石畳の小径を進む先にある丘の上にはモニュメントがある。
地元の住人が言うには「見守ってもらっている」らしい。
太陽はやや傾き、丘の中腹から眼下に見える町家からは昼食の炊飯の煙もなくなり今は午睡の時間だろうか。
昔は教会の威光も強く、この辺りは教会を中心とした街で丘の反対側には今や朽ちつつある教会が見える。
大陸の偉人「マーガレット・ガルシア一世」の墓は、財団が知る限り「7つ」ある。
といっても実際に遺骸が収められているわけではなく、記念碑的な意味合いが強い。
あの金にうるさく、口やかましい、身勝手な、金にがめつい、ええかっこしいの、口だけは達者な金にがめつい野郎が財団の資金集めに彼女の記念碑を乱造したのが原因だ。
「師匠~」
健足な弟子が小走りで、丘の下から走ってくる。
7年前、大師匠ことミカエル・ラージネスがどこかから拾ってきた巨人族の血を受けつく子供だ。
少女の面影を残しつつも、最近は仕事に連れまわすことが可能な程度にはなってきた。
今は旅人らしい服装だ。常在戦場と言いたいところだが俺たち闇払いは陽の人々を恐れさせない矜持がある。
ジャイアントヒルもドラゴンテイルも本来は夜の住人であり闇の狩人だったが、今やソードギルドの中核となり、非公式ながら各国の王族とも面会が可能な存在となり果てた。
大師匠はぼちぼち自分の死期を感じているのかジャイアントヒル一派を何かと気にかけている。
あの、金髪の暴力大師匠がだ。
ドラゴンテイルの師匠は大笑いし、ジャイアントヒルの連中は食わせたものでおかしくなったか心配している。
それで俺が何をしているかというと墓掃除だ。
「桶と雑巾」
弟子、クラリッサ・チェーンという大仰な名前の弟子は大仰というよりは大雑把なところがあり目の前に来て、桶と雑巾を見せつけてくる程度にはまだまだ子供ということだ。
「そのままついてこい」
「は~い」
クラリッサは暗い金髪と違い、焼けた肌を持つ根の明るい子であった。
師匠面していると口調が大師匠に似てくる。
俺の師匠はもう少し冗談を、冗談と言えるかは人によるが、あのジャイアントヒルとドラゴンテイルの面々の中では社交性は高い方であった。
値切りなんてマネはうちの師匠くらいしかやらない。
大師匠は「あの眼鏡に似やがって」と愚痴ていたことはあったが。
マーガレット・ガルシア一世の遺骸をもって墓とするなら、彼女の墓は分骨されて二か所ある。
一つはジャイアントヒル。
大師匠の意向なのだろう。こじんまりとした小さい墓がある。
墓碑銘は名前だけ。
家族だけが知っていればいい墓。
もう一つは、この丘にあるモニュメントだ。
実際にここに分骨されていることは血族とジャイアントヒル、ドラゴンテイル、そしてあの金の亡者だけが知っている。
なんでもこの墓は彼女の遺言の一つらしく「たまには陽の中に出歩きなさい」の意味だと師匠は笑っていた。
少し歩くと丘の頂上。
四角形の石碑と献花台。
今も無数の花が供えられ、彼女の偉業が如何に今でも人々を守っているかがわかる。
予防薬の摂取。
文字にすれば簡単だが、圧政の国家、紛争地域、魔術と医術が混同される場所。
そのすべてに嘆願し、介入し、説得し、あの病を抑える先鞭をつけた。
それ以外にもいくつかの偉業をなしているが、あの金の守銭奴曰く「優しい巨乳のねーちゃん」だったらしい。
あの偏屈と夫婦になったのだ。一角の人物だったのは想像に難くない。
石碑とそこには彼女のなした偉業とこの町が生誕地であることが書かれている。
丘から町のはずれを見ると広いひまわりの畑が見える。
飼料用のものだが、この時期に丘から見ると爽やかで生命力があふれ自分が夜の住人であることを忘れさせてくれそうだ。
10年とちょっと前。
まだ大師匠が出歩くことに億劫にならなかった時期。
弟子筋全員で各所の墓を掃除しに行ったことがある。
最初で最後の一門勢ぞろいだったと思う。
何人かいつもの大剣を担いでいて「旅芸人一座じゃないぞ」とうちの師匠が嫌味を言っていた。
この墓に来た時ぽつりと大師匠が「マギーも故郷は心残りだっただろうな」と一人漏らしていた。
「ねぇ師匠、この人、師匠の大師匠の奥さんだったんだよね?」
桶の水で濡らした雑巾で二人して石碑を吹くとクラリッサが質問してきた。
背の低いところは俺、高いところは俺よりも背が高いクラリッサ。
「そうだが」
「こんなすごい人なら師匠の大師匠を闇払いじゃなくて表の世界出せたと思うんだけど」
考えたこともなかった。
俺が知る大師匠は現役ではないにしろ熟達した闇払いでソードギルドにも顔が利く、裏の世界の住人だった。
笑顔は見せないわけじゃないが、それでも少しでも血の気配を感じると表情は冷たくなる。
俺が駆け出しのころにあったキーパーズギルドと大悪魔との争いには口元だけ笑う異様な笑みを見せた程度には、血と刃と魔の世界の人だった。
「大師匠は表の世界で暮らせるような育ちでもなかった。鳥が水の中にいられないように、魚は空を飛べないのと一緒だ」
俺が答えられるのはこんなもんだ。
大師匠の家庭は知っているが、あの人は俺から見れば表に出れない裏の住人だ。
「はあ、じゃあ師匠の大師匠とこの人が結婚できたのは奇跡だね」
クラリッサはため息とも感嘆ともとれる息を吐き、感想を言葉にした。
奇跡という言葉は今まで一度の考えたことはなかった。
そうか、この墓の下に眠る人は奇跡だ。
「人生一つくらいは奇跡があるもんだ」
「そうだね~」とうなずくクラリッサ。
俺は立ち上がる。
大師匠の奇跡は闇の世界で生き残ったことではなく、この人と出会えたことだ。
暗く、恐ろしく、哀しい世界、そこでおきた奇跡、幸せを連れてきてくれた人。
きっとそれが大師匠にとってのマーガレット・ガルシアなんだろう。
振り向くと俺の考えを証明するように、ひまわり畑が黄金に輝くように見えた。