※しばらく真相に迫っていく? 感じになっているので、未読の方は昔の方の話とかもお読みいただけると幸いです
尸魂界、護廷十三隊六番隊舎。副官の阿散井恋次を伴わず、朽木白哉は廊下を足早に進んでいる。そしてその手には、何やら書類束が握られていた。
「手続き上はこれで問題がないはずだが、どうしても通せない。四十六室へ直談判する前に、内々に阿万門や霞大路など周辺貴族の家々にも手を回すべきか…………。
……む?」
ひらりひらりと、地獄蝶が舞う。
そちらに視線を取られると、悪天候の外が見える。
「雨か。…………
────うふふ! 白哉様!
────以前のように白哉さんと呼ばないのか、です? あらあら……、いえ、でも、一応貴族の末席になった訳ですし!
しとやかに見えて、そこは流魂街育ちというべきか現世より流魂街に流れた彼女は、彼女なりに壮絶な人生だったろう。しかし儚くも、それでも天真爛漫な笑顔が白哉の脳裏に浮かぶ。
その笑顔が、しんしんと降りしきる雨の日は壮絶に曇っていたことも。
『……申し訳ありません。どうしても、こういう日は』
『…………訳を話してはくれまいか? 以前
『…………弱い私を、お許しください』
そう言って、自分の胸に飛び込んできた彼女のことを、白哉は忘れない。
震える声で、懺悔するように、己の罪を告解するように唸っていた、彼女の姿を。
『怖かったのです。ただ、怖かったのです────』
『もとより頑丈な身ではありませんでしたが……、死ぬ前に、お医者様が手を尽くして、少し元気になって。でも死んだ後、たくさんの
『あのお医者様が、私を供養して、こちらに送ってくださいました────』
『でも……、いえ、これは言えません────』
何故言えぬのか、問う言葉を白哉が見つけるより先に、彼女は強く白哉を抱きしめて、声を震わせた。
『私は罪を犯しました────』
『そのことに気付いたのは、
『あの時の、あのヒトの、自分の身に降りかかるものに怯えた顔────』
『────私は……、私のたった一人の妹を、自分の安全のために見捨ててしまったのですから。まだほんの赤子でしかなかった、あの子を』
だからたとえこの身がどうなろうと、いつか必ず見つけ出さなければならないのだと。
『名は、なんと言うのだ?』
白哉の問いかけに、緋真は首を左右に振り胸に顔を埋める。
『わからないです……、それを決めるよりも先に、私は逃げたのですから』
『………………』
『幻滅されました?』
『……否。話してくれて、ありがとう。
緋真の妹…………、であるなら我が妹に相違ない。己の罪と向き合い、家族の身を案じることに、不可思議なことなどあろうものか』
『…………』
『だから私も背負おう。お前が自らの罪に暮れるならば、手を差し伸べ引き上げるとも────もう夫婦なのだから、我らは』
そこだけは、父を亡くしてから久々に柔らかな声をかけることが出来たと、白哉は自負している。未だルキアには投げかけられない、幼き日の己のような。強い情がこもった声を。
彼の言葉に背を押されてか、五年の間ずっと、体調の良い日は流魂街にその名も知らぬ妹を探しに向かっていた緋真。
そして彼女が亡くなってからほどなく、入れ替わるように霊術院の生徒にいた、ルキアのことを見つけた。容姿が単に似ているというだけではない。それこそ見た目のみならず、
対面すれば、その振る舞いの所作に彼女の面影を見て取れる────まるで緋真がよみがえったかのような、それほどの歓喜が、当時の白哉の胸の内には存在した。
「既にあの二人を我が朽木家に迎えることで、家の法務を、掟に泥を塗っていることに自覚はある」
だが、と。手に持っていた書類を握りつぶす勢いで、強く拳を固めた朽木白哉は。
「────掟を守ることを
強い意志を込めたその言葉と共に、彼は再び歩みを進めた。
※ ※ ※
「バカな……? 私がその、崩玉というものそのもの、だと?」
困惑に交じり、恐怖と絶望が少しずつルキアの心を侵食する。今頃冬の城たるルキアの内在世界も、さぞひどい有様であろう。なんとなくどこかから「ぎゃううううううッ!」と
眼前で一息ついているアルトゥロの言葉が正しければ。浦原喜助の手によってもたらされた要因のせいで、後の朽木緋真である彼女の大部分の魂魄を削り、産み落とされたのが自分だと。
だとすれば、朽木白哉にとって自分はまさに仇そのものではないか。
しかもその上、
口には出していないそのルキアの葛藤を
「朽木緋真が亡くなったことによって、彼女の魂魄核は君の元へと還っている。
「…………?」
「おや? 嗚呼、魂魄核が崩玉であるのなら朽木緋真の魂魄核がどうこうというのに理解が及ばないか。……考え方を少し変えたらよい。
君とて天月晩翠の元で育っていた時は、そのような尊大な口調はしていなかっただろう」
「だから何故それを知っている貴様……?」
ツッコミするべき部分だけは気合が入るのか、思わず口をついて言葉が出てくる。しかし実際、どうしてこの男は
────うーっ、ばーかばーか!
思えばそれこそ、子供らしい幼い口調であったなと。今であれば「くっ、このたわけめ! 私が斯様なことを許すと思っているか! 消え失せよ!」くらいの言い回しになるだろう。そう考えながら、ルキアはアルトゥロの言葉の続きを聞かされ続ける。
「つまり君は正しく。育ちの違う朽木緋真の双子の妹のような存在として────少なくとも霊的遺伝子が同一の存在として誕生していた。その点については、間違いない」
「…………」
「そうであるが故に、しかし、朽木緋真はそれでも本来ならもっと生き延びることが出来るはずだった。崩玉によって実現した事象であったならば、病弱になる代わりに寿命自体にそこまで影響はなかったはずだ」
「…………そうか」
そこだけ、少しほっとしたルキア。だがそれは甘いと言わざるを得なかった。
自分の存在で義兄たる彼の妻の命を削り落としたのではないと、そう言われたと錯覚したからこそ。続けられた、アルトゥロに突き付けられた事柄に、目を見開く。
「だから、君のせいなんだ朽木ルキア。
君が
結論から言おう。天月晩翠に命を奪われると確信し恐怖した君は、
「ぬ……?」
「魂魄をさらに二つに割った。そん色なく、まるで自分がさもそこに居続けているように見えるように。違いは一つ、崩玉だ。君は、実験室で拘束されていた五体を脱ぎ捨て、魂魄核の代理をしていた崩玉ごと自らの肉の器を抜け出し、新たな身体を形成してその場から逃走した。
不思議に思わなかったかな? どうして一向に追手が来なかったかと。────なんてことはない。彼の目の前から、君はずっと動いていないように見えていたのだから」
突如よくわからず、気が付けば四肢の拘束を逃れて天月たちの背後に立っていた。それが、脱走直前に見たルキアの光景。
言われてみれば、たしかに全くあの男はルキアを気にするそぶりも見せず、
眼前に転がっていた、
「…………あれは、私だったと?」
「嗚呼。
とはいえ流石に途中で彼も、崩玉が抜けだしたことに気付いたようだがね。とはいえ千里玉を使えど、君を追跡することには失敗した」
「失敗? 何故だ、この道具の異常さは私も理解した。だというのに?」
首に繋がれたネックレスのような、その先端にある宝珠を手に取るルキア。
実際に使用したからこそ、その発明らしいものの異常さがよくわかる。
リアルタイムが編集されたような映像を映し出すこの装置が、異常でなくて何であろうか。
しかしどうやら、自分という存在はやはり普通の魂魄ではないのだと突きつけられる。
「天月晩翠が千里玉を使い、君を探して視た光景は……、おそらく呉服屋で女友達と歓談する、戌吊緋真だったはずだ。でなければ、君がつかまらなかった説明にならない」
「…………? いや、そうか。私は……、私は所詮、
「
────
その言葉が、ルキアの胸に重くのしかかる。ここまでのやりとりで既にかなり胃もたれを起こしており、その上で自分の存在に何か、本当に何か嫌な予感を覚える。少なくともこの眼前の男が、これを語るだけで終わらせないだろうと言う確信があった。
なにより、自分が一番罪を背負っている海燕殿の姿をしているのだから。
「そして彼は、何をしたか。……物言わぬ残骸となった残った肉体とはいえ、利用価値を見出しはしたらしい。
とはいえそれも、今から五十五年ほど前に幕を下ろしたがね」
「……幕を下ろした?」
「
魂魄核がない以上、その身体に意思が宿ることはない。ただの生ける屍でしかない。
「さて、ここで一つ考えてもらいたい。スターズ・オブ・ジェミニ。君達の力は、分割した後に死した側を、生き残った側が吸収して本体して生き延びる。より良く適者生存を、個人に帰結したような能力。黒崎一護の虚の力の制御を前に、君が直に目にした光景だ。
────であるならば、
「それは────ッ」
そして、ルキアの呼吸が止まる。
目を見開いて、思考が凍り付く。
────朽木ルキアにとっては、何をしても朽木緋真が本体であるという事実に。
「分割された魂魄は、君ではなく朽木緋真へと向かった。その霊性は、一切の霊的強度を担保していない朽木緋真の鎖結と魄睡に致命的な負荷を与え、両手首の深門を割く程に、急激な霊圧の成長を強制した。──── 一切の霊威が伴わない状態の、朽木緋真の霊体の内部において」
それが何を意味するのか、わからないルキアではない。
むしろ、それを防ぐために彼女は一護に死神の力のすべてを注いでいたと言っても過言ではないほどに。
無尽蔵にフタのできない霊力が霊体を犯すということは────それが意味するのは。
「彼女も自覚があったのだろう。自分が生き延びるには崩玉が、自分が切り離した一部である君が必要だと。君を再び取り込まねば、失われた霊威を引き上げねば、荒ぶる自らの霊性に自分自身が喰い殺されると」
朽木緋真は結婚後、ことあるごとに流魂街に足を運び君を探していたらしい。
さも当たり前のように尸魂界でも局所的な話を口にするアルトゥロに、何も言えず、背筋に寒さが、怖気が、這いまわる。
「だがそれは叶わず、彼女は死んだ。理由はわかるね」
「…………私は、死にたくなどないからだ」
「その通り。故に崩玉は君の意を受理して、朽木緋真に延々と無駄な探索を強いることにした」
だとするならば、何か────?
「……
ルキアのその一言に、アルトゥロは否定の言葉を言わない。
ルキアが生まれたことにより霊体が虚弱となった緋真。もし天月の研究所でルキアが脱走せずそのまま実験の果てに死んだとすれば……、アルトゥロの言葉が正しければ、その崩玉とやらと共にルキアの魂魄は緋真に還り、虚に再び悩まされることはあれど死ぬことはなかった。
中途半端に無理やり霊力を得てしまったが故に、虚弱となった彼女が耐えられなかったのなら……。
「一つの存在を共有するものの、主従が変われば姿も変わる。生が支配するうちは肉に覆われ、死が支配すれば骨になる。
……その後、君がすぐに朽木白哉に見つかった。その理由も、彼女に由来するかもしれない。『朽木家のツテを辿って妹を見つけ出す』という意思を、君と一体になり、君の一部となったことで、崩玉が受理できた」
望んだ形とは異なったが、こうして君は朽木の家の一員として
皮肉もなく、事実を淡々と告げるように言うアルトゥロに……、その物言いに、ルキアは最悪の可能性に思い至った。
「そこまで……、そこまで簡単に、意思を引き受け、運命を左右するというのならば。私の人生は、まさか────」
「そうだね。だから────」
────すべて君のせいなんだよ、朽木ルキア。
「戌吊で阿散井恋次と、君と共に過ごしていた子供たちのうち。死神になろうと求めた結果、
憎からず、阿散井恋次への好意があったからこそ。
「朽木家に引き取られて以降は君というよりは朽木緋真の願いを受理している面が多いが……、おそら朽木白哉と二人でいたいという意を受理したが故に、最も可能な形で実現させるために阿散井恋次を突き放し、五十年も足踏みさせる切っ掛けになったのだろう。
だがその後は、わかるね?
「────────────────」
「朽木ルキアとして孤立した君は、距離の開いた阿散井恋次以外の心のよりどころを求めた。
「────待て」
本能的に、ルキアは制止をかける。
今までの話の流れ。自らの存在。そして、願いをもとに運命を捻じ曲げる
そこから男が何を導き、自らに教えようとしているのか。
その事実を認めたくないが故に、理解したくないが故に。
絶対に訊いてはならぬと耳を塞ぐも。
「見事にそのまま、依存から憧れの感情を好意へと昇華した君は……、フフ、女性の情念はやはり面倒だね。
志波海燕の妻であった志波都に対して、
「待てと、言っている」
海燕殿はそんな話ではないわ! と。現世のクラスメイト相手でなら啖呵を切れるだろうその言葉も。自分を無理やり見つめ直させ、何より
塞いだ耳にも聞こえてくる真実は、いっそ、悪夢のようなそれだ。
朽木ルキアにとって志波都は憧れだ。女性としての理想で、ああ在りたいと願う女性であって────。
「────君が理想としたのは、志波都ではなく
だからその願いが
「────────────────」
「だが、状況は君の思うとおりに進まない。分かっているだろう? 志波海燕は君を愛さない────それが実現しない願いであるゆえに、崩玉はいくら受理すれど、現実になることがないと。君はそれを、目の前で突きつけられた」
「私は……」
だから、嗚呼。
「…………私はそんなこと、望んでなどいない……ッ!」
都殿の話を聞きつけ、怒り心頭になり。浮竹隊長の言葉にも無理を通すその姿に、胸と胎の底が、きゅんと、すくみ、痛み、熱を覚え。
それが決して叶わないと、嫉妬心と共に胸の底に沈めたはずの願いは────。
「────だから君は、彼の永遠になりたいと願った。志波都などより自分を見て欲しいと、それこそ生涯にわたって、二度と他の女を目に入れないほどにと。
その結果、彼が死ぬことになったとしても。苛立ちすら含んだその願いは、たとえ表面に出すことはなくとも。それが君の心にとって致命的なまでに重大な願望であったが故に。
そうであったが故に、
突きつけてくるアルトゥロに、ルキアは呼吸を忘れた。
しばらく、思い出せそうもなかった。