裏のある天使と前向きな少女 作:はちみつレモン
監督side
一番ショート 有原くん
球場アナウンスが流れ、そしてバッターボックス内で構えるのは今日乗りに乗っている有原だ。
5回の裏スコアは9-0
9点リードのこの場面に有原は集中力を高めようとするが笑顔を堪えられていない。
夏の都大会一回戦。勿論応援団は数人のブラスバンド部の声援だけなのは元甲子園出場監督としては思うところはあるのだが。
言ってはなんだが一年の入学を除いてもこのチームは強いという自覚はあった。今年で三年目。真価を問われる前に昨年秋季大会であるがベスト4まで勝ち上がっていったので私はもう三年間は契約を更新することが認められていた。だけど一つだけ開いていたところがあった。それは何かと答えるなら今の有原のみたいな奴だろう。
「孝介決めちまえ。」
そんな声が聞こえてくる。それもそのはず、有原は調子をこの夏大会に上げてきていた。
3打数3安打2四球3盗塁5得点
それが今日の成績だがこれよりも光っているのは守備だろう。
相手チームにはヒット一本。
いや、ヒット性の打球は飛んでいるのだが全て三遊間と二遊間はほぼ孝介が防いでいるのだ。そして本当に楽しそうにプレイしている。
本当に頼ましいな。
相手も弱いところではなく、何度かベスト4まで勝ち上がった成績を持つくらいには強いところだったはずだがもはやコールドになりつつある。
「……」
野球はチームスポーツであるがスターを率いなければ甲子園は勝ち上がれないだろう。
そしてそのスターが入学してきたのだ。それも挫折を経験して。
「もしかするとあるかもな。」
独り言を言ったのと金属バットの心地よい音が聞こえ打球は鋭い当たりがライト方向へ飛んでいく。そしてそのままライトスタンドに低い打球のまま突き刺さった。
手を挙げるベンチ方向へ手を挙げチームメイトからも歓声が聞こえる。実力主義だった昨年から大きく変わった点を答えるなら、チームが一つにまとまっているところだろう。
本当に敵わないな。あいつには。
笑ってしまう。ここまでできた選手には出会ったことはない。誰よりも自分の厳しく、誰よりも中堅校とはいえここまで圧倒したことに世間もスカウトの目も黙ってはいないだろう。
久しぶりに夢を見られる選手に出会ったのだ。選手も有原を中心選手におきどうしたいのかが見えてくる。
あいつには今は経験を積むことが大切なんだろうな。
今年の夏や秋はすでに捨てている。それが今年の三年には悪いが、私も結果を出していかないとならない。
それが今の実力差なのだ。一年のころから見ていたことはあったが辞めていった生徒も少なからずいる。だから多少の思いはあるのだが、もはやそれすら叶わぬものであろう。
もう一度あの地に立てるのなら、あの場所で試合をするのがどれほど楽しいものであるのか。この実力主義の生徒で伝えたいのだ。
一人の指導者として、野球は楽しいものだと。
野球だけ実力があっても今後は通用しないことを。
「有原。」
「はい。」
「お前ダウン後取材を受けてこい。」
「……えっ?」
驚いている有原に俺は告げる。外の繋がりができる方法に取材対応がある。スカウトもそうだが試合に活躍した選手には雑誌やテレビからの取材がある。いわゆる学校の顔になる生徒のことだが、普段は全国大会に多いが特に野球に関しては専門雑誌が地方放映などもあるためにそういった機会が多いのだ。そして、それは学校の顔であると言っているようなもの。一年にそれを背負わせるのは酷だが、世間に悪いイメージのある有原が今後乗り越えないといけない壁でもある。
「か、監督?」
教員の一人が声を出していたがそれほど大きな意味を出しているのだ。
「元から練習試合である程度名は売れて取材したいと学校側から申し出があるくらいだったからちょうどいい。それにこれからはそういった機会も増えるだろうからな。」
「……」
「責任のある行動をしろ。それがお前にとっての罪を払拭することにも繋がる。ある程度顔が中学時代でばれている今だからこそ、挽回できる方法だ。素行不良ではないのは俺たちが知っている。でも世間ではそうではない。一部の人では叩く奴らもでてくるだろう。」
それは有原が身をもって知っていることだろう。マスコミの受け取り方ひとつで叩かれるのは中学時代に経験しているはずだ。高校野球においてはそういったちやほやされる傾向にもある。その按排を操作できるのは有原くらいしかいないのだ。
「責任感が強いのは知っている。でもまだ足りない。一度やった悪い印象を変えるには、それに見合うべき態度と成績を見せる必要がある。」
「はい。」
「だからお前が取材を受けろ。やり直す機会なんていくらでもあるのだからな。」
そして苦笑しつつも頷き一礼すると去っていく有原。
「監督。それは。」
「酒井、宮根。お前らが有原を支えてやれ。それがこれからの構想だ。」
「でも、まだこの大会残ってますよ。」
「分かっているさ。でもそれが三年からの総意であればそうせざるを得ないだろ。」
「えっ?」
「あいつらにとっても有原は夢なんだ。国立校が甲子園に出場する。そんな夢を見たいんだろうな。」
先輩たちを見るに頷きそして宮根に注がれる視線に一呼吸つく。
本当にいいチームになったことを自覚する。
三年生にとってはとことん残酷な選択であったのだけどキャプテン自ら進み出てくれたことであった。
去った後有原には伝えられないがいやというほど次のスタメンを見たらすぐにわかることだ。もう三年生はほぼ引退と同じ扱いになるのだから。俺も叩かれるだろう。でもそんなことを聞いたら監督なんて職業はできない。
夢を見ているのはもはや俺だけではない。部員全員が夢を見ているのだから。
「頼むぞ。宮根。」
「……うす。」
プレッシャーはかかるだろうが、宮根は今日がスタメンで最終試合になった安井から告げられ軽く左肩を叩く。
そして帰りのバスでベンチ入りの果たさなかった生徒だけは変わらずベンチ入りを果たした生徒は何かを思いつつ学園に戻るのだった。
孝介side
「ちょっと見て!!」
火曜日の朝クラスメイトの一人が雑誌をもってくる。それは野球の専門誌の掲載だった。そしてその表紙には見慣れたユニフォームが写っていた。
「どうしたんだい?そんなに慌てて。」
「これ。有原くんじゃない?」
「えっ?」
その言葉にクラスメイトのほとんどがその雑誌を見る。桔梗は気になっていたらしいが俺のほうに歩いてくる。
「……あれって高校野球の専門誌だったよね?この学校は取材とか受けたらだめじゃなかった?」
「基本はダメだけど、かなり活躍している生徒に限ったらそうしないといけないことはあるんだよ。一応専門誌にサッカーや柔道では実際に見たことがあるしな。まぁ野球部は特別って風潮はあるんだけど。特に高校野球っていうのは専門誌や全国大会がテレビで予選から全国放送のあるくらい有名なスポーツであるからな。夏の風物詩に高校野球と答える人も多いだろ?だから特別処置みたいな制度なんだよ。一応選手インタビューとかドラフト会議でインタビューを答える前例もあったわけだし、地方放送や高野連が取材は絶対に受けないとそれすらできない学校って思われるくらいには学校の印象が下がるんだよ。だから制限はあるけど取材はキャプテンとごく一部の部員は許されるんだよ。」
「あの、私野球のこと知らないんだけど、その許可が有原くんに下りたの?一年なのに?」
「まぁ、その分責任はかなり重いらしいけどな。個人に学校からプライベートポイントが振り込まれたりはするって聞いたぞ。まぁさすがに表紙なのは驚いたけどさ。」
実際に前の試合では大活躍だったのもあるけど……それ以前に久しぶりの公式戦でかなり楽しかったのはある。まぁ取材はどこか見慣れた人もいたわけだったので少しは叩かれる可能性はあるものの注目選手として、今後は学校の顔として注目されることになる。
「……ほんと滅茶苦茶すぎない?あんた。」
「おーい。裏出てるぞ。」
「おっとっと。でもこれで有名人ってこと知られたら人気はでそうだね。」
「桔梗と仲いいのは知られてるし、一之瀬にも縁があるから諦める奴のほうが多いだろ。」
「そういえば最近帆波ちゃんとも結構昼食食べているね。」
「…仕方ないだろ。このクラスで心許してるの俺桔梗くらいだぞ。学校でもそう多くはないし。」
あ~。結構嫉妬しているな。
桔梗はある程度嫉妬が強いことは知っていたけど、最近は少し悲しそうな雰囲気を醸しだしているのは分かっている。
なんやかんやで休みもしばらくは大会があるからな。
あの件からおいて嫉妬が強くなったからこそ雑誌は気になるけどこっちに来たのも分かる。
それに佐倉も関わった以上に見て見ぬふりをするのもなぁ。
俺一人ではなにもできないだろうし制限も多い。だけど佐倉自身が自分のクラスメイトに助けてもらうことが少し嫌がっているようにも見える。
そうなると俺が取れる手は一之瀬に頼ることだろう。正直なところ学校内で野球部の仲間以外で一対一で話すのってこの二人くらいだな。
そういえば考え事をしているがその間桔梗は全く話さない。そっちを見ると顔を真っ赤にして、珍しく学校ないで本心から照れている桔梗がいた。
「……」
「どうした?そんなに顔真っ赤にして。」
「……本当にずるいよね。孝介くん。」
「何故に?」
なんか物凄くため息をつかれる。
今回ばかりは正直照れられるようなこと言ったか?
「はぁ。それでどうするのかな?」
「どうもしないけど。どうにもできないだろ。俺が下心が分かることは桔梗も知ってるし、今更俺があの中に入ると思うか?」
「あはは。確かに予想つかないや。」
「そういうこと。」
「でも、近づいてくる人はいると思うけどね。」
「別にどうするつもりはないけど。それ目当てで近づいてくる奴なんて信用できるわけないだろ。」
「それはそうだけどね。奢ってあげるからってよくデート条件にしてくる人もいるわけだし。」
「あ~……もしかして迷惑だったか?」
「孝介くんのは純粋に心配してとか私を気遣っているのが分かっていたからそこまで嫌だったわけじゃないけど。でも孝介くんのことをポイント目当てで近づいたって思われたくないし。」
「お互いにそういうことか。」
正直今の櫛田桔梗って存在は利用はしているつもりはあるけど、もし本性がばれてクラスの敵になったとしても俺は離れるつもりはないし逃がすつもりもない。
それだけ依存しっぱなしなんだよなぁ。俺も桔梗も。多分そういうことがお互いに足りてないってことだろうし、何なら依存しているところを恋人同士にしようとしているのが今の桔梗なんだろう。
「…了解。気を付ける。」
「うん。私もだけど。あまりそういうこと気にしないようにする。でも意外だったな。そういうの気にするって思ってた。」
「だって俺はAクラス興味ないからな。それに言っとくけど俺はクラスっていうよりも人の縁のほう優先するからな。今のところクラスで庇う可能性があるのは桔梗と佐藤くらいか?」
すると奥でその佐藤が反応していた。
「えっ?佐藤さん?」
「まぁ、あんだけ好意的に意識されて無碍にはできないって。あいつはこのクラスで唯一俺が最初にした呼びかけをきちんとこなしていたからな。ほかのクラスだったら野球部員と一之瀬くらいか?」
「一之瀬さんも入るんだ。」
「入る。他クラスで一番信用しているのは確実に一之瀬だぞ。俺の仲いい友人って答えるなら桔梗でも桔梗と一之瀬って答えるだろ?」
「そうだけど。接点あったの?」
「なんか中間考査の件の後からいろいろ相談乗ってる。なんかなつかれた。」
「……?あの時一番被害あったのはBクラスのはずなのに?」
「そうらしい。俺も正直よくわからん。何なら一番意味不明な生徒は一之瀬って答えるくらいには読めないな。あいつ。」
そういう告白の件でもそうだ。何で俺を頼ったのかそれが不思議なんだよな。
元々何かと少し抜けているところはあるとは思うんだけど。
桔梗のことも言ってきたし、それ繋がりなのか?それか俺の事件のことを知っているかの二択だろう。
まぁ、隠す気はないから別にいいんだけど。それに一之瀬自身も面白いし。
「まぁ、今日も一之瀬に呼ばれているんだけど。」
「最近多いね。本当に。」
「多いよな。あいつ。」
俺すらも困惑しているしなぁ。正直なところ、今のところ週に3ほど呼び出されている。
そして時間になり、今日もいつもの日常が始まるのであった。