メゾン・ド・チャンイチは事故物件(物理)   作:黒兎可

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エピローグその1


#071.MoN⑯エンドロール

 

 

 

 

 

 叫谷、思念珠を巡る一騒動は終わった。

 尸魂界と現世との「霊的な」距離は縮まっており、決して油断は出来ないものの。すぐさま再度引力をもって衝突と言うような、そんな簡単な話にはならないらしい。

 これから零番隊が時間をかけて霊界との距離を年単位で調整していくと、浦原喜助経由で言い聞かされた一護は困惑の一言であった。 

 

(何か……、足りない)

 

 日にちにしたら2日か3日か。それにしては濃密な日々だったはずだが、不思議とその間のことは全然大した思い出も無い。思念珠を探しに色々な所を回って、幽霊の子供を見つけて。……あの子が、自分が魂葬した女の子の兄だと知って少し嫌な気持ちになりながら、なんでか男の子の父親を探すってことになって。

 

 そこで、()()思念珠を見つけて、朽木ルキアの隊の隊長である浮竹たち死神数名が駆け付け、話し合い……。

 

 話し合い?

 

(違和感はあるってのに、それが何なのかよくわからねェ)

 

 そんなもやもやを抱えたまま、一護は駅近郊、ニュータウンの集合住宅へ向けて歩いていた。南空座町まで回って帰宅する最中であるのだが、今現在は鳴木よりも()()()()()隣町に居た。

 夜中、何となく出歩きたくなったのでパトロール代わりにコンを携行したまま散歩。その結果、当たり前のように虚に遭遇したので、死神化して斬って、それで終わり。

 それで終わりだって言うのに、なんだかやっぱり落ち着かなくて。気が付けば意味も無く山を登って、下って、脚がクタクタになって。コンビニで雑にジュースでも買って、それでまた歩いて。気が付けば駅前を突破するばかりか、鳴木も通り越してさらに新街(ニュータウン)センターの方まで来てしまっている。古本屋の「OFF」の文字が朝日に照らされて眩しく、それを見てなんとなく一護は苦笑いした。

 

 いつのまに朝日が昇っており、目に光が焼き付いて痛い。どうやら、夜通し歩き続けてしまったらしい。一護からすれば、こんなこと生まれて初めてであった。

 

「確か、ここの大橋から叫谷まで行ったんだよな。……わざわざ自分から来ることもそんなねェな、こっちは」

 

 大体、遊ぶ目的で歩けば北空座駅、つまりは空座町に直結する駅周辺で事足りる。最近映画館も出来たし、カラオケも入るという噂だってある。ショッピングモールも大型スーパーもあるときてるし、南側の商店街はちょっと色々怪しくなってきているが、何だか建物もいくつか新しく建築中で、大学だって近い。対してこちらの方は、徒歩よりも来るまでの移動を想定した街づくりがされているので、黒崎家としてはそんなに出向いたりはしていない。

 とはいえ夜中になるとニュータウン近郊は「治安的に」危ない側面もあるため、注意は必要なのだが。もっとも黒崎一護、本意ではないが悪い意味で有名ではあるので、わざわざ彼相手に問題行動をふっかけてくる相手もそう多くはない。

 

 川沿いの桜並木はまだまだ緑色。秋には早く、夏真っ盛りを伝えてくれている。

 

「どうすっかなァ、コンも寝ちまったし。家に帰るにも時間かかるし」

 

 時計を見れば既に九時半を回っている。一体何に納得できなくて、そんなに歩き回っていたのだと言うのだ、自分は。

 苦笑いしつつも上った太陽を見上げ……視界の端に焼肉屋の看板やら、やはりOFFの字の自己主張が激しかった。なんとなく半眼になってしまうのも無理はない。妙に卑近すぎて、色々と台無しである。

 

 否、別にこんなごくありふれた光景に何か、心が揺さぶられたりするような話でもないのだが。

 

 とりあえずメールでも打つかとバッグに手を入れる。朝食くらい何か買って食べて帰るかと軽い感覚で肩掛けバッグに手を入れた。……コンと、財布と、コンと、コンと、とにかくコンが邪魔で中々携帯電話を取りだせない。

 嗚呼鬱陶しい! と半ばキレながらも、わざわざ下ろしてまさぐるのも癪であったため継戦(?)する一護。よっしゃ! と声を上げて携帯電話を取り出したと同時に……、一護は何か見慣れないものを、一緒に掴んでいた。

 

「何だ? これ。……何でこんな、女物?」

 

 赤いリボン。シンプルなそれはさほど長い訳ではなく、簡単に髪をくくる程度のそれだろう。メーカーのロゴがうっすら縫われており、()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………?」

 

 記憶があった、ということに違和感を抱く一護。

 そんな妙な記憶があって、なお自分の手元にこれがあるということは、このリボンを買ったのは自分だということになるはずだが。わざわざ自分がこんなものを購入するだろうか、と自問自答し、ないないと結論付けられる。井上織姫に似合う訳でも、家の姉妹に合わせる訳でも、ましてや朽木ルキアに渡すようなものでもない。たつきは……、今は髪を伸ばしていないので、そこは置いておこう。

 

 そして、そのリボンをじっと見つめていると。一護の脳裏に言葉が過る。

 

 

 

 ――――叫谷、その欠魂たちの霊圧が間もなく尽きるそうだ。そして、××は……、あの娘の記憶は、我々から抜け落ちていくらしい。

 ――――元々存在していなかった者に関する記憶は、誰の中にも残ることはない。

 

 ―――― ……それでも、まだ僅かでも…………、アイツの声が聞こえる気がするんだ。俺には。

 

 ―――― 一護…………。

 

 

 

「ルキアと、俺と…………」

 

 何か、そう、何か無意識的に、自分の中の何かのとっかかりになりそうな。そんな直感を覚えるも、呆けた一護は吹かれた風に舞い上がり、リボンがするすると一護の手を抜ける。

 

「ちょっと、(ゆう)! あさひ来るの待たないでラ・チェット行くと怒られるよー!」

「朝練まだ終わってないじゃーん!」

「うっせぇなー、いいっしょ! そんなんどっちでも! だってアレ、皆だって早く喫茶――――ぐえっ」

 

 あっ、と声をかけるよりも先に、こちらに走って来る女子校生(何故か制服姿)の子の顔面に「べしり」とぶつかり、「ぐえっ」と汚い声が上がった。後方、友達と話しながら、彼女たちに先行する形で走って来たらしい彼女は、視界を塞がれて足を躓く。

 

 バランスを崩した彼女に抱き着かれ押し倒されるような形で、一護もまた背中から倒れた。

 

 とはいえ元々のフィジカルや生活の粗っぽさ、死神生活で培った経験値などが功を奏し、普通に受け身を取って生身にダメージは残さない。

 むしろ自分の胸元に頭突きする形になった彼女が「ぶあああっ」と良くわからない声を上げて、呻いていていた。

 

「お、オイ、大丈夫か?」

「あ痛たたた……、アレ、おしり、どしんっていっちゃった……、めっちゃアレ」

「ンな短いスカート履いてるからじゃねェのか…………?」

「いやだってアレアレ、オシャレしないと女の子ってアレじゃん? 死ぬし」

「そこまでかよ!?」

「うん。……って、あっ、ごめんなさい! 走ってて前方不注意というか、こう、色々アレで」

 

 何か()()多いな、と若干思いながら、とりあえず自分に倒れ掛かるような彼女を起こして、ついでに自分も上半身を起こす。

 

 そして、その彼女を見て何か違和感を抱いた。

 

 髪は黒。目は明るいブラウン。肩口くらいに切られた髪の、少しタレ目な可愛らしい少女。年はおそらく同年代だろう、深緑の袖なしジャケット。灰色のスカートは何かこうギリッギリまで攻めた短さで、倒れた勢いでめくれ上がっていて「まだ」見えてないが色々気が気でない。

 そんな彼女は、自分に引っ掛かってた赤いリボンを手に取り「何これ?」と頭を傾げる。

  

「悪ぃ、何か風で飛んでったみてェでな……」

「あー! アレ、そういうことか。……じゃあアレ、これでお相子(あいこ)ってことで。……これってアレ? 彼女さんの?」

「いや違ェけど」

「えぇ~? 怪しいな~。……フフ、はいっ」

 

 目をぱっちり開き微笑み、彼女は一護に向けてリボンを差し出す。

 そのリボンを一護は受け取り…………。

 

「…………ッ」

 

 今度こそ、「存在しないはずの記憶」の扉を開いた。

 

 

 




 

 

 

「ねぇ…………、一護?」

「何だよ、茜雫(せんな)

「お願い、あるんだ。私…………、行きたいところ、あってさ」

 

 丁度、大橋の麓の川辺にて。夜闇に浮かぶ月の光に照らされた一護と茜雫。

 彼女の、たどたどしい言葉を聞き、一護は彼女を背負う。

 

 周囲に視線を巡らせれば、浦原喜助は帽子を目深にかぶり左右に頭を振っていた。

 

「黒崎君、茜雫ちゃんをお願い」

「井上?」

「きっとこれが最後だと思うから。…………私の名前も、呼んで欲しかったけどね」

 

 まだ一回しか遊べてなかったし、と微笑む井上織姫は、しかしどこか寂しそうに。

 チャドは空気を読んでか何も言わず、しかし一護の視線を受けて頷く。

 

 石田雨竜は不可解そうな表情をしながら、隣で仮面のメイド(空気ぶち壊しである)に何やら囁かれたりと色々していたが、最終的には「早い所行け、後始末とか諸々は僕たちがやっておく」とため息交じりに引き受けてくれた。

 

 道は覚えてる。そして、彼女が求める空見山も、距離的にそこまで遠いと言う訳ではない。

 バスが通っていないので不便と言えば不便だが、この時間にわざわざタクシーを呼び出しても、最悪の場合意味不明な現象を目撃させることになるのもあってか、茜雫は一護におんぶして連れて行ってと、我儘を言っていた。

 

 一護は、断らなかった。

 

 ゆっくりと川沿いを歩き、小道を抜け。坂の途中と坂の上の小学校2校を通り過ぎ。

 途中、会話がなくて寂しいのか突然口笛を吹こうとする茜雫だったが、それはもうヘタクソで。コツを教えようにも、それを聞いてどうこうという余裕すら彼女にはなく。

 

 そよ風が吹く道。茜雫にとっての、きっとこれは、帰り道。

 

 

 

 ――――確かめて欲しいんだ。昨日は、見つけられなかったから。

 

 

 

 茜雫の家の墓につれていってくれと、彼女はそう一護に願った。

 一護にもなじみ深い霊園に足を踏み入れ、茜雫の声に従って進んでいく。

 

 ――――アタシん家のお墓……、私のお墓、ここにあるって、昨日、言ったでしょ?

 

 ――――きっと(わたくし)は、ここで生きてたんだ。ボクは、この町で、きっと、過ごしてたんだよ!

 

 ああ、としか、一護には応じることが出来ない。

 茜雫の語る一人称は乱れ、家族の思い出もバラバラで。

 それでもきっとこの町に自分はいたのだと……、自分に言い聞かせるような彼女が、痛々しかったから。

 

「私にも、ちゃんと家族が居たんだ」

「ああ」

「アタシはここで、きっと生きてたんだ。だから、こうなってるんだから、きっと、お墓だって、ちゃんと……」

「…………ああ」

 

 突き当たりから四つ手前。以前、茜雫がダークワンの配下に襲われていた近く。きっと彼女も、以前ここまで来たのだろう。

 そこに膝をつき、彼女の顔を近づける。

 

「名前、あるかな? 私、目、かすれちゃっててさ。一護も……もう、ぼんやりとしか、見えなくてさ」

「………………」

 

 一瞥する一護の視線の先。

 刻まれた名前は、二つ。男性のものが二つのみで、左側にスペースは存在するが…………、何も、刻まれてはいなかった。

 

「…………嗚呼、あるぜ」

 

 一護は、そのまま答えることが出来なかった。気が付けば口からは、そう答えていた。

 だけど、例えそれがどうしようもない嘘でしかなくとも。これだけはしっかり、一護は伝えなければいけなかった。

 

「お前はちゃんと、この街で生きていた」

「うん」

「家族だって、ちゃんと居たんだ」

「…………良かった」

 

 零れる彼女の涙を受けて、一護は、一護は何も言葉を返せない。

 ただ、続いた言葉に肯定してやるくらいしか出来なかった。

 

「温かい……、それに、一護の匂い」

「…………ッ」

「また、会えるよね? きっと」

「…………何、言ってンだよ。当たり前だろ?」

「………………フフ♪ じゃあ、さよならは言わ――――」

 

 言葉の途中で、一護は背中に感じていた重さと、腕にあった彼女の太ももの感触が消えたことを理解した。

 徐々に解けていくようなものなどではなかった。一気に、一瞬で、彼女の存在が自分の知覚から消えてしまった。

 

 項垂れ、膝をつく一護。

 俯くその表情は、髪に隠れ見えない。

 

 ――――私は! 一護のことが、大好きだから……!

 

「俺は…………」

 

 ――――人を好きになるって、好きだって言えるって……すごく、素敵なことだよね。

 

「……俺は、何も、何も返してやれなかった…………!

 全部、護ってやるって言ったのに、何も、何も―――――――」

 

 拳を強く握り。

 声を荒げることも出来ず。

 ただただ、一護はその場で震える他なかった。

 

 どれくらい時間が経ったろう。茜雫と墓所に来た時点で既に朝日が差し込んでいたが、完全に地平線から日はまだ昇りきっていない。

 

 そんな朝焼けの中でこらえる一護に、朽木ルキアが背後から声をかけ――――。

 

 

 




 

 

 

「…………!」

「アレ~? どうしたの、君さぁ。……えっひょっとしてアレ? 私、惚れられちゃった!?」

 

 うっそでしょアレアレ!? とわーきゃーその場で騒ぐ少女の容姿は、それこそ茜雫に瓜二つ。「夏場だと言うのに」何故か茶系のブレザーを纏っていた彼女と、深緑の袖なしジャケット。スカートの色も異なるし、服装まで一致しているということはないが、そのスカートのとんでもない着崩し具合などは見間違えるはずもない。

 

 ――抜け落ちた記憶は何かしらの姿を模して、失った自己を求め現世をさまよう。

 

 浦原喜助の言葉がこんな時ばかり反芻され、一護は理解してしまった。もしかしたらそれこそ、あの弥勒丸と言う斬魄刀すら含めて。茜雫のパーソナルを構成する要素の、その外形のほとんどすべてが、彼女個人として発生したものではなく。それどころか、彼女の元になった大勢の誰かのものですらなく――――。

 

「……本当に大丈夫? アレ、病院行く?」

「いや…………、大丈夫だ。というか、痛ェとかそういう訳じゃねェ」

 

 一護自身、今自分がどんな顔をしているかわからなかった。

 だがきっと……あまり人に見られたいような、そんな顔ではないことだけは確信があった。

 

 それでも精一杯笑い返そうとして……、()()()()()()()()が、一護を気遣うように憂う。

 

「本当、大丈夫ならいいけど…………、アレアレ、お大事に?」

「嗚呼。ありがとう」

「うん!」

 

 そして一護にリボンを握らせ立ち上がった彼女は、追いついて来た友人の女子高生たちをさらに振り切るように走っていく。一護を一瞥した友人たちも、彼女の後を追いかけ走る。「ちょっと夕、さっきの誰? 知り合い?」「もしかしてカレシ!?」「いやアレアレ、ないない、無理無理! あんなにカッコイイ人!」というような会話が聞こえて、当事者たる一護は何とも言えない気持ちになるが。

 それでも、いつまでも座ってる訳にはいかないと立ち上がり――――。

 

 

 

「――――今度は落とさないで、大事にしてよね! ()()!」

「――――ッ!? ……?」

 

 

 

 思わず振り返れば橋の反対側の岸の方、先ほどの(ゆう)と呼ばれていたあの少女が、両手でメガホンを作るようにして、笑顔で、大声で声をかけてきて。

 しかしふと我に返ったように「あれ?」と不思議そうな表情で、きょとんとして。

 

 そんな彼女をまたもや友人たちが囃し立て、それに恥じらって全力疾走する彼女と、追いかける友人たち。

 

 本当に訳がわからない。訳が分からないが…………、色々ギリギリな風に揺れるスカートを反射的に見つめ、見送ってから、一護はおかしくなって笑ってしまった。

 疲れたような笑顔だったが……、ここ数日振りに、少しだけ肩の力が抜けたような気がした。

 

「……そうだな。じゃあ、行こうぜ、一緒に」

 

 手元のリボンを見つめ、そう呟いてから。一護はそっと彼女たちとは反対側へと足を踏み出した。

 

 

 わずかに吹いた夏らしくない木枯らしには……、少しだけ、紅に染まった紅葉が舞っていたような。少なくとも、一護にはそう見えていた。

 

 

 

 

 


・おまけ:茜雫消滅時の内在世界

 

※読了感を著しく損ねる恐れがありますので、覚悟してからお読みください。

 

 

 

 

 




 

 

 

『あ゛た゛し゛、こ゛う゛い゛う゛の゛嫌゛い゛…………!

 ぎゃう゛う゛う゛う゛う゛う゛ッ! ぎゃんぎゃがぼぼぼぼぼぼぼぼぼ――――』

『ど、どうどう、落ち着きなさがぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ――――』

 

 振子雪が、めちゃくちゃ汚ねェ泣き方してやがる声だけが聞こえる。それをあやそうと姐さんが寄っていく声も、それだけ聞こえる。

 それだけだ。

 何でかって?

 

 

 

『――――■■■■■■にでも黒められたか?』

『オッサン、現実逃避止めろ。ンでもって、こればっかりは俺達は何も出来やしねェよ』

 

 

 

 声を荒げなきゃまだ溺れねェだけマシってところだが、まァ実際それだけだ。見渡す限りの闇。闇、というか()()っつーのが正しいのか? 場所はいつも通り重力が歪んだ摩天楼のはずなンだが、その姿さえ何も見えず、俺もオッサンも姐さんも、なんなら子雪すらぷかぷかと沈み揺らいでいた。

 

 まァ、異変自体は最初から察しちゃいたが、アレがトドメだったな。茜雫による一護への告白。アレがあったせいで、茜雫がその姿を消した時点でこの場所は闇に包まれた。

 現世の、一護の周辺の映像すら見えないくらい、光がこのほの暗いを通り越した水の底の、決して空から降り注ぐ光の一片たりとも許さないほどの()()があるかのような。まるでそのくらいには、もう何も見えェし、勢い良く動こうとすれば軽く溺れる。

 姐さんも子雪の奴もがぼがぼ言っていやがるし、これはもう見事に溺れていやがるが…………。生憎俺も救出に行こうとすりゃ溺れるし、もうちょっと様子を見てからだな。二次遭難みてェなのってよくある訳だし、空気がねェから人工呼吸もクソもねぇ。

 

 まあ別に、ここの水って観念的なモンだから呼吸が出来なくなるようなことは無ェんだけどな。

 それはそうとして、水の中で汚ェように泣くなって気持ちもあるにはあるンだがなぁ、絶対鼻水とかもう滅茶苦茶なことになってんだろ……。子供に求める話でもねェんだろうが、感受性豊かなお子様だぜ。

 

『塩辛いな……』

『涙なんざ、ンなモンだろ。梅針の時より酷ェ面しやがってよォ』

 

 世界が闇に閉ざされる直前に、一護の視界に映った墓石越しの鏡像は、そりゃもう見てられるモンじゃなかった。井上にも朽木にも見せたら大問題な感じだ。いや、井上はまだ良いにしても朽木はもう絶対駄目だろってレベルの状態になっちまってたし、こればっかりは時間が解決してくれることを祈るしか無ぇかねぇ?

 

『もうどうしようもないことを、どうしようもないって嘆いてたら心が歪むぜ? 兄弟』

『…………それは、実体験か?』

『止してくれよ』

 

 ()()についちゃ俺は絶対悪くねェっていう自己弁護は可能だが、実行犯は俺自身だったからなァ……。ぶっちゃけこれが知られると、どっかの糸目が一護殺しにかかってきそうだし、隠すなら徹底的に隠さねェと拙い話だ。

 だから、「話せないことがある」以上は影経由でもオッサンに共有はしねェ。

 ……闇に覆われた今のこの場所で、影経由もクソもあったもんじゃねェ気もするけどな。

 

 というか気分転換に話題変えると、不謹慎だが少し面白かったのは二番隊の砕蜂隊長だ。茜雫抱えて滅茶苦茶落ち込む一護見て、何かこうあわあわしたり、踏ん切りつけて何か言おうとしたり、かと思えばまたすぐ逡巡して悶々としてたりっつーのを延々と繰り返して、その場じゃ空気かノイズみてェになってたし。

 余裕なくて一護には視界にすら入れられなかったのがちょっと哀れだったが、根は確か優しい人格なんだろうし、ものすげェ落ち込んだ一護を励まそうと色々考えたんだろうなァ。で、考えはしたけどそもそも相手のこと何にも知らねェとか、無関係な第三者に近い自分が何か言ったって励ましになるのかとか、だからといって何も言わないのは泣きそうな子供を前にして可哀想すぎるしとか、そんな感じで百面相してて見てる分にはちょっと可愛かった。

 

 つーか、可愛いの化身か……? 何でいきなりああして一護に同情し出したんだ、謎過ぎる。

 

『うわき! がばばばばばばばっぱァ!』

『はい? ……我が夫』

 

『いや全然違ぇし、というか何の話だ?』

 

 素でどっかで喚く子雪たちに返答すると、相変わらずガボガボもがいてる子雪が暴れてる音が聞こえる。……いや、暴れてる音これ完全に人間の子供が手足バタバタしてる音じゃねェんだよ。バカでけェトカゲとかが暴れるみてェなこう、尻尾とかブンブン振り回してる音っつーか、なァ?

 そろそろツッコミ入れても、誰も何も文句言わないよなァ…………。

 ただ、続いた子雪の発言があまりに不穏過ぎて、思わず耳を疑った。

 

 

 

『――――()()()()! ぜったい、ぜーったい()()()()!』

 

『はァ?』

『何を言ってるのです? と、いうか、えっと、一体誰に何を産ませると言ってるのですか!?』

 

 

 

 大慌ての姐さんの声と、相変わらず溺れてる子雪の絶叫が聞こえる中。なんとなく見えないが、オッサンが「悪い選択肢と言う訳でもないだろう」とか呟いてるのが、実は一番不穏だった。

 

 

 




 

 

 

 

 

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