例によって独自解釈もろもろ注意…
「……そ……そんな……」
石田雨竜は、言葉が続かなかった。
「……く…………」
己の前方でニコニコと微笑みながら……、年齢的に考えると少々イタいポーズをとって悪戯っぽい笑みを浮かべている、年齢不詳の女性を前に。
「────黒崎のお母さん──── ……!」
改めて繰り返し、光を帯びるとやや金色に見えなくもない栗色の髪の彼女を前に。
「……いや、あの、さっぱり
「だよねェ! いやゴメン、ゴメン!
…………その彼女の、さっぱり見覚えのない顔を前にした当惑である。それにしても、これは一体どういう事なのだろうか。当然である。
石田雨竜は黒崎一護の母親の顔を知らないのだ。それどころか存在すら一護経由でしか知らず、当然「なんか微妙にツンケンしあっている友人? のお母さん」くらいの関係性の理解だ。どうしたもこうしたもないのである。
そんな雨竜に「たはーっ!」と笑いながら額をぺしんと叩き、彼女はそれはもう近所のママ友の子供でも見るような、妙な距離感の近さと言うか馴れ馴れしさと言うかふてぶてしさと言うか、形容するのもなんだか微妙なノリである。
そんな雨竜の隣で、メイドのナナが冷静に一言。
「落ち着いてください雨竜様。黒崎一護のお母さまは
「────ッ、そうだ、黒崎からそう聞いて……!」
動揺のあまり漂白されていた思考が舞い戻り、雨竜は思い出す。一護と正式に滅却師の名乗りをした上での遭遇初期。自分が色々とやらかしていた時期のことと、その時に一護が語ったこと。彼自身が、戦う理由。
────ただ、俺は虚を倒したいだけなんだ。
────俺のおふくろは虚に殺された。
────なんていうか俺は……、俺の同類を作りたくねぇンだ。
母親が喰い殺され、父も妹たちも大変な目に遭い。そんな悲劇を自分以外に繰り返したくないと。だからといって目の前の開いてだけを守れれば良いという訳でもなく、より大勢の、たくさんの、山ほどの人を護りたいのだと。
「本当に黒崎のお母さん、なのか……?」
疑惑は口をついて回る。当然の疑念である。第三者でこうなのだ、当事者がこの場に居たならより深まるだろう。だが…………。
「ん~、何を言っても雨竜くんは記憶にないと思うからなぁ~。こう、覚えてない? 雨竜くんがこ~んな小さかったころ、うちの一護と遊んだりしてたのよ? 一心さんと竜ちゃんがお仕事でこう、文句言いあいながら一緒に急患の対応してた時、暇になっちゃったから連れていった時。こ~んな小さかったころ」
「…………あの、その大きさだとガチャガチャのおもちゃくらいなんですけど……」
「えぇ~、合ってると思うわよ? 叶絵ちゃんのお腹の中に居た時の話だし」
「覚えている訳がないでしょうが!? というか物心つく前の黒崎一護と遊んでいたって話はどこに行った!!?」
「うっそうっそ冗談よ~! まあ、お腹の中に二人ともいた頃から普通にお茶したりもしてたけど……。でもすごい、竜ちゃんより律儀に突っ込んでくる! そういうところは
完全に友人の息子を見るような物言いだし、普通に自分の亡き祖母の名前も挙げてくるあたり、完全に顔見知りの振る舞いであった。というか急患で面倒って何だと思わなくもない雨竜である。確かに黒崎一護の実家も個人病院だし、
(近隣の病院のネットワーク系のウェブサイトで、確かに近いところに名前は上がっていたが……)
とてとてと、音を立てて近寄ってくる彼女。いまだ不審者扱いなのか、メイドのナナが雨竜のすぐ横少し手前に足を進めて、いつでも庇える距離に。
そんな彼女を見て「取って食べたりしないから~。一応、人妻よ?」などと世迷言を言いつつ、彼女は雨竜の頭を軽くなでる。何をするんだ、と取り乱すのが常だろうに、何故か雨竜はその場から動けなかった。
いつくしむような、懐かしいものを見るような目────。
記憶にないはずなのに、どこか懐かしく。胸が温かくなるような彼女の笑顔と一緒に、談笑していた自分の母の儚げな声が聞こえてきた気がした。笑っているのに泣いているような、幸せをかみしめていながら罪悪感に胸の内を焼かれているような、そんな声を。
「本当に、黒崎……、一護君のお母さんなんですが……?」
「顔立ちはやっぱり竜ちゃんだけど、雰囲気は叶絵ちゃんかしら……。髪なんて女の子みたいにつやっつやで。
竜ちゃんもだけど、叶絵ちゃんも元気?」
「…………ッ」
息が詰まった雨竜の反応を見て、彼女は、黒崎真咲を名乗る妙齢の女性は。破面のはずの彼女は、寂しそうに嘆息した。
「ごめんなさい。……ちょっとは推測してたんだけど、ね。そっか、やっぱり
そして、謝ると同時に何か言いづらそうにしている彼女に、心当たりのない石田雨竜。
ぽんぽん、と二度軽く撫でつけた後「世の中ままならないわよね~」と悲し気に、しかし空元気なのかつとめて明るくしようと無理に表情を頑張っている、そんな黒崎真咲。
まあそうね、と肩をすくめ。部屋の端にとてとてと駆けていくと、何やら壁から伸びる立方体のパネルのようなものを開いて、中の装置を操作する。「多分これがこうで……」とか色々言っているが、それと同時に空間の中央に、背の低い冷蔵庫のように立方体が伸びる。
同時に三つ、立方体で構成されたごつごつとした椅子。座り心地が悪そうである。なおそれを見越してか、座布団らしきクッションを二つほどナナに手渡す彼女だった。
「とりあえず、何か飲み物くらいならあるから、飲みながら話しましょう? 学校での一護の様子とかも気になるし、雨竜くんも聞きたいこととかあるんじゃない? 昔の竜ちゃんとか、叶絵ちゃんの話だったりとか」
「……いえまず、何でこの場でそんな話になっているのかっていうのがもう意味不明なんですが」
気楽に声をかけてくる彼女に、それどころではないのだがどうしてこうなったと言わんばかりに石田雨竜は深くため息をついた。
※ ※ ※
「
「ハァ! 動きが悪いぜ、長物相手は初めてかァ!?」
「槍はともかく、大鎌や大斧みたいな振り下ろすようなものはな」
眼帯の破面、テスラ・リンドクルツ。茶渡と戦っている妙に背が高く華奢に見えて強靭な破面・ノイトラの従属官である彼は、両腕を組みながら彼の動きを見て唸っている。
偽の天球の下、余裕を残しているもののある程度疲弊してる茶渡に対して、万全のまま臨んだノイトラ。卑怯とは言わねェよな! と絶叫して振りかぶったのも、それ相応に
とはいえ左右の腕によって、動きに性格の違いが出ていた。
「そっちの右は固ェが、左はそうじゃねェな」
「否定は、しない……フッ!」
「チッ、器用なマネしやがる」
ノイトラの大鎌、斬魄刀たるそれを受けるのは必ず右腕。時に殴るように拳を当て、動き一つ一つでもってその一撃を身体の中心から逸らす。さながら受けの刀のように使う右腕と反対に、左腕は攻めの動き。
一発で一撃必殺のごとくノイトラの
実際効果は出ているのか、ノイトラの鎌の振る動きも徐々に荒くなっている。
「そらよ────」
だが。一瞬の隙をついて左の拳を叩き込もうとした茶渡に対して、ノイトラは鎌をひと回ししあっさりと柄、杖の部分で茶渡を背後から殴り飛ばした。
動きが精彩をかいていたのではない。これは、誘いだ。初めから隙を作ったように見せかけて、茶渡が攻撃に転じる瞬間を見計らってのノイトラの動き。
すなわち茶渡にとっては攻撃の瞬間その起点こそが、一番の隙であるということ。
空中に投げ出された茶渡に。連撃で鎌を振るうノイトラ。辛うじて反応し右腕を構えた茶渡だが、流石に無傷とは言わなかった。それまでも鎌の鋭い霊圧を受けて裂傷がわずかに出来ていたが、右腕を斜め横断するように切られ、展開した右肩からほとばしる霊圧が途切れる。
「────カハッ」
「……何も言わねェな、てめぇ」
「………………ッ、何が、だ?」
態勢を立て直し、血を流しながらもボクシングスタイルで構える茶渡。
そんな彼に鎌を向け、ノイトラは忌々しいように言う。
「てっきりリーチの長さの違いにズルいだの何だの言ってくると思ったンだがなァ。
「……いや、技能が違うのはそういうものだろう。何か特別な感想を持つことはない」
「そういうことじゃねェよ」
例えばそこの頭爆発してる奴とかなァ、とガンテンバインを指さすノイトラ。
すぐ隣にはテスラが立ち、彼はガンテンバインを介抱すらしていない。
「てめェはトドメを刺さなかったみてェだが、ウチじゃこういう敗者を実験材料にする変態野郎がいるからな。まァ、結局は弱肉強食。結果不平等ってヤツだ。
────今までのやりとりで判ったろ? お前じゃオレは殺せねェ。わかるか人間? オレはテメェを殺せるってことだ!」
だっていうのに! と。ノイトラは哄笑を上げ、茶渡は何も言わずに構え続ける。
「情けねェ泣き言の一つも言わねェで、そうやって構えてンのが珍しいと思ってなァ! 人間! 現世の連中、特に
「…………」
「が、悪くねェ。そうだ、闘いってのは不平等と不寛容が産み落とす怪物だ。あらゆる理由で敵を作り、その瞬間から呼吸一つまで戦いの内。これだけ派手に施設ぶっ壊して、誰かから狙われねェ訳はないと。そのくらいは弁えてるってのは、悪くねェ」
「…………申し訳ないが、そこまで考えている訳じゃない。だが」
壊したのも事故みたいなものだ、と。ご丁寧にもノイトラに語る茶渡。その物言いに「あ゛ン?」と眉間に皺を寄せるノイトラに、茶渡は、その目を見返しながら静かに、しかし芯のこもった声で。
「
「────はァ?」
茶渡の口走ったフレーズに、一瞬目を見開いたノイトラだったが。
次の瞬間、傷の箇所を含めて茶渡の両腕が発光し、霊圧の衝撃とともにその姿を変える。
「────
霊圧の渦から抜けて現れたのは、拳から肩を覆うまでに巨大な盾のような器官を備えた、赤黒い異形の右腕。
「……これを使うつもりはなかったんだが。あんたと戦っていて、無理だと悟った。どうにも出し惜しみをして、朽木を連れて行ったヤツを殴るために備えるなんていうのは、虫が良すぎた話らしい」
「何言ってやがる」
言葉と共に、ほぼノーモーションで茶渡の真横に迫り、同時に鎌で切り裂こうとするノイトラだったが。その動きは
テメェ、と苛立ち交じりの声を上げるノイトラだが、盾に刻まれた上下の顎のような紋章に霊子が収束しているのを見て表情を変えた。
「テメェそいつは……!?」
「嗚呼…………、
瞬間、盾から放たれた「青白い」虚閃に舌打ちをかまし後退するノイトラ。奇妙な音と共に霊圧が抜ける、感知できないような歩法を取る。
それを見てテスラは「ほう……」と感心したような目を茶渡に向け。
ガンテンバインは、薄い呼吸のまま残光を前に目が落ちるほど大きく見開いていた。
盾の右腕を下ろしながら、茶渡は語る。
「……親を亡くした俺に、
だから俺は、傷つける為じゃなく……誰よりも優しく、守るために在ろうと、そう思った」
舌打ちをしながらも、ノイトラも警戒してすぐさま再攻撃はしない。
「だから、正直
「…………」
「だが、一護は頼ってくれた。自分の、一番意味の分からない、一番根源的な恐怖にあるだろう
────だから。それを裏切ってアイツを一人にしてしまう恐怖に比べれば。こんなもの、大したことではないんだ」
「……だァから何いってるかわからねェって、言ってンだろ────!」
接近してくるノイトラめがけて、そんなことお構いなしにと右腕に収束していた霊圧を、放射状に放つ茶渡。
バカがと嗤うノイトラは、それをすり抜けて茶渡の背後に回ろうとし────。
「な、んだと────!」
先ほどまでの戦いで見なかった現象を多発させる茶渡。初見殺しもまた、闘いの不平等さであると納得はしているノイトラだが、それでも予想外だったり意味不明だったりする光景を目の当たりにすれば言葉もつまる。
そして鎌の機動の先に立った茶渡は、当然のような顔をして右手でその刃を掴み、受け止めた。
上位破面相応の、見た目に反した剛腕による一撃。その衝撃は、再び気持ち悪く波打つようにたわんだ、茶渡の
そして、目撃した。
先ほどまで左肩に刃一つ生えただけだったような、白い髄に覆われた左腕が。
刃のようだったそれがさながら巨大なコウモリの翼のように変質し……、肘からも刃が生え、手に至っては爪先まで引き裂くことに特化したように、根本から変質したのを。
「
「────だァから、斬れる訳が無ェって言ってンだろ!!!」
だが茶渡はあえてその手の指を立て、まとめ、杭のように構え。
ノイトラの振りかぶる左肩からそれるように、彼の右胸めがけてボクシングのブローのように、一撃────!
「……斬れないってことは、
「…………ッ!?」
ノイトラの自称通り、その一撃は彼の
ただ単純に、《釘でも打ち込むような》その一撃は────ノイトラの右側上半身の内蔵器を、内側から消し飛ばした。
血を吐き、言葉を紡げず。衝撃のあまり目を見開くノイトラは、思わず後退する。
形勢を見て立て直すわけではない。
「……現世で、虚の力を持つ死神たちと交戦する経験があった」
ナメていたつもりは、無いとはいわない。その上で状況を冷静に観察し、人間を殺すために動いていたのがノイトラだった。だがまるで「
「彼と、彼らと戦っていた時。技術を吸収するばかりじゃなく、虚の霊圧をかなり長時間浴び続けることになった。その時、変化したのがこの両腕で、高ぶった力で……、俺は、彼らの戦い方からその使い方を学んだ」
「……何、言ってやがる」
「この虚圏に来た時、その高ぶりは最高潮に達していた。
そしてあんた達と戦って、この力はより確信を得たのだと思う。
茶渡は再びボクシングスタイルの構えをとる────再び霊子を収束している右腕の盾によってそのシルエットが隠れ、左腕がどう構えられているか見えづらくなったことが戦略的にもやりづらい。咄嗟に判断して苛立ちが止まらないノイトラに、彼は言った。
「……あんたには、そういえば名乗っていなかったな。
茶渡泰虎。死神代行、黒崎一護の友達で────」
瞬間、右腕をどかして
「────俺の血筋には、きっと
「……チッ、だから何だってンだよクソがッ!」
咄嗟にノイトラもまた自らの虚閃を舌に集め、荒い収束のまま応戦した。