『よォ、
「――――――――」
いつか見た、重力の歪んだ町。横に流れる力に引き寄せられビルの壁面に立つ一護。上から下、あるいは下から上に流れる雲を背景に、彼は眼前にいる相手へと目を向ける。
白い死覇装。白い肌。黒い襦袢に、白い髪。黒い目に、獣のごとき光を宿した瞳。
おおよそ、相変わらず悪人にしか見えない自らの虚に、ニヤニヤ笑う様な彼に嫌悪感を示す一護。何を間違って自分の中にあんな悪党みてェな面構えの奴がいるのか、イライラが募る。自分だって眉間に皺も寄ってるし髪はオレンジのようだが、もうちょっと子供にだって好かれる容貌をしているだろう。
ただ、そんな彼は一護の感情を気にした様子もなく、雑に続ける。
『随分浮かねぇ顔してるじゃねぇか、え?
井上に情けねぇ様とか格好悪ィ姿でも見られたか。安心しろ兄弟? 意外と真面目そうにとか、格好良く見せようっつーイメージ戦略くらい最初っから見抜かれてっからなァ。意外と鋭いぞあの女。目の付け所が変なせいか? 兄弟も大好きなおっぱいとケツに栄養行ってるせいか知らねェが――――』
「ななな、何の話だッ!? べべべべべ別にイメージ戦略とか全然してねェから俺ァ! 当然だぞなななな何でそんなモンが必要だってェ!!? つ、つか何が大好きだってッ!」
『ま、朽木の前でイチモツ反応しねェだけ健全なんじゃねェのか? その割には丸見えの時にゃ結構ガン見しやがるが』
「殺す……!」
ギャグ漫画のごとき動揺っぷりである。
眼前の相手すら「へっ」と鼻で笑うほどに、一護の心は揺れていた。
やはり邪悪な虚だ退治せねば、と若干気が抜けた形ながらも意識を新たにする。
そして同時に、さっきからツッコミを入れようとしていたことをようやく口に出せた。
「というかテメェ……、一体、何やってンだよ」
『あン? 何って…………、お馬さんごっこ』
そう。眼前の白き自分、自らに眠る虚だろう一護の似姿は……、いつかこの場所で見た女の子を背に乗せつつ、四つん這いで這っていた。
ぱから、ぱから、とやる気なさげに口に出す姿に、仕事に疲れた休日のお父さん的哀愁を感じる一護。
なんとなく、自らの父親が遊子と遊んでいた時の姿を思い出し、微妙にげんなりとする。この場は否応にでも緊張感が持続しない魔境であった。
『ぎゃーんぎゃ♪ ぎゃーんぎゃ♪』
『ぱから、ぱから……、ハァ』
「本当、立場弱ぇんだな、お前…………」
『朽木の尻に敷かれてるお前程じゃねぇよ』
「誰が誰の尻に敷かれてるって?」
腕を組んで訝し気な顔をする一護に「阿散井の奴に刺されねェよなマジで」と呟く虚の一護。
そんな彼の背の少女を、持ち上げる美女が一人。朽木ルキアの斬魄刀である
そしてこう、それはそれはとても気安い風に虚の一護に話しかけていた。
『こら、子雪? これから真面目な話なのですから、もう……。
あなたからも何か言ってあげてくださいな、
『いや言ったところで俺の話も聞きゃしねェだろこのお子様ドラゴン。オッサンだって前「はなげ!」とか言われてショック受けてたみてェだしなァ。全く誰に似たんだか……』
『私ではありませんよ、あなた』
『俺でもねェよ、姐サン』
『ふたりとも!』
『えっ?』
『オイオイ……。あー、アレか? 親の似て欲しくないところに似るみてェな』
『ぎゃう?』
『そこで可愛く「何?」とか言われてもなァ……』
「――――って、いや待て待て、待てって!?
全く意味がわかんねェぞ!!? 少しは何か説明しやがれっ!」
一護、渾身の身振り手振りを交えたツッコミである。よほどこの場所に送られた前後含め、動揺が勝っていると見える。
そう、そもそも何故一護がまた内在世界に居るかと言えば。そもそもの原因は平子真子である。
自らを攫うように連れ出した彼の動きに、あのうさん臭い下駄帽子、浦原喜助は死神たちにこう言った。
『彼らの目的は、黒崎サンの虚を完全に制御できるようにすることっス』
言っていることは間違っていないものの、平子たちに疑心を抱いている側からすれば、その意味は大きく違って聞こえる。
一護からすれば、平子は敵か味方かは不明だ。しかし少なくとも、その人間性は邪悪なものではない。
クラスメイトとして絡んでいる分には浦原以上に胡散臭さが際立つものの、要所要所で妙な面倒見の良さを発揮するところや、何だかんだ言いつつ一護の窮地にかけつける姿勢。特に後者については顕著だ。過去に何があったかは知らないが、
口で色々言いつつも、純粋に自らを心配してくれていると。流石の一護も薄々気が付く。
だからこそ浦原の言っている言葉が「一護の虚を一護自身に制御させる」という意味に聞こえるのだが。
恋次はじめ日番谷たちの全員には、すなわち「一護の虚を
その勘違いにまでは気付かないものの、平子が「何話ややこしくしてくれてんねん!? 何考えとんや、奥歯ガタガタ言わすぞ!!?」と割と本気で怒っている様子だったので、彼からしても想定外だったのだろう。
肝心の浦原は、一護たちの側の角度からしか見えないように片目を瞑り、しぃ、と人差し指を立てた。
何かしら意図はあるにせよ、そのせいでますます場が混沌としたことに違いはない。
その上で連絡を受けただろう石田雨竜が、一護を抱える平子の前に立つのは当然のこと。
とはいえその石田も、途中で乱入した燕尾服風の男に遮られ、その場で足止めされる。
拠点と思われる廃工場のような場所についた時点で、平子は「どひぇぁ~~~~」などと妙な声を出して一護を投げ、その場にへたり込んだ。
『いきなり何すんだテメェ!?』
『悪い悪い……。少し待っとけ一護、というか、休憩くらいしてもバチ当たらへんやろ、後詰まっとるんやし…………』
口を半開きにして涎を垂らしながら天井を見上げる。おおよそ外面を取り繕うだけの余力もないのか、ひたすら消耗している平子真子。そんな姿を見た一護は「お、おぅ……」くらいしか返すことが出来なかった。事情はわからないが、普通に同情した。
だが、安心できたのはそこまで。その後に現れたジャージ姿の少女と、平子本人に斬り殺されかかる。
わざわざ死神化はさせられたこともあり、辛うじて斬月で受け、解放しその余波で距離を取り。
『月牙、天衝ォ――――!』
自らの周囲に渦巻く霊子に、「自らの体内へと吸入される」霊子の渦に。視認できるほどの密度に収束されたそれを斬りつけ、放った月牙を自らに纏う。
内部に引き込まれた霊子が、そこに走る月牙と融合し、疑似的に自らの体表に霊子の
いつか梅針と戦った時ほどの出力はない。だがそれでも、今の一護にとっては切り札といって良い一手であった。
だが、しかし――――。一本角の鬼のような虚の仮面を被った少女と互角の速度と腕力で斬り合っていた一護を見て、ひよ里というらしい彼女は絶叫する。
『アホかいなっ! 何やそのガタガタの身体、霊圧と霊体との密度の関係しっちゃかめっちゃかなっとるやろ、そのままいくと骨折れるどころか八つ裂きになっちゃうわいッ!』
『なん…………、………………だと……!?』
確かに言われてみれば、以前自らの虚が出したあの炎の時のような全能感はない。自らのパワーと速度に振り回され、斬月を握る手がみしみしと鳴る。
てっきり以前石田に言われた、自分の霊圧の栓が解放されていないせいかと思っていたが、しかしひよ里は驚きながら一護の分析を続けながら、こん棒のようになった斬魄刀で殴り続ける。
『
『喜助って、あの下駄帽子かッ!!? というか仕込まれるって何をだよ、あの店長何が――――』
『――――あれで喜助も、元護廷隊の隊長の一人やからなぁ』
そして彼女に気を取られている隙に、背後に回った平子が一護の背を斬る。
痛みに気を取られ、空中で足場を維持できずに倒れそうになる彼を抱え。
『これくらい消耗しとけば、まーかかるわな。霊圧高すぎて縛道自力で解きかねんとか、何悲しくてタイムアタックなっとるんやろうなぁ……』
『はよやれハゲシンジ! モタモタしとっと多分「出て来る」ねん』
『理性あったら俺ら全員で束なっても勝てへんかもしれんからなァ……。
ま、せやったら精々いつも通り、やな。ハチ!』
下方、ハチと呼ばれた巨体の男が「はいデス」と手を合わせる。と、建物全域に大きく霊圧が展開された感覚を理解し。
『気張れや、一護。
平子が何事か呟きながら自らの眼前に手を構え――――そして、気が付けばこの場所である。
おそらく現世では意識を失っているだろう自分。そのブラックアウトの際、わずかに聞こえた平子の声。
『聞こえるか一護。オマエはこれから一度、完全に虚化する』
食われたらそこでオシマイだと。暴れるお前のことは抑えとくから、相手を食い尽くせ、お前なら出来る、と。突き放す様に、しかし激励するような声は、一護への心配と同時に信頼めいたものを感じ取った。
だからこそ、いきなり来てこうなっている有様には流石に謎の動揺が走る一護であった。
そんな一護にため息をつき、まるで子を育てる母親のような妙な迫力を纏った袖白雪が見やる。
『ぴーぴーぴーぴー煩いですね。男性ならもっと胆力がある様を見せていただかなくては。仮にも我が使い手であるルキアとこうして繋がっているのですから。
『言って俺だって別に大したモンはなかったけどなぁ。ってか一護に強要すんなや、阿散井がまだまだ頼りねェからってよ』
『あ、あなたはまた別でしょうに、その、一緒に子まで作ったのですし…………』
『それだって朽木のせいなんだよなァ……』
『ぎゃうん?』
ぽっ、と顔を赤くする彼女に引きつった表情で少女を見る虚。
その一連の流れには、流石に耐えられず一護も爆発する。
「というか何だ? えっそれじゃ何か、我が夫ってそれ、今、何言ってんだよ!!? ま、まさかテメェ……、そのガキンチョの親ってお前か!? ルキアの斬魄刀とその、えっとええっと…………、アレだ! つまり、えっと、
『恥ずかしいなら無理に聞かなくて良いぜ、黒歴史量産する必要もねェだろこんな意味不明な話で……』
「テメェが言うなッ!!!」
ンなこと言ったって俺絶対悪くねェし、と遠い目をする虚の一護。
本当、何でこうなっちまったンだろォなぁ……、と哀愁漂う様は、まるで出来ちゃった結婚して高卒のまま就職を余儀なくされた若人がごときいたたまれなさ漂う。
ただ一護からすれば、ほぼ自分と同じ顔をした相手がそんな有様なので、動揺と同時に謎の怒りが迸った。
「何
『安心しろ~、俺らにもわかんねェ』
「責任取れよお前なァ……!」
『私も直に身ごもったわけではないで責任をとられるようなことは
「えっ? あー、あっ、えっと、ハイ? その…………、ハイ……、サーセン……」
何やら色々いたたまれず謝り倒したり絶叫する一護。そんな彼を見て、袖白雪に抱えられてる少女は。
『かわいい!』
「はっ?」
『えっ、お前の男の趣味どうなってンだよ……』
『よろしくする以上は、子雪に弟か妹も欲しいですかね? あなた』
『姐サンもテンションおかしいから、少し頭冷やして落ち着けな? 子雪』
『ぐるぁん!』
頬を赤く染めながらちょっとクネクネしはじめた袖白雪の顔面に、抱えられている少女が少しだけ口をすぼめて息を吐き、冷気のような白い煙がふっかけられる。
マジで俺は何しに来たんだよ、と思わずつぶやきかける一護であった。
※ ※ ※
一護が来る直前、俺が表に出ようとした瞬間に今回はオッサンに制止をかけられた。
『あの平子真子、内在世界に虚と斬魄刀と死神の精神を一度に閉じ込める術があると見える』
『あー、何番台だか忘れたけど縛道にそういうやつあったか? 本来は斬魄刀と死神限定だったか』
ちなみに俺の生前の記憶の一つだと、
まァそもそもそういうソウルソウルした理屈は詳しい訳でもないから、細けェ話の追及はナシってことで進めるぜ。
『つーか、俺が出るタイミングで俺の意識ここに閉じ込めるって? あー、…………えっ一護ヤバくね?』
『ヤバいな』
らしくなく砕けた若者言葉で返してくるオッサン。姐サンもここ最近、一護の潜在能力のヤバさは実感したのか、俺とオッサンのやりとりをはらはら見守っている。
ちなみに子雪はオッサンの作った「影」で出来た子供用の木馬みてェのに乗ってご満悦だ。何つーか、伊達に長生きしてねぇっていうか、妙にあやし慣れてやがる。
結局このままだと一護が完全に虚として暴走するってことで、俺が無理やり出るよりは、死覇装越しにオッサンが陰で一護の霊力を縛った方がまだマシっつー結論になった。無理やり出ようとするっつーことはただでさえ枷かけられてる状態を無理やり破壊するっつーのに等しい。その場合、今の一護の霊的なバランスやら何やらをその後も継続できるか怪しいってことだ。だからこそ「捕捉されていない」力であるオッサンが外に出るのは、適材適所。
『頼むぜ、
『そちらも抜かりなくな、
にやりと笑って手を出せば、ふっと微笑んでそれに応じるオッサン。
パシン! と音が鳴ると同時に、オッサンは上空へと吸い込まれるように飛んで行った。
……ンでまァその直後、何か子雪がワクワクした顔で尻もちついて俺の方を見てたのが、お馬さんごっこの原因だ。
別に俺も姐サンも認知してる訳でもねェし、取り込まれた志波海燕の素養が
で、まぁ話は現在に戻る訳だが。
「……斬月のおっさんは、…………どこだ?」
言われたから素直に上を指さす。
だが、何故か一護は「てめぇ……!」とキレてかかってきそうになる。背中の斬月に手をかけて、今にも斬りかかってきそうな……。ちなみに斬月の状態は、前回来た時のそれを引きずってるのかずっと開放状態のままだ。
けれどもまァ、ここで言うべきか、言わぬべきか。
原作BLEACHを知っているが故に、今の状況でわざわざ原作をなぞるようなことをするべきかどうかが悩みどころだ。
下手に一護が自分の力のすべてを自覚した時、その際に身体の霊威が「完成していなければ」何が起こるかなんざ、日の目を見るより明らかだ。
不幸なことに、今回オッサンはここに居ない。内心で相談できる相手が減っちまってるが故に、どう反応したモンかってところだが。……いやそう考えると、オッサン本人が影での俺への縛りを緩めてまで表に行ってるっつーのは、オッサンから俺への信頼感というか友情というか、家族としての絆みてェなモンを感じて少し気恥ずかしくもあるが。
だったら、今回はこっちだ。一つ「完成形を教えておこう」。
『まだそんな出来損ないの斬魄刀モドキを持ってンのか?』
『もってんのか~』
『「…………」』
『もってんのか~!』
『子雪、ちょっとこっちに来なさい』
一護を煽ろうとしたら、姐サンの手から抜け出した子雪が遊ぶみてェに並んで、作ったニヤニヤ笑いに準じた表情で一護を雑に煽る。
姐サンがピクピク青筋を立てながら子雪の背後に回り込むが、「ぎゃーん!」とか言って背中に羽根生やして逃走を図る子雪。「待ちなさい、こら! 私、ちゃんとこれからお父さんの大事な話だと言ったでしょう!」と完全にお母さんしながら、手元に出した「斬魄刀の」袖白雪で雪の道を作り出し、滑るように上空へ走っていく。
とりあえず一護の方を見ると……、まァ、アレだな。デフォルメで呆然としたみてェな感じになってンな。
『……やり直して良いか?』
「あ、あァ…………」
『ありがとよ、兄弟。だが改めて言うぜ? ――――まだそんな斬魄刀モドキを使ってンだな』
「どういう、ことだよ」
シリアス風に決めてるところ悪ィな本当……。俺が雰囲気出してるの察して、ちょっとだけこっちに寄せてくれてるところに涙が出そうだぜ。優しい弟を持って兄ちゃんは幸せ者だ。
だったらせいぜい、こっちも一護に応えてやる。
『解らねェか? てめぇの言う『斬月』ってのは、てめぇの持ってるその変な剣か?
それとも――――――――俺の持ってるコイツのことか?』
瞬間、背後に生み出される斬月。その姿は「解号なしで」始解状態。
一護が未だ見たことも無い、あのいびつなそれではなく――――
色味はあえて俺に合わせねェ。原作と違ってそもそも形から全くの別モンになっちまってるから、作画的にわざわざ分ける必要もねェだろうっつー判断だ。
見たこともねェ形状をした「穴の開いてない」斬月。自分のそれよりよっぽど刀っぽい見た目をしているコイツを前に、ちょっと動揺する一護。
オッサンが近くにいねェ分、
少なくとも今のコイツには、せいぜい「自分の完成形」をしっかり刻み込んでやる。
『さっき「おっさんは何処だ」とか言ったなァ。悲しいじゃねェかよ、オッサンだって少しは微妙な顔するぜ? いつもいつも俺のことずっと無視しやがって』
「何の話だ、テメェ」
『何度も言ってるだろ?
お前がオギャアと生まれてから、お前以上に俺のことを知る存在なんて居ねェってことだ』
鎖のついた片刃のバスターソードみてェなコイツを、鎖に指をかけて振り回しながら飛び上がり。「一護が視認できるくらいの」距離から、刃を回転させたまま斬りかかり。
『流石にそろそろ気づけよ。一護?』
「…………!」
一護の構えた斬月モドキと刃が接触したのに合わせて持ち替え、そのまま右腕のみ霊圧の火輪を噴射し、少しだけこちらが押すように力を加えてやる。
持ちこたえきれず後退する一護だが、肉体的な枷がないからか霊圧は安定して霊体(?)を満たし、踏ん張ることが出来た。
『俺
それに合わせて、一護の目を見て言ってやる。
『――――斬月だ』
俺とオッサンはお前の力の側面でしかないのだと。
……というか話題全然変わるが、姐サンの縛りがないからこそ開いてる刀身の孔に手を入れて、もっとダイレクトに力をかけてこっちの斬撃受け止めてやがったな。やりゃ出来るじゃねェか、やっぱりセンスは悪くねェんだなコイツ。ヨシヨシ。
せめて今回、俺の屈服作業にみせかけて火輪くらいは覚えさせてやりてェが、さてどこまで仕込めるモンか…………。