『保安官エヴァンスの嘘』から、市長とアビーの二次小説です
落語の『芝浜』をもとにアビー×市長で書きました

強き者が掟であった頃、西の荒野のどこかで。
アビーの悪酔いに振り回される市長スチュアートと保安官エヴァンス。彼女の酒癖を治す為にとある嘘をつくのだが、話は予想外の方向に転がり――!?
誠実故に嘘が苦手なマークウエスト市長の西部喜劇二次小説!!

楽しんでいただけたら幸いです

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市長スチュアートの嘘

 エルモア・エヴァンスは市長室につながる大きな扉をノックする。

「入ってくれ」

 部屋の中からマークウエスト市長スティーブ・スチュアートの声がする。エヴァンスはドアを開き中に入った。

 来月、合衆国大統領がサザンリーフ州を来訪する。エヴァンスが市長に呼ばれた第一の理由は大統領警護の段取りを連邦保安官助手と話し合うためである。

「時間通りだな、エヴァンス」

 その言葉に反して市長の顔は暗い。その理由は彼の背後から伸びてきた手が教えてくれた。

「市長〜!」

 連邦保安官助手アビー・アーブが市長の頭を背後からベチベチと叩いている。市長は彼女の手から逃れようともせず、疲れ切った声をあげる。

「来るのが遅かったな、エヴァンス」

 エヴァンスが呼ばれた第二の理由はアビーが酔っ払わないよう抑えるためであった。

 だが、市長の目論見は見事に外れた。

 

 この物語は……

 公務に辣腕を振るう有能な市長の話ではない。酔っ払いに振り回され仕事がまったく進まない男の二次小説である。

 

「ふう」

 市長室には満足気に酒瓶を抱えながらソファで眠るアビーとぐったりと床に座り込むエヴァンスと市長の姿があった。熟睡しているアビーの寝息を聞きながら市長はため息をついた。彼の顔にはかなりの疲労が浮かんでいる。

 私は何のために市長をしているのか。

 そんな虚しい疑問が頭に浮かぶのを市長は必死にうちけした。

 今晩、アビーは酒を持って市長室に入ってきた。その時点で多少嫌な予感はしたものの、しばらくの間は酒に手を出さず話をしていたので安心してしまった。たが、その油断がいけなかった。市長が手洗いに行ったすきに彼女は勝手に酒盛りを始めてしまったのだ。部屋に戻ったときにはかなり酔っていて、彼の苦言を聞き流しながら酒を飲み続けたのだった。

 こんなことが何度も続いては仕事が進まない。

「彼女に禁酒させる方法はないだろうか」

 市長は向かい合って座っているエヴァンスの方を見る。

「エヴァンスが酔っているところは見たことがないな。何か心がけていることがあるのか?」

 そう話しかけられたエヴァンスはしばし黙考する。彼が酔わないのは酒が苦手だからなのだが、自身のイメージを崩したくないエヴァンスは市長が相手でも下戸であることを話す気にはなれない。だからエヴァンスは他人の断酒エピソードを記憶から引っ張り出す。

「これは俺の話ではなく、東の島国の話なんだが……」

 エヴァンスはある話を市長に聞かせた。

 

 

 あるところに一組の夫婦がいた。夫はかなりの呑んべえで仕事がおざなりになるほど。妻は夫の酒癖の悪さにほとほと手を焼いていた。

 ある日、夫は浜辺で大金を拾う。これ幸いとその金を使って家で飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。そして、そのまま酔いつぶれて寝てしまう。

 そんな夫の様子を大家に相談する妻。大金をネコババした夫が捕まらないよう大家と一緒に一計を案じる。大金を取得物として大家が届け出を出し、妻は夫に大金を拾ったのは夫の夢だと嘘をつく。

 酔った上にありもしない金を拾った夢を見て、浪費したと思い込んだ夫は心機一転、酒を断って真面目に働き始める。

 数年後には仕事を無事軌道に乗せ、大きな店を構えるほどになっていた。互いを労いながら新年を迎えたところで、妻は数年前に夫を騙したことを洗いざらい打ち明け謝罪する。だが、夫は妻を責めることはなく、むしろ妻の機転を褒める。

 最後に夫は妻が数年越しに勧める酒を「夢になるといけねえ」と言いながら断るのだ。

 

 

 東の島国で語られる『芝浜』という話をエヴァンスは市長に話した。

「これを元にアビーの酒癖を治せるかもしれないぞ、市長」

 ここまで黙ってエヴァンスの話を聞いていた市長が口を開く。

「あまり嘘はつきたくないのだが」

「市長、時には嘘をつくのも必要だ。それが相手のためにもなるのら尚更だ」

 悩む市長をエヴァンスは根気強く説得する。モテる為に嘘をつき続けているエヴァンスとしてはここで引くわけにはいかなかった。エヴァンスの説得に市長は渋々ながらも納得する。

「わかった。だが、ミス・アーブはお金を拾ったわけではない。そこはどうする?」

 エヴァンスはソファで眠っているアビーと彼女が抱えている酒瓶を見る。

「アビーが持ち込んだ酒を利用しよう」

 夜が更ける中、二人の男は向かい合って彼女を断酒させる計略を練り始めるのだった。

 

 

 翌日

 市長とエヴァンスは机を挟んでアビーと向かい合っている。市長が重々しい口調でアビーに話し終えると、彼女は半信半疑で口を開く。

「つまり、私は昨日市長室の酒を勝手に飲み始めたのか?」

 その問いにエヴァンスはできるだけ深刻に聞こえるように注意しながら答える。

「ああ、オレと市長の静止を振り切ってな」

 そう言ってエヴァンスは市長室の棚を指差す。酒瓶が並べられた中に不自然に空いた箇所がある。そこの酒をアビーが取り出して飲んだとエヴァンスは主張したが、彼女は疑わしそうに反論する。

「昨日は私も酒を持ってきたはずだが」

「いや、ミス・アーブは何も持ってきていなかった」

 市長が強い言葉で否定する。

「酒を持ってきた夢でも見たのだろう。ミス・アーブはかなり酔った後、寝てしまったからな」

「待ってくれ、つまり私が酒を持ってきたのは夢で、ここで酔っ払ったのは現実だと言うのか」

「そういうことだ」

「いや……しかし」

 アビーは困惑の表情を市長とエヴァンスに向ける。市長の背中に冷たい汗が流れる。もとより嘘をつくのは慣れていないのだ。緊張した市長の横からエヴァンスがフォローする。

「酔って記憶が混濁したんだろう」

 いくら泥酔したとしても、酒を飲む前の記憶と飲んだ後の夢を間違えたりはしない。冷静になれば気づくはずだが、

「……そうかもしれない」

 アビーは気にしすぎるところがある。

「私は……夢と現実の区別がつかないほど酔っていたのか!?」

 動揺し泣きそうになるアビーに助け舟を出すようにエヴァンスが口を開く。

「落ち着け。今後気を付ければいいだけだ」

 市長が頷いて続ける。

「そうだ。これから仕事の場で酒を控えてくれればそれでいい」

 二人にアビーは頭を下げる。

「申し訳ない。ここに来るとつい飲みたくなってしまうんだ」

 アビーは両手で顔を覆う。手の隙間から彼女の言葉が漏れる。

「この部屋で飲む酒はなぜか美味しいんだ」

 そう言って顔を上げた彼女の顔はほんのり朱に染まっている。

「常に気を張っているからかもしれない。だから肩の荷を降ろせるここが私にとっては楽しい場所だったんだろう」

「ミス・アーブの気持ちは私にもわかる」

 市長の重責を背負っている経験からか、市長は彼女に同意を示す。

「ありがとう、市長。そう言ってもらえると助かる」

 礼を言った後、アビーはさらに頬を染める。

「市長、一つお願いが、聞いてほしいことがあるのだがいいか?」

 アビーが恥ずかしげに視線をそらす。もう一度市長の方を見るがまた視線をそらした。それを見たエヴァンスは

(これは……告白だな)

 彼なりに察しの良さを察しの良さ(げすのかんぐり)を発揮した。

 二人きりにしようとエヴァンスはソファから立ち上がるが、

「どこへ行くんだ?」

 市長が呼び止めた。

「いや、トイレに行こうと思ってな」

「ミス・アーブのお願いを聞いてからでもいいだろう」

(告白するんだぞ!?)

 エヴァンスは市長の正気を疑った。彼女いない歴=年齢のエヴァンスにからすれば、告白されるチャンスを自らつぶすなど信じられなかった。

「トイレに行っている間に話を進めていてくれ。彼女は市長に話があるんだろう」

 エヴァンスの言葉にアビーが頷く。そんな彼女を見ながらも市長はエヴァンスを引き止める。

「いや、大事な話のようだからエヴァンスもいた方がいいだろう」

(大事な話だから二人きりにするんだろ!?)

 エヴァンスはテレパシーを送るように市長を見る。だが彼の思いは市長には届いていない。このまま市長を無視して部屋を出ていっていいものか悩んでいると、アビーが話し始めた。

「市長、お願いだ。仕事が終わった後でいいんだ。一緒に酒を飲んでくれないか?」

 それはエヴァンスの想像とは違ったセリフだった。彼女は黙っている市長を見ながらさらに続ける。

「私は市長とここで一緒に飲む酒が好きなんだ。だが、ここで飲めば市長に迷惑をかける。それなら場所を変えて飲むことはできないのか?酒場でいい。私がご馳走する。不躾なお願いなのはわかっている。それでも市長と一緒に酒を飲みたいんだ」

(これは告白でない……のか?)

 経験の少なさがエヴァンスの判断を鈍らせた。もしかしたらデートをしながら酒を飲もうというお願いではないのか。そう考えながらエヴァンスはアビーと市長の様子を伺う。アビーの頬の赤みは酒を飲みたい欲求をさらけ出す恥ずかしさからなのだろう。告白の緊張ではないようだ。市長は難しい顔をしているが、照れているような様子はなく、こちらも告白されたような感じはない。どうやら告白ではないようだ。エヴァンスはフッと息を吐く。

「どうする、市長」

 そう言われた市長は黙ったまま硬い表情を崩さない。

 市長は今、ものすごく緊張していた。

 ここで、「仕事の後で他所なら構わない」とでも言えばいいのだろう。だが、元はアビーが勝手に市長室にある酒を飲んだという嘘から始まった話だ。この嘘で引き出した彼女のお願いを上から許可するというのは何かが間違っているのではないか。市長の良心がそう問いかけていた。

 これまで、市長は嘘で相手を悩ませることなどほとんどなかった。だから、自分の嘘のせいで落ち込むアビーを見ているだけで、罪悪感で押しつぶされそうなのだ。

(私はどうすればいいのだ)

 悩む市長はこの国の初代大統領の逸話を思い出していた。

 

 

 大統領が子供の時、庭の桜の木を誤って切り倒してしまった。だが、大統領はそれを隠すことなく、正直に父親に打ち明けた。それを聞いた父親は息子の正直さを褒めたのだ。

 

 

 正直さを美徳とするこの訓話が市長の心に響いた。その時、市長はなぜエヴァンスが部屋から出ようとしたのがわかった気がした。

(そう言うことか)

 市長はソファから立ち上がりエヴァンスに向かって頷く。

「すまない、エヴァンス。どうやら気を遣わせたようだ」

 そう言ってからアビーに向き直る。そして深く頭を下げた。

「申し訳ない、ミス・アーブは昨日ここの酒を勝手に飲んでいない。ミス・アーブの酒癖を治そうと私は嘘をついてしまった」

 アビーが息を飲む気配を感じる。市長は頭を下げたまま言葉を続ける。

「だが、どんな理由があっても嘘をつくのは間違っていた。許してくれ」

 やはり彼女に謝らなくてはいけない。頭を下げやすくするためにエヴァンスは席を外そうとしたのだろう。その読みを市長はエヴァンスに伝えた。

「フッ、まあ、そうだな」

 そんな意図はなかったがエヴァンスはしたり顔で頷いた。

「じゃあ、私はここで酒を飲んでもいいのか」 

「ああ、構わない。存分に飲んでくれ」

 そう言って市長は棚から酒とコップを持ってくる。机にコップを三つ置きそれらに酒を注ぐ。そのうち一つをアビーの前に出す。

「私は、酔うぞ」

「酔えばいいじゃないか」

「記憶を無くすぞ」

「気にすることはない」

「市長、ありがとう」

 涙ぐみながらアビーはコップを口に運んだ。

 

 

 数時間後

 市長室には満足気に酒瓶を抱えながらソファで眠るアビーとぐったりと床に座り込むエヴァンスと市長の姿があった。熟睡しているアビーの寝顔を見ながら市長はため息をついた。彼の顔にはかなりの疲労が浮かんでいる。だが、そこには満ち足りた笑みも浮かんでいる。

 私は市民の笑顔を守るために市長をしているのだ。

 そんな当たり前のことを久々に思い出せたのは彼女のおかげかもしれない。

「市長、飲み直すか」

 そう言ってエヴァンスがコップを差し出した。市長はアビーの寝顔を一度見やってから首を横に振る。

「よそう、夢になるといけないからな」

 


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