夕暮れ時、浦原喜助は足元の黒猫の言葉に、肩をすくめて微笑んだ。
こじんまりとした古い駄菓子屋、浦原商店とは仮の姿。実体は
仕入れの関係上、尸魂界にも存在が知られていておかしくはないのだが、そのあたりどう
「どうしたんスか~? 夜一サン。ミルクは温いのよりも冷たい方が――――」
『――――幼気な猫をかわいがる、易い演技をするな、喜助。わかっておるかの……、本来ならば来ていないといけない連中が「全く来ていないことに」』
黒猫、夜一と呼ばれたその相手の言葉に、浦原は少しだけ真面目な顔になる。
「……その話、シャワーの前と後とどっちが良いっスかね」
『助平めっ。いくら儂が今こんな
「夜一さんはどんな姿でも『こう』っスからねぇ、ほーれゴロゴロゴロ……」
『ま、真面目な話くらいそのまま聞けぬかお主っ! ゴロゴロゴロゴロ…………』
首のあたりを愛でてゴロゴロニャンニャンと鳴かせる浦原はさておき。
「連絡がいっていないか。あるいは連絡がいっていても『認識できていないか』、という所ッスかねぇ」
『わかっておるかお主、それがどれほど危険な事態であるのかということを』
「そりゃ、アタシも夜一サンも当事者ッスからねぇ。『彼』には大分、色々と煮え湯を飲まされましたとも」
『フン、初めから大して信用しておらんかったじゃろうに』
「あら、バレてましたぁ?」
『儂に隠し事が出来るとは思わんことじゃな。内容はともかく、付き合いはえらく長いからの。…………って、何をやっとるんじゃ?』
ひょい、と。黒猫のわきの下に手を入れて軽々持ち上げる浦原である。困惑したように頭を左右に振ってきょろきょろしている黒猫に、またもや軽い調子で浦原は笑った。
「いや、続きは地下のシャワー室、温泉室で……」
『あっこら止さぬか! 本気だったのか喜助お主! 確かにちょっと野良生活を長くしすぎておったから獣臭くはなっとるじゃろうが――――』
「はいーはいー、丁寧に洗ってあげますよーホーラホーラ」
『じゃ、じゃからそこ、猫だと弱い……、この助平め! あの子供らの前で「戻って」やろうか! お主とて儂の真の柔肌を前にしたら未だにドギマギしておるじゃろうにッ』
「アタシとしては、それはそれで構わないッスけどねぇ」
『…………お主、ちょっとイライラしておるかの』
「疲れてはいるッスかねぇ。まー何もかもこっちの想定を軽々超えてくるもので…………。とりあえず、久々に
そう言いながら肩を落とす浦原に、黒猫は向き直って、ポンと肩を肉球で叩いた。
※ ※ ※
「――――ボーッハッハッハッハ!
ドン・観音寺ここに参上! さぁ皆も一緒に、ボハハハハハハハハハハハ――――!」
「また来たのかアンタ! って、皆って誰も居ねーじゃねぇかッ! っていうか五月蠅ぇ! 休日の朝っぱらから人ン
「巣鴨、駒込ぇ、田端西日暮里日暮里! 鶯谷ぃ、上野、御徒町ィ、秋っ葉原ぁあああああああああああ――――――ッ! あっ、チャーハンの出前は頼んでおいたから気にするなマイ弟子一号!」
「……っていうかその笑うの止めろ、もう止めてぇ……、辛い……」
「(声がしなびれてきておるな、一護)」
休日の黒崎医院、つまりは一護の自宅。病院の入り口で大声で喚きたてて腕を構えて大声で気持ち良く笑うドレッドヘアーに中華風の恰好をしたサングラスの男。一見して不審者だが本人いわく「小さな子でも遠くから一目で
石田雨竜の事件前後……、すなわちルキア自身が死神の力を「本当に」失う直前にあった、テレビ収録だったらしいそれにて遭遇した、現世における一護以外の「高い」霊的素養を持つ能力者でもある。もっとも彼の場合、一護のように「死神代行」になる以前から、何かしらの術を行使しているのだが。
そんな彼が一護をドライブに誘いに来たのか、それとも遊びに来たのか、そういったことは定かではないが来訪。実家、小さな町医者である黒崎医院の入り口に堂々と駐車してきているものだから、とりあえず退かせと怒鳴りに行くが、そもそもテンションが振り切れたあの男を一護はあまり得意としていないのだ。説得につかれて半泣き声で膝をつくそんな彼の様子を、ルキアは一護の部屋の窓からちらりと伺っていた。……足元から「あぅ! 姉さぁん……♡」というコンの声を踏みつけ発生させながら。
……弟分あるいは別な何かか、それなりに「可愛がってる」感覚があるためか、そんな様子の一護にルキアは少し愉しげな笑顔である。
なお、そんな状況をさらにややこしくする男が一人、部屋の中から現れて一護にちらっと声をかける。一護を始め妹たちからも「ヒゲ」だの「ゴリラ」だの言われたい放題な父親、黒崎一心だ。なお恰好こそ白衣姿だが、何かの整理をしていたのか段ボールを複数抱えては運んでいた。
「おぅ、一護どうした――――――ドン観音寺さんッ!」
「やや、ご無沙汰しておりますマイ弟子一号のお父様!」
「いや、なんでお互い頭下げんだ二人そろって。っていうか、へ? 知り合い?」
当然のような一護の質問に、観音寺が応える。
「以前、ドライブ除霊珍道中に誘いに来た時、共にファッショナブルなこのパッションでぇ熱く語り合った仲なのだ!」
「一護、コレ見ろ! 首のヒラヒラ、この間の撮影に使った奴だぜ!」
「「ボハハハハハハハハ――――!」」
「頼む、頼むから増えんじゃねぇ……」
段ボールを置いて観音寺からもらったらしい襟巻(?)を装備し、二人そろって同じ決めポーズ(両腕を胸の前でクロスして少し蟹股)で独特な笑いをする男二人を前に、白けた目を向ける一護であった。
と、一瞬にしてドン観音寺の表情が変わる。サングラス越しでも解るほどに瞠目し、普段通りの妙な笑いがいつの間にやら無くなっていた。
つられてか一心も笑いを止め、真顔で瞠目する。組んでいた肩を放すと、一心は目を細めてどこか遠くを眺め、ドン観音寺は「同じ方向に」耳を向けて手を立て収音するようにしていた。
「ンンンンン!? こいつぁ……、スメルズ・ライク・バッド・スピリッツ! 行くぞマイ弟子一号ぅ! あっ、お父様におかれましてはチャーハンのお代ここに置いていきますんで」
「あ、どうも」
「って、何言ってんだアンタちょっと! 親父も何普通に受け取ってんだよ! って、あああああああああああああ!」
あれよあれよという間に引っ張られ車に乗せられシートベルトまでご丁寧に「ちょいとな」と付けられ、そのままドライブゴー! と叫ぶドン観音寺に流される一護。「夕飯までには帰ってくるんだぞー!」と適当に声をかける一心であったが、特に気負った様子はなく。
ルキアもルキアで「コンすら持って行っていないではないか、たわけが……」とため息をついて、一心が家に戻るのを待とうと――――。
「…………行かないのかい? 『護廷十三隊十三番隊』の朽木ルキアちゃん」
「――――――――ッ」
明らかに、一護の部屋。その窓辺を見て声をかけた男のそれに、思わずルキアは外を覗いてしまった。
家の入口から見上げ、一心はルキアに向かって片目を閉じて「シィ~」と指を立てる。いかつい容姿にしては可愛らしい仕草だが、その発言者、およびその漂う「妙な霊力」が、ルキアを混乱させる。
「貴様は、いや貴方は…………? その『妙な霊絡』は……!」
以前にまだ力を失う前に視た黒崎一心のそれは、霊圧を可視化するために漂う霊子を「視覚的に」収束した帯であるそれは、間違いなく白い色だった。一護のそれも同様で、自らが死神の力を譲渡するまで、間違いなくそれは人間の色であったはず――――。
にもかかわらず、まるで今の一心のそれは…………、「根元が赤い」にもかかわらず、彼の元を離れれば離れるほど、ひたすらに真っ白なそれだった。一護からわずかに流れてきている「であろう」自らの霊力をもって見た色に、違いはあるまい。
まさか、と思う。だが、ここまでお膳立てされればもはや間違い様は無いだろう。確信を抱いていたわけではないが、しかし直感で思ったそれが正しかったのだ。
なにせその霊絡の色は、まるで今のルキア自身の――――。
「いくら死神の力を持っているからといっても、ウチの長男はまだまだ高校生だ。せいぜい、死なない程度に監督してやっといてくれ」
「…………ッ、わかり、ました」
だが、ルキアは尋ねることが出来なかった。
顔に覚えはない。何も覚えはない。そもそも当時も今も、自分は護廷十三隊の平隊員でしかない。いくら斬魄刀の刀剣解放を覚えど、自分の立場を変えることをあの兄が望むはずもない――――。
そんな自らの不明や不徳、不覚以上に「怖かった」。
もし本当に、彼が「そう」だとするならば。一護は、黒崎一護とは
「――――」
そんなルキアに、黒崎一心は声をかけなかった。ただ軽く手を振り、そのまま病院へと入っていき。
少しの逡巡の後、意を決してルキアは窓から飛び降りた。
なおその途中でコンは気絶していたので、ルキアたちの微妙なやりとりについては一切聞いていなかったりする。
※ ※ ※
『…………今朝、明らかに親父さん一護の霊絡見てたなぁ、オッサン』
『見ていたなぁ、ホワイト』
『たぶん、戻ったんだろうなぁ……』
『おそらく戻ったのだろうなぁ……』
俺とオッサンのそんな色々とネタバレに抵触してしまいそうな会話を、いまいち要領を得ない風に「きょとん」とした表情で聞いている姐さん。見た目の年齢よりも下に見えてそれはそれで可愛らしいが、それ以上に黒崎一心ないし志波一心の霊力が「戻った」ことの方に色々と頭が痛い。
何故ならあの
室内でテレビを見るように、ドン観音寺に文句を垂れている一護を見ている俺達だが、現状そのバランスは「姐さんを除くと」かなり危うい。黒崎一心から供給されていた死神の力が、その大本をベースとして一護の力として組み込まれたのが俺であるが。あの後姐さんが寝ている時にオッサンと話し合った結果、その上でさらに、俺自身意識していない形で
プラスワン、もっと別な霊力が必要であるという事――――少なくとも一護の霊格が、それに耐えられる程に成長できなければ。
それは必然的に、姐さんが朽木ルキアの精神世界へ帰るまでの時間が延びることを意味する。
…………この話だけは、オッサン共々一緒に言い出すことが出来なかった。
というか、今までのルキア至上主義っぷりから見てこの袖白雪にそんなことを言ってみれば、水没以上に俺とオッサンの凍結必至である。
要は後が怖すぎるのだ……。
オッサンにも話していない情報として、ルキアの義骸が魂魄と一体化している現状、おそらく原作のように尸魂界編でも分離されることは無い。下手すると、そのあたり上手い事処理するようにあの下駄帽子が調整してる可能性すらある。
つまり、下手をするとルキアが死神の力を仮に取り戻せたとしても…………。
だからといっていつまでも黙っている訳にもいかないだろう。姐さんは姐さんで「まあ私がいるのですから、そのうち簡単に上がるでしょう!」と楽観視することでその辺りを解決した気になっているみてーだが……。
「――――大体、何を感知したってんだアンタ、何を!」
「ほほう、そういうバッドスピリッツを探すのは、ボーイも苦手なのか? これは、流石に師匠の面目躍如というものではないかあああああ!」
「何でそんなテンション高いんだ普段からアンタ!
…………って、この声――――」
「ふむ、そろそろだな。そこの通路を右に! マイ運転手」
反響したような、獣じみた叫び声――――。咄嗟に一護は腰のあたりを探すが、そこでバッグを持ってきていない、つまりコンの準備がない事実に気付く。「ハッ!?」となった一護だったが、「ぬぅ?」と不思議そうなドン観音寺。
ま、まぁそう家から距離も離れてねーだろうし、ルキアもそう時間をかけず追いつくだろうって……、たぶん。
途中「ここでストップだ!」と運転手に指示をして停車し、走り出す観音寺。一護も装備こそないが、そのまま後をついていく。
『って、いや普段からやっぱ何か「幽体離脱」できる道具は持っておくべきだな一護も』
『事実上、我が使い手がそれを代行していますからね……』
場所は、以前の公園…………、そこでコウモリのような中型の
俺からすれば「見慣れた」ような光景だけど、一護たちからすれば見たことも無い光景なのか……。
「……なん…………、…………だと……?」
「マイ弟子一号、これは一体……? 何故あのホロウ? だったか、同じホロウを食べているのだ?」
えぇいしかし、と。ドン観音寺はステッキを取り出し、そちらに走り出す。おい観音寺! と叫ぶ一護に、彼はニカっと笑顔を向けた。
「例えバッドスピリッツに堕ちようとも、元は皆善良なる魂――――いたずらに魂が壊される様など、もう見たくはないのだマイ弟子! 『この私』だからこそだ!」
「……ッ、何、カッコつけてんだアンタ!」
もともとドン観音寺自身、今までの除霊経験から「魂に開く
「――――前にも言ったろう、戦いから逃げるヒーローを子供たちはヒーローとは呼ばぬのだ、ボーイ!」
『このお方、力の程はともかく御心はまともなのですね。前にも思いましたが…………』
『…………曇り始めたな』
『いやおかしいだろ一護。って、アレか。すぐ観音寺を助けにいけねーからか、ちょっと嫌な気分になってんの』
うおおおお、と。それを言って無謀にも走り出す観音寺を前に一護はわずかに拳を握り――――と? 一瞬で目の前に一護の身体が倒れる。それを見ている一護ということは……。
「……何をしてるのだ、たわけが! 普段からコンを持ち歩けと言っているだろう! 私は貴様のお母さんではないのだぞ!」
「いや今回、俺のせいじゃねーだろいくら何でも!」
右手には見慣れたグローブ。服装はちょっと波模様がオシャレなワンピース。そしてどこからか持ってきた自転車でかけつけたルキアが、スカートの捲れすら気にせず飛び掛かり一護の魂を抜いたのだ。
その場に現れた「今の」一護は、以前と恰好が異なっている。適当に背中から斬魄刀を留めていたそれは、原作における初期「斬月」解放後の赤い数珠繋ぎっぽいアレに。
ただ背負う刀は「斬月」のそれではない。布に巻かれた大きな鞘、刀身は相変わらず大きく、しかししっかりとした色――――「霊圧が凝縮された」斬魄刀。持ち手は白にそれに黒い布が巻かれている。そして
それを慣れた手つきで抜き、倒れた一護の身体を引きずっていくルキアに「行ってくるぜ」と一声かけて走り出した。
「うおおおおおお、ボオオイイイイイイイ!?
「いやそもそもアレ、そんなに速度が……。
って、下がってろ、オッサン!」
斬魄刀を構え、霊圧を高めると同時に。鞘の方に巻かれていた「オッサンの」布が、斬魄刀の柄の底に絡みつき――――。
「――――
正面方向に放たれた霊圧が、そのまま一発の斬撃のように虚の翼を抉る。悲鳴を上げながら、空中から落ちる蝙蝠のような虚。それを前に、一護は斬魄刀を振るう。
形状だけで言えばこの間の不完全な開放だが、一つだけ違う所がある――――刀身、つまり「
それは正しく、ルキアの霊圧が一護の霊力を抑え込む役割を代行しているということで…………。
『………………』
急に笑顔になって黙り始めた姐さんから、俺とオッサンは思わず距離をとった。冷気が、冷気が漂ってるんだよなぁ……! 少しは抑えてもらえませんかねぇと言いたいところだが、姐さん本人は色々と嫌々やっていることなのだろう。気持ちは分からないでもないが、俺もオッサンも「一護を護る立場」なので、その不満だけは一切取り合う気がない。
この調子だともしアニオリ「斬魄刀異聞」に入ったら、姐さんあの下駄帽子を真っ先にぶっ殺しに行くんじゃねぇだろなあ……。いやどうせ殺されないし変な手練手管で拘束し始めるんだろうが、あの下駄帽子。
「月牙……、天衝ぉおおお!」
地面に倒れ伏した虚目掛けて、変化した「斬月」を地面に走らせながら駆ける一護。虚が一護の方を見たが、もう遅い。そのまま斬月を振り上げると、今まで引きずってきたその軌跡まで含めた「巨大な」それに、そのまま霊圧が乗り――――。
一撃。一撃で、一護は中型
「……よぅ、終わったぜ。…………っていうか、お前も最初から観音寺の車に乗ってくりゃ良かったんじゃねーか?」
「たわけ、それでは、こう、それはそれで色々と問題があるではないか! 察しろ貴様!(私がどこに居たと思っておるのだ、世間一般的な視点で考えろ!)」
「あ? 別に今更そんなの大した話じゃ……」
「そ、そんなのとは何だそんなのとは! というか貴様、ヘンなところで周りの視線に鈍感になるな……」
そして、少しだけ頬を赤らめながら叫ぶルキアの言わんとしているところを察せない一護に苛立つルキアと。その見方によっては青春の1ページみたいな映像にキレ散らかす一歩手前の姐さん。
そんな姐さんを部屋に置いて退散する俺とオッサンの背後に、テレビ映像から「流石、マイ弟子一号!」とボハハハハ大笑いする声が聞こえた。