最強戦乙女の愚行記~ドMなTSっ娘は心配されながら傷つきたい~   作:恥谷きゆう

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変わりゆく狂犬

 エルナがこちらに転校してきてから、数週間が経過した。当初は危ない人間として認識されていた彼女だったが、俺との決闘以来問題を起こすことはなくなった。

 

 ここのところ、『魔の者共』の動きがやけに少ない。いつもなら週に一回は戦いに出向き数を減らさなくてはならなかった。しかしそれも減り、直近の出撃は三週間前だ。

 

「平和だな。せっかく私が来たというのに、腕を振るう機会が全然ないではないか」

 

 エルナが不満げに呟き外を見る。その先は、彼女の不満を示すようにあいにくの雨だった。

 

「戦わなくて良いのならそれでいいじゃないか」

「悠長だな、最強の戦乙女ともあろうものが」

「まさか。もしかしたら明日破滅級が現れるかもしれない。休める時に休むべきだと思っているだけだ」

 

 ここのところ、ずっと嫌な予感がしている。『魔の者共』の侵攻が減ったのは、敵が戦力を蓄え始めた兆候にしか思えないのだ。二年近くあいつらと戦ってきた経験から、俺はそう推測せざるを得なかった。

 

「案外臆病なんだな、最強の戦乙女は」

「しつこいな、エルナ。お前のように勇敢な奴は頼もしい限りだ。しかし、私はともかく他のみんなが傷つくのは許容できない。強敵に備える必要がある」

「チッ、相変わらず綺麗事を臆面もなく吐くんだな。やっぱりお前は嫌いだ」

「優香ちゃんがいないと口が悪いな。リードを手放された飼い犬みたいだ」

「またお前は私を馬鹿にして……!」

 

 ギリギリ、とエルナが歯ぎしりする。険悪な様子は、いまにも拳銃を取り出してもおかしくないほどだ。けれど、そんな態度にももう慣れた。

 

「それで、なんでお前は嫌いな私に話しかけてきたんだ?」

「ああ、生徒の間で最近ある噂を聞きつけてな。なんでも、お前とユウカは恋仲だそうだじゃないか」

 

 思わぬ人からの思わぬ言葉に、俺はむせた。

 

「ゴホッゴホッ……どこでそんな噂聞いた。友達いないくせに」

「なんだと貴様!?」

 

 憤慨するエルナ。いちいちオーバーリアクションな奴だ。

 

「なぜそんなことを聞いてくる?」

「なに、少し釘を刺そうと思ってな。お前、色恋などに現を抜かし、無様な負けざまを晒すなよ」

 

 無様な負けざまはこの前お前と戦った時に晒したけどな! いやまったく、あれは最高の体験だった。できることなら、負けても失うものが何もない状態でコイツともう一回戦いたいものだ。

 

「私に優香ちゃんとの恋に夢中になるな、などと言いつつ、お前の方が優香ちゃんに魅了されているじゃないか」

「なっ!? そ、そんなことない! 私はあくまで友人として、ユウカと接している」

 

 どうだか。頬を赤らめながらあたふたするエルナの様子からは、とてもそうとは思えない。けれど、別に本当に恋愛感情を抱いているとは思わない。

 

 大方、キツイ性格のせいでまともに人付き合いをしたことがなかったのだろう。そのため、優しく話しかけてくる優香ちゃんが気に入ってしまったのだろう。

 

「ハッキリ言うが、私はお前が優香ちゃんにしたことを忘れていないからな」

「……分かっている。出会いの時点から、私と彼女は対等ではない」

 

 エルナが少しうつむく。少しいじめすぎただろうか。

 俺は、ここにいる皆よりも少しだけ人生経験が豊富なつもりだ。だから、彼女らのやることは大抵笑って流せる。

 でも、エルナだけは別だ。何の罪もない優香ちゃんを傷つけたこと、未だによく覚えている。

 

「とにかく、私はお前が友情だと愛情だのというくだらないもののために失敗を犯すことを懸念している。この学校は緩すぎるのだ」

 

 エルナが、廊下を一瞬見渡す。放課後の廊下の喧騒。最近出撃がないせいか、あいにくの雨にも関わらず皆の表情は明るい。

 

「ドイツはもっと、常に緊張感が漂っていた。上級生が通れば大声で挨拶をし、決められた食事を取り、消灯時間には全員就寝した。学校というよりも軍隊だった。私たちが直面している状況を鑑みれば、それも当然だろう。なにせ、私たちが負ければ都市一つ落ちるのだ」

 

 エルナの言うことは理にかなっていた。けれど、それはここ淵上高校の理念とは異なっているようだった。

 

「思春期の少女を抑制し続けてもいいことなどない。私たちのメンタルは、何よりも重要視されるべきものだ。少なくとも、ここの上層部はそう考えている」

 

 効率だけ考えるなら、普通の学校みたいな授業なんて廃止して、訓練にのみ時間を費やした方がいい。けれど、俺たち人間にとって効率のためだけに尽くすのはきついものだ。特に十代の少女には、息抜きも必要だ。

 

「ハッ、誰よりも自分を追い込むように訓練を続けるお前の口からそんな言葉が出ると皮肉にしか聞こえないな」

「皮肉など言っていない。人には人のペースがある。私は人よりも努力する才能があっただけだ」

 

 努力する才能、などと口にしたが正確には気持ちいいからトレーニングしているだけだ。長時間のランニングも、キツイ筋トレも、全部楽しいからいくらでもできる。

 

「チッ……本当に気に食わない聖人ぶりだな……!」

「聖人?」

 

 彼女はなにか勘違いしているようだ。けれど俺がそれを正すより前に、彼女は別のことを口にした。

 

「そういえばリンカ、最近妙な話を聞くんだが」

「なんだ?」

「私の覚えのないことで、私の噂話がある」

「なんだそれ。自意識過剰?」

「違うわ! 私も疑ったが、どうやら本当みたいなんだよ……!」

 

 エルナの目には、案外切実な困惑があるようだった。眉は下がっているし、声音には少し勢いがない。

 

「中庭で私に文句を言われたという噂があった。真偽を確かめたが、どうやら本当だったらしい。訓練室の場所の取り合いで横暴な態度を取られたという報告を上げられた。私はそんなことしていない」

「……そんなくだらない噂話する生徒がいたか?」

 

 どうにも、信じられない。この学校では、そういうことはあまり起こらない。それに、あまりに調和を乱す生徒がいればしかるべき罰を受けている。俺たちの不仲は戦場での生き死に直結するからだ。

 

「まあ、私の最初の横暴な態度が原因かもしれないな。変なこと聞いて悪かった」

 

 そう言って、エルナはどこかに去ってしまった。やはり彼女は、当初の彼女とはどこか違う。

 

「……あいつも、変わろうとしているということか」

 

 人を見下し、ただ傷付けようとするだけだった彼女は、優香ちゃんと関わって変わったように見える。俺個人としてはまだ警戒心があるが、少しくらいは認めてやってもいいかもしれない。

 

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