「な、何で…………、そこまで…………ッ」
先ほどまで敵対していた男が、当然のように妹たちを助け。疑似餌を使いかつての己を惑わせ母を殺しめたその虚から、身を挺して妹たちを庇ったその死神。名前も知らないその男に、一護は声が震える自覚があった。
「へ……っ、『真央霊術院』の基本方針! 死神は、その死神としての職責が終わるまで常に己が調停者である自覚を忘れないこと! ッ、それに、俺は、斬魄刀に! 『
血を吐きながら、男の死神は続ける。無差別に襲い掛かってくる連中により大事なものを失う、それを許せない気持ちは人間も、死神も変わりないと。
「――――護るんだよツンツン君! それが、きっと君の『始まり』ッ、なんだろ……ッ?」
「なんで、アンタ……ッ」
「刀交えりゃ、わかることもあるってなもんよ。……って、ちょっとこりゃ、『限定解除』なしじゃキツイ……、な……、頼むぜ『
「あ、オイッ!」
気絶した男の死神。とはいえルキアが様子を見て「案ずるな」と言う。
「案ずるなって……、って、ぐーすー息立てて寝てやがんのか?」
「既に斬魄刀を解放していたようだ。能力のせいもあるだろうが、傷が塞がり始めている。……これでおそらく防御系の能力もあるのだろう」
「斬魄刀の、能力? ……見た目、何も変わってねェんだけど」
「虚とてそれは同じだ。見た目に惑わされてはいけないということだ。……私の『袖白雪』ならば、この刀に触れたものの温度を零度以下まで低下させる、というものだ。この男の場合、もっとややこしいタイプのようだな」
他にも、蛇腹のように伸びるようになったり、ひらひらと舞い散る花弁のような美しい姿もあるぞ? と。何故か少し得意げに語るルキアに、何でもありか、と一護。
とはいえ件の虚、グランドフィッシャーが消えたわけではない。こちらに走ってきたコンとルキアに、男の死神を連れて下がるように言う。
空が泣く。
雨が強く降り注ぐ。
「頼む、手ェ出さないでくれ。これは――――俺の戦いだ!」
『フヒハハハハハハハ――――!』
斬りかかる一護を嗤うグランドフィッシャー。半世紀を生きて来たその経験が、一護のその
『のぅ、小僧』
「煩ェ……」
母を亡くした後の、妹たち二人の顔を思い出す――――自分の心がまるで深い海の底に沈んだような日々、その中で決して自分だけではない、その悲しみ。自分が招いてしまった、その悲しみ――――。
『――――なぁ一護。どうして兄貴が、弟や妹たちより先に生まれてくるか知ってるか?』
父、黒崎一心は。それでも一護に語り掛けた。夜空を見上げ、母の思い出話を交えながら。
『後から生まれて来る弟や妹たちを護るためだ。そして、どうしてお前が、俺達の子供として生まれて来たか、わかるか?』
それこそ心が死にそうだった。自責の念と、深い喪失感と、何度「あの場所」へ行っても出会えない母が理解できない、そんな日々で軋んだ心に、父の言葉は届く。
『俺と、お前の母ちゃんが、お前を護りたかったから。他でもないお前っていう、たった一人の魂を護りたかったからだ』
いまいちセリフが締まらない。最初のフレーズほどしっくりこない。そのことを指摘すると「こいつは一本とられたな、ハハハハ!」と大笑いしていたが。それでも、嗚呼だったらばこそ。
それこそ、あの死神に言われるまでもない。
「……護るって決めたんだよ。そのために戦って、俺が、テメェを倒すんだよ!」
一護の叫びに、グランドフィッシャーが呼応して嗤い――――。そして、今までに感じたことのない感覚が一護の全身を駆け巡った。まるで自分の身体の「何か」が外れかけているような、その感覚――――。
だがそれが、何を意味するのかも分からない。一護は激怒していた。そしてそれは、グランドフィッシャーの術中でもある。
「倒さなきゃいけないんだ……、絶対、倒すんだよ! 腕が千切れようが、頭が消し飛ぼうが、テメェを!」
『だからお前は死ぬというのに。お前は死神にしては「若すぎる」。故に容易く怒り、悲しみ、心乱れる。そして心乱れるが故に刃は鈍る――――儂が今まで相手にしてきた死神の中で、最も容易くな』
終わりだ小僧、と。母の姿を写し取ったそれを示すグランドフィッシャー。その吊るされた疑似餌の顔が自らの母であること――――間違いなく、この虚が母を喰らった相手であろうことに、怒り、心が乱れ、翻弄される。
一護の心を読み、最も斬りたくない相手の姿――――「生前の」相手の一部を用いたと、断言したその姿。
傷が深くなっていく。消耗が激しくなっていく。だが、それでも一護は立つのを止めない。
「…………誇りを……ッ」
ルキアは、声をかけない。一護の願い通り、手を出さない。ただ、それでも震える手を握り、しっかりと一護の姿を見据える。
死ぬなと。
その目には、強い意志が映っていた。
そして。力の差、乱された心の差が大きく動いた時――――。母親の、黒咲真咲の疑似餌が、動き、そして一護を庇った。
猛烈な「青白い」「霊的な光を」放ちながら、まるで本当に我が子を庇う母親のように。その動きに、グランドフィッシャーはおろか「疑似餌の表情すら」驚愕に染まっていた。
『なん……、だと……?』
「ありゃ、母親の意志、か? ……『大前田』さんから昔、聞いたことがある。虚がああして他の魂魄の形を利用する時は、大体元となった魂魄の一部を使っている。グランドフィッシャーで言えば、魂の「皮膚」だ。だが……」
「……例え食い殺され、剥がされた皮膚であったとしても。そこにわずかなりとも、死に際の母親の意志が残っている、か」
笑いもしない。泣きもしない。思い出を語ることも、慈しむことすら。だが――――その光の奔流に、わずかなりとも一護は、己の内に不思議な共鳴のようなものを覚えた。そして、一護の全身からも「光が」迸る。
『――――想いを込めろ、一護』
誰の声かわからない。男か、女か、若者か老人かすら定かではない。だが、その声に一護は従う。もっとも、言われなくともそのつもりだった。
「……怒りは刃を鈍らせるか。でもな、勘違いしてんじゃねェ! テメェ程度倒すのには、その鈍った刃で充分なんだよ!」
『ぐ、ぐあああああああああああ――――――――ッ!』
振るう。「青白く輝く」斬魄刀を、肩に突き刺し、横薙ぎに――――。
同時に「刃の軌跡」に沿って、その傷に沿って、炸裂するように「霊圧が」解き放たれた。
『――――月牙、だ。それくらいは覚えておけ』
「……ありがとな」
刀と己に迸る光は、やがて収まり消える。それと同時に、また声も遠のく。だが、その声が何であるのかをなんとなくだが察した。故に感謝を。己の想いに応え、残滓とは言え母の愛を受け、自らに力を貸してくれた、己の
『許さんぞ、この儂が、いずれ「さらなる高み」に至るこの儂が、死神ごときに――――!』
炸裂した霊圧は、そのまま膨張し虚の胴体すら飲み込んでいく。やがてそれは、一つの「巨大な斬撃のように」。虚の身体を呑み込み、斬り払い、そして消し飛ばした。
後には残骸の腕と、倒れた疑似餌――――。
「…………終わったか」
「…… 一護」
「――――ンンフハハハハハハハハハッ!」
気を抜くな! と。あの男の死神が斬魄刀を構える。その声に触発され、一護も納刀しかけた斬魄刀を抜き。
そして「疑似餌が動き出した」。
鳥の様な手足を振りかざしながら、先ほどの光でヒビの入った黒崎真咲の皮を被った、その疑似餌が。
「よくもやってくれたな、小僧! お前にもはや儂は殺せない! 儂も深手を負ったが、お前も既に死に体の有様。もはや何もできまいッ」
「ッ! テメェ、さっきのアイツか!」
胸に穴の開いた疑似餌は、先ほどとは打って変わったほどに堂々とした動きで一護を嘲笑い、空中に跳ぶ――――。
「縛道の――――ッ、オイオイ、俺もまだ完全回復しちゃいねぇな。おいグランドフィッシャー! それはどういうカラクリだ!」
「ハッ! 単に『どちらも本体』になるというだけのこと! 結局小僧は、この母の姿を斬り殺すことはできなかったな!
ならばせいぜい儂に殺されるまで、長生きして『美味になれ』小僧!」
「ま、待て…………ッ!」
母の、皮しか残らなかったその魂魄すら、自らの元を離れる。
怒りに、一護は斬魄刀に想いを、それに付き従う霊圧を込め――――。
だが悲しいかな、刃を振ろうとも、既に身体は自身の言うことを聞かない。地面に突き刺した斬魄刀から洩れる霊圧を、それでもグランドフィッシャーに向けようと振り切るが。放たれた光の斬撃は、明後日の方角へ飛ぶ。
既に刀すら振るえる状況ではない――――それほどに一護は疲弊していた。心身とも、魂が。
「よせ、もう良い! もう良いのだ、お前も奴も、もはや戦うことすら出来ぬ! 戦いは終わったのだ、今はもう――――」
「終わっちゃいねぇ! アイツはまだ死んでねぇ! 俺は、俺はまだ――――」
「一護! ――――っ」
ルキアも、気付いた。一護は泣いていたのだ。雨に誤魔化されようもない魂魄であるからこそ、そこに流れる痕に言葉を失った。倒れ込む彼を支え、背中を抑え。もう大丈夫だと言い聞かせるように――――。
気を失った一護に膝を貸すルキア。その微妙な表情に、もう一人の死神は、西堂榮吉郎は肩をすくめた。
「霊圧か、血か。何にしろ自らのそれを刃に『食わせて』放つ、ねぇ……。それは置いておくにしても、大したヤツだねぇ。見た目だけじゃない、心根も。まるで『誰かさん』を思わせる」
木瑪、と。己の斬魄刀に声をかけた上で、榮吉郎は一護に刃を向けて「回道」を使った。
「死神の霊力は、つまるところ魂の生命力に繋がる……。止血くらい少ししといてやるが、このくらいですぐ治まっちまう。筋も悪くないし、斬魄刀だって『どこかの隊長』を思い出させやがる。コイツは、相当化けるぜ? ――――下手すると『海燕さんよりも』」
「……止めぬか。貴様の口から、海燕
「つれないこと言うなっての。お前にとっても俺は先輩だが、そんなこと関係なく『志波』の家とは何かと縁があるもんでね」
まぁ帰るわと。傘を頭に乗せる男。
「…………守りたいモンのために命かけるってのは、アッチでもコッチでも一緒ってなぁ、な? 流石にチクり辛くなっちまう。
ま、ルッキャちゃんも『オトシゴロ』ってことに――」
「――するな、たわけ」
「…………そうかい? じゃ、テキトーに、な? ただいつまでも騙し通すことは難しいぜ。アンタにゃ怖ぁい『お兄様』がいるんだから」
まぁバレるときはバレるし、と。笑いながら榮吉郎はその場から「消える」――――否、消えるように見えるほどの高速移動でその場を後にする。先ほど一護の背後をとるのに使った「瞬歩」を用いて。
「…………そんな訳なかろう、たわけ、が……」
上下逆さまな一護の頬を撫でながら。まるで「今はもう失われてしまった何か」を慈しむように、ルキアは囁く。
「すまぬ。……お前が一体、どんな想いを抱えていたか。そんなこと私にはわからぬ。だが、それでも……生きていてくれた。ありがとう、一護、生きていてくれて……、生き延びてくれて……」
そのままルキアは、一護が目を覚ますまでそっと膝を貸し、雨に濡れ続けた。
※ ※ ※
「な、何で膝枕とかしてんのお前!? な、な、なんか変な感じになるだろ、その辺に寝かせとけッ! 夏梨とか水色に見つかったら面倒なことになるわッ! 只でさえ変な噂されてんのにっ!」
「へ、変な感じとは何だ変な感じとは! こうこの間読んだ本にもあった、仲間同士、支え合うような、友情的なアレだ、意識するな小僧が! 私までソワソワしてくるではないかッ!
……ん、それより噂? とは一体……」
「あーッ! そんなことより、親父たち――――」
『…………』
『噂……、あの水色と言ったか、一護の友人の一人が言っていた『朽木ルキアと付き合ってる』『肉体関係を持つほど情深い関係である』と言われているアレか』
『おっと、言わなきゃ本人は気付かないタイプの話だったろうに……。口が滑ったな。まったくこれじゃ先が思いやられるぜ』
『こちらも下手な情報は与えられない、ということだな』
『そうだなァ、オッサン。……やっぱ根が素直すぎんだろーなぁ一護の奴……』
『…………』
多少、水没が引いてきた「重力の狂った」摩天楼で、オッサンと俺は今後について色々と話をしていた。ビルの中から水中に投げ出されたテレビを見ながら、いまだビチャビチャで乾いていない状況のまま。あのちょっとモッサモサのオッサンの髪だったりコートだったりがスゲーしんなりしてる絵面はちょっとOSRが足りない感じで、少しギャグみたいだった。
『…………』
『しかし、「母ちゃん」もよく無茶するぜ。あんなになってまで……』
そうそう、びっくりしたのはソコだ。「西堂のオッチャン」が出て来るモンだからテレビアニメ版準拠の描写ではあるんだろうというのは元から察してはいたけど。セリフ回しとかは色々違うことからして、たぶん微妙に「原作終盤」の描写とか、そーゆーのがフィードバックされているんだろうと推測はしていた。
だからって、まさかあんな風に「ガワだけで」一護を無理に守ろうとかするとは思わなかった。おまけに――――。
『…………推測でしかないが。おそらく「
『でも、
『だからこそ、そこにあった「志波一心」と「お前」の力、つまり今のお前と同質の死神と虚との力を使って』
『………………いや、無理だろ。フツー。どうやってやんだ?』
『あの娘は優秀だったからなぁ……』
『いや子孫自慢でごまかすなよ、オッサン。……お陰で一護と少し話せたってのはあんだが』
『…………』
そう。おまけに、あの母ちゃんの身体から放たれた霊圧こそが、俺の霊圧と同質のそれで。だからこそ一護自身にそれが降り注いだ結果、一護の底に眠る力そのものと俺とのパスが、ゆるくだが結ばれ、そして「声が届いた」。
もともと死に瀕している状況だったことも手伝い、最低限のアドバイスはすることが出来た訳だが。どーにも見る限り、月牙天衝が月牙天衝らしくない。
『ま、ガワが姐さんだからって問題もあるんかねぇ? 能力は俺たちのそれだが、その発生のさせ方に姐さんの力の一部を仲介する……、この場合は「斬りつけた場所」から放つみたいな感じだな。
合ってるか? 姐サン』
『…………』
『…………オイ、さっきから何で姐さんこう、笑顔のまま黙って固まってるんだ? 別に今日は下着見た訳でも――――ひゃっこい!』
『首を絞めますよ? 髑髏の方』
ため息をつく姐さんは、俺とオッサンに向き直る。その表情は、ひどく険しい。
『戯れとはいえ我が使い手に膝枕までされてあの言いぶりに思う所は有りますが、抑えるとしても……。我が使い手である朽木ルキア。その心に未だ巣くう悔恨の念。貴方がたの主である黒崎一護は、あまりにも、あまりにもそれに似ているように見えました。在り方が、魂が』
『って言っても、まー他人の空似……、よりは縁あって似てるってのが正解じゃねーかね?』
『ということは、やはり? ……ならば私が戻れない理由は、』
『いや、それは違うって。別に姐さんを朽木ルキアが「贖罪」みてーな感情をベースに寄せ付けないようにしてるって訳じゃねぇはずだ。だろ? オッサン』
『嗚呼。そうだな、強いて言えば――――』
オッサンは姐さんから視線を逸らし、またいつものように空を見上げ。
『――――そう願っている誰か、が居るのだろう』
まあ、朽木ルキアに死神の力が戻らないことを祈ってるってのが誰かっていったら浦原喜助以外は誰も居ねぇだろうけど。それを明かしたところでどうこうなる話でもない(むしろなった方が一護の身が危ない)ので、俺は苦笑いして大の字に寝転んで。
親父との会話で決意し、ルキアに宣言する一護の声で。多少は雨が減ってくれるだろうことに期待する他なかった。……やっぱ慣れても水没は呼吸困難に一瞬なるし嫌なんだわ。