ、ここがエレジア!音楽の国!!いやあ、面影、ぜっんぜんないですけどね!!」

 

はしゃいだ声が辺りに響く。ローゼンは慣れた仕草で船を止めた。クルーンが乗っていた小型の船の扱いは慣れたものだ。

二人はそのまま城へ続く上がり坂を歩いて行く。周りを見回せば、おそらくそこそこの規模であっただろう石造りの建物が今にも崩れ落ちそうな様子で建っていた。

蔦に覆われ、苔にむし、少なくとも数年前まで栄えていた島には見えない。

 

「ところで、ここに俺の目当ての手がかりはあるのか?」

「さあ?私もここを襲ったのが彼だとしか知りませんし。探せばあるんじゃないんですか?」

 

その言葉にローゼンはクルーンがここに来た理由が父親探しに関係していないことを察した。

 

「城に何かお前の目当てのものでもあるのか?」

「ああ、なんでも、ここには魔王を呼び出す楽譜が隠されているらしいんですよ。」

 

弾んだ声でクルーンはくるりとローゼンを振り返った。首に巻き付いたヨルがしゅーと声を鳴らす。

 

「世界を揺るがす、魔王、トットムジカ!それを呼び出すという、旋律!どのようなものか、是非ともお目にしたい!」

「それ、見つけたら呼び出すのか?」

「まさか、そこまでリスキーなことはしたくありませんし。鑑賞したらさっさと燃やしますよ。気になるなら曲自体、暗記すれば良いですし。」

「ここ、滅びたんだろ?その楽譜自体、残ってるのか?」

「うーん、生き残ったのは二人、という話ですし。そんな少人数でこんな辺鄙なところで生活は出来ないでしょうから、移り住んでるでしょうし。それに、その楽譜の存在を、生き残った人たちが知ってたかも怪しいですし。ま、なかったらなかったでいいですよ。」

 

やはり今回のエレジア訪問については、自分のことなど度外視であったようだ。けれど、別段、ローゼンはそれについて気にしない。

 

 

ローゼンは故郷を出て数ヶ月の間、商船などを乗り継いで島から島へと渡った。が、残念ながら四皇などと世間で呼ばれている大物海賊の行方など、ローゼンに辿れるはずもなかった。

 

(何よりも、なあ。)

 

一番に問題なのは、ローゼンの顔であった。

ローゼンの顔はどこに出しても恥ずかしくない程度にシャンクスに似ている。四皇などと呼ばれる存在とそこまでうり二つに似ている存在の扱いなど良いものであるはずがない。

ローゼンは深く被った上着のフードと、口につけた硬質なマスクに意識を向けた。

マスクについては、布では心許ないと材質は適当に頑丈で壊れにくいものを手に入れてつけている。

 

(母さんからも海軍は諦めろって言われたが。)

 

さもありん、世の中の海賊へのヘイトを見るに、自分の素顔は隠しておいた方が良いのだろう。

ろくに素顔をさらせないローゼンが伝手を作ることも出来ず、噂だけを便りに赤髪海賊団を追っていた。

それはそれでよかった、父親に会いたいというのはあくまで建前で、見聞を広げるというのが主な目的になっていたのだ。

それでも、伝手というものを作れないのは困り果てていた。

そんなとき、ローゼンの事情を知ってなお、自分を護衛として雇いたいと言ったのがクルーンであった。

元々、情報屋をしていたそれは腕っ節の秀でたものを探していたのだ。

 

クルーンはそれに感謝している。何はともあれ、己に居場所を授けてくれた存在に心の底から。

 

「なら、俺はこの島を見てきても構わないか?」

「いいですよ。用が済んだら、船で待っていてくださいね。」

 

一応は護衛という名目のローゼンが離れるという事実にクルーンは特別な感情など見せることもなく手を振った。

本当を言うのなら、一人でなんだかんだと旅をしてきた彼には護衛など必要など無いのだ。

毒蛇のヨルの攻撃を避けられる者も早々いない。

正直言うのなら、ローゼン自身、船の雑用を一手に引き受けているような状態だ。それに関しては何も思っていない。元より、週間となっていた掃除などは苦でもない。

ローゼンは母の形見である大刀と背負いなおし、道を外れた。

 

 

エレジアという島は確かに美しいものだった。ローゼン自身が訪れた島の中でも相当、景色の良い島、だったのだろう。

何か、巨大な力によって壊れたらしい建物、そうして、その瓦礫の間を歩いて行く。

それを見つめながら、ローゼンは空を見上げた。ぽっかりと開放的になっている家からの景色だ。

辺りには、家具の破片に、何かの布きれ、そうして、転がった子供のおもちゃ。

 

(これは、赤髪海賊団がしたのか?)

 

ローゼンにとってそれは一番に気になることだった。ローゼンも、己の父親の話なんて、母親から微かに伝わっている青年になりかけているような微かな時期だ。おまけに、それも18年前の話だ。母の話を信じるならば、父親は30後半になっている。

もちろん、そこまで年数が経っているのなら人間も変わっているのだろう。

だが、クルーンの話では、赤髪海賊団の実態はカタギには手を出さないことを旨としているらしい。

 

(父親同士が幼なじみだからって、やたらと赤髪に詳しい。)

 

そこまで考えてローゼンは首を振った。自分の雇い主は、己の父親の道化を悪党だとか、酷い人だと太鼓判をおすくせにやたらと彼を慕っている。

何故か、父親似でない容姿をコンプレックスに思っているぐらいに。

それに対して触れると非常に面倒なことになるため、ローゼンはそっとそれを胸の奥にしまった。

以前、クルーンは一度、シャンクスに出会ったらしいが何故か一発で子供であると見破られたらしい。

 

きもいですよねーそういうとこ。

と、言われていたことに関しては嘆けばいいのだろうか。

 

道を歩く。父親が滅ぼしたという島を、きっと、美しくて、活気に満ちていただろう国をローゼンは歩いた。

そうして、彼は等々、砂浜までたどり着いた。

それにローゼンは今までずっと己の口を覆っていたマスクを脱いだ。どうせ、人などいないだろうと考えてのことだ。

 

「あー・・・・・」

 

潮風を肺に取り込めば、そこまで悪い気分ではなかった。ただ。どこか、重たくて気だるく感じた。

ローゼンはさっさと船に帰るかと考えた。どう考えても自分が望む情報はここにはないはずだ。

そう思ってきびすを返そうとしたとき、強い潮風が吹いた。その拍子に、上着のフードが脱げる。

久方ぶりに全開にした頭部に心地よさを感じた。

 

(あんまり帽子とか被りすぎるとはげになるってほんとかね?)

 

そんなことを考えて元来た道を歩き出したとき、何かの敵意を感じた。弱く、けれど強いそれにローゼンは背中に背負った刀に手を伸ばそうとした。

が、ローゼンの動きは止まった。なぜなら、そこにいたのは、一人の少女。

自分よりも幾分か幼いらしいそれは、見開かれたがらんどうの瞳で自分を見ていた。

ローゼンはそれに眉をひそめた。赤と白の髪に、紫の瞳。愛らしい顔立ちのそれとは面識など無い。

 

「・・・今更。」

 

ローゼンは声をかける前に少女は憎しみと怒りに満ちた表情でローゼンを見た。

 

「今更、何の用があってここに来たの!!??」

「いや、俺は・・・」

 

ローゼンはなんとなくそれが自分と父親で間違っているのだろうと予測した。正直な話、顔をさらしていたときも似たようなことがあったのだ。

どうやって誤魔化すかと考えていると、少女はローゼンに突進してくる。一瞬、切り捨てることも浮かんだが、どう見ても戦闘力など無い少女にそんなことは出来ない。

されるがままに少女が胸ぐらを掴んで来たことも気にせずに向かい合う。

 

「今更、どの顔下げてここに来たの!私が、私を利用して、この国をこんな風にして!それで満足できなかったの!?」

(とんでもないことしたのか、赤髪・・・・)

「裏切り者!私は、私は、あんたこと・・・・」

 

これ以上誤解を重ねるのも悪いかとローゼンは少女の手を引き離した。そうして、よろける少女の頬を掴んだ。

暴れることを予想して、できるだけ施行を奪い、目の前にいる自分を認識させるためだ。が、腹の内でこんな所を母親に見られていたら半殺しになっていたのだろうなあと考える。

頬を掴み、己の顔に視線を向けさせた。

 

「見ろ。」

 

短く、努めて静かに言った。

 

「お前の知る赤髪の顔には傷はなかったのか?」

「え、あ・・・・・」

 

少女の体から力が抜けたことを理解し、ローゼンはひとまずと少女をその場に座らせた。そうして、少女は改めてローゼンの顔をまじまじと見た。

 

「・・・違う。」

「わかったならいい。」

 

ローゼンがシャンクスに比べて年若いことや、そうして、傷がないことを覚ったのだろう。ローゼンはほっとした。そうして、どうしたものかと考える。

ここは無人島であると考えていたのに、目の前には人がいる。

 

(城にも誰かいる可能性があるな。)

 

ローゼンはそう考えてその場から離れようとした。が、少女はローゼンのアサルトスーツの裾を掴んだ。

 

「何か。」

「・・・なら、あなたは誰なの?」

 

か細い声だ。それこそ、今にも消えて仕舞いそうな声だった。なぜ、それがそんな声を出すのかなんてわからないが。

それにローゼンは言った。

 

「俺はローゼン。お察しの通り、赤髪のシャンクスの息子だよ。」

 

それに少女の瞳から光が消えたことをローゼンは理解した。

 

 

 

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