そしてアレなお宅訪問
「……たくっ、一体どうなってんだ」
ため息をつく一護は、返却されたテストの不正解を睨みながらため息をつく。場所は教室で、既に終業。昼よりも少し前の解散となっているが、生徒たちの動きはまばらである。
一護はその中で、一応は間違えた問題を解き直す派である。そんな彼を若干遠目で伺ってそわそわしている石田雨竜はさておき、現代高校生の学問に四苦八苦しているルキアに「朽木さん、ここの数は右辺を見てからまず――――」と意外としっかりした教え方でアドバイスをしていたりする教室だったが。
一護は一護でテストの見返しよりも、頭の中は昨日のことでいっぱいになっていた。
(結局、一角にも恋次にも手加減されてたってことか……。なんならルキアにだって)
『斬魄刀の解放は後回しだ! とりあえず一護、お前に基礎基本の基のきから叩き込んでやるぜ!』
ある程度、一護と手合わせをした恋次の結論はそれだった。途中で浦原商店まで戻って来た(?)一角たちの話と、実際に一護と手合わせした分をまとめて考えた上での、恋次の結論がそれである。
霊的な素養、斬魄刀の力は野良といえど群を抜いて強い。だがそれ以外がまるでなっておらず、梅針に縋れなかったのもそのあたりが原因だろうと。
「い~! ち~! ご~! 帰りさぁ? ちょっと
「あー、啓吾、悪ィがパスで」
「えーッ!? 何でー!」
「せやせやー! 何で拒否すンねん一護、せっかくなんやしカワイ子ちゃん見に行こうやー! 新しい服屋出来たからフツーに外の方から遊びに来てくれとるんやろ? な?」
「おー! わかってくれるか転校生ッ!」
「わかるでわかるでー! ところであのちっこい方はどこいったんや?」
「水色はなぁ……、『わざわざそんなことしないでも女体には困ってないから』ってさわやかな笑顔でなぁ、トホホ…………」
「何や、可愛い顔してエグいなあいつ……」
と、友人の浅野啓吾の誘いを適当に断りつつ思考の海へと再び潜ろうとした一護だったが、その啓吾の声とともに聞こえた方言口調のそれにまばたき二回と若干のフリーズ。がばっと擬音が聞こえそうな勢いで振り返り、啓吾と肩を組んで剽軽な踊りを踊っているその相手に絶叫した。
「平子!? お前、何普通に登校して来て……!!?」
「えー? 何言うてんねん、学生の本分やろ一応、学校来て学ぶん」
ちなみに転校の時期が時期であったため、テストについては前の学校で転校直前に行ったものが今回は反映されるという扱いになってるとしれっと解説する平子である。「あっそれならテスト期間中に居なかったのも当然か」と納得しかける一護だが、半眼になり「待て待て待て」と思わずツッコミを入れた。
「だったらお前、今日休みだろッ!」
「了見が狭いやっちゃのー、友達と交友深めるんに理由はいらへんやろー? というわけでおはよーさん、いっちごくーん! るっきゃちゃーん!」
「そうだぞ一護、こうだぞこうッ! 最近付き合い悪いんだから、今日みたいな日は遊べよなー! 日曜だって誘ってもこなかったし、なー!」
「うぇ、あ、お、おぅ…………?」
(だいぶ混乱しておるな、一護…………)
名状しがたい何とも言い難い表情をした一護に、平子の挨拶に顔を引きつらせながら応じつつもルキアの感想。
と、ここで井上織姫が平子に気づき「あっ平子くんおっはよー!」と返す。
「ふああああああッ! ちゃんと名前覚えてくれとる……! リサと全然違うわ」
「うんうん、良かったなぁ転校生……!」
「ありがとさん織姫ちゅわああああんッ!」
「きゃっ」
「ってちょっと待てェ転校生ィ!?」
「井上さんッ!?」
目の前で平子に抱き着かれた織姫の声に、啓吾とルキアが反応する。なおルキアは猫を被った口調のままだが、声のトーンは普段のものに近い。
「あー? 別に嫌がっとるわけ違うやろ? せやったらぶん殴るか股蹴り上げるか頭から唐竹割されるかしとるやん」
「えっ何そのヴァイオレンスなスキンシップ……?」
「例えが極端すぎませんこと……? というか、小島さんやたつきさんがいらっしゃらないと私が代理でツッコミをしないといけないんですの?」
ちなみにナンパに出掛けるまでもなく遊び(意味深)に教室を出た水色はともかく、有沢たつきはテスト返し終了後、挨拶も早々に部活動の方へと出動していた。インターハイ目前の追い上げに入っているため、あちらもあちらで気合が入っている。……あるいは一護と話して余計な負担を抱え込まないためかもしれないが、その辺りは一護としても助かっている。
織姫と今度は肩を組みながら、なんなら彼女をちょっと寄せながら満面の笑みの平子に、ちょっと泣きべそをかきながら啓吾が指を指す。
「な、何だよー、いくらクラスメイトとの距離感がわからない恥ずかしがり屋ちゃんだってもうちょっと恥じらいってものを持ってるべきだぞ平子ォ!」
「なんで恥ずかしがり屋やねんッ!? この三枚目ムーブのどこに恥ずかしがり屋要素あったんやッ! ボケるにしても、もうちょっと腕磨かんかいッ」
「おっすごーい! 本物の大阪のツッコミだー! ……それはそうと、ちょっと手はどけて欲しいかな……」
「んな、硬い事いわへんでーなー?」
「全く、やれやれ。いかに転校生と言えどその暴挙は目に余るよ」
おおメガネが立った! とか、石田君頑張って! とか、アイツら仲良かったか? とか、クラスメイトの女子側数人からも声が上がる。
平子も平子で半眼でニヤリと笑いながら「何やねん陰険メガネ」と言うが、一方の石田雨竜もその眼鏡の角度を調整してから「君は物を知らないね転校生」と言う。
「眼鏡とは
そんなことも理解できない君に、眼鏡の何たるかを愚弄する資格はないッ!」
「えっ趣味可愛い……」
「家庭科部だったけか、石田……?」
(そういえばボロボロになったコンの裁縫も素早かったな)
「そして! 眼鏡のなんたるかが分からない君が学生の本分を取り違えてナンパに手を出すのなんて片腹痛いぞ!」
「はうッ!? あのー、それ俺のことも背中から撃っていらっしゃるんですけどウリューく~ん……?」
「い、意外とオモろいやっちゃなぁ……?」
それはさておき、と再度眼鏡の位置を調整した雨竜。啓吾がそそくさと「味方を得たり!」とばかりに彼の背後に回ろうとするが、そんな二人の両肩を力の限り掴む「鬼」が一人。
「なっ、本匠さん!?」
「千鶴パイセン……!」
「待たせたな。後はアタシに任せな、三下共…………」
ゆらりとゆらめき立ち上がる彼女、本匠千鶴は、なんとなくジョジ〇立ちのような奇怪に身体をひねったポージングで力を入れて拳を握っている。「拳西とか好きそうやなァ」と冷汗をかきながらぼそりとつぶやく平子に、織姫が不思議そうな視線を向けているが、それはさておき。
ちなみに眼鏡も装備しているが、彼女の様子からは知性や教養は感じ取れないのはご愛敬である。いや、ある種の
「織姫はねェ! 嫌な事されても嫌な顔できない良い子なのよっ! ちょっとジッサイ豊満な形に挟んだって『も、もう』くらいの可愛いリアクションでそれがまたそそる感じなんだから、そんなことも判らずに無暗に抱き着くような猿は、この世に存在する価値などないわ!
わかってるの黒崎一護ォ!」
「ちょっと待て、俺全然関係ねェだろ!?」
「うっさいオレンジ頭ッ!」
「こ、ここまで振り切れた性格だったっけ彼女……」
「たつきの奴がいないとこんなモンだぜ、千鶴パイセン」
「随分好き勝手やってるんと違うか? 普通に羨ましいんやけど……」
思わぬ形で飛び火して思わず律義にツッコミを入れた一護。そんな彼に頬を染めながら「あ、あはは……」と困ったように照れ笑いする織姫。その様子にさらにヒートアップしてもはや平子よりも一護へと攻撃方面が移ってる千鶴という地獄絵図を前に、平子は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
閑話休題。
そのまましばらく軽く騒いだ後に解散となりそうなタイミングで「ちょっとツラ貸せ」と平子のネクタイを引っ張っていく一護。「とばっちりだったからね」と肩をすくめる石田と無言のチャドはともかく、そんな彼等の後を密かにつけていくルキアである。
(あの、たわけが。今更あのような者と二人きりにする訳がなかろうが)
内心で毒づくルキアであるが、表情はどこか悲壮である。
そもそもの前提として「
だが、次元が違う。
死神になる以前から「自らの霊力感知」すら惑わし、死神となった今ですら袖白雪で封じられてなお垂れ流される霊力の濃さに驚かされる一護である。そんな彼の虚化を制御できなくなるとすれば、おそらく彼の母親とは違う意味で魂魄が破壊されることだろう。
浦原の言っていた言葉をすべて信じたわけではない。わけではないが、それでも度々一護の戦闘を見ていると、これは並々尋常ならざるものだと理解させられる。
ゆえに封を外すわけにはいかない――――下手をすれば、一生。
それだけの覚悟は既にしている。幸か不幸か「
(海燕殿ではないが、一度こうと決めてしまえばどうにもなるまいからな。……フフ、世話の焼ける)
だからこそ一護の行動に、自らが何をしているのかを察されるわけにはいかない。
同時に、少しだけその今の状況に不思議と笑みが零れた事実を、彼女はあえて意図的に無視した。
平子を連れた一護は体育館前の表の通路へ。その
「ヴぇッ!? な、何やネクタイ掴むの止めぇや!
そんなんキレんでもええやろ、織姫ちゃんお前の彼女ちゃうやろ、とばっちりしても俺も全然関係ないし」
「俺の方が関係ねェだろ!? というか、それは当たり前だっ!
つーかえーっと、それは関係なく、井上には後で普通に謝っとけ。セクハラだぞセクハラ」
「そんなん『三十年くらい前』とか全然存在せーへんかった言葉使われてもなぁ……。べー」
悪びれた様子もなく舌を出す平子。なんとなくだが、馴染むのが随分早い。ただ舌ピアスを見た一護が若干「うっ」という顔をしているのをルキアは見逃していない。痛そう、とか思っているのだろうか。
「っていうかお前、それはそうと何で学校に来てンだ! 死神が何だどうとか言ってて、転校してからしばらく休んだろッ」
「あー、そらまぁ……、とりあえず『顔』見て問題ないて判断したから来た感じやな。とりあえず『百年分くらいは』問題あらへんわ。藤丸とかまつ梨とか来てへんで良かったわ」
「それと後、梅針のことだッ!」
「…………」
何や眠っとらんかったんかい、と舌打ちをした平子は、そのまま半眼になる。何だよと問う一護に「何もあらへんわ」と平子は睨み返す。
「答えることは無いで、あれは俺らの方の問題や。……嗚呼、そう言う意味じゃ『お前の問題でもある』んやけどな」
「なん、だ?」
「言ったやろ? お前は仲間やて――――――――もう気づいてるんと違うか? お前の中にも、
息をのむ一護。すっと平子がどこからか取り出した仮面は、それこそ一護が始解をした際に顔に装着されていたあの仮面であり、自らが砕いて捨てたそれだ。
「もう遅いんや。虚の仮面は、一度発症したら『仮面が出る理由が固定されてしまった』言う話や。
お前がどう認識していようが、お前の魂魄はもう『俺達の側』や、一護。俺は見とったで? お前が大虚の虚閃からルキアちゃん庇った後、お前の顔に仮面が出来とったのを」
「…………」
一護の脳裏には、斬月ではない斬魄刀を振るう自らに瓜二つの真っ白な誰かの姿が映る。斬月のおっさんでもなく、袖白雪でも、その子供らしき何かでもない。自らに恐怖へと足を取られるなと語ったその誰か――――自ら以上に自分のことを知る存在などいないとのたまった、あの白い一護。
「まだ気付いてへんなら、覚悟決めようや一護。どうせ梅針について下駄帽子あたりから簡単には聞いとるやろ? せやったら何が起こるか今の話から想像つくはずや。
織姫ちゃんも、あのデカいボクサーっぽい友達も、陰険眼鏡もひょーきんで楽しい愛すべきクラスメイトたちも、『そこでこっちをコソコソ見てる』ルキアちゃんも、皆友達やろ?」
「なっ!?」
「ッ! ルキア、お前……」
言われて気づいた一護、その背後、校舎側の扉をわずかに開いて覗いていたルキアと目が合う。バツが悪そうに出て来た彼女は、しかし腕を組んで平子を睨みつけるように一護のすぐ後ろに立った。
「んな怖い顔しても関係ないわ。――――甘いで、お前等。そう幸せに思ってられるんは今の内だけや。このまま日々過ごすだけでも、徐々に徐々にお前の力は高まり『境界が薄くなり』、必ず暴走して梅針みたいになる。
そうなったら終いや。お前が何にどう思おうが、誰をどう愛そうが、関係あらへん。お前の力はぜぇんぶ呑み込んで、何も残らへん。愛する家族も、愛すべき友も、愛し合った誰かもな」
そして、一護の震えるような反応と、ルキアの堂々とした姿勢を一瞥してから「あー」と何かを察した平子。
「なるほど、また下駄帽子がアレなことしとんのは判ったわ。
けどそれかて付け焼刃や。『境界が無くなった』存在の上限っちゅーのはあっという間にこっちの想像を跳ね飛ばす。そしたらもう『外から』どうこうしようと――――」
「――――それ以上は語らせないぞ、平子真子」
「おぉ怖いわなぁ……、愛されとるやん」
「それは違ェだろ」「それは違う」
息ぴったりやんけ、とそろって否定する二人に肩をすくめる平子である。もっとも二人とも特に照れもせず真顔なので、所謂「それっぽい」雰囲気は欠片もないのだが。
「まぁ! 急いでる訳違うし、まだ『自力で抑えられなく』なってへんのなら、気長にいこうや。どうしようもなくなったら、俺にちゃんと話せ。
一人で抱え込むなよ一護。…………そん時はちゃんと色々話して、『正気の保ち方』教えたるわ」
じゃあな~! と「生身のまま」足元で霊圧を爆発させてその場から消えた平子。消えたのではなく飛び上がったが正しいが、それでも目の前で行われたそれを見て、一護はわずかに上空を見て息をのむ。
「……なァ、ルキア」
「どうした、一護」
「お前の死神の力って、まだ戻らねェのか?」
一護のその問いかけの真意は不明だが。そこにわずかに滲む鬱屈としたそれを、ルキアは鼻で笑い。
「さぁてな。何分、気を抜けない死神代行だからな、貴様は。戻ったとしておいそれと、一人で置いていけるかどうか」
「…………どういう意味だよ」
「言葉通りだ。どれ、今日も修行に行くのだろう? だったら今日は私も恋次と共に『れくちゃあ』してやろう!」
普段のノリで明るく振舞う彼女に。しかしそれでも一護はどこか陰鬱な表情のまま、嗚呼とだけ返した。
※ ※ ※
「ふぅ~! 小学生は本当元気だぜ、なぁ
…………そしてオヤジは悲しくも今日もお仕事ですよ~っと」
黒崎家、クロサキ医院と自宅との境の扉の前に飾られた「真咲☆フォーエバー」と印字された特大ポスターのごとき遺影をふき、黒崎一心は白衣を纏う。
昼食後、子供達姉妹二人が夏休み早々に遊びに出たのを見送ってから午後の診療の準備をしていた彼だが。なんとなく愚痴を言いながら妻の遺影を磨いていると、インターホンの呼び鈴が鳴る。
はいはーいと適当に声を上げて液晶画面を見れば、帽子を被った小学生くらいの子供の姿。
「遊子とか夏梨とかの友達か? にしちゃ見覚えも無ェ感じだが…………、はッ!? まさかボーイフレンド!? 早いぞ、お父さん的にそういうのはせめてこう中学生くらいになって『オヤジのと一緒に洗濯してほしくないんだけど』って反抗期に入ってからくらい――――あっ無理! 俺、死ぬ! それ言われたら死ぬ! というか一護も夏梨もそういうこと言ってくるし!
ちくしょう、毎日家族のために汗水たらして働いてる親父に何だよぅあの物言いッ! こうなったらあのガキンチョ、色々見極めてくれ――――」
ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽんぴんぽんぴんぽん。呼び鈴が連打される。
「はいはい今行きますよッ! ったく、悪戯とかじゃ無ェよな。といっても遊子たちはもう出かけちまってるし……。
は~い! 坊主、一体ウチに何の用………………が……」
そして扉の前に居た小学生くらいの少年を前に、一心は全身が固まる。少年は何故か学ラン風の恰好で、帽子をとったその髪は白い。そしてどこか疲れたような半眼で一心を見ており、その微妙な威圧感に思わず一歩後退。
「お、おぉ…………、じゃあそゆことで――――」
「――――そゆことで、じゃねェんですよ、
とりあえずお邪魔しますね、と。一心がリアクションをうまく取れないでいる隙に、少年は玄関に上がり込み扉を閉めた。