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前世の記憶、だなんてありがちな物を自覚したのはいつだったか。
ハッキリとは、覚えてない。頭を強打したわけでも、生まれた時から持ち合わせていた訳でもないのは確か。
熱なんかも出なくて、ああそういうものか、と納得した事だけは確か。
俺が生まれたのは、小さな島国だった。一つ特色を上げるのなら、国民の大半が何かしらの武術を学んでいる点。
剣術、刀術、槍術、棒術、弓術、体術。その他諸々、変わったもので言えば、鎖鎌や大型の手裏剣なんかもあった。
憧れで言えば、剣術なんかが良かった。前世じゃまず触れないし、振るえないものだったから。
ただ、俺は憧れよりも実利を取った。それはこの世界が、
大海賊時代。海賊王の処刑間際の言葉によって始まったこの時代は、本当に弱肉強食の極のような部分がある。
前世の記憶に、この手の知識があった。それも、漫画の知識だ。
もっとも、知識と言えるほど明確ではないし、俺自身その中身を大きな流れ程度しか把握してない。各陣営の力関係だとか、その辺りはからっきしだ。
ただ、一つハッキリしていたのは、強くなければ生きていけないという事。そして、この島はその強くなるための土壌があるという事。
目指したのは、人をして人を超えた拳の神と称された空手家。素手の体術を選んだのは、得物一つで戦闘力を左右されたくなかったから。
幸いな事に、俺には才能があったし命が掛かってる事もあって、努力を惜しむ気にもならなかった。
単純な筋力トレーニングから、型の確認。それから、覇気の習得。
一番最後の覇気に関しては、この島でも一握りの人間しかできなかったけども、俺には知識の曖昧なノウハウがあった。
ただ生きる為に、つよくなった。気付けば、島には俺より強い人間は居なくなった。
それは困る、大いに困る。強い相手がいないって事は、相手にするとき手加減しなくちゃならない。そして、手加減しなくちゃならない相手と戦い続けても強くなれない。
だから、俺は旅に出る。遅かれ早かれ、島を出るつもりだったんだから良いタイミングだったし。
島を出たからこそ、知れた事がたくさんあった。
この海は、
成程、と頷けた。道理でこの海の海賊たちは妙に強いもんだ、と。
成り行きで戦って、賞金首に掛けられた懸賞金を旅費にしながらこの世界を見て回った。
知れた事は、海賊だから悪じゃない。海軍だから、正義じゃない。
深海の国では海賊がその島を守っていたし、逆にとある島では海軍が基地含めて略奪を繰り返していた。
全てが全てそうじゃない。それでも、この一側面を知ったからこそ、決めた事もあった。
弱者を守る。そこに、海軍も海賊も一般市民も関係ない。虐げられているのなら、手を伸ばす。
正義感でも何でもない、単純な自己満足の為だけの行動さ。
青い海に揺蕩うのは、棺船。
偉大なる航路を、いやこの世界の海を進むには余りにもちっぽけな小舟ではあるが、その現実をこの船の持ち主はひっくり返してしまう。
十字架を模した黒刀を背負う鷹の様な目つきの男、ジュラキュール・ミホーク。
世界最強の剣士とも称される彼は、しかし一匹狼の様に一人で行動する事を好んでいた。
この日も、彼は気紛れに旅をしていた。一人であるからこそのフットワークの軽さと、その実力によって確立された安全性と言うのが彼の足を様々な場所へと導いていく。
穏やかな波に揺られながら、そろそろ海王類でも狩ろうかと考え始めた頃、不意にその鋭い視線の端に島影が割り込んできた。
それほど大きな島ではない。だが、彼の興味を引いたのはその島の近くに見覚えのある船が停泊していたからだ。
自然と、その口角が僅かに上がる。暇潰しが出来るぞ、と。
帆を軽く調整すれば、程よい風を捉えた。そのまま滑る様に棺船は海面を進み、島の側へと辿り着く。
先に泊まっていた船の傍らに己の船を止め、ミホークは島へと飛び移る。
無人島なのだろう。人の気配は、彼の感覚には
彼の目的は、この一人と会う事。その右手が、背負われた剣の柄へと触れる。
その男が、この無人島へとやって来たことには、特別理由はない。強いて挙げれば、飲み水の確保と食料の補充か。別にできなくとも、特段困りはしない為やはり今回の上陸は気紛れの域を出ない。
だからこそ、ソレは完全な予想外。
「ッ」
反射的に、振り返った。直後に迫るのは、
普通ならば混乱の極致となるだろう。だが、彼は違う。この手の不意打ち含めた襲撃には、慣れているし。
体が反応する。
迎え撃つのではなく、受け流す。原理としては、コロであり彼はこれを全身で行う。
その場で回転する彼とぶつかる斬撃は、そのまま直進していた軌道を左斜め前へと変えられて島を抜け、海を割っていった。
傷一つ無く、受け流しを成功させた彼は、羽織っていた上着の左袖を払って、斬撃が飛んできた方向へと目を向ける。
その方向より現れるのは、右手に十字架の黒刀“夜”を携えた世界最強の姿。
「貴方か、ミホーク」
「少し暇潰しに付き合え」
有無を言わさぬミホークの態度に、これ以上の問答は意味がないと判断したのか、彼はため息を一つ吐き出して、天地上下の構えをとった。
剣士と拳士。本来ならば交わる事のない両者は、しかし数年前の邂逅から時折こうしてどちらからともなく拳と刃を交えてきた。
この日、新世界に浮かぶ無人島の一つが崩壊する。
ぱちぱちと火が弾ける音を聞きながら、鍋をかき混ぜる。
「良い手際だな」
「何年も一人旅を続けていれば、自炊の一つも出来るさ。それよりも、ミホーク。そっちの枝の束を貰えるかな」
剥き出しになった岩盤の上に小ぶりな岩を置いて腰掛けるミホークが傍らに置かれていた薪の束を日の中へと放り込む。
時間にして、凡そ三日。自然の在った無人島は、丸禿げの岩盤丸出しの岩の塊へとその姿を変えていた。
「腕も鈍っていないようだ」
「それは、当然。海軍大将相手でも勝ち切れるつもりだからね」
「だが、風来坊で居続けるにも限度があろう」
ミホークからの指摘は、ある意味当然のもの。
世界最強の剣士を相手に、素手で尚且つ五体満足。ほとんど手傷を負う事無く常に生還し続ける男なのだから。
当然ながら、彼を引き入れようとする組織は少なくない。その筆頭は、海軍だ。
「賞金稼ぎの真似事を続けるのならば、いっその事王下七武海入りしてしまえばいい」
「真似事……いや、まあ成り行きで海賊をボコったけども……でも、それを言うなら海軍基地を幾つか潰したのも俺なんだけど」
「奴らにしてみれば、不正の証拠を秘密裏に処理出来た様なものだろうからな。だが、何処から情報が洩れるか分からないからこその、王下七武海だ」
「……まあ、断るよ。俺はこうやって、気ままに世界を回っている方が性に合ってる。さ、出来たよ」
「カレーか」
「スパイス系は、保存しやすいから」
煮込んでおけば簡単に出来て、尚且つ栄養の取りやすいカレーは彼にとって実に理想的な料理だった。
同じく飯盒で炊き上げた真っ白なライスを添えた木製の椀をミホークへと差し出して、自身の分も準備完了。
この二人、出会い頭に三日闘い、その最後の晩に夕飯を共にする事が通例となっていた。
「酒は無いのか」
「それは自分で用意しなよ」
この数年後、彼は本格的に海軍に追われる事になる。
月の輝く夜。凪いだ海面は荒れる事も無く、白鯨を模した船モビー・ディック号もまた日中の喧騒をどこへやら、静かなものだった。
この船に近づくものは、そう多くはない。海軍ですらも避ける事が珍しくない存在が、この船の主だからだ。
そんな船へと、一隻の小型帆船が近づいてくる。
見張りが気付き、双眼鏡で掲げている旗印などを確認し、その凶悪な相貌を緩めるとすぐさま、まだ起きているであろう船長の元へと走っていた。
程なくして、モビー・ディック号の傍らに泊まった小型帆船。そこから一人の黒衣の男が、右手に酒の入った人の頭ほどの酒瓶を携えて、甲板へと飛び移ってくる。
「親父は奥で待ってます」
「ありがとう」
見張りに声を掛けられた彼は、慣れた足取りで船の最奥を目指す。
途中で顔見知りの船員たちに挨拶をしながら、辿り着いた扉。押し開ければ、そこに居たのは、白い特徴的な髭をした巨漢。
「随分と久しいな、小僧。良い酒は、持ってきたんだろうな?」
「鷹の目に飲まれないように苦労しましたがね」
酒瓶を受け取った巨漢、エドワード・ニューゲートはその蓋を開け、香る酒精に眉を寄せた。
「
「相変わらずの酒豪ぶりで。これは、マルコ達も大変だ」
「好きなもん飲んで、何が悪ィ」
がぶがぶと水の様に酒を呷るニューゲート。
その体には、医療用の器具が幾つか取り付けられているのだが、彼自身は自分の病状に殆ど頓着しない。
「……で?何しに来た」
「見舞い、ですかね。俺としても、貴方には恩がある。そんな相手の死に目に会えないのは、少々辛いと思いましてね」
「グラララ……洟垂れ小僧が言うじゃねぇか」
中々に酷い物言いの彼を、しかしニューゲートは機嫌よさげに受け止める。
彼らの、彼と白ひげ海賊団の繋がりは彼が島を出てすぐのとある一件から始まっていた。
「まあ、今では
「いやいや……まだまだ俺はその高みにはありませんって」
「グラララ……だが、新世界で得物も、ましてや悪魔の実の能力すらも無く生き残れる奴は珍しい。流石は、
笑うニューゲートに、彼は頭を掻く。
島を出てから知った話だが、彼の故郷は新世界でも有名な武術の島だった。
何度となく海賊の介入、横行を阻んできており、海軍の見回りすらも必要ないというのがもっぱらの噂。
そんな島で最も強い人間が、彼だった。億越えの賞金首だろうと打倒できたのは、そういう絡繰りだ。
「小僧、次はどこに向かうつもりだ?」
「さて、ね。風の吹くまま気の向くままに。ただ、世界政府や海軍に着くことは無い、かな。随分と汚いところを見過ぎたんでね」
「ふん……てめェの人生だ。好きに生きろ。後悔積み重ねた所で、ろくなことにはなりゃしねぇよ」
「っはっは!貴方は、全く……本当の父より親父らしい」
呵々大笑。腹を抱えて笑う彼に、機嫌よくニューゲートもまた酒を呷る。
この日の夜は、遅くまで楽し気な語りが収まることは無かった。
結構いろんな場所を巡ってきた今日この頃。
春島、夏島、秋島、冬島。四季折々なんてありえない島の数々を見てきた。
空島にも行った。海底の魚人島にも行った。海軍本部にだって何故だか足を踏み入れた事もあるし、正義の門をノックした事もある。
凪の帯では、デッカイ海王類に会ったし。四皇の面々や王下七武海の面々とも、いつの間にやら面識があった。特にミホーク。彼とは、何度も手合わせという名の殺し合い擬きをし続けてきた。
まあ、強くなるよね。今では、俺もミホークも割と本気で戦ってるし、本気じゃないとまず間違いなく手足の何処かは無くしてる。
慣れてきた、と思ってた。麻痺してきた、ともいえるのかな。少なくとも、俺自身はこの世界に順応してきたつもりだった。
だったんだけどなぁ……アレは、ダメだ
その日、新世界への足掛かりでもある島、シャボンディ諸島に衝撃が走った。
この島(正確には巨大樹木であるヤルキマンマングローブの集合体)には、多くの偉大なる航路前半の海で名を上げた海賊たちが集まってくる場所だった。
ここで船に特殊なシャボンによるコーティングを行って、新世界への裏口である魚人島を目指すのだ。
そんな場所だからこそ、海軍本部が近く、腕利きの海兵たちが駐屯する海軍駐屯地が存在した。
そして何より、この島では平然と奴隷の売買が行われている。
この奴隷売買の場、ヒューマンショップにおける厄介な客が、世界貴族天竜人。
彼らの持ちえる権力の前では、ありとあらゆる存在、それこそ一国の王であろうとも何だろうとも等しく路傍の石以下の価値も無い。
その在り方には、当然ながら多くの人々が嫌悪を抱き、しかし面と向かって刃向かえないのは彼ら天竜人の携えた軍事力にもある。
天竜人を害したとすれば、その時点で海軍大将が直々に出張って来るのだから。
だからこそ、例えどれだけ不条理でも、どれだけ悔しくても、拳を握り唇を噛んで人々は堪える事しかできない。
例え目の前で愛する者が、殺されようと、汚されようとも、決して決して刃向かっては――――
「お前、ムカつくえ」
「――――お前の面の方が、よっぽどムカつくだろ」
緊張が走る38番グローブ大通り。
相対するのは、奴隷を連れた天竜人の一家と黒衣の青年だった。
青年の背後では我が子を掻き抱く母親と、それから子と妻を守ろうと庇う父親の姿があった。
事の発端はこの夫婦の子供が天竜人の前へと飛び出してしまった事にある。
たったそれだけ。それだけで、この子供は撃ち殺されそうになり、その瞬間に割り込んだのが青年だった。
「貴様、この方を――――」
「あ゛?」
護衛を兼ねた黒服が前に出るが、次の言葉を言う前に腰砕けとなってその場に崩れ落ちていた。
覇気、ではない。ただ、
彼は、天竜人が嫌いだった。恐らく、この世界で生きてきてほぼ唯一、初見で唾棄するほどに嫌いな存在であると直感していた。
実際に、相容れない。彼らが自慢げに奴隷を見せびらかしているだけでも反吐が出る。
「……」
「ッ、く、来るんじゃないえ!?」
ピストルの引鉄が引かれる、がそんな豆鉄砲が通じるような相手じゃない。
防ぐ事も無く、ただ真っすぐ歩きその肉体に当たった弾丸は、まるで鋼板にでも撃ったかのような金属音を立てて弾かれていた。
瞬く間に、青年は天竜人の目の前へ。
「わ、わちしを誰と思っておる!わちしは――――」
「クセェ唾飛ばしてんじゃねぇよ、ゴミクズ」
言うなり、青年の右足がブレて、同時に天竜人の姿もその場から掻き消えていた。直後、少し離れたヤルキマンマングローブの木の幹へと何かがぶつかり粉塵を上げる。
周囲の音が消える中、彼は更に動いていた。
残りの天竜人の脳天から拳を振り下ろして、二人揃って地面へと叩き付けたのだ。
そして近付くのは、奴隷たちの方。
「行く当てがない奴は、27番グローブに向かえ。そこで、ホリソンって男が俺の船を預かってる。故郷へと送り届けよう」
「だ、だが、首輪が……」
奴隷の一人が挙げる懸念。それが、彼らの首に嵌められた首輪。
これは、勝手に外すと爆発する仕組みで、だからこそ鎖につながれた奴隷たちは逃げられなかった。
だが、彼は徐にその首輪へと手を伸ばして
直後に爆発するが、爆風の一つも届かない。
「首輪は、俺が外せる。さあ、貴方はもう自由だ逃げてくれ」
言いながら、彼は残りの首輪も同じように無効化していった。
そうこうしている間に、周りは慌ただしくなっていく。何故ならこれから、この島は戦場となるのだから。
自分の短慮さを少し自省しながら、しかし彼はその場から動こうとはしなかった。
下手に逃げて、逃がした奴隷たちを危険に晒すよりもこの場で迎え撃つ事を選んだのだ。因みに、彼は海軍大将が相手でも欠片も負ける気はない。
果たして、
「おーおー、コレは少し困ったねぇ~~~、まさか“君”がこんな事をしでかすなんてねぇ~~~」
「そういう貴方は、随分と仕事熱心だね。海軍大将黄猿」
黄色のストライプスーツに海軍のコートを肩に羽織った長身の男。
彼こそ、海軍三大将の一人黄猿。その実力は、言わずもがな。多くの海賊に恐れられる世界屈指の猛者の一人。
しかし、そんな彼をして目の前の青年は決して楽観視出来るものではなかった。
「こんな事なら、サカズキにでも譲るべきだったかねぇ……」
「退くなら、止めないさ。俺としては、あのゴミクズ共をシバけただけでだいぶスッキリしたからね」
「それじゃあ、海軍の、世界政府の、天竜人のメンツってもんが保てないんでねぇ~~……とっ捕まえてインペルダウンへとぶち込むとしようかァ」
「やれるもんなら、やってみると良い」
そして始まった死闘。
その果てに待つのは、海軍としての苦い結末。
それから、新たな賞金首の誕生だった。