――身体が、熱い。
死神代行・黒崎一護が初めに知覚したのは、ぼんやりと熱い湯の中でたゆたうような身体の感覚。意識は眠りから覚めようと、しかし身体の体温が急上昇して暑くて暑くて仕方ないようなそれ。まるで
やがてその熱が全身に犯されてから―――― 一護は今の自分の状況を
「――――ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!?!???!!?!?」
何だこれは、と。言葉を上げる余裕すらない程に、今の一護の全身はそれどころではなかった。一番熱を覚えるのは両手の手首。そこから致命的なほどに迸る熱が、全身目掛けて立ち上り、纏い、そして焼く。体表に出たものが手足の隙間と言う隙間、穴と言う穴へと回帰し、再放出されてを繰り返す様に循環し、その一つ一つがもはや自分の身体の形を維持できない程の速度と、それに伴う熱量ではじけ飛ぶようなその感覚。なんなら息すら辛いのだ。肺の奥まで焼かれるような気持ち悪さが、継続して自分自身をどうにかしようとしている。
それらは、普段なら自覚しえない霊圧が体外へと放出され身体を覆うような一連の流れ。痛みを伴いながら、嫌が応にでも理解させられながら、一護はとにかく絶叫する他なかった。
心臓とか鎖骨のあたりに刺さった刃は既に抜かれている。その、本来なら傷跡が残っていてしかるべき箇所は既に塞がっているというか、周囲を覆う白い炎がそこからの出血すら許さない有様というか。
『ハハッ! 絶叫とか余裕じゃねェかオイ! まァそうだな、死神ってのは生と死を司る調整者っつー
アイツだ。アイツの声がする。自分を嘲笑うように笑う奴の声。どう見ても悪者のような、自分の似姿。
その声に不快感を抱くかと思っていたが、意外とすんなり受け入れている自分がいる。
多分、声だけしか聞こえないからだ。……見た目で損するタイプだとか少し前に啓吾に言われたことがあったが、一護からすれば「五月蠅ェ!」という話でしかなかったが。なんとなくその時のことを思い出して、しかし一護は気を引き締める。
未だ霊圧の熱に意識を燃やされながら、それでも芯たる自分だけは忘れまいと。踏ん張るに踏ん張れないものの、今の自分の精神がどんな状態にあるかなど、意識できる余裕はない。
……遠方で何か、アイツの子供のガキンチョが「ぎゃー!」と泣きながら母親の方に抱き着いてこっちから目ェ逸らしてるような気もするが、考えられる余裕はない。ないったらないのだ。
だから抗議の意を込めて声のする方向に月牙を振り切る。視界すら白い霊圧の炎で焼き尽くされ、もはや何が何だかわからない状態になってる今の段階で、できることなどそれくらいしかないのだから。奴を倒せと奴が自分で言っていたのだ、一護も自分の動きに文句は言われないはずだと踏んでいる。
実際、危ねェなという声だけは聞こえるので、やっていることの方向自体は間違っていないはずだ。
『あァ? 何でまだ火輪が白いままなンだ……って、あっ、そうだ。そういやてめェは知らねェわな。参ったな……、兄弟基準で判りやすいようには何っつったら良いんだ? いや、まァ難しいって話もあンだろォが…………』
何の話を、していやがる。
声にならない一護の声に、しかしそれをちゃんと聞き届けたかのように白一護は語る。
『火輪ってのは本来
(黒い……、
そういえばこの虚の自分が身体を乗っ取っていたときは、放たれていた炎の色は黒かったな、と思い出す。
『正式な継承者は黒い太陽の入れ墨を身体のどっかに入れる
今何か言ったか、と返す余裕すら一護にはない。
『言った通り、火輪を正しく出力できていりゃ色は黒くなる。こいつァ
月牙の時に言っただろ? 想いを込めろって』
「――――――――っ」
『火輪を扱うのに込める想いっつーのは。
純粋なまでの闘志を超えた、殺戮本能――――相手を粉々に蹂躙してやるっつー、虚も真っ青な、原始的な
そんなものを自分の身体から放出するようにならなければいけないのか、と。白一護の言葉に、一護は少しだけ意識を手放したくなり。
ぽつり、ぽつりと、白い炎に焦がされるはずの頬に流れる、涙のような水。
気が付けば、重力に従うような方向に沿って雨が降り始めた。
※ ※ ※
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
「はああああああああああああっ!」
二人の少女の声が木霊する、山奥のとある神社。
空座町の範囲の何処か、というより以前一護と梅針とが決戦したあの社である。
少女たちの叫び飛び交う様を、じーっと半眼で見つめる朽木ルキア。青い半袖のポロシャツに、茶のベルトで締めたこれまた青いミニスカートといった出で立ちはもはやこれでもかと言わんばかりに現世に染まりきった少女らしい恰好である。カードガムのおまけにでも描かれてそうなファッションの慣れ具合であるが、そんな彼女はそれこそデフォルメされていそうな半眼を向けていた。
「とりゃっ! ましろおおおお、キィック!」
「『
井上織姫の目の前に形成される三角を起点にする盾に向けて、飛び蹴りする白いライダースーツ姿の少女。既に仮面は消滅させており、誰がどう見ても手加減しているように見える。その上。
「どおーん! すっごーい!
「い、いやぁ、それほどでも……、あるかな! エヘヘ~!」
「「いえいっ!」」
(果たして私はどんな顔をしているのが正しいのだろうか、この場で……)
自身の蹴り一発――技術的にはそのまま白打のそれであるのだが――、それをやすやすと受け止められたものの。特に気にした様子もなく、盾を解除した織姫と何故か両手でハイタッチする彼女。ましろ、というらしい
繰り返すが漫画的にはデフォルメで表現しても違和感のない表情と状況である。ルキアのみならず、ましろと織姫すらデフォルメして問題が一切ないだろう。
最初は違った。違ったのだ。織姫とルキアを捕まえたまま『ましろおおおお、ジャーンプッ!』などと言いながら飛び上がり、空中で瞬歩を繰り出し続け、この場に連行し。仮面をつけたままの彼女がルキアと織姫とに拳を繰り出したものの。
『危ない! ちょっと、これじゃ殺しちゃうよ~』
「ふぇ!?」
「……!」
ルキアとしては、彼女の動きに対して「霊的な感知が全く働かないまま」良いようにされ続けたことも、一護から
この場で殺されるかもしれないこと? 否、その可能性は低い。
もとより平子たちの言葉を信じるのであるならば、連中の目的は一護のみに限定されている。浦原のあの胡散臭い下駄帽子が言っていることをどれくらい信じるかというのはともかく。あれほど死神を毛嫌いしている平子が、わざわざ危険を冒してまで一護に接触してきていると言う事実を、彼女もまた重く見ていた。
(少なくとも、私はともかく井上たちに対して敵意はあるまい。……だからこそ、我が身がどうなるかは別なのだがな)
少なくとも井上たちはある程度無事だろうと。……無事の度合いがどこにあるかはともかくとして、最悪命は取られないだろうと踏み、ルキアは、いざと言う時はその身を投げうつ覚悟をしていた。
現状、井上織姫が手荒に扱われないとしても、彼女が自分を庇う様なことになれば、話は変ってくるだろう。そもそもルキアは死神であり――――
一護と一蓮托生と言いつつ……、しかし足手まといにならないためには、それが最低条件でもあったのだ。
だからこそ今の時点でどうしようもなく、身構えるしかなかったのだが。
「へーんしん、解除ぉ!」
「えっ?」
「何っ!?」
何やら独特な腕の動きを繰り出したかと思えば、それで彼女についていた仮面は砕け姿を消す。
その後はまあ、色々あって今現在の状況であった。
突然「何か飲み物買ってこようか!」などと言い出し「あっ! じゃあ私よもぎチョコバナナバターの青汁ラテ!」などと珍妙極まりない飲み物の名前を上げ。思わず二度見してしまったルキアもルキアで「では確か汁粉の飲料があったかと……」などとその場の勢いに流され。
数分後には彼女がダッシュで買って来た飲み物を飲みながら「時間稼ぎすれば良いってだけだし、別に黒崎一護クン? 死なないし、大丈夫だよ~」などと適当に言って返してくるわ、一緒に買って来た御菓子を摘まんで雑談を始めるわ、もはややりたい放題。
いわく「お金、拳西のところから借りといてよかった~! 拳西は知らないけど!」などと笑っており、件の人物が後々一体どんな顔をするものか、他人事ながら若干心配になったり、織姫が「借りたなら後で返さないと駄目だよ~」と注意すれば「は~い」と不満そうながら素直に頷いたり……。
いやそんなことはともかく。
「………… 一体、何があったんだ?」
「ぬおっ!? 貴様、なんだ茶渡か。……どうやらそちらは激戦だったようだな。勝ったのか?」
「いや。見逃してもらった、というのが正しいだろう。あぁ…………、いや、何でもない」
ルキアは全然感知できなかったものの、普通に階段を歩いて登って来たらしい茶渡泰虎。全身に包帯を巻かれており、特に右腕はがんじがらめでお化けのミイラのような状態。そんな風体の彼にやや警戒しながら聞いたルキアであったが、彼の返答は歯切れが悪かった。
茶渡の脳裏では、自分に簡単に包帯を巻いて手当てをした
――まだちゃんと使いこなせるような状態じゃないからさぁ、今いっても足手まといだし。
――織姫とか一護たちには内緒にしといて? 流石にまだハズカシイし……。
――って、
――あっゴメン、ちょっと身体探しに行くから、内緒にするのはよろしく!
「………………嗚呼、何でもない。何故あんなに袴の丈が短かったんだ……?」
「どうしたのだ? 茶渡」
デフォルメ顔にでもなっていそうな困惑するルキアであるが、こちらもデフォルメ顔にでもなっていそうな茶渡。少なくとも何やら物騒な雰囲気ではないことだけ理解して、彼女は特に追及はしなかった。
だからこそ、チャドこと茶渡の当然の疑問には雑に答える。……雑に。
「訓練
「……ごっこ?」
「ああ、ごっこだ」
「そうか」
「ああ」
「…………いや、悪いがさっぱりわからないんだが」
「気にするな。現世ではこういうのを、気にしたら負けとか言うのだろう?」
ルキアの返答も投げやり極まりなく、そして茶渡もまた考えるのを放棄しかかった。
前方では織姫が出す盾を、ライダースーツの少女が徒手空拳を繰り出して攻撃したり、あるいは彼女の背後に回って「もっと早く出せるようにならないとー」と言ったり。あるいはその隙を埋めるために、織姫の攻撃用の盾を一つ巡回させたりすれば、それも簡単に捕まえて「練習しないとね~」と軽く話し合ったり。
空気感で言えば部活動の先輩後輩というか、まあどこかほのぼのとしていると言えなくもないような、そうでもないような。
自分の時との落差に対し、面食らったのも無理はない。
「あっ、茶渡君だ! お~い……って怪我してる!?」
「あれ? 拳西がもっていった子だ~」
緩い。圧倒的に緩い。
それと拳西とか言っていたが、それは自分や
ともあれ駆けて来る織姫に治療されつつ、茶渡はライダースーツの少女を見て「確認したいことがある」と言う。
「何なに~? 言えないこと以外は色々教えてもいいよ~? そっちのルキアちゃんは、ちょっと悩んじゃうけど」
「ましろさん、ありがとう!」
「いいってことよ! えっへん!」
緩い。圧倒的に緩い。というか緩すぎる。
茶渡も流石に、ルキアの反応が雑になるのも頷けた。この緩さでいて、この場から移動するという唯その一点だけはひたすら妨害し続けているのだろう。始末に悪いと言えば始末に悪いし、拳を交わした相手の言葉の真に迫った物言いから、少しだけ感じるものもあったからこそ、この緩い対応でもあるのだと推測で来た。
おそらくこの二人は、最初から戦力外としてカウントされていたのだろうということに。
ともあれ、その緩さゆえに。茶渡はあえて躊躇いなく自分の考えを口に出した。
「アンタたちが警戒しているのは死神……、というより、尸魂界の死神ってことで合っているか?」
「そうだね~。こう……、すっごい悪い人がいるの!
どれくらい悪いかって言うと、浦原さんとかでさえあんなヤヤコシイこと言って煙に巻くくらい?」
「…………やっぱり、一護の虚を一護に制御させることが目的ってことだな」
うんうん、とにこにこ頷くましろに、一瞬だけ織姫の表情が曇る。
「黒崎君の…………」
「井上……?」
「…………ううん、何でもない!」
取り繕うように笑顔になった彼女の顔を見て、ルキアは言葉を続けることが出来なかった。
梅針との戦いでも、最前線で見ていたからこそ気づいた。それこそ自分と一護が、虚となった彼女の兄の魂魄と相対した時のことも含めて。只の小娘となってしまっている今の自分だからこそ、ルキアはその現世的な重さを理解できる。
井上織姫が、黒崎一護に対してどのような目を向けていたのかと。
どのような表情を、戦う彼の背中へと向けていたのかを。
虚の仮面を纏い、暴走というには理性的に、荒々しくも戦う姿に――――恐怖の感情を押し殺し、それでもなお一護を見続けた彼女の姿。
(私は……、縋るべきではないのだろう。だがそれでも、一護は、一護の虚すら含めて、私の為したことは…………)
語る言葉を持たないルキアは、その痛みを胸の奥へと仕舞う。
いつかの過去で、託された
明るく振舞い、ましろと茶渡と話す織姫に、つられて少しだけ笑みを浮かべた。
※ ※ ※
『こっちこっち』
『こっちだよ!』
『お兄ちゃん、舌に変なピアスした悪そうな人に担がれて……、何か仲良さそうだった』
「こちらだな、ボ
大通りから少し入って、少しだが河川から先の湾岸寄り。スーパーや工場跡がいくつか並ぶ中のとある建物の前で、その男は足を止めた。
妙な毛玉のついたシルクハットも、サングラスも、髭も、それから華奢ながらすらっとしたモデル体型も普段通り。マントをした貴族風というかタキシード風というかな目立つ服装も普段通りのまま、何一つ自分を偽ることのないその男は。
珍しくサングラス越しにも判る程に目を細め、漂ってくるその
しかし案ずることはないとばかりに腕を交差させ、
「ボハハハハ―――――ッ! 感謝するぞ、マイ弟子一号の知り合いの浮遊霊のボーイ&ガールズ!」
『『『ボハハハハ―――――ッ!』』』
一般の人間には視認できないだろう、それどころか浦原喜助ですら事前に場所を教えられていなければ特定すら困難なこの場所を、若干の誘導があったとはいえ自力で感知しえたその男は。
「案ずるでないぞ、マイ弟子一号……、ボーイよ。今この空座町は、あまりにも数多の
とはいえ今一人なユーは、一人でも十分戦えるだろうが、それを理由に私がただ戦いから逃げるなど、あってはならぬこと!」
そして杖を持ち、若干恐る恐るながら足を踏み入れる男は――――。
「何よりこのドン・観音寺、
――――自称、カリスマ霊媒師のドン・観音寺は。梅針が暴れていた頃に霊障のような症状のせいでテレビ出演も困難になっていたにもかかわらず、その恐れすら当然と笑い。黒崎一護の元へと、歩みを進めていった。