最強戦乙女の愚行記~ドMなTSっ娘は心配されながら傷つきたい~   作:恥谷きゆう

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殺意と心配

 撃破数ナンバー2の戦乙女、黒崎夏美は忙しい。早朝は自主トレーニング。走り込みに筋トレ、素振りなどを朝食前の二時間程度でこなす。

 

 日中は真面目に授業を受ける。生真面目な夏美は、燐火のように授業をサボったりしない。成績の方も上々。教師の評判は良い。

 

 放課後には、他の戦乙女への聞き取り調査。夏美は実質的な現場指揮官だ。

 普段『魔の者共』と戦うチームのリーダーに、現在どんなことが困っているのか、不安点はないか、など聞き取りを行い、指揮の参考にする。

 

 そんな彼女は、鍛錬馬鹿の燐火と同じく中々捕まえるのが難しい。優香が彼女と話す機会を持てたのは、「太陽が没した日」の話を聞いてから三日後のことだった。

 

 約束通り、夏美は学内のカフェで待っていてくれた。優香が到着すると、彼女は足組みをして、しかめっ面でブラックコーヒーを飲んでいた。

 

「先輩、お待たせしました。今日はお忙しいところありがとうございます」

「いいんだ。後輩の話を聞くのは私たちの務めだ」

 

 カップを下ろし、優香を見る夏美。相変わらず目が怖い、と優香は率直な感想を抱いた。刺すような視線は、人によっては怒っているように見えるだろう。

 

 とはいえ、これが彼女の素なのだろうと優香はなんとなく察していた。

 ほとんど接したことのない夏美の表情が読めたのは、表情の分かりづらい燐火と長い間付き合っていたからだろう。

 

「それで光井、私に何か用か?」

「はい、燐火先輩についてです」

 

 自らの義姉の名前を口にすると、夏美は少しだけ表情を緩めた。厳しい顔、という印象が幾ばくは緩む。

 

「そういえば、光井はよく燐火についていっているな。あいつと組める奴なんてそういない。本人に代わって、礼を言おう」

「そんな、先輩が礼を言うことなんて……」

 

 夏美の様子は、以前燐火に対して殺意を向けていた時の印象とはひどく異なった。

 

「燐火はちょっと……いやだいぶ変な奴だが、根は優しい奴だ。君みたいな子がそばに居てやれば、あいつも喜ぶだろう」

「……黒崎先輩は、燐火先輩が嫌いなのではなかったのですか?」

「ああ、殺すとか言った話か。別に嫌ってはいない。──ただ、赦せないだけだ」

 

 夏美の言葉に籠った重みに、優香は口を噤む。

 

「あいつは私の大切なものを奪った。それも、あいつのどうしようもない愚かな行いによってだ。たとえあいつが地面に額を擦りつけて詫びたとしても、私はあいつを赦せない」

「……いったい何があったのか、教えてもらえませんか?」

 

 意を決して、優香は踏み込んだ。

 

「ダメだ。光井には関係のないことだ」

 

 夏美の表情は硬い。

 

「でも、私は燐火先輩のことを全然知りません! 何を思って戦っているのか、何を恐れているのか、見当がつかないから、黒崎先輩に助けて欲しいんです! お姉様は、最近ずっと苦しそうです! もしかして、黒崎先輩の大切なものを奪ってしまったことをずっと気に病んでいるのではないですか!?」

 

 燐火が何を思っているのか、優香に与えられたヒントはあまりにも少なかった。だから、燐火の過去を知っているだろう夏美に話を聞きに来たのだ。

 

「……燐火は、苦しんでいるのか?」

「はい。少し前から、様子がおかしいです。眠れてないみたいでよくボーっとしていましたし、戦う時もいつもより無理をしています。……それから、よく自分のお姉様の話をするようになりました」

「お姉様の……」

 

 夏美が何か考えだす。優香は真剣な表情で、彼女の言葉の続きを待った。

 

「……あいつは、お姉様についてどんなことを話していた?」

「はい。明るい人で、そこにいるだけで皆を照らす太陽みたいな人だって語ってました。また、とても大事な人だ、とも。私はまだ会ったことがないですけど、きっと素敵な人なんだろうと先輩の言葉から感じ取れました」

「──私はまだ会ったことがない、か」

 

 夏美は、確かめるように優香の言葉を復唱した。優香は少し首をかしげながら、それを肯定する。

 

 夏美は目を閉じて黙り込んでしまった。腕を組み、眉間に皺がよる。何か大事な決断を迷っているような雰囲気。

 優香は、それを静かに待ち続けた。

 

「光井。お前は、あいつの内面の奥深くまで踏み込むつもりか? ……たとえ、後悔するとしても」

「私は燐火先輩のためになるならなんでもできます」

 

 優香の言葉に迷いはなかった。危なっかしい義姉のためなら、きっと何でもできる。

 優香は直感していたのだ。燐火は自分が救わなければいけない人なのだ、と。

 

「……でも、本当は黒崎先輩が自分でやりたいことなんじゃないですか?」

 

 夏美もまた、燐火の様子を心配している様子を見せていた。赦せない、と口にしながらも燐火のことが心配なのだろう。

 まだほとんど話したことのない優香でも、それは分かっていた。

 

「光井は鋭いな。しかし、それはできない。私はもう、あいつのために動くなんてことする資格はないからな」

「どうして、そんなこと言うんですか?」

 

 夏美の視線が少し宙を彷徨う。どうやら、過去に思いをはせているようだった。

 

「かつて、私は本気であいつを殺そうとした。本気だった。本気で、あの愚か者を殺してやろうと思っていた。そして、その寸前まで行った。……あいつは、抵抗しなかった。むしろ、笑ってすらいた」

 

 夏美の表情は、苦しそうだった。

 

「あいつにとって自らの生とはさほど執着のあるものではないらしい。そして、どうやらその根底には自己嫌悪、自己否定のようなものがあるらしい」

「……私も、燐火先輩がどこか自己嫌悪を抱えていることは、言葉の端々からなんとなく感じていました」

 

 優香は燐火と話していた時のことを思い出していた。

 なぜか自分が優香と仲良くすることが迷惑だと思っているような態度。それは、普段孤独だから、ということだけでは説明がつかないように感じた。

 

「恥ずかしながら、私が燐火の歪みに気づいたのは、あいつと決別した後だった。だから詳しくは知らない。でも、私たちが気づけなかった燐火の歪みに気づくことができた光井なら、もしかしたらもっと深みに触れることができるかもしれない」

 

 夏美は、大空を見上げた。空の青は深く、奥まで見通すことができなかった。

 

「黒崎先輩は、燐火先輩の歪みについてどう考えているんですか」

「……それはきっと、君の方が良く知っているはずだ。光井。あいつ唯一の義妹。君ならば、きっとあいつが無くしてしまった私とあいつの大事なものが分かっているはずだ」

「はい。……教えては、くれないんですね」

「ああ。私の口からあいつ最大の愚行について語るのは、卑怯というものだ」

 

 ああ、黒崎先輩は、本当に燐火先輩のことを考えているのだな、と優香は改めて確認した。燐火と似た不器用さを持ったこの先輩は、燐火のことを憎みきれていないのだ。

 

「でも、私は自信が持てました。燐火先輩の過去を知るあなたが肯定してくれるのなら、私は自信を持って燐火先輩に踏み込めます」

 

 優香の表情に、夏美は優しく微笑んだ。それは、普段から鋭い目つきをした彼女らしからぬ表情だった。

 ああ、無表情な燐火が優しい笑みを浮かべるのによく似ている。優香はぼんやりとそう感じた。やっぱり、不器用な先輩二人はよく似ている。

 

「あいつを、頼んだぞ」

「はい。先輩に踏み込んでみせます。そしたら、黒崎先輩と仲直りさせてみせます」

 

 優香はいたずらなウインクをした。夏美は、何も言わずにただ苦笑してブラックコーヒーを啜った。

 

 

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