「縛道の三十七『
ぶつぶつと文句を言いながら、身体から刃が生えたようなその巨漢の死神、梅針はハンモック状に展開された霊子によりかかる。
場所は、青空。すすけた大地は色のない、虚たちがうごめく場所とも異なる。無機質な樹木らしきものがそこかしこに生えており、しかし同時に生命を感じさせることもない枯れ木のまま。
その空中で、梅針は半眼になりながら、自らの右腕を――――そこに刻まれた、手首から肘にかけて、えぐられたような傷痕を見る。
「霊子操作が全然追いついてねェくせに、卍解相手にしっかり一発入れるとかなァ。四百年後の現世っつーのも、中々馬鹿にできねェじゃねぇか」
ニヤリと笑う梅針だが、どこか声は空虚なものである。
「……もうちょっとだ、
「――――――――」
「――――――――」
「――――――――」
「――――――――」
「……あァ?」
そんな梅針の周囲に浮かび、漂う被り物をしたようなシルエット。人型ではあるが、顔の部分に赤い尖りもの、身体は白い布に覆われて、なんなら人体らしき部分も白く、そして淡い。
「
まァお前等でもいいか。ちったぁ腹の足しになってくれよ? ――――我に返れ、梅針鞭!」
そんな何かを見た梅針は、霊子のハンモックを解除していっきに殴りかかる。両腕を刃の塊状に変化させ、シルエットの一つ一つを消し飛ばし吹き飛ばす。
それと同時に腕を掲げ、周囲へと霧散する前の霊子を自らに収束……、否「捕食」している。
「やっぱ全然ダメだな……。『霊威が無い』せいか、これならまだ虚を普通に狩って食った方がまだマシだぜ。
でも、あんまりやると梅針鞭のバランスが崩れちまうからなァ。…………。また現世にでも行くか?」
そう言いながら、梅針は空中に自らの霊子を放つと、上空でそれは砕けて弾け、まるで白い穴のようなものを形成する。あたかも、まるで昼に上った月のような、円形の穴。それを見て、梅針は「因果なモンだぜ」と肩をすくめた。
「出ると決まりゃ、早ェところ龍堂寺のガキに見つからない内に逃げるに限るぜ――――お? この霊圧は……」
そして、その穴の月から漏れる濃密な「垂れ流しの」霊圧に、梅針はニヤリと笑う。
まるで何か共鳴したように震える自らの右腕を押さえ、そのまま空中へ瞬歩で飛び上がり、一気に穴を通過する。
現れ出たのは、空座町の空中。それと同時に後方、今自らが出て来た穴へと霊圧を打ち込み、その境界の穴を閉じる梅針。
「なんでェ、もう傷は良いのかよなぁ―――― 一護ッ!」
どこか愉しそうに、どこか寂しそうに、ゲラゲラと笑いながらも、どこか乾いた声で。矛盾するような声音のまま、梅針は一護の霊圧が飛んできている方角をめざし、つまり山の方を目指して飛翔する。いつの間にか、その背に刃が重なって出来た翼のようなものが生えてきており、上空から滑空しながら梅針は目的地へと向かう。
果たしてその先には――――何やら珍妙な装置の上で、せっせと汗をかきながら運動している一護の姿。
現世の知識があれば、エ〇ウォーカーだのス〇イウォーカーだのと名称を言い当てるだろう、それを使っている、誰がどこからどう見てもダイエット中にしか見えない一護だった。
「黒崎くん、頑張って~!」
「あれは……、意味があるのだろうか、浦原さん」
「大丈夫っスよ~! あの『ハイパー夜一ウォーカー』を使えばあ~ら不思議、普段無意識で消費している霊圧に指向性を持たせて放出することすらほーら簡単に。ハッハッハ!」
「どうでも良いが何故、儂の名を付けた喜助? 聞いておるのか喜助?」
「夜一殿、ここはお抑え下さいませ……!」
「ガ~~ッハッハッハッハッハ!?」
「く…………っ、な、中々様になっておるぞ一護」
「笑うンじゃねェ!? つーか、本当にこれ効果あンだろうな下駄帽子ィ!!?」
何やってんだアイツら、と、空中で思わず微妙な顔になってしまう梅針である。テンションが上がった所に冷や水をぶっかけられた様な、一周回って冷静さを取り戻させられた様な状況である。とある神社の境内の中でやっているので神社側も迷惑だろうが、まあそれはどうでも良い。もし狙ってやったのなら大したものだが、おそらく一護の本意ではないのだろうと、件の文句を言われた下駄帽子の方を見る。
なるほど、実際一護から現在垂れ流されている霊圧は、一護自身自覚はしていないだろうが「収束されて」「圧縮されて」垂れ流された死神のもの。そこにわずかに虚の霊圧を感じるのは自分や、あの平子たちくらいなものだろうが、確かにこれは自分からすれば極上の御馳走のような霊圧だ。
それは、決して食べるという意味ではないのだが。
「
いや、まァ『過去の遺物』がどうこう言う話でもねェか」
苦笑いすると、梅針は少しだけ腕を組んで悩む。このまま一護の方へと空中から落下すると、周辺被害が酷いことになりそうだ。おそらく一護の友達連中が揃ってる状況で、わざわざ無駄に傷つける必要もない。
だからといって、あまり馴れ馴れしく向かうのも何か違うだろう。というかそもそも、一護には「敵対してもらわなければ困る」のだ。
「この距離で俺の霊圧を感じ取れねェっつーことは、やっぱり一護の霊圧がヤベェっつーことだな。…………お前には悪いが、せいぜいちゃんと
おおおおおおおおおお――――――――ッ!」
と、空中で一気に霊圧を放つ梅針。いかに一護の霊圧のせいで感知能力がかき乱されているにしても、それなりに近い距離で霊圧を放てば、存在に気づくことは出来る。
果たして下方で漕いでいた一護は、その手を止めて上空を見た。
「梅針――――」
「お遊戯は終わりか?」
「お遊戯とか言うんじゃねェ!?」
「ゲッヘッヘ」
羞恥心から思わず叫んだ一護だったが、敵対心そのものは何故か薄い。
どういうことだ、と思いながらも、梅針は霊圧を腕に込めて、拳を突き出しながら解き放つ。
「
「――――
ほう、と唸る梅針。斬魄刀はまだ解放していないが、一護めがけて放った刃に対して、斬魄刀を横方向に回転させて地面を抉り「円形の月牙」を形成する一護。そのまま出来上がった月牙を盾のように扱い、なんならその状態のまま梅針まで飛ばしてくる。
虚化したのを一瞬ちらりと見はしたが、正式に一護の斬魄刀の能力というものを、梅針は初めて間近で見た。
円盤状の霊圧を巻き込む、地面から放たれる斬月の、月牙天衝の霊圧の奔流――――。
「
「あァっ!? 聞こえねェ!」
あまりに直接的な物言いだったが、その裂ける
ちなみにもし一護の内なる世界を観測する術があるなら、ホワイトが「そりゃそうだ」と何度も頷き「矢なのだがなぁ」と斬月のおっさんの方が渋い声を出しているところであるが、それは割愛。
正面から激突する梅針と一護の霊圧は、しかし今回は梅針に軍配が上がり「吸収されて」消えた。
と、そのまま一気に「空中まで」距離を詰めてくる一護。瞬歩を使ったのは間違いないが、その動きに微妙に違和感を覚える梅針。気のせいでなければ、一護の足元の霊子の動きがなめらかすぎるというか、それこそ「体内の霊子」を流して足場にしたにしては、妙に切り替えが素早すぎるというべきか。
そんな疑問を振り払い、斬魄刀で切りかかってくる一護のそれを、刃の集合となった腕で受ける。
「
「おォ!?」
瞬間、鞘に巻かれている布が斬魄刀の柄尻を覆ったかと思えば、月牙ほどではないが猛烈な衝撃波が斬魄刀より放たれる。
思わず後退する梅針に、解放後のいつもの斬月を構えて襲い掛かる一護である。明らかに密度と重量を増した斬月と、いつでも月牙を放てるように霊圧を纏い続けてる斬月の連撃に、冷汗をかく梅針。
瞬歩で地面まで逃げるが、それに追いすがって斬りかかってくる一護。なんなら地面なら突き刺して月牙を放てるのだから、今の一護にはホームグラウンドだ。
「ヘッ、瞬歩が上手くなったじゃねぇか。だがこっちはどうだ――――!」
「おわッ!? げ、月牙〇字衝ォ!」
そして刀剣の間合いから、いきなり
思わず一歩後ずさり、円形の月牙を再度展開。梅針の正拳突きの一撃を霊圧で相殺し、その衝撃も併せて後方へ飛び退く。
互いに構え直し、仕切り直しといった二人。
ちらりと、一護を見守る織姫らやルキアたちを見て、梅針はニヤリと笑う。
「……お友達はともかく、そっちの死神共は来ねェのか?」
「アイツらには、見ててくれって頼んでんだ。後、俺が『どうにかなってしまった』時に止めてくれって」
「そうかよ。…………いいダチじゃねェか。
だが、そんな甘っちょろいことを言って、そんな鈍った刃で、誰も彼も守れるとか思うなよ――――!」
殴りかかる梅針へと、一護は斬月を向け。
しかし、その表情はどこか痛々しい傷痕でも見るような、そんな風であった。
※ ※ ※
『姉上は、最期まで笑っていたんだよ、真子』
今でも覚えているのは、あの赤毛の優男、自分にとって兄貴分だった隊長の寂し気な横顔。
当時は第二席どころか第五席であったが、それでもそんな自分を、あの隊長はよく買ってくれた。嗚呼それはまるで手のかかる弟かのように。だからこそ、そんな彼の空虚な表情は見ていられなかった。
『だから――――私は、姉上に恥じないように、生き切らなければならない。こうなってしまった尸魂界に思う所はあるが、そうであってもな』
『
『そういう顔をしてくれるな、真子。……もしものことがあったら、藤丸やまつ梨のことを頼む』
『せやかて、無理ですやんっ、俺もひよ里もまだまだガキやし……、って、頭撫でへんでくださいよッ!』
済まない済まないと笑いながらも、自らの頭をわしわし撫でる手を止めない隊長。まだ「十代前半」程度の姿だった自分を子供扱いもするが、しかしあの隊長は正しく、自分を一人の死神として扱ってくれていたと思う。
……だからこそ自らの斬魄刀には蛇蝎のごとく嫌われていたのだろうが。ホンマ天邪鬼なことに関してだけは妙に全力よなァ、ワレ。
そんな彼と、あのおかっぱ頭の十一番隊隊長の女死神、
『いくぞ紫電――――――――卍解、
『卍解――――
片や、空中から降り注ぐ、無数の糸のような雷の刃の雨霰。
片や、放たれた霊圧が熱を帯び、それらを身に鎧のように纏った女の太陽の拳。
並の虚でも、否、あのアルトゥロを名乗っていた破面でも喰らえば只では済まないだろうその一撃を前に、梅針は両手の拳をぶつけて――――。
「……ッ、嫌な事思い出すわ」
思わず舌打ちしながら、平子真子は空中を走る。……何故か「上下逆さまの状態で」。今日は流石に制服ではなくオレンジのシャツに黒いチノパンと、当世風の格好だ。そのお陰で、空中を闊歩する怪しい男の怪しさに磨きがかかるところだが、そこは鬼道を使用して姿を消しているため、霊感のない現世の人間から識別されることだけはあるまい。
「ひよりも災難やなぁ、あの
半笑いの平子だが、実際のところその作戦に使われるアイテム自体は浦原が一護に与えた物とそう差はなかったことを明記しておく。
さて。平子たちは平子たちで、梅針をおびき寄せるために作戦を練っていた。
梅針の出現条件は、実際のところかなりシンプルだった――――「大量の虚の霊圧」、もしくは「虚と死神の強い霊圧」。
このどちらかの条件を満たした場合に、梅針は「捕食のため」現れる。ハッチにさせた空座町全体の霊圧調査や、自らの経験も踏まえた上でのその推測は、
そして作戦決行直前、全員でダイエットマシーン的な何かに乗った状態になったタイミングで、一護の霊圧が突如として「分厚く」流れ出した。
わざわざ意識せずとも霊絡が可視化する程に、集中して収束した一護の霊圧。街はずれから街はずれまでの距離すら一気に埋める程に、その密度は尋常なものではない。
『アホかい!? 何やこの霊圧、こんなバカみたいなモン、限定霊印も無しに垂れ流しにしてええもんやないやろーが!?』
『一護にンな器用な真似できる訳あらへんやろ?』
『だったら誰の仕業やねんこれ…………って、あー、喜助やな多分。何考えとんねんあのハゲ、絶対帽子の下の生え際ヤバいことになっとるで!』
設定や設置、準備に追われたひよ里がブチ切れる中、もしかしたら一護たちも自分たちと同様の結論に至ったのでは? という疑念から、平子を始め数人がその霊絡を辿り空中を走る。
そんな平子目掛けて、砂嵐のような何かが突然襲い掛かり――――。
「お、おわッ!? 何やねんこれ……、破道の五十八『
周囲を漂う砂嵐めいたそれに怒りを覚えながら、どこからともなく取り出した斬魄刀を抜刀し、その勢いで小さな竜巻を起こす。
起こした竜巻によって散らされる砂嵐だったが、その動きがどこか指向性を持っていることを平子は一瞬で判別し。
「そこかい。破道の三十二『
「――――ッ、唸れ灰猫!」
竜巻に煽られて動きを変える砂粒が、唯一微動だにしなかった空中へと向けて黄色に輝く霊圧の弾を放つ。
と、それを受けた松本乱菊は、視覚を遮る鬼道を解除し自らの斬魄刀の灰の刃を集め、小型の盾のように再形成。平子の一撃を防御、しきれはしなかったが受け流し、それに合わせて瞬歩で後退した。
対峙する平子と乱菊。……ちなみに平子の視線は、乱菊の顔と死覇装の胸の谷間とを行ったり来たりしている。
「…………ちょっとあんた、この間も最初そうだったけど、いくら現世の子供で思春期だからってぶしつけすぎじゃない? 男は大体この谷間が目に毒だってのはわかってるけど」
「は、はァ!? ンなもんべべべ別に見とらんわッ! 勘違いも甚だし――――」
「ちらり」
「おうっふ」
死覇装の一部を捲り、色々とギリギリな所まで見せびらかす乱菊。
思いきり鼻を押さえて視線を逸らす平子に、むしろニヤニヤと嫌な風に笑った。
「って、ンな話ちゃうやろ!? 何しに来たんや護廷隊の死神」
「何って言ってもー、さぁ何かしらねー? この間のリベンジかもしれないし、足止めかもしれないし」
「何が足止めや。まー、そっちが俺らんことどう考えとっか判らんし、俺らとしてもそっちにどー対処すっかは決めかねとんし…………ホンマ藤丸とかじゃなくて良かったわなあのアホ」
「何言ってるか聞こえないけど、それでどうするのよ?」
「どうするて…………、まぁ、こうやな」
倒れろ、
解号と共に、刀身に穴五つ、柄尻に円形の留め具が出現する。
妙に手慣れた風に扱う鬼道に続き、刀剣解放まで使いこなす? その「いかにも」死神らしい能力を前に、乱菊は思わず問い質した。
「あらもしかして、
「時間稼ぎはもうええわ。他の連中ん
バレちゃった、と、てへっとウインクしながらベロを出す乱菊。事実その通りで、今回現場に急行した羅武と呼ばれたジャージの男、リサと呼ばれたセーラー服の女性、
おそらく自分たちを一護の元へ行かせないことが目的だろうと判断した平子は、自分の刀を柄尻の環を中心として半眼となった。
「まぁ、俺には関係ないけどなぁ。
こっからはまばたき禁止や。『しっかり息吸い込んで』、よう見とき?」
「何をするつもりかわからないけど、これでも副隊長だもの。甘く見ないで欲しいわね。
行くわよ、灰猫!」
そして振りかぶった斬魄刀に従い、灰や砂のようになった乱菊の刃が平子目掛けて襲い掛かり――――――――。
「――――ほな、サイナラ」
「っ!?」
次の瞬間「何事もなかったかのように」、平子真子は乱菊の横を通り過ぎた。
先ほどまでのように上下反転したままではなく、空中をまっすぐ歩きながら、挨拶一言。次の瞬間には瞬歩で距離を取り、あっという間に通り過ぎていく。
突然自分の攻撃をすり抜けた彼に対する違和感はすさまじく、しかしそれでも追撃を差し向ける乱菊であったが。またもやその灰猫の刃は、彼の背中に届くことはない。届くことはないどころか――――。
「……!? これ、どういうこと?」
乱菊の視界の天井がいつの間にか、町の風景になっている。
どころではなく、右手に持っていたはずの斬魄刀の感覚が「左手に移っており」、視界のそれも変わらないが、しかし質感だけは右が保持したまま、脳が一気に混乱する。
幻術か何かってわけ? と呟く彼女は、そのまま一度灰猫を周囲へと戻し警戒する。これだけ簡単に捌かれたのだから、次はあちらの攻撃だろと言う判断だった。
一方の平子は、先ほどの一言の通りにもう乱菊のことを気にしてはいなかった。
斬魄刀は解放したまま、一護の方へと「上下逆さまのまま」疾走する。
「ホンマ上手いようにかかってくれたわ。
まあそれはそうと、早う行かんとアカンが――――ンな!?」
一護の元へと向かっている最中。突如立ち上がった霊圧の柱は梅針のもの。その死神の霊圧の度合いが、一気に「虚に傾く」。
遠目に見たその、一護らしきシルエットが相対している梅針は。
上半身の死覇装を脱ぎ捨て、肌は白く、腹には風穴。両肩や首には毛皮のように巻かれた大量の刃と、金色の環が三つ右腕に、一つが首に取り付けられており。
顔の痣のようなそれは、やや肥大化して「仮面紋」らしくなっていた。
「…………卍解、
虚化しとるやないかいあのデカ男、と平子は舌打ちし、その左手に仮面を出現させた。
※一護が素面で初めて認識した卍解になります