酷く落ち込む両者の空気。
その空気を壊したのは、振子雪の「ぎゃーう!」という言語ならざる叫びである。どちらも気落ちした様子で、何も話さず暗い空気。母親にあたるはずの存在すらどこか悲しげな眼をしていては、状況を理解しているのかしていないのかよくわからない娘からしたら退屈極まりない。
だからこその抗議の声。それを聞き、半眼で目を揃って向ける一護と白一護。ぎゃぶ、と少し気圧されたらしい子雪は、すっと身体をひっくり返して袖白雪に甘える体勢になる。こらこら、と少し怒られながらも頭を撫でられている少女に、どちらともなく乾いた笑いがこぼれた。
『ま、いつまでも落ち込んでいる話じゃねェな。あんまりこうして遊んでると、オッサンが過労死しちまう』
「……って、それだ、そうだ! おいテメェ、おっさんはだからどこに居るんだ!? お前が俺の刃だってんなら、おっさんは――――」
『だから、あっちだって言ってるだろ? ……マジで理解しちゃいなかったか、先入観怖すぎじゃねェか』
ぶつぶつ文句を言いながら手を上空(?)に掲げる一護。その先を見る一護だが、いまいちその先には何かがある訳ではなく。ただ、続いた白一護の言葉で、察するものがあった。
『一護、お前こっちに来るとき「どういうイメージで」ここまでたどり着いてんだァ?』
「…………あっ!?」
そういえば、自分は内在世界に入る時は「落下していく」イメージが先行していたか、と。それに気付いて思わず、といったリアクションをとる彼は「人の話は最後まで聞けよォ? こんなにストレートに教える奴なんざ俺らくらいしかいねェんだからなァ」と肩をすくめられた。
「いや、その…………、悪ぃ。つーか、そうは言ってもテメェもテメェだ。何で俺が勘違いしてるって判った上で――――」
『時間ねェから文句はナシだ。
オッサンは今、表で完全に虚化を続けてるお前の身体を抑えにいってる。
「―――って、お、おぉ? そんな話、平子の奴からも聞いたような……」
認識が甘いって言ってるんだ、と白一護は斬月を背負い直し(背にもっていったと同時にどこからか出現した布に巻かれて引っ掛けられる)、腕を組んで苦笑い。
『認識が甘いって言ってンだよ。だァからな……、お前が誰も止められず完全に虚化しちまったら、多分、仮面の軍勢どころか今こっちに来てる隊長らでも止められねェぜ?
朽木の奴と一緒に妙な封印施した浦原喜助の封印とかも完全にスルーしちまうし』
『ちょっと我が夫!? その話は流石に初耳なのですが!!?』
『ぎゃうー!』
なん、だと? と困惑する一護に、白一護は続ける。普段のように封印が解かれかけた上で虚化している訳ではなく、内側から虚化したまま封印が軋んでいるのが今の状態なのだと。
『平子隊ちょ、あっいや……、平子真子に送られてきた以上、お前が表に戻る方法は3つに1つ。
1つ目はシンプルに、俺の力を大幅に抑えてオッサンの
「お前今、平子のこと隊長とか言わなかったか……?」
そして白一護の言葉には頷くこと必至なのだが、それはそうとツッコミは入れざるを得ない一護。気にすンな、と返してくる相手のことを、どんな感情で見てやればいいのかわかったものではない。本気で真面目なのか不真面目なのかわからないが、相手の言葉に嘘がないことだけは分かるのでより
『2つ目はお前の霊格をそれなりに引き上げること。と言っても、今の状態ではすんなりはいかねェだろうな。こればっかりは徐々に慣らすか、死神としての位階を上げるためにちゃんとした修行をしないといけねェ。姐さんの封印がしっかり働いている状態でコイツをするのは、ちと酷だ』
「死神として……? ばんかい、とかいうやつか?」
問いかける一護に、げんなりした表情になる白一護。そいつはまだ早ェよ、と適当に手を振り、そして一護の隣まで歩き、死覇装の首元を引っ張って立ち上がらせる。自分と同じ高さにある視線で見られ、やはり悪人にしか見えないその顔に若干動揺する一護。そんな様子に気付いていないらしい相手は、ますますニヤリとした悪どい笑みを深めた。
『3つ目が一番シンプルだ。というか、今のお前にはこれしかさせられねェ。――――今の虚の闘争本能を、お前の闘争本能が凌駕することだ』
「俺の、闘争本能? ……って、何しやがるっ!」
『おらよっ』
白一護の言葉を反芻していた一護に、白一護がいきなり殴りかかる。それを腕で往なし、反射的に腹を蹴る。もっとも相手も相手でケンカ慣れはしているのか、同時に後方に飛んでその一撃の威力を殺した。
着地し、お互いの距離が開く。
『俺とオッサンとの力のバランスは平等だが、それは俺があくまで「お前の力の傘下」にいられるからだ。俺が居ない状態での虚の本能は、俺の管轄の外にある。だから簡単に言えば、お前自身の虚の力に勝てるくらいの闘争本能で、相手の本能を呑みこんじまえば良い。そうすりゃ俺が出なくても何とかなる。QED。
簡単だろ?』
「わかんねェって言ってンだろ!? つまりえっと、テメェを倒せば良いってことか!!? あれだけ倒したって意味ねェって煽ってたくせによ!」
『微妙に違ェんだがなァ……。とりあえず、戦うのに不足がなけりゃそれで良いぜ。
ただ――――今のお前じゃムリだぜ?
一護とて、彼我の力量差は理解している。単純な戦闘一つとっても、戦闘に対する理解をとっても、斬月の扱いについても、何もかもが自分を上回っていることは嫌でも理解させられている。しかし、それでなおあの気の良い、自らの悪性のような力がそう言うのであるならば……、自らの攻める力を自称する相手が、自分に認めさせろとでも言うのならば。
(躊躇ってる場合じゃねェ……、今の俺にできる有りっ丈をぶつけねェと、勝てるモンも勝てやしねェ!)
だからこそ、一護は自分の斬月を地面に突き刺し。
突き刺したそこから漏れ出る霊力に沿うよう、月牙を放つ。
「おおおおおおおおおお――――――――ッ!」
『やれやれ。まずは
言いながら白一護もまた、自身の持つ斬月を上空に掲げ。左手で持った反対の右手の指を、斬月の鎖に引っ掛け。
『――――
その一言と同時に、鎖がじゃららと引かれるような音が鳴り。
一護の月牙の霊圧が、彼の精神世界の一帯に放たれ、閃光が包んだ。
※ ※ ※
「――――――――ッ」
「どうした? そのくらいじゃ通してやることは出来ないぜ?」
殴りかかる茶渡泰虎。大柄な自らの体格に物おじせずに殴り返してくる仮面の死神。もっとも相手は「止めだ止め、殺しちまったら寝覚めが悪い」とすぐさま仮面を外して砕いたため、その素顔が良く見えるのだが。
色の抜けた短髪。鋭い目。鍛えられた身体にタンクトップの姿はいかにもな喧嘩っ早さを漂わせている大人だが、かといって一角のようなチンピラさは鳴りを潜めている。
スポーツマン、あるいはボクサーのような雰囲気の青年。その彼の
押し負けはしていない。一護たちと揃って鍛え直し、あるいは死神たちと直に斬り合い殴り合いを繰り返し。いまだ「あの状態の」一護の隣に立つことは難しくとも、その背中を守るのも難しくとも。それでも、それが自分が強くなるのを止める理由にはならないのだから。
だからこそ、正面から拳と拳が激突し、いまだ相手を弾き飛ばせていないことに茶渡は驚愕した。
「一発で終わりか?」
「くっ」
しかし、相手の拳も一つではない。
自分の拳が、変化した腕が一つであり。それこそ霊的な戦闘において、辛うじてでも食いついていけるのはこの腕のお陰だと言うのに。
目の前の相手は、なんなく両方の手でブローを叩き込んでくる。
時に左で庇い、それも素のフィジカルである程度はカバーできるが。明らかにダメージが蓄積していく茶渡泰虎を見て、青年はため息をつく。
「なってないっつーか、そもそも
「…………? もしかして、井上たちのことを心配しているのか?」
「井上ってあの、おっぱいデケェ姉ちゃんか? まあ、それなりにはな。組まれると面倒になると思ったから、今、俺とお前、アイツとあの二人って対戦カードになってるんだ」
快く答えてくれる仮面の死神に、茶渡はやや困惑する。
一護が連れ去られて早々、平子を除いた数名が分散し各々それぞれにまるで対戦相手を決めるかのように分かれた。分かれたそれぞれの攻撃により、戦場も分散。
茶渡は河川敷の下で、目の前の青年と戦っている。……明らかに手加減をされながら。
仮面も解除し、手に持っていたナイフも仕舞い。ひたすらに格闘だけで自分を圧倒する目の前の男。見た目の動きと受ける威力に、物理的に説明がつかない衝撃が重なっているため、そこには当然のように霊的なパワーが働いているのだろうが。その上で、相手は都度自分に合わせて力の出力を変えているように見えた。
目の前の相手……、六車と名乗った男は、膝をつく茶渡を見下ろしながら言う。
「そのくらいの仕上がりで俺達と戦おうなんざ、只の命知らずだ。そんな無謀を犯す価値が、黒崎一護にはあるのか?」
「何?」
「ガキの喧嘩とは訳が違うってのは分かっているだろ。度合いは知らないが、多少は修羅場をくぐって来た目をしてやがる。
だがこれから強くなるとか、そう言う問題じゃねぇ。そもそも黒崎一護に、お前が命をかける価値があるのかって聞いてるんだ」
じっと見つめる男は、その目は全く笑っていない。心の底から茶渡を見極めんとするため、霊力で圧しながら問いかけていた。茶渡の覚悟か、あるいは……。
「ここで逃げるのなら、深追いはしないと言いたいのか?」
「話が変にややこしくなってるが、用があるのは黒崎一護の『内なる虚』だ。正直、それ以外は興味がないし、護廷十三隊なんて関わるとヤヤコシイことになる。
下手すりゃ、
「本当の、敵?」
「……チッ、話し過ぎたな。それで? どうだっていうんだ。お前は――――」
右手の人差し指で、ナイフに空いた指を引っかける穴を中心にくるくると回す六車。彼から改めて突き付けられた言葉が、頭の中で浦原喜助の言葉と重なりリフレインする。
目の前の男を含めた
彼らのもとで一護が、果たしてどういった扱いを受けるのか――――。
乱れる心に、しかしそれでも怒りよりも闘志を宿し、茶渡は立ち上がった。
「…………価値があるとか価値がないとか、そういうことではない」
「ほぅ?」
「一護はことさら、
だから俺たちが傍に居てやらないといけないと。言いながら異形の拳を握り、構える。
「少なくとも、一護と背中を、命を預け合っているんだ。そんな疑問を抱く段階は、とうの昔に過ぎ去った」
「…………へぇ。そういう馬鹿は、嫌いじゃないぜ。
だったら手早く、手足でも折ってやらねぇとな」
言いながらナイフを仕舞い、今度こそ六車は右手を自分の眉間に当て。瞬間、霊圧感知がそこまで強くない茶渡ですらひしひしと「禍々しい」霊圧を感じさせられ。手を振り下ろせば、彼の顔面には角ばった、六つの眼窩の仮面が形成される。
霊圧の種類と、威圧される力が変化したのを感じ取り。茶渡はより強い意志を持って、右の拳に
『その右手についちゃ、
悪いが少し眠ってろ。
左掌を構え、右の拳を引き。
掌に、さきほどの禍々しい霊力が目に見える形で収束する。それはかつて見た、
「おおおお――――ッ!」
『――――死ぬなよッ!』
収束した霊圧を、右手で殴り飛ばす六車。
その砲撃を、右腕で真っ向から殴り返すように受ける茶渡。
(まだだ……、まだ足りない)
自分の霊力の底は、もうとうに突いているのかもしれない。とっくの昔に、自分の身体は限界を超えて無理に動いているのかもしれない。この、正面から殴り込まれた一撃すら、軋む右腕で耐えられるようなものではないのかもしれない。
だが、それでも。
それでもなお――――あの日約束したのだ。
だから。
一歩、前進する。
「――――ぉおおおおおおおおおおおおおッ!」
だから、俺も前に進まないといけない。おそらく誰にも言わず、自らの虚のような力に悩んでいただろう一護に、判らずとも背中を守るのだと。俺はそのことを忘れず、お前の傍に立ってやれるのだと――。
一歩、また一歩。
――誓ったのだ。
『……止せよ、もう無理だろ』
それでも、それでも。
例え強化された腕が裂け、装甲のようなものが剥がれ肉を焼き、骨を削られようとも。
一歩、一歩、進み続けることを茶渡は止めず――――。
そして途中、妙な感覚が右腕に走った。
ダメージが限界を超えたのではない。相手の攻撃的な霊圧に晒され続けていた右腕に感じたその違和感を、何と形容すれば良いか。
ガタガタと震える右腕は、もはや力の入り加減もおぼつかないが。それでも自分の身体を守ると言う役割を果たし続けるその右腕は。
『な……ん、だと…………?』
六車すら、その変容には驚いている。茶渡は当然として、相手もこのような現象は見たことがないのだろうか。だが構いやしない。今の状況を、この変容が打破するきっかけになるのだとすれば――――。
再生する箇所は、なにも手先のみではない。肩に入った亀裂も修復し、なんなら「余剰に」修復される。二股に分かれていた肩の部分が、中央の臙脂色の部分を一つの房とし、三つに分かれ。
がこん、と。音を立ててその三又が大きく開き、放出されていた霊力が倍以上に膨れ上がる――――!
『――――オイオイ、本気か? 全部受けきりやがった……!』
驚く六車の前で、茶渡は形を変えた自分の右腕を見て、目を見開く。
大きくは変っていないものの、文様や手首の羽根、そして特に目を引く変化は肩の上のそれだ。
例えるなら、より自らの力を扱いやすくなったとでもいうような、そんな変形、変態を為した自分の右腕。
「……巨人みてぇな、とか言ったらローズの奴に揶揄われそうだが、力業で
出来たこともそうだが、本気でこらえきる馬鹿が居るかっ。素直に吹き飛ばされておけ」
「…………」
言葉に答える余裕は、茶渡にはない。既にこの身は満身創痍。そしてその上で、茶渡自身が何か違和感を覚えていた。
妙な話である。今までついぞ、どれほど訓練しても、どれほど一護と一緒に死神たちの攻撃の雨霰と対峙しようとも、こうは変化などしたことはなかったと言うのに。意志を貫くために無茶をしたから? いや、身体こそ変わらないものの、気持ちはいつだって変わらない。
(まるで…………、まるで、
上手くは言えないが、自らのその直感に違和感を抱かない茶渡。
そんな彼を前に、仮面を解除して拳を掌に叩きつけ、バキバキと音を立てる六車。
「……わかったよ。てめぇが黒崎一護に、それだけ本気で食らいつこうとしてるってのはな。
だが、こっちにも事情ってものがある。浦原の下手な演技のせいで面倒なことになっちまってるが、過程がどうであれ俺がやることに変わりはない。
悪く思うなよ。…………名を聞いてなかったな」
「……茶渡。茶渡、泰虎だ」
「虎か……、…………いやコイツが悪いわけでも無いしアイツは苗字か」
虎と、何故かその部分だけ微妙に顔をしかめた六車は、右肩を回してそのまま茶渡へと向かう。先ほどの言葉が正しければ、腕や足を折るなりして行動を封じてくるつもりだろう。
茶渡も黙ってやられるわけにはいかない。震えながらもファイティングポーズを構える。右腕は徐々に解除され素のそれに戻りかけているが、それでも戦意はくじけない。
悪いな、と。それだけ言って腰を沈め、構えた六車は――――――――。
「――――
「……ん? 吹っ飛ばせ、
ナイフのように形成されていた小型の斬魄刀が、真価を表す。引き抜いた先から、その軌跡、太刀筋に沿うよう風の刃がしなり、唸り、
その不定形の斬撃を前に、
『――――――――ッ』
叫ぶ狼。その一発で風と霊圧がかき乱され、不可視の糸のごとき刃は散らされる。一瞬で形勢を判断した六車は、瞬歩で後方へ逃げようとし。
「破道の一、
瞬間、彼が直前まで居たところに、少女の右の拳が振り下ろされた。連鎖的に拳から放たれる衝撃波が、地面を揺るがす。
その鬼道の使い方、正しくないだろ、と思わずツッコミを入れそうになる六車だったが、「ガタガタに乱れた霊圧」を放つ未知の相手に、これは聞いてないぞと小さく口走り。
「…………、有沢?」
ひらひらと、ゆれる「尾の先が刃となっている」大狼。その首筋を撫でながら、眼前を睨む少女の姿は見間違いようもない。
この場にて面識のある茶渡は、その一護たちのような死神らしい装束に身を包んだ少女――――クラスメイトの、一護の幼馴染の彼女、有沢たつきを前に、大きく目を見開いた。……何かこう、妙にミニスカートかホットパンツかのような丈の短い袴に驚かされたのもあるにはあったが。
・チャドの右腕の状態:
大体、原作の