それはそうとこっちは平常運転です。
「……主義じゃねェが、改めて、訊いておいてやる。テメェ、名前は?」
「…………茶渡。茶渡泰虎だ」
「サドか。…………
六つの腕に、四つの異形の鎌────三日月を思わせる角が髄で形成されたノイトラは、そう言って倒れ伏した。鎌には傷一つない。胴体にも、見た目では傷一つない。
にもかかわらず、彼は血反吐を吐き。
その倒れた背後には、ノイトラに背を向けた茶渡の姿があった。スポーティーな丸首シャツは既にボロボロで、身体にも切傷が多数。異形の両腕は、左肩の羽根のようなそれが折れている。
それでも致命傷には至りきらず、彼は右の拳を握りなおした。
再生能力があることは判っている。だからこそ、茶渡は迷わずノイトラの内部をグチャグチャにする選択肢をとった。取らざるを得なかった。切断されない身体の再生がどうなるかといっても、
だからこそ初期は自ら腕を切り落としたり色々手段を重ねていたノイトラだったが。ある時、茶渡の視線が物凄く陰鬱なものになったのを見て────どうしようもなく笑ってしまった。
『────戦いたくないと言ってるのよ。ノイトラ、あなたとは』
脳裏に過る忌々しい記憶。自らが上下関係を叩きつけた
『あなたの戦いには、目的が見えないの』
『目的なら見えてるさ。戦いこそが俺の目的だ』
『……何故、そうまでして戦いたがるの?』
彼女に、ノイトラは端的に答えた。
『死にてェからだ。戦いの中で死にてぇ。強くなるのはそのため。
強くなれば戦いを引き寄せられる。そうすれば常に戦いの中で呼吸ができる』
『……陶酔よ。それはそのために貴方が犠牲になってる』
何言ってやがると、ノイトラは苛立ちを込めてそいつを見た。
……こんな訳の分からない真っ白い、命のない大地で。目覚めた修羅たる自らには最初から救いはない。誰が何を言おうとそれは変わらない。意味なんてない。救いなんてない。
だから、だからせめて……、せめて斬られて、倒れるまえに息絶えたい。
そんな
こんな絶望しかない世界で、この命でも、それでも全部忘れてる最高の一瞬で────。
(────そんな……、
茶渡の左拳が握られたのを、そこに込められた意思を、ノイトラは正しく理解していた。
茶渡自身がたとえ、一護が相手を殺さざるを得ないようなときにどれほどのストレスを感じているかを理解してしまったとしても。梅針の時も、
そんなこと、関係ない。
その果てにしっかりと、自らを殺すという事実から逃げずに、正面から向かい合ってくれる。
この絶望から、救ってくれる────。
(まァ……、殴ってっから、即死させらてれねェのは…………、大目に見てやる。
嗚呼、上等じゃねェか。なァ…………、
そう、長い付き合いだった訳ではない。
「ざまあ、みやがれ」
呼吸が浅くなり、ニヤリと笑い、ノイトラは意識を失った。
異形の両腕の姿が変化する茶渡……、左腕全体の変化だったそれは左手のみのグローブのように。右腕は盾が消えて三又に分割するような段階が下の状態に。
「左の維持は、まだ難があるな……。
────ッ!? この霊圧は、朽木……!? いや、一護のようでもあるが、しかし……」
ノイトラを一瞥し、自らの左手を見て歯がゆい表情をするも。その陰鬱さを一瞬忘却するほどに、茶渡にとって感じ取ったその霊圧は想定を超えていた。
一護の霊圧はどこかにある。先ほどまで交戦していたようだが、それが抜けてもう移動しているのは判っている。だがそれとは別に、
もとより一護の霊圧は雑に強く、ある程度の距離ならどこでも感知することが出来るのだが。まさか朽木ルキアの霊圧に関しても、そんなものを感じ取れるような状況になるとは思っていなかった。
ただ、この霊圧の上がり方は何かしら交戦しているのだろうか。だとしても、妙な感覚である。仮に彼女と戦っている誰かが居るのだとしても、
「急がないといけない、か。…………止めないんだな」
「ま、そうだな」
そして。戦闘中にノイトラからテスラと呼ばれていた眼帯の男は、腕を組んでノイトラを見下ろして、肩をすくめた。
「ノイトラはここで死にたがっている。丁度、満足できたって顔してるのに水差すのも無粋だろ」
「あんた達は、俺たちの足止めとか殲滅を命じられているんじゃないのか?」
「そりゃ、命じられてる。けど…………、ネリエルが戻ってきてから、ノイトラ自身自分が何をやりたいのかってのが、わからなくなってたみたいだったからな。
それを思い出させてくれたっていうので、今日はトントンってことにしておく」
意外と親し気に茶渡に笑う破面は霊圧が徐々に徐々に低くなっていくノイトラを見ている。どこか悲しげではあるが、それでも何かを祝福するような……。何かしらの付き合の長さを感じさせるような、そんな雰囲気。
ネリエルが誰かはわからないが、どこか茶渡に感謝するようなその物言い。
何か言えるほど茶渡も無粋ではない。ただ、不意にかつての一護と自分の姿を幻視し。
そうか、とだけ言って、その場を後にしようと────。
「────そう。やられたのね、ノイトラ」
「……ッ!」
突如、背を向けた背後に現れた霊圧に茶渡は固まった。
明らかに先ほどのノイトラよりは低い霊圧だと言うのに、茶渡は背後を強引に振り向かされた。振り向かされるだけの何かがあった。
緑の髪の少女。少女というには幼い、髪の長い女の子。割れた仮面に、白い髄の死覇装は今まで遭遇してきた破面とそう変わらず。著しく幼いという一点が異なるが、それだけではない。
明確に知性と思慮深さの宿った彼女の風貌に、茶渡は違和感よりも未知の感覚を覚えた。
「テスラ、ノイトラをつれて下がりなさい。ザエルアポロのところに行けば何かしてくれるでしょう。
「…………後でまたキレちらかすぜ?
「
────文句があるなら、それが貴方の弱さだと思い出しなさい。ノイトラ」
おぉ怖っ、と軽く言うテスラに。意識のないノイトラに言い捨てた少女は笑わず、どこか陰鬱そうにため息をついて茶渡を見る。
位置としては、ノイトラたちとの間に割り込むような……、ノイトラを庇うような、そんな立ち位置。テスラはため息をついて、頭を少しかいた。
「けど、俺だって
「お願い、訊いてくれたらスンスンには後であなたのことも良く言っておいてあげるから……。お茶くらいはしてくれるんじゃな────」
「──スンスン殿~~~~~~~~ッ!!! マイ・スウィート・スンスン! ジャスティス!」
「えぇ……?」
そして、突如キャラ崩壊レベルで目にハートを浮かべかねないように狂喜乱舞するテスラ。人名も状況も何もかも知らない茶渡は困惑必須。そして彼はノイトラを軽々と担ぎ、そのまま
「スンスンって子。けっこう前に現世で傷ついた時、こっちでちょっと助けてもらったらしくてね。好きらしいのよ。だからあんな風にね」
「…………ああ迫られたら困惑、するんじゃないのか? その、スンスンって破面も」
「してるわよ? してるどころか辟易してるけど……。あんまり言うのもちょっと、ヘンというか、まあ、いいわ」
じゃあ、自己紹介と。やはり陰鬱な様子のまま、少女は引きずっていた刀を抜いて。
「
「……茶渡泰虎、人間だ。行かせては…………、もらえないようだな」
苦い顔で拳を構え直す茶渡に、ごめんなさい、と何故かネリエルは謝る。
「これも一つの矜持……、義務というか、何なのかしらね。
だから、と。斬魄刀を両手で握り、目を閉じ、縦に構え。
「謳え────
ほとばしる霊圧の奔流の中。
開いた彼女の両目の眼窩は、
※ ※ ※
「朽木さん……?」
感じ取った霊圧に急がないと、などと言いながらも、織姫はその場を動いていない。動かず、
そのうち、筋肉質な褐色に剃髪、
「おのれ……! なんたる、なんたる傲慢ッ! 貴様、神にでもなったつもりだというのか井上織姫ッ!?
一体誰の、何の許しを得て我らの力を!
ナンバー107の破面、ゾマリ・ルルー。この宮にて最初に織姫を待ち構えていた破面であるが、既に勝負は決している。
両足を斬り開かれ、その目からは血の涙を流す。
────私は『速度を』『拒絶する』!
────私は『愛を』『拒絶する』!
ゾマリの脳裏に、たったこの二つの言霊が過る。嗚呼、それこそが自らの強みを全部殺しつくすそれであったのだと。
故にこそ、自らのみならず他の破面の、
「我らが人を喰らうからか? ならばそれを阻む権利は誰が与えたものだ────!」
「ごめんなさ、あの、そういう複雑な話じゃなくって」
私はただ、と。織姫は眼前で、彼女に刀を突き立てようとしたヤギの頭蓋骨のような仮面を持つ破面……ルドボーンから一歩距離を取りながら、ゾマリに答える。
「今すぐ戦えないくらいになってくれてれば、とりあえず戦いは収まるんじゃないかなって。……ごめんなさい、
「…………ッ! 塵芥のように我らを見るようなその物言い、思い上がりも甚だしいッ!」
「えぇ~~~~~ッ!? そ、そんなんじゃないってばぁ、どうしよう黒崎くん……」
私そんな変な子じゃないもん! と言って頭を抱えてその場にしゃがみこむ織姫。
そんな彼女を見て、先ほどまでルドボーンたち破面葬討部隊というらしい破面たちと戦って、今は壁に背を預けて疲弊している平子やリサは「怖っ」「何であんななってるんあの子」などとちょっと引いていた。
実のところ、織姫の戦闘は誰よりも早く終わっていた。石田よりも、茶渡よりも、当然黒崎一護よりも。なのですぐに次の場所に移動しようとした、その段階でルドボーンたちの部隊が襲撃。いわく、敗者と、手負いの敵襲への処理とのこと。
彼らにとって想定外だったのは、織姫が一切疲弊していなかったこと。
結果、平子やリサは相手の刀剣解放に翻弄されながらも織姫の結界の範囲へと敵を誘導するのに終始。その後、ディ・ロイに行ったように
「う~ん、弱くなるって言っても、数日くらいなんだけどなぁ…………」
そう言い訳する彼女は、この環境の弱肉強食ぶりをまだそこまで理解していない。
少なからず理性がある相手なら、仲良く分かり合うことが出来るだろうという前提があるからこその……、
なんならディ・ロイがあの後崩落で死んでしまったかもしれないことに、実は胸を痛めているくらいには傲慢な対応である。とはいえ一護たちは基本的に戦いに来ているので、
「……うん! これくらいで良いかな。じゃあ、平子くんたちもこれからちょっと回復させるから」
「いや、ええわ。ちょっと休憩しとっただけやし。…………そういうのは一護たちにとっとけって話やで織姫ちゃん」「そうやそうや」
気遣う平子たちに「別に疲れないんだけどなぁ」と不思議そうな織姫。修行については
────そしてそんな織姫の前に、「とぅ!」と跳びあがり現れ、土下座を決め込む破面が二体。
いきなりのことに、織姫は目を丸くした。
「
「頼みがあるでヤンス!」
「え、ええぇ!? えっと、どうしたの? ……あと、朽木さん?」
「いや誰やお前らッ!?」
ずんぐりむっくりしながらも巨体を持つ破面と、純粋に人型に近い破面の2体。どちらも破面らしく髄の死覇装姿だが、それらがジャンピングスライディング土下座で現れ、しかも声はシリアス極まりない。かと思えばよく見れば人型の方の破面は袴をはいていないし(紫のステテコ的なものにふんどしのような何か)、ずんぐりむっくりのフードの方は何度も床に頭を打ち付けてヒビを入れている。
謎の熱意を前に「えっと、話は聞いてあげるから、あんまり壊さない方が良いんじゃ~……?」と困惑してる織姫。
訳が分からないまでも敵か! ということで、平子たちも立ち上がり斬魄刀を構え直した。
ぬぅ! と人型もずんぐりむっくりも、どちらも顔を上げて彼らを見て。
「ええい、ドントチャッカ! 先にその井上織姫をネル様の元に届けるのだ! 事情については
そして! ネル様が
「がってんでヤンス~~~~!」
「って、えぇ~~~~!? わわ、すごい力持ち……!」
ひょい、と。土下座姿勢から織姫を右肩に担いで座らせて、ドントチャッカはしれっと
敵意を感じられなかったせいか何故か抵抗しない織姫。待てやワレ! と瞬歩で距離を詰めようとする平子の足元に「あソーレ」と、仮面を少し上にずらして口から「ばしゃっ」と何かの液体を砲撃する。砲撃した液体を意図せず踏んで瞬歩した平子は、それは見事につるりと滑って背中から地面に倒れた。
「……って痛いわ!? 何やこの白くてネバネバしとるけったいなモン!」
「…………」
「何ゴクリ言うてるんやリサお前っ、この欲求不満がッ!」
「よよよ欲求不満!?
「お前結婚願望とかあったんか……? いやでも何とでもなるやろ
「……………………けな?」
えっ? という風に驚くリアクションをするリサ。何故かちょっと頬が赤く、両手で胸を抑えてドキドキしているように見えなくもないが。平子は平子で一切気にせず、視線すら向けずにクワガタのような仮面をした破面を睨む。
その破面は、ふんどし一丁の中に勢いよく右手を突っ込み。
「な、何を…………」
思わず冷や汗の垂れる平子と、つられて見て壮絶な表情をするリサ。
もぞもぞと動き、やがてその右手の先からは
「一体何────」
「──
当たり前と言えば当たり前のツッコミであるが。両手で顔を覆いながらも指の間に思いっきり隙間を開けてガン見しているリサを前に「やっぱ嫁入りは無理かもなぁコレやと」とか平子は肩をすくめた。
なお、直後に「そいっ!」とその破面はふんどしから斬魄刀を抜刀したので、猥褻は一切ない。
※ ※ ※
そして、一護は。
「────探したぜェ、黒崎一護ォ!」
「ッ!? グリムジョー!!? なんたってこんな時に……!」
「間が悪い……!」
一護に荷物のように運ばれながらも「あっち!」とか指をさして誘導しているリリネットでさえ、微妙に面倒くさそうな顔をする。それくらいには、彼らの道中で襲い掛かって来たグリムジョーは
「四の五の言ってねェで、とっとと俺と殺し合いやがれッ!」
「悪ィけど後にしてくれねェかッ!?」
言いながらも案外律儀に斬月で鍔ぜり、剣閃に応じてくれる一護。
そんな相手を前に、グリムジョーは笑みの強さがますます深まっていった。