「じ~~~~~~~~~~~~~~~~ ──────」
「…………何だ……、あいつ?」
浦原商店、店内。いつものように居間に案内され(?)くつろいでいる一護は、障子を少し開けた隙間から自分をじっと半眼で見て来る
赤系統の色に染まった狼なのか犬なのかよくわからない、デフォルメされたぬいぐるみ。白いワンピースを着用してるあたり女の子ということなのだろうか。背中に大きなチャックの取っ手がついてるのがしっかりと見える。
そんな相手から、いかにも何か警戒するように見られるのも落ち着かない。
そもそもどう見てもコンとかその類のナニカなビジュアルと挙動で突然現れたので、最初はびくっと飛び跳ねて中々良いリアクションをしてしまった一護だ。特に何をされるでも無く、じっと見つめられていたこともあり困惑の感情が勝っているが、何にせよ状況は混沌としている。
そしてそんな一護の持って来た小さいリュックから「くぉっら一護ォ!」と飛び跳ねる影が一つ。
「危ねッ!? って、コンじゃねェか! お前、いつ入ったンだ……?」
アッパーカットで飛び跳ねたるは、これまたこちらもぬいぐるみ。ライオンさんをモチーフとした、こちらもデフォルメが利いたビジュアルのそれは、おなじみ一護が持つ
どうやら勝手に一護のバッグの中に潜んで機会を伺っていたようだが…………。
「どうしたコン! ……つーか、あれ? お前、何か久々に見るような────」
「久々とか言うんじゃねェ! 毎朝起こしてやってんだろうがこのお寝坊さんがよォ!」
「……意外と口調、乱暴じゃない?」
ぼそり、と呟いた「少女の声をした」赤いぬいぐるみはさておき。ちなみにコンは浦原商店前のあたりで、密かに一護のバッグに潜んでいたりした。
「
「いや、確かにそりゃそーだけど、今までだって別にお前、ンな真面目に考えたりして出て来て無ェだろ。何っつーか、自分から来るときはテキトーっつーか」
「テキトー言ってんじゃねェ! ………‥いや、そりゃ、アレだよほら」
アレって何だよと問いかける一護に、コンは視線をそらしてばつが悪そうに言う。
「…………もともとオレは、お前と姉さんの義魂丸がわりに引き取られてんだ。姉さんがいない今くらい、俺だってもっとしっかりしねぇと」
「コン、お前……」
「で、本音は?」
ぼそり、と一護が何とも言えない目を向けていたコンに向けて、障子の側から声が飛び。
それを受けて条件反射的に返答してしまったコンは、その場で、両目から滝のように涙を放った。
「井上さんだよォ、オメーよォォ! 井上さんの姿が無ェじゃねーか何やってんだよ一護ォ!」
「あぁ……?」
一護の目の前、自分が飛び出たバッグを背景にその場で泣き崩れるコン。「オイオイ」と言わんばかりの目を向ける一護に「今の俺の傷ついたこの心! 姉さんが居なくなったこの心の穴を埋めてくれるのは! オレを胸に埋めてくれるのは! 井上さんを措いて他にいないってのに……! 嗚呼! 嗚呼! 姉さん許して! この心弱きプリチーなこの俺を……! そして再会したらまたこう
ブレねェなコイツ……、と、半ば呆れながら見る一護であったが、泣かせたまま放置しつつもその頭を撫でるくらいはしていた。……ちょっと嫌そうな顔で。
「つーかたつきの奴、何で浦原さんの所に来たんだ……? いや、俺の目的地もこっちだから別に問題ねェんだけど。来たら来たで店、誰も居ねぇし、大丈夫かこの店防犯とか…………」
店内を見回しながら訝し気に呟く一護は、ふと店に来るまでの有沢たつきとのやりとりを思い返す。
『終わった終わったー。戻りな、転狼。…………えっと、取りこぼしとかないよね? もう戻って大丈夫?』
『……うん』
『よし、じゃあお疲れー! のぞみー』
『……ん』
自らの斬魄刀を刀の姿に戻して納刀した死覇装姿の有沢たつきと、涼し気なキャミソール姿の有沢たつき────たつきの肉体。やや視線が半眼な肉体の方が片手を上げて、それにハイタッチするように手を交わす。たつきの魂魄は、瞬く間にその姿を消し、こほんと肉体の方が軽くせき込む。
浦原商店に向かう途中。感知が全くできず、あわや虚に食い殺されるところだった一護を助けたのは、いかにも死神らしい恰好と能力とで先ほどまで戦っていた一護の幼馴染、有沢たつきその人。
そして、そんな彼女の全く知らない一面を前に、一護は動揺から目を大きく見開き、言葉が上手く出てこない。
『うぃー、やっぱり慣れないわこれ。風邪薬
『いや、お、お前………!?』
『何か変? ────』
『全部だよ!? いや、お前確かに前、視られたのあったけどよ!!? 全然触れないからむしろ何か逆にちょっとあったかとか思ったりもしたけど……!!!!?』
思わず大声を張り上げる一護に「あーはいはい面倒だなー」などと適当なリアクションを返した彼女は、両手を突き出して「そういうの、一息ついてからにしない? 流石にこんな往来で話すようなことじゃないでしょ」と笑い飛ばした。
そんな彼女についていった先が、目的地であったここ浦原商店だった訳である。
店の戸を引くと「あれ? 誰もいないじゃん。あっちかな……」などと言いながら店の奥へと入っていくたつき。おい、と声をかける一護に「ちょっと案内しといて~」と、たつきの手元から降り立ったのが、件の赤い犬のようなぬいぐるみであった。
「つーか本当、コンはコンで慣れてたけど…………、ぬいぐるみが歩くってホラーっつーか、ヘンだよなあ」
「ヘンって何だヘンって!?」
絶叫と共に飛び蹴りをしかけるコンであるが、当然ぬいぐるみの強度と質量であるため軽く手で受け止められる。そして「お前、たぶんたつき用のやつか何かだろ」と問いかける一護であったが。
「スケベ」
「……は?」
「そのスケベの保護者なら、もっとしっかり躾けとくべきだ。
それとも、それをしないってことは…………、どスケベ?」
一護とコンの双方を見てぼそりと呟く彼女に、一瞬呆然とする二人。先に我に返って食って掛かったのはコンである。「うおおおおおおおおおおおいおいおいおいおい、上等だこらァ! というかお前アレだろ、この間有沢さんの中に入ってた奴だろ絶対ぃ!」と絶叫。対するぬいぐるみも「黒崎一護の身体を使ってるのを良いことにヘンなことしようとしたのが悪い。スケベ!」と指をさして叫ぶ。
「また言ったなお前よォ!? 止めてくれよ~、このマスコットとしての俺の立場が────」
「いや、お前はあんまり言い訳できねェだろコン……」
「一護は黙ってろっ!!!?」
間髪入れずに絶叫するコンと、スケベスケベと言いつのる赤いぬいぐるみ。部屋に入って「スケベはスケベ」と猛烈に言い続ける彼女を前に、一体コンは以前何をしたのかとか微妙にずれた疑問が浮かぶ一護である。
そのうちもみくちゃの乱闘になるが、コンよりも犬のぬいぐるみの方が
おいおいその辺で止めてやれと、流石にちょっと取れかかったコンの左目に同情した一護が助けに入り。
「──────あらあら、なかなか賑やかなことで。
どうも~、こんにちはっス、黒崎サン」
「つれてきたよ、一護~」
「……こんにちは」
「浦原さん! たつき!
っと…………、えっと、誰だっけ?」
丁度、赤いぬいぐるみが開けていた扉の隙間に手をかけて入って来た、いつものお気楽な調子の浦原喜助に、駄菓子屋の従業員の少女が小さく頭を下げる。
やや人見知りしてそうな声音の彼女に、なんとなく一護も、口調が少し柔らかくなった。
※ ※ ※
「まあ、簡単に言ってしまえば。井上サンや茶渡サンのように、黒崎サンの高純度の
「いやざっくりしすぎだろ、妙なって……。もっと何かなかったのか?」
「いや、流石にアタシも
「妙な、の方でいいぜもう……」
事実っスから、と飄々と笑う浦原喜助に、黒崎一護はやや辟易する。
場所は変わって浦原商店地下、本当にごく一部の死神や尸魂界関係者にとっては見覚えのある、空と大地のみが延々と広がる景色。
そこにブルーシートを敷いて、一護や浦原たちは座り、以前朽木白哉が持ってきた「わかめ大使饅頭」をもそもそと食べながら、ペットボトルの茶をしばいていた。
対面には一護。他の商店の面々は、何やら準備があるとのことで一時退席(?)。現在、卓袱台を挟んで浦原喜助と一護は対面する形になっていた。なお、こちらも「味は普通なんだよな……」と釈然としない表情でもそもそと食べている。
たつきの姿も、既にこの場にはない。これから事情を話そうかと言う時に虚の出現情報が入り「またァ!? ちょっとは空気読めっての……。あっ、先すすめてもらっていいから、じゃ言って来る~!」と言い、先ほどの赤いぬいぐるみの背中のチャックを開け、中に入っていた義魂丸を口に放り込む。嫌そうな顔をして呑み込めば、そのまま彼女は「当然のように」、独特の音を立てて肉体から魂魄が出現した。
一瞬「因果の鎖」が双方の胸元から伸びた状態の、たつき個人の魂魄の姿が一護の目に映り。
それを覆うように死神の霊絡が形成されからまり、死覇装となり一般的な死神のような姿へ。
そうして瞬歩で階段を駆け上りながら移動する彼女と、どさくさ紛れにコンを(たつきの身体で)踏みつけ「どスケベ、成敗」と一言いい捨ててから後を追う義魂。状況が中々混沌としている中、「やっぱ強ぇな、あの姉ちゃん」「うん……」と浦原商店の子供組が、何とも言えない声音でコメントを残した。
流石に可哀想だったので、バッグを枕に寝かせられているコンは、子供たちが応急処置として持って来た眼帯を左目に張り付けている。………‥無数のセロテープで。
閑話休題。
「まあ、きっかけはさっき言ってた通りっスけど……。そのあたり黒崎サンも、ちょっとは心当たりがあるのでは?」
「…………井上の兄貴の虚を、斬った時のか」
そう、思えばあの時。「盾舜六花」に目覚めた井上織姫に、その発露のきっかけをもとめるのならば。死神代行・黒崎一護の戦いに巻き込まれ、虚と死神の霊圧を浴びたとすれば、それはあの一回が主であろう。であるならば、あの場で昏倒させられていた有沢たつきもまた、その影響がなかったと考えるのは、むしろ都合が良すぎる考え方か。
そして誰に聞いたのやら、当たり前のように一護のその動向については熟知しているらしい浦原は、特に一護からの説明もなくそのまま会話を続ける。
「ご存知の通り、彼女は井上サンほど死神となった黒崎サンと行動を共にしたわけではありません。茶渡サンのように、虚と戦うほどそばに居たわけでもありません。だからこそでしょうが、せいぜいが霊力の底上げ……、浮幽霊の視認と、記憶置換に対する抵抗力が増したくらいっスかねぇ」
「で、それが何でああなったんだ。こう、普通に死神みてェになってるじゃねェか、たつきの奴」
「そこがまた妙な縁でしてねぇ! ……いえ、あるいは
「何がだよ」
何故そこでルキアの名前が出てくるのかと、不審な目を向ける一護。……もっとも彼の脳裏で「ボハハハハーッ!」と両手を交差させテレビの録画映像の前で映像中のドン・観音寺と共に輪唱してる姿が過ったせいで、シリアスな雰囲気はやや白けるのだが。
「まあ、そうして霊力が上がった彼女でしたが、ある日とある存在に現世で行き逢いました。その名を、刀獣と言います」
「とう、じゅう……?」
「アタシも知り合いの受け売りなんスけどね? 具象化した死神の斬魄刀が
死神は自らの魂の形を、斬魄刀に写し取り心象世界を共有する。故にこそ、その世界を失った斬魄刀というのは、ボクらにはわからない恐怖に襲われ、いずれその霊的な状態を失い暴走する」
「暴走……」
「自我どころか、いずれは
有沢サンが使っていた、あの犬の斬魄刀っス」
いまいち要領を得ないような、そうでもないような。ただ、その説明で彼女の現在の状態が明らかになっている訳ではないので、続きを促した。
「彼女があの刀獣……、
「いや気付かないって何……、だ、嗚呼そうか」
「ええ。黒崎サンもご経験、ありませんか? ──────目に見えているものが、器子なのか、霊子なのか、判断がつかないように見えると言うのを」
今でこそ、その見分けに違和感を抱かない黒崎一護であるが。幼少期、自らの目の前で母親が、その魂魄が食い殺される、その体験を以てして身を以てその違いを意識しなければならないと。そう実感したからこそ、一護は明確に生者と死者との違いを理解できるようになった。
ただ、思えばそれこそ。「意識しなければ」因果の鎖すら視えなかった以前の自分を思えば、事前に何一つ情報も無く認知するのは……。
ある意味で、明確に自分が巻き込んだことを意識した一護。実際、本人に聞けば笑い飛ばされそうなものだが、それでもわずかに表情が曇る。仮に自らの内在世界を覗くことが出来れば、ぱらぱらと曇天から雨が降り始めていることだろうが、それに対して文句をつける誰かの声は、元からに輪をかけて今の一護には聞こえない。
「だからこそ、黒崎サンが梅針と戦った時に。それを目撃したのと同時に、有沢サンはその犬が霊体であることに気付いた。どうすることもできず、だからこそ…………、黒崎サンの霊子の後を辿って、ウチの店にたどり着いた。
霊絡を形成するほどの霊力はないにしろ、感知は黒崎サンよりセンスありそうっスねぇ、いやはや」
「うるせェ、ンなこと言われなくても、俺の感知が全然ダメダメだってのは判ってンだよ」
「そう拗ねないでくださいっスよ~」
「誰のせいだよっ」
「ま、とにかくそんな訳で。……可愛がってた犬を助けたいがため。そして何より、黒崎サンや井上サンたちの力になりたいと、頭を下げられましてね。今回のような事態は少々予想外でしたが現在の空座町の状況を思えば、ボクとしても
お互いのメリット、デメリットが微妙なバランスで釣り合ったからこそ、ボクも彼女に協力を仰ぐことにした。……今日なんかは、黒崎サンの護衛も兼ねてってことっスね」
「…………よくわからねェけど、たつきに死神の力を与えたってンなら、それって確か罪になンじゃねェのか? 人間に死神の力与えるのって、重罪とか言ってなかったか?」
「おや? ご存知で」
「前に西堂のおっさんが言ってたような気がする」
「嗚呼~、グランドフィッシャーのときに尸魂界から、朽木さんを捜索してらした死神ですか」
本当に当たり前のように、細かい説明も無く一護の戦いとその前後の経緯を把握している男である。もしかして監視でもしていたんじゃないか? と、流石に冷や汗をかいて少しのけぞる一護。「いやいやそう怖がらないで下さいよ~」とか「ストーカーじゃないっスよ~?」など言いつつ、手元の扇子を開いて大笑いする浦原喜助。……こころなし、扇子に書かれてる文字がどこか古い手書きのものというか、正直達筆すぎて読めない類の文字の羅列であった。
「その疑問について回答すると、ギリギリセーフの範疇ってところっスかね? さっき言った、刀獣って言葉を教えてくれた知り合いのツテで、ボクは一つの
「改造魂魄?」
一護の脳裏に、あの白ワンピースな赤い犬(?)のぬいぐるみの姿が思い浮かぶ。……ついでにたつきの姿で半眼になりながら「スケベ!」「スケベ!」と連呼していた誰かの姿が。
「改造魂魄はそれぞれ、何かしら戦闘用に調整された機能を持ちます。コンさんは『霊力による身体強化』。強度、筋力と格闘向きなシンプル、主人公みたいな能力っスね~」
「コイツそんなタマじゃねェだろ。……いや、もうちょっとエロくなきゃな。恋次たちの持って来たのに比べりゃ500億倍マシだし」
「素直じゃないご様子で」
「何がだッ」
「おっと恐い恐い……」
「話を戻しますね。えーっと、他に
「コン以外、全部破棄するとか言ってなかったか?
「嫌だなあ、黒崎サン。────無ければ造れば良いじゃないっスか」
「今何かトンデモねェこと言わなかったかアンタ!?」
何故か猛烈な寒気を感じて立ち上がる一護に「
…………なお一瞬、それこそ本当にコンマ一ミリ秒以下、ドン観音寺が
「あの改造魂魄、
「特殊な力?」
「ええ。『周囲に漂う霊力を蓄積し放出する』、シンプルと言えばそれだけなんスけどね。ただ、彼女の場合は少々事情が異なる────ノゾミさんを経由して放出された霊力は、その全てが
「死神の……?」
「原理は判ってるんで安全性は保障するっスけど、正直尸魂界に見つかると色々問題がありそうなシロモノの一つでして……。まあそういうことを言うと、コンさんも割とアウトなんスけどね」
「後いくつあるんだよ、その尸魂界に見つかるとヤバいシロモノってのは」
「いや~、はっはっはっは」
「誤魔化す気すら無ェじゃねぇか、アンタ…………」
本当に大丈夫かと何度も何度も自信が揺らぐ一護と、相変わらず飄々としたままの浦原喜助。「まあ量産できる類のものじゃないんで大丈夫だと思うっスけどね」と前置きしてから、彼は続ける。
「まあそんな彼女をちょっと改造しましてね。その放出された死神の霊力を、たつきさんの身体を経由し『因果の鎖を通して』魂魄に流し込み、疑似的に死神のような状態にする。やってることとしては、そんな説明なります。言うなれば、インスタント死神代行! って感じっスか」
「あー、要するにたつきが使っちゃいるけど、たつき自身が死神の霊力を持っちゃいねェから罪に問われようがねェと。…………裏道じゃねェか!? 自転車侵入禁止って言われてるところに本物の馬走らせるみてェな!」
「流石に想定されてないタイプの事案っスかねぇ」
あっはっはと笑いながらも「ちなみに馬は法律だと軽車両扱いなんでアウトっス」と一護の例えに注釈を入れる浦原喜助に、「マジか!?」と、全く知らなかったので本当にびっくりする一護であった。
※ ※ ※
「……で、何をしに来たんだ? 茶渡」
「…………頼む、六車。いや、平子も皆、恥を承知で頼む。
俺を鍛えてくれ──── 一護の背中を、守って行けるように、俺はもっと強くならないといけない」
「重いわ重いわ。というか何で一護ん所行ってへんねん、
同刻。
各々が適当に時間を潰しているいつもの空間に、茶渡泰虎は決意を胸に、彼等に頭を下げた。